東京・竹橋の東京国立近代美術館にて、現代美術作家の杉本博司の大規模個展「杉本博司 絶滅写真」が6月16日に開幕しました。会期中は関連企画として、講演会なども開催されます。
本展の見どころ
さまざまな領域で活動する現代美術作家、杉本博司(1948-)。小田原文化財団 江之浦測候所をはじめ建築分野でも活躍し、日本の古典芸能など舞台芸術の演出では国内のみならずヨーロッパ数都市やニューヨークにも進出。その活動分野は書、陶芸、和歌、料理と多岐にわたっています。
そんな多才な杉本の芸術の原点は銀塩写真にあります。確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品はまた、銀塩写真の技術としても頂点を極めるものであり、写真がデジタルに置き換わった今、その技法はまさに「絶滅が危惧される」ものと言えます。
本展では杉本の初期(1970年代後半)から現在に至る銀塩写真約60点が展示されます(杉本の写真作品で構成される個展の開催は、美術館では、国内では2005年に森美術館で開催された「杉本博司 時間の終わり」以来)。初期から近作まで全13のシリーズを3章で構成。さらに、所蔵品ギャラリー3階にて、東京国立近代美術館所蔵の杉本作品が全点が、さらに制作の秘密を明かした未公開資料「スギモトノート」[*1]もサテライトで展示されるのも見どころです。
*1.「スギモトノート」:写真作品制作における、撮影時および暗室での作業工程の覚書を記したノート。1970年代半ばより記録は始まる
1章「時間・光・記憶」
2章「観念の形」
3章「絶滅写真」
1970年代から80年代に着手され、杉本の評価を確立することになった〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の3つのシリーズを中心としたプロローグ
〈ジオラマ〉
野生動物の生態をリアルに再現したアメリカ自然史博物館のジオラマ展示を、杉本は大判カメラで精緻に撮影した。すると、動くものの姿を止めてみせる写真というメディアは、ここでは動かない剥製の姿を、あたかも命ある動物の一瞬の様子のように見せる装置として機能した。杉本は言う、「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」。現代美術作家、杉本博司のデビュー作となったシリーズ。今回の展覧会では新作を含む、人類の歴史をめぐる作品群が、初めてまとまったかたちで展示される。

杉本博司《アビシニアコロブス》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《類人》 1994年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《ポコット族》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi ※初公開作品
〈劇場〉
自問自答を思考の習慣とする杉本は、次のように自問した。「映画一本を写真で撮ったとせよ」。それに対する自答は、「光輝くスクリーンが与えられるであろう」。一本の映画を始まりから終わりまで長時間露光で撮影することで、映画の物語は、真っ白に輝く四角い光へと還元される。撮影地に選ばれたのは、映画の黄金時代に建てられた劇場だ。スクリーンの光に照らされて、かつての繫栄を伝える劇場内の豪華な装飾が浮かびあがる。しかし杉本が〈劇場〉に着手した頃、すでに往年の映画館は斜陽の時代を迎えていた。“絶滅”へのまなざしは、すでにこの連作にも現れていた。

杉本博司《パレス・シアター、ゲーリー》 2015年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《U.A. プレイハウス、ニューヨーク》 1978年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
〈海景〉
水平線をはさんで、下半分は海面、上半分は空、それ以外の要素は画面から一切排除されている。この眺めは、数十億年前、地球上に水と大気が発生して以来、変わらずあり続けている。「原始人の見ていた風景を、現代人も同じように見ることは可能か」、自ら立てた問いへの回答として着想した〈海景〉で、杉本は太古の昔へと時間をさかのぼる装置として写真を用いてみせた。1980年の第1作《カリブ海、ジャマイカ》以降、今日に至るまで、杉本は世界各地の海で、完全に同じ構図で水平線を撮影し続けてきた。

杉本博司《カリブ海、ジャマイカ》 1980年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《相模湾、江之浦》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまな「かたち」を主題とした〈建築〉〈観念の形〉〈スタイアライズド・スカルプチャー〉の90年代末から展開されたシリーズにより、作品世界が拡張・深化していくプロセスを紹介。
〈建築〉
「私は大型カメラを使い、焦点をボカすことによって、建築が建つ前の、建築家の脳内ビジョンが再現できるのではと考えた」。杉本は20世紀のモダニズム建築をめぐるこのシリーズの撮影において、カメラの焦点距離を「無限の倍」に設定するという方法を採用した。装飾をそぎ落とし、機能や造形的な原理を追究したモダニズム建築は、建築家の想像力が生み出したものであり、資本主義とテクノロジーの発展に支えられた新時代の精神の産物でもある。焦点をボカすことで、そうしたものが形となって出現する様相が浮かび上がる。

杉本博司《サヴォア邸》 1998年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《ワールド・トレード・センター》 1997年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
〈スタイアライズド・スカルプチャー〉
「人類の衣服の歴史は人類の歴史そのものと同じほど古い」。身体を保護するためにまとった動物の毛皮に始まる人類の衣服の歴史は、素材やかたちを多様化させ、やがて「装う」こと自体を目的として、その意味や機能を変貌させてきた。ファッションを「人体とそれを包む人工皮膚を近代彫刻としてみる」という視点からとらえたこのシリーズは、身体というもっとも身近な自然と、頭の中から創り出された衣服という人工物が一体化した、ハイブリッドな存在としての人間像を写し出す。

杉本博司《スタイアライズド・スカルプチャー 120[クリスチャン・ディオール、Bar、1947]》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi ※初公開作品
終焉を迎えつつある銀塩写真というメディアの始原にさかのぼる〈前写真、時間記録装置〉〈フォトジェニック・ドローイング〉から〈肖像〉、近作〈Opticks〉まで、6つのシリーズにより、杉本が予見する“絶滅”をめぐるヴィジョンの行方を探る。
〈フォトジェニック・ドローイング〉
初の実用的な写真術ダゲレオタイプの技術が1839年に公表されるよりも早く、イギリスの学者タルボットはイメージの定着に成功していた。ただしフォトジェニック・ドローイングと名付けられたその原初の写真はネガ像=陰画だった。陰画を再び反転させ明暗の正しい陽画を得るネガ・ポジ法の写真術の完成は1841年。杉本は写真術の黎明に生まれた陰画から、タルボット自身も目にしなかった陽画をつくることを試みた。「銀塩写真の終焉そのものを看取るべく、自ら買って出た葬儀委員長として、写真術の始祖タルボットの陰画を焼くべく、焼き場(暗室)で薬物の匂いを香の薫りと思いなして作業に励んでいる」。

杉本博司《フォトジェニック・ドローイング017 屋根の輪郭線 レイコック・アビー 1835–1839年頃》 2008年 トーニング・ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
〈肖像〉
「剥製の白熊が生きているように撮れるのなら、蝋人形も生きているように撮れるだろう」。ロンドンのマダム・タッソー蝋人形館などで撮影された〈肖像〉は、〈ジオラマ〉の系譜に連なる作品だ。そして同時に、写真の始原へとさかのぼる作品でもある。写真がレンズの前にその時存在するものから、そのイメージを写しとるのと同様、蝋人形もまた生身の人間から、その時の容貌を石膏型としてうつしとる技法であるからだ。蝋人形館の設立は1835年、写真術の黎明期に重なる。蝋人形の肖像との対面は、写真の始原にあった、時を止めることへの欲望との対面でもある。

杉本博司《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》 1999年 ゼラチン・シルバー・プリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
〈Opticks〉
17世紀にニュートンが試みたプリズムによる分光実験を再現し、光の色彩を観測した〈Opticks〉は、撮影にポラロイドフィルムを用い、デジタルプロセスを介して画面のノイズを除去したうえで大判のカラー印画紙にプリントするという、杉本作品のなかでは異例の手法による作品だ。冬の朝、東京の自宅の窓から差しこむ陽光をプリズムで分光し、白い漆喰の壁に浮かび上がる色の海に対峙することから生まれたこのシリーズについて、杉本は「光を絵の具として使った新しい絵(ペインティング)を描くことができたように思える」と記している。

[初公開作品]
杉本博司《Opticks 087》 2025年 タイプCプリント © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
※初公開作品
「杉本博司 絶滅写真」に寄せて
今、写真から何が絶滅したのか。それは写真の証拠能力に他ならない。写真は21世紀に入り急速にデジタル化した。デジタル画像は如何様にも変換可能である。西部開拓時代、アメリカ先住民は思った。「白人嘘つく、インディアン嘘つかない」[*2]。
今、私は同じ様に思う。「デジタル嘘つく、写真嘘つかない」。そもそも幕末に写真が紹介された時、「PHOTOGRAPHY」の訳語を「写真」としたのはかなり異訳だったと思う。
むしろ「光子画」の方が馴染むのだが、やはり写真の持つ迫真性に人々は度肝を抜かれたのだろう。私なら「抜霊画」と訳していただろう。天皇の肖像画は古来より「御真影」とされてきた。写真は「御真影」を撮る装置として感得されただろう。しかも高貴な人々だけでなく、庶民の真の姿をも映す。私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろそうとしている。思い返せば若年の頃、ニューヨークに渡り、芸術界の二流市民として扱われていた写真を、その名誉を回復し、一流市民にまで格上げさせてみたいという野心を持ったことから、私の写真家人生は始まった。
私は写真の持つ信憑性について考えた。写真に写されたものは存在した、それは証明写真とも言われる様に、真実の存在証明だった。犯人は警察で証拠写真を突きつけられ、観念し自白した。私はその特性を逆手に取って、写真には写らないものもある、ということを写真に撮って証明してみようと考えたのだ。白熊の写真に人々は命を見た、しかしそこには命はなかったのだ。映画館の白いスクリーン。あなたの見たと思えた映画は、全て白光に還元してしまうのだ。私は現代美術という世界に、メディアとしての写真をプロモートできたのではないかと自負している。あれから苦節35年、芸術界の一流市民になれた証として、私は2009年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した。しかし皮肉なことに私の受賞したのは絵画部門だった。芸術界の老舗、絵画と同じレベルの芸術として私の写真は認定されたのだ。私は嬉しくも悲しかった。絵は絵空事を描くメディアだ。写真は真実を描くメディアなのだ。見損なってもらっては困る、と言いたかったのだ。今、写真は絵の代替えメディアに堕してしまったようだ。
私は今、倉庫の奥に眠っていた10年落ちの印画紙を引っ張り出してきて、暗室作業に勤しんでいる。黄ばんで極端に感度の落ちた印画紙もなかなか味があるのだ。私は銀塩写真の寿命と私の寿命とが響き合っていることに幸せを感じている。
杉本博司
*2.今日では民族をステレオタイプ化する表現という見方もあるが、アメリカ先住民が受けてきた迫害の歴史を記憶する側面を重んじ、伝統的な表現のまま掲載した(本展プレスリリースより)

杉本博司《陰翳礼讃 98.0001》 1998年 タイプCプリント 149.2×119.4cm

杉本博司《観念の形 0003 ディニ曲面:擬球をねじって得られる負の定曲率曲面》 2004年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《棘のある三葉虫》 2008年 プラチナ・プリント 93.6×75cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

杉本博司《放電場 163》 2009年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
東京国立近代美術館 所蔵品ギャラリー3階にて、「劇場・海景・スギモトノート」と題して、同館所蔵の〈劇場〉〈海景〉全13点と杉本博司の「ノート」が特別に紹介されます。「スギモトノート」の実物が展示されるほか、来場者自身でページをめくりながら作品を鑑賞できる「レプリカ」も用意されるとのこと。
今回初めて公開される「スギモトノート」は、作品についてのアイディアや、撮影や暗室作業に関するさまざまな情報などを記したもので、杉本博司がニューヨークに移り、現代美術作家として出発した1970年代半ばから始まっています。
映画一本分の光を、白く輝くスクリーンとして浮かび上がらせた〈劇場〉や、太古の昔から変わらぬ眺めとして空と海の接する水平線にカメラを向け、そこから人類の意識の始まりにさかのぼることを試みる〈海景〉など、杉本の作品はいずれも創意に富んだコンセプトにもとづくものであることはよく知られています。一方で、写真としてのクオリティの追究も、そうしたコンセプトが「作品」として成立するためには不可欠な要素でした。たとえば〈海景〉では完璧なネガを得るため、現像ムラを防止する特殊な攪拌装置を自ら製作するなど、杉本はあらゆる技術的な工夫を重ねてきたのです。
「スギモトノート」の細々とした記述は、そうした杉本の「職人的」な側面の一端を伝えています。
会期:2026年6月16日(火)〜 9月13日(日)
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
所在地:東京都千代田区北の丸公園3-1(Google Map)
休館日:月曜(ただし7月20日は開館)、7月21日(火)
開館時間:10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)※入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般 2,300円、大学生 1,200円、高校生700円
※各種割引設定あり(展覧会公式ウェブサイトを参照)
主催:東京国立近代美術館、日本経済新聞社
特別協賛:DIOR
協賛:セイコーグループ、サンエムカラー
特別協力:公益財団法人小田原文化財団、ギャラリー小柳
問い合わせ先:050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式ウェブサイト
https://art.nikkei.com/sugimoto/
日時:2026年6月20日(土)14:00‒15:30(開場13:30)
登壇者:杉本博司、浅田 彰(京都芸術大学教授・批評家)、増田 玲(東京国立近代美術館主任研究員)
会場:東京国立近代美術館 地下1階講堂
定員:100名
参加費:無料(先着順、展覧会観覧券は不要)
日時:2026年8月8日(土)11:00‒12:30(開場10:30)
登壇者:増田 玲
会場:東京国立近代美術館 地下1階講堂
定員:100名
参加費:無料(先着順、展覧会観覧券は不要)
関連イベントの詳細は展覧会公式ウェブサイトを参照