2027年にイタリア・ヴェネチアにて開催予定の「第20回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」において、国際交流基金が主催する日本館の展示概要が発表されました(本稿1枚目は展示イメージ)。
日本館が掲げるテーマは「MONSOON COMMONALITY」。展覧会のキュレーターを建築家の金野千恵氏が務め、日本のほか上海、宜蘭、ホーチミンなどアジアの各都市を活動拠点とする建築家らが1つのチームを組んで出展します[*選考過程については後述]。
なお、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展における日本館での展示に、日本を含めたアジアの建築家らが共同出展するのは、2002年・第8回の国際建築展で磯崎 新氏がコミッショナーを務めた展示「漢字文化圏における建築言語の生成」以来とのこと。
6月15日に都内にて行われた記者発表会に『TECTURE MAG』は出席、金野氏ら関係者に取材しました。

日本館展示関係者:左から、西澤俊理、水 雁飛、金野千恵、黄 聲遠、菅 健太郎の諸氏(プロフィールは後述) Photo: TEAM TECTURE MAG
日本館展示テーマは「MONSOON COMMONALITY」
キュレーター・ステートメント
キュレーター・金野千恵氏プロフィール
金野氏による「MONSOON COMMONALITY」解説
出展作家および環境編集4氏プロフィール
金野氏によるプラン解説
第20回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展および日本館展示 開催概要

第20回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館「MONSOON COMMONALITY」展示イメージ(キュレーター選出のための指名コンペ資料より)©︎t e c o
キュレーター・ステートメント
あらゆる人間が寛容に受け入れられる環境を思考する。
近代の論理から解き放たれ、都市から周縁へ、 機械のコントロールから自然の知性へ、西洋のロジックから自らが生きる東洋のロジックへ——わたしたちはいま、静かな転換のただなかにいる。この転換は暮らしを再定義する契機であり、地域に身を置き、目を凝らし、耳を澄ませるといった経験が糸口となる。風土に根ざす術を見つめ直すとき、人は、社会の一部であると同時に自然の一部でもあると認識できるだろう。わたしたちはモンスーン・アジアに生きている。
この地域は季節風の影響を受け、夏は海から陸へ湿った風が吹き込み高温多湿の雨季となり、冬は陸から海へ乾いた風が吹く乾季となる。降水量は多いものの急峻な地形が多く、1人あたりの水資源は西欧に比べて少ない。こうした条件のもとで、水を貯留・利用・循環させ、稲作を基盤とした相互扶助の仕組みが築かれてきた。 また、水害など の天変地異には完全に抗うのではなく、それをしなやかに受け入れながら、地域の風景を形成してきた。
こうした風土で培われてきた営為を、モンスーン・アジアのコモナリティと呼んでみたい。
地形への領域づくり、水の扱い、食文化、リズム、生命を循環の一部と捉える死生観に至るまで。これらは、風土を生き抜くために共同して築かれてきた関係性であり、地域のなかで反復、定着されてきた環境づくりの術である。例えば、風土的特徴を共有するモンスーン・アジアに着目することで、同時代における暮らしづくりへの実験的な取り組みがみえてくる。地続きでなくとも、風土を通してわたしたちはどこかで繋がっている。ともに生きる場の構築。
風土に根差したコモナリティを隣人とともに考え、その体験をヴェネチア・ビエンナーレ日本館で提示したい。こうした場の構築はモンスーン・アジアにとどまらず、共通性を見出しながらともに明日を生きる建築の可能性を示す。キュレーター・金野千恵氏 プロフィール
©︎ yasuyukitakagi
金野千恵(Chie Konno)プロフィール
建築家、t e c o代表。1981年神奈川県相模原市生まれ。2005年東京工業大学卒業、2005-06年スイス連邦工科大学奨学生、2011年東京工業大学大学院博士課程修了博士(工学)。2011年 KONNO設立ののち 2015年t e c o設立。 2021-26年京都工芸繊維大学特任教授。 2024年スイス連邦工科大学客員教員など。住宅や福祉施設、公共施設などの建築設計とともに地域リサーチ、まちづくり、アートインスタレーションまでを手がけ、仕組みや制度を横断する環境づくりを試みている。
主な作品に〈春日台センターセンター〉(2023年日本建築学会賞[作品]ほか)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2016日本館展示「en(緑): art of nexus」会場構成(t e c oとして参加、展示は特別表彰を受賞)、〈向陽ロッジアハウス〉(2013年平成24年東京建築士会住宅建築賞金賞ほか)。主な著書に『ロッジア世界の半屋外空間 暇も集いも愉しむ場』 (学芸出版社、2025年)がある。
第20回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館展示のキュレーターを務める。〈向陽ロッジアハウス〉(2011年) ©chiekonno
〈春日台センターセンター〉(2022年) ©morinakayasuaki
t e c o Website
https://teco.studio/
日本館のキュレーターを務める金野氏は、展示テーマ「MONSOON COMMONALITY」について次のように説明しています(プレゼンテーションと質疑応答、その後の取材内容を編集部にて要約)。
——金野千恵氏
私は2016年の日本館展示[*2 後述]の際、会場構成を担当して参加して以来、自分なりのテーマを掲げてジャルディーニに帰ってきたいと思っていたので、この度のキュレーター選出を心から嬉しく思います。
ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展とは、建築における現代の試みや社会的な役割が提示される場であると私は考えています。いま、世界の人々は、急速な環境の変化や不安定な社会情勢といった、個人の行動だけでは克服できない不穏さを身近に感じながら暮らしているのではないでしょうか。そのような中で、建築あるいは環境を考えることを通じて、いかにすれば人間が生きる上での協働(共同)性の議論ができるのか? これをテーマに本展を企画しました。
私は東日本大震災が発生した年に大学院を修了して自分の事務所を構え、個人住宅から設計活動をスタートしました。この10年ほどはその6、7割が高齢者や障害をもつ人のケアに関わる仕事へとシフトしています。制度や境界を超え、あらゆる人々が最後まで自分の地域で暮らし続けるためには、建築が寛容であることの必要性を強く感じています。
設計活動と並行して、世界の半屋外空間(ロッジア)に関する調査・研究を20年ほど続けています。西洋のプロトタイプあるいは建築言語から研究を始めましたが、ここ10年ほどは研究の関心がアジアへと移り、調査・研究を深めています。モンスーン(季節風)が齎す雨季と乾季があるアジアの多くの地域では、人々は気候を調整しながら暮らしており、半屋外空間は生活に不可欠なものとなっています。人々の自治的な活動によって建てられ、共有資源として維持・管理されている。どの地域に行っても見られるこのコモナリティ(Commonality)の情景に、私は惹かれ、国際建築展での展示、表現の大きなヒントがあるのではないかと考えました。ときには水害に襲われるリスクを負いながら、稲を中心とした農の文化および食の文化を、日本を含めたアジアの人々は共有しています。今回の展示では、これらをノスタルジックに語るのではなく、文化人類学的な視点とエンジニアリングの融合として、「MONSOON COMMONALITY」を掲げ、問いを立て、この近しい風土での共通感覚の場を構築していく計画です。

金野千恵氏 Photo: TEAM TECTURE MAG
次の国際建築展の総合テーマが「Do Architecture」であると知らされたのは、キュレーターの内定通知と同日だったという
——金野千恵氏
チームメンバーの選出はとても悩みました。さまざまな地域、都市、建築が脳裏をよぎる中で、最終的に、その人が設計した建築作品や環境に対するアプローチなどを元に決めました。出展作家の人数は、考えを共有し議論を重ねながら展示内容を詰めていくための上限として3名としました。残念ながら今回、ご一緒にできなかった建築家や地域については、今後のリサーチなどによってアジアに共通するコモンナリティを見出し、発信していきたいと考えています。
出展作家
黄 聲遠(Huang Sheng-Yuan / ホァン・シェンユェン)
撮影:⽥中央⼯作群
建築家、⽥中央聯合建築師事務所主宰。1963年台北市生まれ。東海⼤学(台中市)卒業後、イェール⼤学⼤学院にて建築学修士号を取得。1993年に宜蘭に拠点を定め、⽥中央聯合建築師事務所を段階的に築き上げる。主な出展・展示に、TOTOギャラリー・間「フィールドオフィス・アーキテクツ展 Living in Place」(2015年)、第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2018年)での展示「Living with Sky, Water and Mountain: Making Places in Yilan」などがある。「第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」(2021年)招聘作家のひとり。著作『輕輕地走回地球表面』(2026年)では、土地、気候、身体感覚、そして日常生活へと⽴ち返る建築的思考を提示し、環境、人々、時間、さらには星空とのあいだに謙虚で繊細な関係をいかに育むか問いかけている。
Fieldoffice Architects〈Jin-Mei Parasitic Pedestrian Pathway across Yilan River〉(2008年) © Fieldoffice Architects
〈Luodong Cultural Working House〉(2014年) © Fieldoffice Architects, photo by Min-Jia CHEN
Fieldoffice Architects
http://www.fieldoffice-architects.com/
水 雁飛(Shui Yanfei / シュイ・イェンフェイ)
©Yanfei Architects
建築家、Yanfei Architects主宰。1981年重慶市生まれ。同国の1980年代生まれを代表する独⽴系建築家の1人として知られている。2012年に雁飛建築事務所(Yanfei Architects)を設⽴、急速な社会変容を遂げる中国を背景に、社会との協働のあり方を探求する実践を続けている。地域リサーチ、実験的インスタレーション、コミュニティとの協働、現場での施⼯など多岐にわたる活動を通じて、日常生活に新たな可能性をもたらす建築の創出に取り組んでいる。「AIA Shanghai Honor Award 2018」など国内外の受賞多数。「第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2018年)招聘作家のひとり。2023年には「Architecture China Award」において若手建築家を対象とする「Exploration Award」を受賞。2024年、上海にて個展「Focusing the Familiar」を開催。2025年、独⽴系建築家の新進気鋭を顕彰する小嶋一浩賞(日本)を受賞している。
〈Xianlin School〉(2022年) ©SCHRAN
〈Papago Land〉 ©︎Yanfei Architects
Yanfei Architects Website
https://www.yanfeiarchitects.com/
西澤俊理(Shunri Nishizawa)
建築家、NISHIZAWAARCHITECTS主宰。1980年千葉県生まれ。2003年東京⼤学⼯学部建築学科卒業、2005年同⼤学院修了。2005-09年安藤忠雄建築研究所勤務。2009-2011年Vo Trong Nghia architectsパートナー、2011-15年Sanuki+Nishizawa architectsパートナーとして多数のプロジェクトに携わったのち、2015年にホーチミンにNISHIZAWAARCHITECTS設⽴。都市部の富裕層だけでなく、メコン河流域の高床式住居の設計など、自然を受け入れて暮らす人々の住居空間を調査、設計。現在は主に日本を拠点に活動中。
名古屋造形大学非常勤講師(2021-23年)、2023年10月より滋賀県⽴⼤学環境科学部准教授。同学研究室では一般的な建物だけでなく、人、魚、鳥、虫、植物、微生物、砂、粘土、光、水、風といった琵琶湖周辺の無数のアクターが生態学的に連帯する構造物の空間やコモナリティの仕組みについて研究している。〈House in Chau Doc〉2017年 @大木宏之
〈Restraunt of shade〉2018年 @大木宏之
NISHIZAWAARCHITECTS
https://www.nishizawaarchitects.com/
公式サイト:https://www.nishizawaarchitects.com/
環境編集
菅 健太郎(Kentaro Suga)
環境編集、Arup。1977年東京都町⽥市生まれ。2001年早稲⽥⼤学理⼯学部建築学科卒業、2003年東京⼤学⼤学院⼯学系研究科建築学専攻修士課程修了。久米設計を経て2009年Arup入社。現在はサステナビリティ・リーダーを務める。2021年より京都⼯芸繊維⼤学特任准教授。
機械設備に過度に依存しないパッシブデザインや、従来の手法や価値観にとらわれない快適で心地よい空間のあり方を、研究と実践の両面から追求している。
Arupとして携わった主な作品に、〈森鴎外記念館〉(2014年BCS賞)、〈明圓寺納骨堂〉(2016年JIA環境建築賞、2018年環境・設備デザイン賞優秀賞)、〈東京アクアティクスセンター〉、〈石巻市複合文化施設〉、〈ドバイ万博日本館〉、〈⼤阪万博クラゲ館〉などがある。〈明圓寺納骨堂清淨殿〉2014年 @Arup
設計:古森弘一建築設計事務所 / 構造:Arup〈ドバイ万博日本館〉 2021年 @Japan Pavilion Dubai Expo 2020
総合プロデュース:電通ライブ / デザインアーキテクト:永山祐子建築設計 / 設計統括・意匠設計:NTTファシリティーズ / 構造・設備・ファサードエンジニアリング:Arup
芸術展と建築展が交互に開催される「ヴェネチア・ビエンナーレ」において、ジャルディーニ会場に単独で展示館を構えるアジアの国は、日本と韓国だけとのこと。日本館は吉阪正隆(1917-1980)の代表作の1つであり、1階の天井(2階の床スラブ)には、1956年の竣工当時から開口があるでも知られています。この”吉阪の穴”をはじめ、建物があるジャルディーニ公園の環境なども含め、どのように今回の展示「MONSOON COMMONALITY」に取り込むのか、注目されます。
総合テーマ:Do Architecture — For the Possibility of Coexistence Facing a Real Reality
総合ディレクター:王澍(Wang Shu)、陆文宇(Lu Wenyu)
会期:2027年5月8日(土)〜11月21日(日)
会場:ジャルディーニ地区(Giardini) アルセナーレ地区 (Arsenale)ほかヴェネチア市内各所
タイトル:MONSOON COMMONALITY
主催・コミッショナー:国際交流基金(The Japan Foundation: JF)
キュレーター:金野千恵(建築家、t e c o)
出展作家(JF発表順、敬称略):黄 聲遠(建築家、田中央聯合建築師事務所主宰)、水 雁飛(建築家、Yanfei Architects 主宰)、西澤俊理(建築家、NISHIZAWAARCHITECTS、滋賀県立大学准教授)
環境編集:菅 健太郎(環境編集建築家、Arup、京都工芸繊維大学特任准教授)
JF ヴェネチア・ビエンナーレ日本館公式ウェブサイト
https://venezia-biennale-japan.jpf.go.jp/j/
La Biennale di Venezia Website
https://www.labiennale.org/en
*1.選考過程:日本館展示のキュレーターの選出は「第20回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展-日本館キュレーター指名コンペティションの審査結果に基づく。国際交流基金(JF)が委嘱した、建築家の篠原聡子を委員長とする審査員6名(青木 淳、太田佳代子、小野田泰明、門脇耕三、宮城俊作)で構成される選考委員会による厳正な選考のもと、国内外29名の専門家で構成される推薦委員が作成した候補者リストをもとに、JF建築展事業委員会によって選出された7名の候補者に対して指名コンペへの参加を依頼、そのうち5名(金野氏を含む、アイウエオ順:秋吉浩気、草野絵美、篠原雅武、馬場正尊)から展示提案を受けた(詳細はJF公式発表を参照)
*2.第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2016年):総合ディレクターを務めた建築家のアレハンドロ・アラヴェナによる総合テーマ「前線からの報告(Reporting from the Front)」のもと、山名善之氏がキュレーターを務めた日本館展示「en(緑): art of nexus」において、t e c o(当時は金野氏とアリソン理恵氏による共同主宰)が会場構成を担当。同展示は審査委員特別賞を受賞
※本稿では「Venezia」の日本語表記を国際交流基金ウェブサイトの表記に合わせ「ヴェネチア」とした
Texed & Photos of the day by Naoko Endo / TEAM TECTURE MAG