青木淳研究室として初の展覧会
東京・上野の東京藝術大学にて、同大学院美術研究科建築専攻青木淳研究室による展覧会「シン・マサキキネンカン」が開催されています(2020年12月13日まで)。
2020年4月に教授に就任した建築家の青木淳氏が、その第1期生となるM1(修士課程1年)らと共に企画したもので、学生が主体となり、研究室として初めて開催する展覧会です。
会場は、美術学部の構内で都道に面した正木記念館。同館は、東京美術学校時代、第5代校長を1901年(明治34)から32年務めた正木直彦(1862-1940)の功労を記念した建物(記念館にある椅子に座った正木の陶像は、藝大の功労者では岡倉天心と並んで2つしかないという全身像[*])。藝大大学美術館公式サイトの美術館概要によれば、設計は金沢庸治(1900-1982)、竣工は1935年(昭和10)7月。近世和風様式の鉄筋コンクリート造(RC造)で、建物の2階は正木校長の希望によって、日本美術を陳列するため、書院造の和室が設けられています。
*2006年(平成18)教育資料編纂室:吉田千鶴子氏の公開テキストより
都道に沿って同館の北西側に並んで建つ、陳列館(設計:岡田信一郎|1929年竣工)や大学美術館本館(総合監修:六角鬼丈|1999年竣工)に足を運んだことはあれども、正木記念館には行ったことがないという人は多いのでは? 館内に入ることができるこの機会に【TECTURE MAG】では会場を取材。展覧会「シン・マサキキネンカン」の概要を通じて浮かびあがる、知られざる正木記念館についてもお伝えします。
正木記念館で開催される「シン・マサキキネンカン」
1階から2階への階段室は、隣接する陳列館とは竣工年に19年のズレがありますが、雰囲気は似ています。
この階段室からすでに青木研による展覧会「シン・マサキキネンカン」は始まっており、本展を象徴する映像作品が壁に投影されています(映像の内容については後述)。
RC造の中に設けられた和の展示室
階段を上がりきると、突如として「和の空間」が出現。建物の外観からは全くわかならい、RC造の建物の中に「入れ子」のような「書院造の和室」が納まっています。正木校長が希望したというこの展示室には、床の間や水場もしつらえられ、主に日本画専攻の学生が作品を展示する場や、茶会、研究活動などに使われているとのこと。
本展では、上り口に木製デッキを新設していますが、この理由については後述します。
注.展示室は下足厳禁のため、1階で下足を脱いでから入館する。
日本画の展示に適したしつらえ
床は畳敷き、ではなく、2間ともゴザが敷かれています。使用規定で畳の上に備品のゴザを敷くのが決まりとのこと。このゴザが、本展では重要な役目を果たしています(後述)。
会場には、見慣れない什器が置かれています。日本画の作品を展示するための平台です。画面左奥の長椅子や、記帳台として使っている式台もあわせて、全てが展示室の備品です。
設営前の状態が下の写真です。元からあった襖や障子の一部を設営時に取り払っていることが、会場で上映している動画からもわかります。
建築科研究室の展覧会なのに模型は1つだけ
さて、本展は青木研M1(修士課程1年生)のこの約半年間の成果を披露する場でもあります。然しながら、模型や図面の類がみあたりません(会場模型1点と、設営前のプリント紙4点を除く)。写真や展示パネルもありません。
なぜか? 理由は大きく2つあります。
1つめは、先入観なしで会場の奥まで進んでもらい、RCに囲まれた独特の和の空間を体験してほしい、という主催者の意図があります。
例えば、2間の境にある欄間の透彫りは、高名な高村光雲(1852-1934)の手によるもの。取り外して現在は収蔵庫で保管していますが、橋本雅邦(1835-1908)が描いた襖絵もあったそうです(会場にて、青木淳教授談)。
藝大ならではの豪華なつくりですが、普段は襖と障子に囲まれた「入れ子」の中の1間ないし2間しか使われておらず、両の側廊などは備品置き場になっていたとのこと。そのほかにもいろいろと「もったいない」使われ方をしてきた、現役の藝大生にもあまり知られていないこの展示室に、青木研として建築的な手を加え、いっときだけでも再生させてみよう、というのが本展の狙いです。これが2つめの理由で、今回は展示空間 [*]そのものが作品なのです。
「空間」について、青木氏が本展に寄せたテキストが、1階の階段室前に掲示されている。本稿では最後に紹介する。
試みたのは、和の展示室を内包する正木記念館の新しい空間の捉え方を提案する、部分的なリノベーションでした。本展のタイトルがカタカナ表記であるのはこのためです。「シン・マサキキネンカン」の”シン”は”新”であり、”真”でもあるのです。
正木記念館の新しい空間の捉え方を提案する
展覧会の会場では通常、記帳台の横などに置かれているリーフレットも、本展では展示室の最深部にきて初めて手に入れることができます。配布場所は、RC造の既存の柱を床柱に見立て、設けられた「シントコノマ」です。
A4サイズの展覧会チラシと、文字が印刷され、A3が山折りになった状態のトレーシングペーパーから成るこのリーフレットには、宝探しの地図を読み解くようなワクワク感があります。
黄色い展覧会チラシのおもて面には、設営前の(通常の)2階展示室の図面が印刷されています。これに、トレペを重ねると、展示の前と後(ビフォアー&アフター)、本展で手を加えた部分などがわかるようになっています。ちなみにナンバリングのうち、朱字で刷られた箇所は、外光やサッシの隙間から入る風など、外的要因を受けるところを指すとのこと(齋藤悠太氏談)。
展覧会開催にあたり、正木記念館をつぶさに観察し、建具、畳、構成、光といった、あらゆる要素がいかにその空間に影響を与えているかを分析し、その各要素が示唆する次へのステップを汲み取りながら、あらゆる空間的な変化を会場内に散りばめたのが、今回の会場になります。
ズレを認識させる斜めの軸線
トレペには、会場を斜めに突っ切る軸線が設定されています。この意図について、青木研M1の荻野 紗(おぎの すず)氏に教えてもらいました。在学5年目となる荻野氏も、この展示室を使うのは今回が初めてとのこと。
「最初に皆でこの空間に入ったとき、違和感を感じたところがいくつかあって、その1つが動線のズレでした。チラシに刷ってある平面図を手に、上り口に立ってもらうとわかりやすいのですが、奥の間にせっかく立派なしつらえの床の間があるにもかかわらず、襖に隠されていて、そこに至る動線も一直線で用意されていないのです。部屋を斜めに突っ切って、敷居を跨ぐ際に反対側に折れないと、床の間の正面には出ない。ならばいっそのこと、この斜めのラインを強調して、ほかにもいろいろと、例えば構造がRC造であるとか、おもしろい要素があるこの空間について、訪れた人に意識してもらいやすくしようと考えました」
花頭窓は障子がわずかに開けられ、暗がりを覗くと、置かれているのはガラスの器。その昔、ヨーロッパで天気予報の道具として使われていたストームグラスで、白い結晶と薬品が封じ込められ、気温の変化によって結晶のかたちが変化するとのこと。
階段室の途中で目にした映像作品は、このストームグラスを丸1日撮影したものです。光や風など外部要因の影響を受けやすいこの展示室、および本展を象徴するものとして制作されました。
デッドスペースだった側廊を見事に再生
斜めの軸線を強調するのと並行して、デッドスペースとなっていた側廊にも再生の手が加えられました。
床の間に向かって右側(南側)の側廊では、境を白い紙で緩やかに仕切ることで水場の独立性を高め、新たに違い棚も設けました。壁に沿って黒いソファーが並んでいた設営前の状態と比べると、水場らしい空間に様変わりしています。
奥の間の側廊も、展示前は物置と化し、花頭窓もその奥に埋もれていました。今でこそ、しつらえた「シントコノマ」にも違和感がなく、もとより側廊などなかったかのように見えますが、そのように空間をなじませているのが、床のゴザの処理です。壁側に移動させ、敷居の存在を隠し、空間を拡張させています。
これにより、展示室の上がり口から花頭窓まで斜めに引いた新しい軸線上でゴザが雁行するかたちとなり、軸線を視覚的に強調しています。
会期終了後は現状復帰する「テンポラリー・リノベーション」
ちなみに敷かれたゴザは展示室の備品であり、尺は和室の幅しかありません。ゴザを移動させたことで、反対側(道路に面した北側)ではゴザが足りずに畳が露出しました。使用規定で畳は必ず覆わないといけないため、その部分には板を敷き、平置きの展示台としています。
なお、この空間展示は本展の会期中に限ったもので、終了後は現状復帰されます。新たに設けた部分は全て取り外せるようになっています。会場で青木研のM1生に聞いたところによれば、本展を見にきた日本画専攻の学生が、「この空間で作品を展示してみたい」との感想を述べたそうですが、残念ながら、「シン・マサキキネンカン」はいっときだけの「テンポラリー・リノベーション」です。
会期は12月13日(日)まで。入場無料。(en)
展覧会概要
シン・マサキキネンカン
会期:2020年12月5日(土)〜13日(日)会期中無休
開館時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)
会場:東京藝術大学大学美術館 正木記念館 2階
所在地:東京都台東区上野公園12-8 東京藝術大学上野キャンパス内(Google Map)
観覧料:無料
※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防および感染拡大防止のため、混雑状況により、入場を制限する場合あり
主催:東京藝術大学青木淳研究室
修士1年(M1):荻野 紗、齋藤悠太、藤井雪乃、山田寛太
担当教員:青木 淳(教授)、澤田 航(助手)
展覧会概要:https://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2020/shin_masaki/shin_masaki_ja.htm
青木淳研究室
https://aoki-lab.tumblr.com/