淺沼組による「GOOD CYCLE BUILDING」のフラッグシップとなるビルが竣工
淺沼組(本社:大阪府大阪市)が2021年4月に発表した「GOOD CYCLE PROJECT(グッドサイクルプロジェクト)」のもと、フラッグシップとなる建物として、築30年の名古屋支店が改修(リニューアル)され、2021年9月16日(木)に竣工を迎えました。
デザインパートナーとして、建築家の川島範久氏が参画し、素材と技術のハイブリッドで環境負荷を最小限に抑え、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大、いわゆるコロナ禍における、新しいオフィス像を具現化。さらには、ストックが大量に存在する中層規模ビルを有効的に活用する、今後の可能性も同時に提示しています。
『TECTURE MAG』編集部では、9月17日に現地およびオンラインで開催された記者発表会を取材。川島氏も登壇したプレゼンテーションの内容と、館内オンラインツアーの様子を広報画像とあわせてお伝えします。
川島氏の設計思想「循環の中の建築」について
川島氏が今回のプロジェクトで心がけたのは、このビルで働く人々の自然の光や風へのアクセシビリティを高める空間改修であること。加えて、建築における自然(土・木・植物)と人間の新しい関わり方を追求しています。
川島範久氏プロフィール:
1982年神奈川県生まれ。建築家。博士(工学)。川島範久建築設計事務所主宰。明治大学理工学部建築学科専任講師。東京大学卒業、同大学大学院修士課程、博士課程修了。日建設計勤務、UCバークレー客員研究員、東京工業大学助教を経て現職。〈NBF大崎ビル(旧・ソニーシティ大崎)〉で日本建築学会賞(作品)、〈一宮のノコギリ屋根〉でJIA環境建築賞・大賞を受賞し、博士論文「日本における環境配慮型建築の設計プロセスに関する研究」で前田工学賞を受賞するなど、環境的視点から建築・都市デザインを見直す実践と研究を続けている。
川島範久建築設計事務所
http://norihisakawashima.jp/
自然へのアクセシビリティを高める空間改修
今回の改修では、ガラス面だった西側のメインファサードを2.5mセットバックしてベランダ空間をつくりだしました。 メインファサードのすぐ目の前には高速道路が通り、改修前はガラス張りで西陽が差し込み、常にブラインドを下ろしていた状態だったと言います。ベランダ空間は、吉野杉や土壁のプランター、そして120種類もの植物によって自然を感じる空間となり、ビル内で働きながら、外の世界・都市の様子も感じられるように計画されました。
コロナ禍により働き方が大きく変容した昨今、オフィスに対するニーズは多様化し、わざわざオフィスに出社する価値を生み出すことも必要になりました。
自然の光や風をオフィスの全面に取り込み、緑に囲まれ自然を感じることのできる空間は、働く人の健康と創造性を高め、ニューノーマル、ポスト・コロナとも呼ばれる時代における新しいオフィスのあり方を提示しています。
建設残土や廃プラスチックなどを再利用
今回の改修プロジェクトでは、既存躯体を最大限に活用し、新たに加える素材は可能な限り自然素材を活用。建設残土をアップサイクルした土壁や、持続可能な森林管理を行う奈良・吉野の木材をふんだんに利用し、将来建物が寿命を迎えた時には「土に還る」建築を目指しました。
また、廃プラスチックなどの人工素材をアップサイクルして家具を造作するなど、先進技術を駆使しながら「循環の中にある建築」を追求しています。
ビルの地上部分は8階建て。1階エントランスロビーは2階の床スラブを抜き、開放的で明るい空間となりました。
エントランスホール横には、この建物を象徴する「土」「木」「アップサイクル」の応接室が続きます。
「土」の部屋には、建設残土を用いた土のテーブルとソファを配置。「木」の部屋には、テーブルを支える土台に通常は廃棄されることが多い杉の皮を使用しています。「アップサイクル」の部屋には、既存エントランスで用いられていた石材を粉砕したものを石膏で固めたテラゾーのテーブルが配置されました。
また、それぞれの部屋の界壁には、淺沼組技術研究所の開発した自然素材だけを原料とする「還土ブロック」(特許出願中)を利用しています。
土壁づくりには社員も参加
また、今回のプロジェクトの大きな特徴は、オフィス全面に土を使っていることです。
淺沼組が携わっている、愛知県の瀬戸と南知多の現場から出た建設残土約12トンを使い、社員やプロジェクト関係者が120人ほど参加したワークショップで、土壁が塗られました。
1階エントランスの柱には、社員が指で撫でるようにつけた模様が見られ、7階には、土を投げつけてつくられた土壁があります。
「つくる工程に社員が参加することで、建物に愛着がわき、壊れた時は自らの手で改修し、メンテナンスを行いながら長く使い続けることができます。プロではなく、素人が参加することで生み出される表現があるのではないかと考えました。」(川島氏談)
「材料貯蔵庫」としての建築
また、自然素材については、「土」と並んで「木」の使い方にも、人と自然の循環の試みがあります。
今回のリニューアルでは、奈良県の宮大工が源流である淺沼組と縁の深い、奈良県吉野より多くの木材が使用されています。
大きな特徴となるのは、メインファサードに取り付けられた樹齢130年の吉野杉。
できるだけ端材を出さないように太さを統一せず、一本の木から取れる可能な限り大きな径の丸太を使用することで、下から見上げると一本の杉が立っているように感じられます。
木材は、乾燥前の状態で取り付けられ、いずれ乾燥を終えたところで、家具などの材料としての転用も可能です。
「建築は到達点ではなく、マテリアルフローの通過点となり、循環の一部である、そんなことに意識的になれる建築のあり方を提案しました。」(川島氏談)
また、ファサードだけでなく、内部空間の仕上げ材や家具などにも間伐材が多様に用いられています。
CO2の削減を実現し、環境に配慮しながら、社員がより健康で快適なオフィスへ
今回のプロジェクトでは、既存躯体の利活用などにより、新築で建てなおした場合と比較して、建設時のCO2排出量を約85%削減しているのも特筆点です。
また、運用時のエネルギーについても、消費量を旧支店の50%以下に削減する「ZEB ready」の認証を取得済み。さらには、認証条件が厳しいことで知られる米国の「WELL認証」の予備認証を今年3月に取得しています(2023年度取得予定)。
「WELL」認証は、心身の健康をサポートし、快適性が高く、人間の健康やウェルネスに好影響を与えるビルやオフィスなどの空間を評価するシステムのこと。
WELL認証取得に向けた取り組みの1つとして、改修前のビルにあった2基のエレベーターの1つを廃し、屋内階段を「昇りたくなる階段」としてデザインしました。
今回のリニューアルを機に、淺沼組では、自然の光や風を存分に取り込み、自然素材をふんだんに使った環境がワーカーのストレス値にどのような影響を与えるのか、外部の研究機関(大阪市立大学健康科学イノベーションセンター)と共同して、「オフィスなどの建築空間が人の健康に与える影響について」の研究を開始しています。自然素材を多く用いたオフィスが、人の疲労緩和や創造性の向上にどれだけ寄与するかを明らかにしていく予定です。新社屋入居前の社員の数値はすでに測定しており、今後の研究成果の報告が待たれます。
オフィス以外にも展開可能
淺沼組名古屋支店は建物の規模としては中規模に属し、このサイズのオフィスビルは日本の中古物件ではかなりのストックがある、有望な市場を形成しています。同社が推進する「GOOD CYCLE PROJECT(グッドサイクルプロジェクト)」のフラッグシップとなるこのビルで、前述のデータ分析なども行いながら、今後は、オフィスのほか、病院や公共施設にも応用し、展開していく計画です。
#淺沼組YouTube公式チャンネル 名古屋支店改修プロジェクト コンセプトムービー(2021/09/15)
建物概要
建物名称:淺沼組名古屋支店
所在地:愛知県名古屋市中村区名駅南3-3-44
構造・規模:鉄骨造・地下1階・地上8階
建築面積:381.29m²
延床面積:2,779.64m²
事業主:淺沼組
デザインパートナー:川島範久
設計・監理:川島範久建築設計事務所+淺沼組一級建築士事務所
施工:淺沼組
竣工 : 2021年9月16日
「GOOD CYCLE PROJECT(グッドサイクルプロジェクト)」公式ページ
https://www.goodcycle.pro/
Instagram
https://www.instagram.com/good_cycle_project/
note
https://note.com/asanumagoodcycle/
プロジェクトチーム
*氏名右肩の印は、元所員または元社員を示す
設計・監理
建築:
川島範久建築設計事務所(担当:川島範久、國友拓郎、竹内翔平、石橋佑季*)
:淺沼組(担当:長谷川 清、岡崎紗矢、中村和晶、一天満谷奈緒子、水野克哉*)
構造
:淺沼組(担当:飛田喜則、本多貴英、林 晃子)
設備:淺沼組(担当:坂野秀之、伊田靖高、梅園佳宏)技術担当:淺沼組
技術研究所(担当:石原誠一郎、山﨑順二、新田 稔、荒木 朗、加藤 猛、森 浩二、古東秀文、山内豊英、DUONG NGOC HUYEN、松井亮夫、今井琢海)
監理
:川島範久建築設計事務所(担当:川島範久、國友拓郎、竹内翔平)
:淺沼組(担当:長谷川清、岡崎紗矢、飛田喜則、林 晃子、坂野秀之)
家具デザイン:TAKT PROJECT inc.(担当:吉泉 聡、本多 敦、間渕 賢、櫛笥友季未)
木テラゾー丸テーブルマテリアルデザイン:ForestBank™、狩野佑真(studio yumakano)
木ベンチ・木ソファ・キッチン・壁面収納・ボックスシート デザイン:川島範久建築設計事務所(担当:川島範久、國友拓郎)
外構植栽:GREEN SPACE(担当:辰己耕造、辰巳二朗)
室内植栽:Oryza(担当:藤原駿朗、佐藤啓介、中澤 京)
照明:CHIPS(担当:永島和弘、永島有美子)
音響機器設計・環境音源制作:WHITELIGHT(担当:牟田口 景)
土壁アート:久住有生(左官株式会社)
カーテン・テキスタイル:堤 有希
サインデザイン:Study and Design + 6kai(担当:古谷萌、湊村敏和、吉田壮一)
屋内階段サインコピー:Better(担当:鳥巣智行)
撮影:鈴木淳平