■今なぜ!? 新体験を標榜するリノベーションブランド発足
Photograph: Norihito Yamauchi(タイトル写真も)
東京・渋谷にある築40年超のマンション。
その1住戸の扉を開けると、自然光で柔らかく満たされたスペースが現れる。
続いて、前室・キッチン・ダイニング・リビング・就寝スペースがひとつながりの空間に。
全体が上質で表情豊かな素材で整えられ、細やかなディテールが施された室内には、都心とは思えない静謐さが漂う。
ここは2021年7月にオープンした、「SMARG(スマーグ)リノベーション」の第1弾デザインライン「THELIFE」のモデルルーム。
SMARG リノベーションのディレクションのもとにデザインを手掛けたのは、若手デザイナーの2人組・I IN(アイイン)。
市場が熟しつつあるように見えるリノベーション事業へ参入した背景と狙い、そしてハイセンスなデザインを基軸とした新ブランドの開発の可能性を、SMARG リノベーションを運営するグッドライフ 不動産事業本部 リノベ事業部 設計施工監理課の齋藤崇宏氏と、I INの湯山 皓氏と照井洋平氏に聞いた。
左から齋藤崇宏氏、湯山 皓氏、照井洋平氏
Photograph: toha
■ “中古らしさ”を感じさせないリノベーションを追求
Photograph: Norihito Yamauchi
── なぜリノベーションブランドを新しく立ち上げたのでしょう?
齋藤 グッドライフではこれまで10年間ほど不動産の商品を扱ってきた中で、まだまだ中古住宅の価値が世に認知されていないことを強く思っていました。中古不動産の市場価値をもっと上げていくために、今までにないリノベーションのかたちを追求しようと、リノベーション事業をスタートすることになりました。
商品開発にあたっては、我々のほうでも設計のキャリアはあるのですが、I INさんの提供する良質な住空間を妨げることがないように、キーコンセプトを立てるところからお願いをしました。I INさんからのアイデアに共感しながら、1つひとつ職人さんも踏まえて細かいところを全部詰めて、なんとかここまで商品として成立させることができました。
I INさんには、我々のビジネスライクな部分も理解していただきながら、新しいチャレンジができる案をいただけたので、第1弾のデザインラインをお願いすることになりました。
Photograph: Norihito Yamauchi
湯山 初めてお会いしたときにチャレンジングな姿勢をひしひしと感じ、「新しいリノベーション住宅の考え方ができそうだ」と思いました。
なかでも印象的だったのは、世界中の誰にでも届くデザインというよりは、「本当に響く人に100%届くデザインをしてほしい」というリクエストで、そこにも強く共感しました。
照井 日本では新築がメジャーで、リノベーション住宅が住まいの第一候補には挙がることはまだ多くありません。また、リノベーションいうと、古さやヴィンテージ感を残しながら手を加えるイメージが定着しています。でもそれでは、お客さんが限られてしまいますよね。新しいものを欲しい人とのギャップが埋まらないまま、ずっときている感じがします。
まったく中古らしさを感じさせないようにすることが、今回の根底にあったと思います。ヨーロッパでは特に、古い建物を新しくして魅力的なものにしています。我々もそうしたことをきちんとやることは初めての試みだったので、やりがいがありました。
齋藤 新築のマンションでも価値がすぐに下がっていくという考え方は、ナンセンスです。我々は、都心のマンションの仕入れに関しては強みを持っています。
おおまかに言うと、新築マンションの半分の値段で、同じ広さの中古マンションが買える。そこをリノベーションして、新築マンション以上の住空間を提供できるということで、今回このようなかたちでリノベーション事業をスタートさせています。
居住者層のイメージは単身者やDINKSがメインで、都心で普段ハードワークをされる中で、「家ではゆっくりとくつろぎたい」「ホテルライクで上質な暮らしを手に入れたい」という方々に向けています。
■ シームレスな生活に合わせた空間づくり
Photograph: Norihito Yamauchi
── 新ブランドにふさわしい間取りやディテールの説明をお願いします。
湯山 これからのライフスタイルがどうなっていくのか、どう変化しているのかということをまず考えました。今は、食事であったり、仕事をする、リラックスする、寝るなど、生活の中での行為がシームレスになっている感覚があります。それで、大枠では空間のレイアウトとしてなるべく空気がつながっていて、生活そのものもシームレスにできるような空間のあり方を考えていきました。
また、リノベーションのブランド化をしていくための仕掛けを、いくつか用意しました。例えば、木の壁面コーナーをアールとしていたり、天井の照明では、梁に沿って器具を入れていますが、端まではあえて伸ばさずに柔らかい光にしたり。そうしたブランドそのものを形づくる特徴を仕掛けとして、いろんなところに散りばめています。
Photograph: Norihito Yamauchi
齋藤 直接光源が見えないので、光の見え方としては柔らかいですし、帰ってきたときに部屋の中がほんのりと明るく、ゆったりとした空間にできましたね。
湯山 素材に関しては、何十年とその空間で使われるものなので、そのもののクオリティがしっかりと感じられる素材感で選びました。また、切った・貼ったという表現というより、なるべく体積を感じる素材の使い方をしています。
フローリングや壁面で使われている木は、通常の色よりかなり明るめとしています。私たちはいつも光を意識的にデザインしているのですが、明るい木の色にすることで光がすごくピュアなリアクションをするためです。
エントランスのガラスは、なるべく多くの外光を空間に広く届けたいということから採用しました。肉厚で深い凹凸のあるガラスで、光は通しながら向こうにあるものが抽象化された像となって見えてきます。
Photograph: Norihito Yamauchi
■ リノベーションを通じて住まいの選択肢を増やす
── 今回を振り返っての所感と、今後の予定を教えてください。
齋藤 第1弾のライン「THELIFE」について、実際につくっていただいたクオリティをよりよく担保できる体制を、社内で強化していきたいと思っています。多くの人に見ていただいて広めていき、そのまま第2、第3の商品開発も見据えています。
照井 以前は、住宅は住宅が得意なデザイナーが設計し、店舗は店舗、オフィスはオフィスと分かれていたものが、だんだんと混ざってきた感じがこの何年かであります。我々も住宅のデザインはほとんど経験がなかったのですが、店舗やオフィスの設計の感覚を住宅に持ち込めたのは新しい経験でした。
Photograph: Norihito Yamauchi
齋藤 私たちもデザイナーの選定の際に、店舗やホテルの設計が多い方のほうが、より新しいリノベーションができるのではないかと考えた面はあります。
照井 「日本でもこういうことをやっている」というメッセージが海外にも広がっていくことを、すごく楽しみにしています。
湯山 これを1つのきっかけとして、日本でも住宅の選択肢の可能性がもっと広がっていくといいなと思っています。家を探すとき、こういった感性が1つの選択肢として日本に広がっていくことで、デザインそのものにもっと人の関心や興味が向いていく世界につながっていけばいいなと思います。選択肢はたくさんあったほうが、豊かになるのだろうと思います。
斉藤 日本ではどうしても「家は一生に1度の買い物」という固定概念がありますよね。我々は「不動産」から「不」を外して「動産」にしたいという想いも持っています。仕入れからリノベーション、そして販売も踏まえて、住み手のライフスタイルが変わるときには家も簡単に住み替えができる提案も将来的にはしていきたい。そうした意味では今回、大きな一歩を踏み出すことができたのかなと思っています。
Photograph: toha
■ 不動産ビジネス×デザインでの化学反応に期待
「リノベーション」という言葉が一般的になってきている一方で、特に住まいではリノベーションに対するイメージが固定化しつつあるという指摘にハッとさせられたインタビュー。
既存の枠を超えたリノベーションを鮮烈なデザインを通して実現したいという事業者の想い、そしてコンセプトを醸成しながら的確に応えたI INのデザインアプローチが印象的である。
デザインだけを見てもおおいに注目できる取り組みだが、不動産ビジネスとデザインという面でも、大きな化学反応が起こることが期待される。
(jk)
Movie: toha
動画の内容
0:11 SMARGリノベーションについて
0:38 シームレスな空間のあり方を考える
1:21 狭いなかでいかに広く見せるか
1:44 空間を構成する素材の種類
2:10 新しいリノベーションの発信
3:25 SMARGリノベーションのビジョン