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「みんなの建築大賞」2025受賞の伊東豊雄氏 おおいに語る

「おにクル」のようなカジュアルな建築を、シンボル性ある建築との両輪で追求したい

2回目となる2025年の「みんなの建築大賞」で、大賞と推薦委員会ベスト1をダブル受賞した〈茨木市文化・子育て複合施設 おにクル〉。伊東豊雄建築設計事務所・竹中工務店JVによる設計だ。開館から1年で200万人が訪れるなど、その集客力は計り知れない。その一方、同じく伊東豊雄氏設計による〈せんだいメディアテーク〉や〈みんなの森 ぎふメディアコスモス〉と比べてシンボル性がないという批評もある。

伊東氏が10年以上取り組む「みんなの家」の影響は? 伊東氏の今後の設計の方向性は? 「みんなの建築大賞」の事務局を務めるTECTURE MAGとBUNGA NETプロデューサーの森 清氏が伊東氏にインタビューした(※)。

※ 聞き手・まとめは森氏による。「みんなの建築大賞」はTECTURE MAGとBUNGA NETとの共催により、本稿は同日に同じ内容を公開

伊東豊雄氏(伊東豊雄建築設計事務所代表)。インタビューは2025年3月3日に行った(写真:下も加藤 純)

伊東豊雄 | Toyo Ito

伊東豊雄建築設計事務所代表。AIA名誉会員、RIBA名誉会員、くまもとアートポリス・コミッショナー。1941年京城市(現・ソウル市)生まれ。1965年に東京大学工学部建築学科卒業後、1965~1969年菊竹清訓建築設計事務所勤務。1971年株式会社アーバンロボット(URBOT)を設立し代表取締役に就任。1979年株式会社伊東豊雄建築設計事務所に改称。1984年に〈笠間の家〉で日本建築家協会新人賞を受賞。その後も、1986年〈シルバーハット〉および2003年〈せんだいメディアテーク〉で日本建築学会賞作品賞、2002年ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞、2006年王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダル、2010年朝日賞、2010年高松宮殿下記念世界文化賞、2013年プリツカー建築賞、2017年UIAゴールドメダルなど、国内外の数多くの賞を受賞。
主な建築作品に〈せんだいメディアテーク〉〈多摩美術大学八王子図書館〉〈みんなの森 ぎふメディアコスモス〉〈台中国家歌劇院〉〈水戸市民会館〉などがある。

伊東豊雄建築設計事務所・竹中工務店JVが設計した〈茨木市文化・子育て複合施設 おにクル〉が、「みんなの建築大賞2025」の大賞と推薦委員会ベスト1をダブル受賞した。右は大賞のトロフィーで、左は推薦委員会ベスト1のトロフィー

インタビューに先立って「みんなの建築大賞 2025」の大賞トロフィーを事務局の1人、TECTURE MAG・加藤純編集長から授与した。2月10日の授与式ではレプリカが渡されていた(写真:森 清)

「みんなの家と自分のデザインのギャップが少しずつ埋まってきた」

── 伊東さんが「みんなの家」に取り組み始めてから、もう10年以上が経ちました。これまでやられて、「茨木市文化・子育て複合施設 おにクル」(以下「おにクル」)など、自分の設計に影響を与えたことはありますか。

伊東:3・11以前に手掛けた建築は、地方とはいっても大体、都市部ばかりでつくっていたのです。3・11の後、初めて被災地へ行きまして、そこで会った人たちは、都市とはほとんど無縁の人たちでした。農業や漁業を生業(なりわい)にしてきた人たちが考えていることはそれまで出会った人たちとはずいぶん違っていました。言い方を変えれば、近代化の恩恵をほとんど受けていない人たちだったのです。

そういう人たちに、どういう建築があり得るのか。特に仮設住宅に住み始めた人たちだったので、今まで住んでおられた家と比べて、仮設住宅はずいぶん狭いし、閉鎖的であることに、そうとうショックを受けておられた。そういう人たちに対してどういう建築を提供すれば少しでも元気になってもらえるのだろうか、ということから考え始めたのです。

ですからそれまで僕らが考えてきた都市の建築とはかなり違った。端的に言えば、彼らが住んできた民家の縮小版を、みんなの家として考えたということです。それまで自分が考えてきた建築との間のギャップが大きかったので、その後も考え続けています。そのギャップをどう捉えていったらいいのかと。

そんなに簡単に埋まるものではないので、今も考え続けてはいるのですが、少しずつ埋まってきてはいます。住民がどのように活用してくれるのか、というようなことを考えて今回の「おにクル」に至ったという意味では、「おにクル」はみんなの家とつながっています。

── 「おにクル」の具体的なデザインについてお聞きします。せんだいメディアテーク(以下「せんだい」)や、ぎふメディアコスモス(以下「ぎふ」)とプログラムは似ています。しかし、「せんだい」ではチューブなどの構造、「ぎふ」ではグローブなどの環境と、技術的なテーマに挑戦された。今回の「おにクル」ではプログラムに特化しているのかなという印象です。

伊東:そうですね、プログラムに特化しているというかシンボル性がなくなったというような言い方もできると思うのです。そのことが利用する人にとっては、気楽に使えるというかカジュアルな建築になったので、それが住民の皆さんが喜んでくださった最大の原因かなとは思っています。

── 「おにクル」に関して、建築雑誌でシンボル性がないという批判的なコメントを見て、個人的にはちょっと違うのかなと思ったのですが、建築家仲間とか、伊東さんの周囲の皆さんからはどんな反響がありましたか。

伊東:今まで僕の建築が「せんだい」にしても、「ぎふ」にしても比較的評価を受けていたのは、そういうシンボル的な部分がありながら、利用者に開かれていたからだと思います。今回の建築はそういうシンボルという面が消えてしまっていることを、従来の私の建築からすると、物足りないと見る方もいるし、それが新しいというふうに見る方もいる。評価はいろいろあると思います。

「おにクル」1周年記念時の芝生広場(写真:以下4点は伊東豊雄建築設計事務所)

「おにクル」1周年記念時に芝生広場から見た全景

「おにクル」1周年記念時の大屋根広場

「おにクル」オープニング時の1階オープンギャラリー

「おにクル」の「縦の道」を7階から見下ろす(写真:中村 絵)

── 「おにクル」の「縦の道」をエスカレーターで上がっていくとき、伊東さんのこれまでの建築にはない何か体験の象徴性というものをすごく感じました。伊東さんは実際に空間を体験する人のことはあまり意識されていないのですか。

伊東:「縦の道」は、設計してるときはそれほど意識していなかったのです。けれども出来上がったものを見ていると想像以上に「縦の道」によって、さまざまなプログラムが混然となったという印象はありますね。

ただ、今まで「ぎふ」にしても「せんだい」にしてもわりと何と言うかな、建築自体がはっきりとした枠を持っていて、つまり内と外ですね。それによって内の明快な空間を、外とはまったく違うものと意識してつくっていたのです。けれども今回は内を、外と連続的につくっているので、そのことも来る人にとっては、親しみやすさとか入りやすさにつながっているという気はしますね。

── かつて「ぎふ」を取材したとき、外壁のデザインをどう理解していいのか戸惑った記憶があります。たぶん、内外を区切るスキンとしてさりげなくデザインされていた。「ぎふ」と今回の「おにクル」では外壁の扱いは、どう区別されているのですか。

伊東:「ぎふ」の場合は80m×90mという正方形に近い平面形です。外と連続させるために外部が貫入している部分としてテラスなどはつくったのですが、「おにクル」に比べるとやはり、閉じているというか、内外がはっきり分かれてしまっている。今回の「おにクル」はシンボル性がなくなったぶん、内外を気楽にと言ったら語弊があるのかもしれないけれども、連続的につくることができた。周りの環境との関係をより親しみやすくつくることができたという言い方はできると思います。

2015年7月にオープンした〈みんなの森 ぎふメディアコスモスみんなの家のファサード(写真:中村 絵)

〈ぎふメディアコスモス〉2階の岐阜市立中央図書館には、光や空調を制御する「グローブ」と呼ぶドーム形のテント膜が、波打つ天井の下に11個しつらえられている(写真:中村 絵)

〈ぎふメディアコスモス〉のグローブ(写真:中村 絵)

子育て支援施設との複合が想定外の状況を生む

── 今回の「おにクル」は事業プロポーザルだったということで、設計的にこれまでと違うような制約があったのですか。

伊東:いや、特にはなかったのですが、子育て支援の施設が入っているのは最初ちょっと驚きました。今までのケースはすべて文化的なプログラムだけでまとめられていたので、今回は「子育て!?」と思ったのです(笑)。ホールとうまく混在できるのだろうかということに最初戸惑いました。

実際には逆に面白いことになりましたね。普段はホールなんかに来ないような人たちが日常的にやってくる、というような状況も生まれていて…。

── 開館から1年で200万人が来館するというちょっと計り知れないような状況ですね。

伊東:そうなんですよ。そういう来館者数は考えてもいなかったような数字ですね。ただ、それは我々が設計する以前から、茨木市では結構いろいろな活動が活発に行われていて、自治体がそれを主導的にやっていた。そうした下地があって「おにクル」ができたことで、そこに住民の人たちが集結してきた、というようなことではないでしょうか。ですから、自治体の先見性というか、そういうところは非常に大きかったと思います。

── その自治体の先見性とか思いというのは建築のデザインにも現れていますか。

伊東:いろいろなものを混在するというのは、管理側からすれば面倒なことなので嫌われることが多いのですが、今回はむしろ自治体側が積極的に「混在させていこう」という方針でした。事務所の担当者としては非常にやりやすいプロジェクトだったと言っています。

「おにクル」2階「わっくる」の日常風景(写真:以下3点は伊東豊雄建築設計事務所)

「おにクル」2階の「おはなしのいえ」の外観

「おにクル」4階大ホールの開演日の様子

「おにクル」5~6階のメインライブラリー(写真:中村 絵)

「おにクル」5~6階の「縦の道」まわりを見下ろす(写真:伊東豊雄建築設計事務所)

── 「おにクル」の設計を手掛けられ、たとえシンボル性がない中でもあれだけ人を集める建築が出来上がって、建築家としてかなり戸惑われている様子でした。今後どうするかというのはなかなか難しいと思うのですが、具体的にはこんな建築を考え始めているというのはありますか。

伊東:新しい建築としては、大阪・関西万博のEXPOホール〈シャインハット〉があります。これは「おにクル」とはまったく違う性質のもので、非常にシンボル性も強くて、モニュメンタルなものを考えています。一方で「おにクル」のようにシンボル性がなくカジュアルで誰でも訪れやすい建築も設計しています。両方とも意味はあると思っていますので、今後も一本化するというよりは、プログラムに応じて両方のやり方があるのではないかと考えています。

ただ、「おにクル」でやったことはもっと追求していきたいなと思っています。そういう施設にとって、シンボル的なものは、かえってないほうがいいのではないかと考えています。

── シンボルがないことがシンボルになる、と。

伊東:そうですね。ですから、何か新しい建築の美学と言いますか、そういうことをこれからもっと詰めていかないといけないなとは思っています。

── そうした流れの中では、台中のオペラハウス(台中国家歌劇院)でデザインした洞窟的で、かなり落ち着いた空間というのはなかなか生まれる可能性が低い、と。

伊東:台中のオペラハウスのような建築は、かなりモニュメンタルな要素が強い。それに対して今、台湾の新北(しんぺい)で新しく設計している複合施設は子どものための未来館(国家児童未来館)で、規模はすごく大きいのですが、どちらかといえば「おにクル」の延長のような、いろいろな要素が混在している建築です。特別なシンボルがあるというよりは、たくさんの場所があって、それぞれに楽しんでもらえることを追求しています。

事務所として思想を共有していかないと駄目だと痛感

── これまで伊東さんの事務所では、平田晃久さん(現・平田晃久建築設計事務所)のような優秀なスタッフがいて、伊東さんを刺激して新しいデザインが生まれていました。最近のやり方、スタッフへの期待はどんな感じですか。

伊東:そうですね。今までは5人なら5人と、一定の人数のチームを組んで、チームの中でそのプロジェクトを考えていくというやり方だったのです。最近は若いスタッフの人たちがいまひとつ元気がないので、古くからいる人たち全員と、プロジェクトの担当者を交えて、最初の段階でみんなで意見を出し合うスタイルに少し切り替えて進めています。

設計チーフと呼んでいる人が6~7人いるのですが、そういう人たちはどのプロジェクトにも関わって最初のアイデアを出していこうというやり方です。事務所としてやはり思想を共有していかないと駄目だということを痛感しています。

設計チーフには泉 洋子さんと東 建男さん、古林豊彦さんというベテランの世代がいて、その下の世代が元気なので、「おにクル」を担当した神崎夏子さんにも最近、設計チーフになってもらいました。あと矢部倫太郎さん、樽谷 敦さん、山崎拓野さんです。

伊東豊雄建築設計事務所の「おにクル」担当の主なメンバー。前列、伊東氏の左隣が東 建男氏。後列の右手から順番に古林豊彦氏、神崎夏子氏、木枝周平氏、樽谷 敦氏(写真:森 清)

── 25年春にまた書籍を出されるみたいですね。

伊東:『風の変様体』と『透層する建築』という2冊を青土社で、10年ぐらいごとにまとめていたのですが、2000年以降、もう20年以上にわたって続編ができていない。それを1冊にまとめたものが、25年5月ぐらいに発行される予定です。それから「建築って何だろう」というタイトルで毎年、伊東建築塾でレクチャーを行っているのですが、昨年話した内容をベースにしながら、自分でこの1年間繰り返し考えたことをまとめて平凡社から発行する予定です。こちらは、大阪・関西万博がちょうど始まる4月ごろに出す予定です。

── 最後に「伊東建築塾」と愛媛県今治市の大三島での活動状況を教えてください。

伊東:まず、大三島での活動も10年が過ぎて、ようやく少し建築的なことができそうかな、という時期になりつつあります。島の高齢者たちは、「もう何もしなくていい」と言っているのですが、高齢化して人口が減っているので、大三島をそんなに観光地にはしたくないと思ってはいるのですが、もう少し元気にしたいなと考えています。この10年間、結局何もできなかったのですが、ようやく少し動き出しそうな感じになっています。

一方、伊東建築塾の「こども建築塾」は毎年少しずつ順調に成長していると思っています。先週の3月1日の土曜日に今年度最後の講評会があったのですが、なかなか面白いですよ。小学校の4~6年生、10~12歳ぐらいの子どもですが、僕らが子どもだったときとはかなり違って、すごく成熟していて優秀です。それと初期の塾生たちが大学生になり、TA(ティーチングアシスタント)としてサポートに来てくれたりするので、いい関係で動いています。

中間講評や最終講評会など、年に4回ぐらいは子どもと一緒にお父さんやお母さんも来てくれるので、良い教育の機会になっています。やはりお父さんやお母さんに建築を学んでほしいのです。比較的意識の高い家庭の子どもたちが来てくれています。九州でもやり始めて今年で3年目になります。4月からまた始まるのですが、福岡市は若い建築家が集まりやすい環境にあるので、「東京に負けない」という意識ですごく頑張ってくれています。

(2025.3.3 伊東豊雄建築設計事務所にて)

Interview & text: Kiyoshi Mori

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