2026年7月5日初掲、7月16日 田根 剛氏へのインタビューを更新
東京・日本橋のコレド室町1にある日本橋三井ホールにて、現代美術家の宮島達男氏(1957-)が制作中の作品〈Sea of Time – TOHOKU〉の公開実証実験が、7月4日・5日と11日・12日の4日間限定で行われました。

Photo: TEAM TECTURE MAG

〈Sea of Time – TOHOKU〉公開実証実験 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG
〈Sea of Time – TOHOKU〉は、2011年に発生した東日本大震災をきっかけに、震災の犠牲者の鎮魂と震災の記憶の継承、そしてこれからの未来を人々と共につくることを願い、東北に想いを寄せる人々と協働して進行中のアートプロジェクト「時の海 – 東北」を象徴する作品として制作されます。
同作品を恒久展示する施設〈時の海 東北 美術館〉の建設を、太平洋を望む、福島県富岡町の高台に予定しており、この美術館の設計を、建築家の田根 剛(ATTA: Atelier Tsuyoshi Tane Architects)が、美術館のヴィジュアル・アイデンティティ(VI)計画をグラフィックデザイナーの長嶋りかこ氏(village®️)がそれぞれ担当しています。
『TECTURE MAG』では、7月4日に日本橋三井ホールにて行われたプレスカンファレンスを取材。田根氏へのインタビューも行いました(後日掲載予定)。
〈Sea of Time – TOHOKU〉の作品概要および今回の実証実験、そしてプロジェクトの最新の状況を伝えます。
注.実証実験会場は撮影禁止、メディアは許可を得て撮影・掲載

〈Sea of Time – TOHOKU〉公開実証実験 プレスカンファレンスに登壇したプロジェクト関係者(左から、田根 剛、長嶋りかこ、宮島達男の3氏) Photo: TEAM TECTURE MAG
メディアとの質疑応答で、田根氏起用の背景を尋ねられた宮島氏は「1つは若さ。そして僕の周囲で田根氏を推す声が多かったこと。決め手となったのは、田根氏が改修設計を手がけた〈弘前れんが倉庫美術館〉の手すりのデザイン。手に触れたときの感覚がとても良かった」と語った。
・〈Sea of Time – TOHOKU〉とは
・〈Sea of Time – TOHOKU〉実証実験 会場風景と開催概要
・長嶋りかこ氏が美術館ロゴのデザインに込めたもの
・ATTAが設計する〈時の海 東北 美術館〉建築概要
・田根 剛氏インタビュー:「建築家の仕事は人々の未来をつくること」
本作〈Sea of Time – TOHOKU〉は、1から9の数字が明滅を繰り返すデジタルカウンターを用いたインスタレーションで知られる宮島達男氏が企画、制作中の作品です。3,000個のLEDカウンターガジェットで構成されます。従来の宮島作品と異なる点は、ガジェットが9から1を刻む間隔・カウントスピード(タイム)を、本作のために東北ほか各地で実施されたワークショップの参加者がそれぞれ設定していること(詳細は後述)。生命の永遠性を象徴するとともに、ガジェットに込められた「想い」と「時間」の集積が表現された作品です。
2029年の完成を目指している〈時の海 東北 美術館〉に恒久設置されることで、人々の記憶と祈りを未来へとつなぎ、”光の海”として輝き続けます。

〈Sea of Time – TOHOKU〉完成イメージ ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects

宮島達男氏による〈Sea of Time – TOHOKU〉コンセプトドローイング(2024)
光の明滅時に生じるグラデーションなどが表現されているとのこと
〈Sea of Time – TOHOKU〉は、2029年の完成を目指している〈時の海 東北 美術館〉の館内、22.5×40mの”プール”に設置されます。今回の展示はその約2/3の規模とのこと。
「これほどのボリュームでの展示はこれまでやったことがなく、全体的にどのように見えるのか、本番に備えていちど試してみたかった。美術館建設のための資金を今、募っている最中でもあるので、未来へ向けた「時の海 – 東北」プロジェクトについて人々に知ってもらいたいと、今回の実証実験を急遽、公開することにしました」(プレスカンファレンスに登壇した宮島氏のコメントより)

2026年に富岡町に設立された[とみおかワイナリー]と「時の海 東北」プロジェクトとのコラボレーションラベルについて説明する宮島氏。売上の一部は美術館建設費用に充てられる Photo: TEAM TECTURE MAG

〈Sea of Time – TOHOKU〉公開実証実験 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG(許可を得て撮影)

〈Sea of Time – TOHOKU〉公開実証実験 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG(許可を得て撮影)

〈Sea of Time – TOHOKU〉公開実証実験 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG(許可を得て撮影)
会期:2026年7月4日(土)・5日(日)・11日(土)・12日(日)
開場時間:10:00-19:00
会場:日本橋三井ホール
所在地:東京都中央区日本橋室町2丁目2−1 COREDO室町1 5F ※エントランスは4F(Google Map)
観覧可能時間:60分、日時チケット予約制(Artstickerサイトに要ログイン)
定員:各回50名
観覧料(税込):1,800円 ※収益は〈時の海 東北 美術館〉設立準備に充てられる
詳細・チケット販売:
https://artsticker.app/events/134248
主催:「時の海 – 東北」プロジェクト実行委員会、一般財団法人福島富岡文化財団
協賛:三井不動産
後援:富岡町
ウェブサイト
https://seaoftime.org/
note
https://note.com/seaoftime_tohoku
インスタグラム
https://www.instagram.com/seaoftime_tohoku/
YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@seaoftimetohoku
#Tatsuo Miyajima Studio YouTube:「時の海-東北」プロジェクト、“Sea of Time – TOHOKU” Project(2020/07/22)
長嶋りかこ(village®️)氏がデザインした美術館のロゴマークは、これから立ち現れる作品と建築空間のイメージ、そしてその先に広がる福島の海と空の景色イメージを、明朝体とゴシック体という異なるフォントで表現されています。
このデザイン背景には、3,000個のLEDカウンターガジェットのカウントスピード(タイム)の設定に協力した、ワークショップ参加者ひとり1人の想いがあります。ある人は、震災で亡くなった肉親の誕生日を。またある人は、結婚記念日と震災直後の生をうけた子が誕生した時間を。2026年3月末時点の参加者数2,922人それぞれが考え、未来への想いを込めて設定した数字です。
本プロジェクトに関するプレスリリースによれば、「異なる肌触り、その間に立ち現れる境界。異なる価値観を持つ人々と共に在ること、そして共につくること。そうしたさまざまな思想を受け止めて対話を促し続けていけるような、美術館が目指す姿を体現したロゴマーク」とのこと。
〈時の海 東北 美術館〉ロゴマーク デザイン:長嶋りかこ(village®️)
3.11の犠牲者への鎮魂の想いと、震災の記憶の継承、これからの未来をともに作ることを願った〈時の海 東北 美術館〉は、想いも意見も背景も立場も違う、異なる人々の心が出会う場所でもある。
震災を経験した人 / しなかった人、大切な人や家を喪失した人 / しなかった人、福島の状況を知る人 / 知らない人、原発反対の人 / 賛成の人、ここに暮らす人 / 暮らしていない人など、
さまざまな意見や状況があり、このような2種の間にはたくさんのグラデーションがあり、複雑な景色が広がる。
多様に異なる人々が同じ海を見ながらそれぞれに想いをめぐらせる場所としてのロゴは、ゴシック体 / 明朝体、日本語 / 英語、と異なるもの同士を同じ大きさで並列した。
それにより、双方の文字の間に見えてくる空白の直線は空と海を繋ぐ水平線のようでもある。
異なるもの同士が海とともにここにあり、水平線のように双方を繋ぎ、滲むような場所になることを願う。(長嶋りかこ)

〈時の海 東北 美術館〉鳥瞰イメージ ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects
宮島氏が約3年にわたって東北を歩きまわり、ようやく巡り会えた敷地で、建設の要である太平洋を望む立地
美術館建築について
美術館建設予定地は、福島県富岡町の海が望む高台にあります。敷地面積36,744m²(サッカーコート約5面分)にも及ぶ広大な土地には、山と海が出会う豊かな自然環境が広がり、予定地の入り口から海側に進むにつれて徐々に波の音が聞こえる、サウンドスケープのグラデーションが美しい場所です。
この場所は、東京電力福島第一原子力発電所と福島第二原子力発電所のあいだに位置しています。そうした場所において、本美術館はこの土地に刻まれた記憶や歴史と向き合いながら、未来へと開かれた新たな文化の場をつくる試みでもあります。美術館の設計を手がけるのは、場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに掲げる建築家の田根 剛氏。大地にそっと抱かれるような円環状の建築は、周囲の地形と静かに呼応しながら自然と一体となり、沈黙、音、そしてアートが響き合う場を生み出します。(「時の海 – 東北」プロジェクト実行委員会によるプレスリリースより)

〈時の海 東北 美術館〉マスタープラン ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects
大きな円形の建物が展示室。本プロジェクトの軌跡をまとめた書籍も制作予定で、閲覧のための空間やカフェなども建設予定

〈時の海 東北 美術館〉外観イメージ(北側 出入口付近) ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects
建物の外周部の石は、震災復興の途上で不要となった石材のほか、富岡町および被災地でも集める計画とのこと(プレスカンファレンスにて田根氏談)

〈時の海 東北 美術館〉外観イメージ(南側) ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects
来館者は、敢えて長めに設定された小径を歩き、作品鑑賞へと向かうアプローチとなっている

〈時の海 東北 美術館〉内観イメージ ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects
作品を取り囲むスロープ状の観覧スペースは、土(つち)でつられる予定(インタビュー取材時、田根氏談)
『TECTURE MAG』では、プレスカンファレンス終了後に田根氏に単独インタビューを行いました。今回のプロジェクトに参画することになった経緯や、「3.11」への思いについて話を聞いています。
——先ほどの会見での質疑応答で、田根さんに設計を依頼した理由を宮島さんに尋ねたところ、未来の象徴でもある若さ、そして田根さんを推す声の多さ、加えて決め手となったのが、田根さん改修設計を手がけた〈弘前れんが倉庫美術館〉の階段の手すりを握ったときの感触の良さであったとのことでした。
田根 剛
隣で聞いていて、嬉しかったですね。僕たちはいつも、人の手が触れる部分はオリジナルでつくるように心がけているので。〈弘前れんが倉庫美術館〉でも、手すりはとくに頑張ってデザインした部分です。それを宮島さんにわかってもらえた。

東日本大震災で被災した石巻市内の様子(Photo: Tsuyoshi Tane)
——田根さんは、東日本大震災が発生した2011年3月11日は、拠点を構えていたパリにいて、同年の5月に宮城県石巻市に入り、被災地を視察したとのこと。当時のことを振り返っていただけますか。
田根 剛
ニュースで流れてきた被災地の状況があまりにもショックで、一時期は映像を見ることを避けていました。でも、やはり、同じ時代に生きている者として、現地で何が起きたのかをこの目で見なければいけないと思い直し、帰国しました。その一方で、生半可な気持ちで行ってはいけないという葛藤もありました。石巻を訪れた後、建築家としていろいろな活動も行いましたが、結果的にどれもかたちにできず、何もできなかった。
——それは、どのような提案や活動だったのですか。
田根 剛
そもそも、被災した地方のまちには、いわゆるシャッター商店街や空き家といった諸問題が潜在的にあります。日本の近代史や都市計画を100年ほど遡って調べ、10万人都市の地域と環境をテーマにしたまちづくりを提案したのです。いろいろなマスタープランやグランドデザインを学生たちとともにつくりました。欧州の都市計画家にも来てもらい、ワークショップをやったり。でも、具体的な結果には至りませんでした[*1]。例えば内藤 廣さん[*2]のようにずっと被災地と正面から向き合ってこられた方々とは比べれば微々たるものです。その内藤さんに何度も相談してきましたが、「建築家の負けだよ」と仰っていました。忸怩たる思いをずっと抱いていました。
——2023年に宮島さんから美術館の設計依頼があったとき、「嬉しかった」と先ほどコメントされていましたが、そのような背景があったのですね。
田根 剛
宮島さんには二つ返事で「やります!」と。ただ、その一方で、被災地にはこの10年ほど足を運べていないのと、計画地の福島に僕は行ったことがなかった。そして過去に一度でも建築の無力さを味わったこと、FUKUSHIMAという土地に対して、正直、躊躇はありました。それがふっきれたのは、富岡町(とみおかまち)での体験でした。海を一望できる敷地を求めて、3年ものあいだ東北の沿岸を歩きまわっていた宮島さんから、2023年7月頃に「ここだ!という土地を見つけたから一緒に見てほしい」と誘われたのです。イメージ通りのローケーションも素晴らしかったのですが、地元の小学校を訪れて、子どもたちが元気に走り回っている姿を目にしたとき、はっとなったのです。彼らが生きていく未来を、大人が約束できないなんて言えない。この仕事は、何がなんでもやらなくちゃ、いやむしろやるべきだと。
——詳しくお聞かせください。どのような気づきがあったのでしょうか。
田根 剛
計画地がある富岡町は、東京電力福島第一原子力発電所(原発)と第二原発に挟まれています。数年前にやっと避難指示が解除され[*3]、住んでいた人々が戻り始めている。そして戻りたくても戻れない人たちもいる。いろいろな複雑な思いや事情、風評被害などもあるなかで、富岡町での生活を選び、家族と暮らす人々がいる。元気に走り回る子どもたちの姿からは確かな未来を感じました。それに比べて、大人たる自分はいったい何をモヤモヤとしているのかと。彼らが育ってるこのまちで、建築家として、宮島さんのプロジェクトに参加したいという意志が一層、強くなった瞬間でした。

〈時の海 東北 美術館〉模型 ©Atelier Tsuyoshi Tane Architects
——先ほどの記者発表では、宮島さんからも「これは人々の未来をつくるプロジェクトである」という説明がありました。
田根 剛
そもそも僕は、建築家は未来をつくることが仕事だと捉えています。宮島さんも同じ思いでしょう。被災地では、壊れた建物を震災遺構として過去を保存したり、鎮魂や慰霊のための施設も建てられています。そこに是非を問う余地はない。けれど無情にも、時は動き続けていて、被災当時を覚えていない、知らない世代も増えていきます。これからつくろうとしている〈時の海 東北 美術館〉は、3.11に思いを寄せつつも、人々が未来に向かい、前に進んでいくための場所にしていきたいのです。展示とは別棟でつくる小さなライブラリーでは、LEDガジェットのタイム設定のためのワークショップに参加してくれた人々がしたためたテキストの全文を読むことができる、国内外の人々と思いを共有する場となります[*4]。人々が何度でも帰ってこられる場所、それが我々がつくりたい〈時の海 東北 美術館〉です。
——そんな未来のための建築を、普請(ふしん)という建て方でつくろうとしていますね。
田根 剛
「普=あまねく、請=こう」という、日本に昔からある考え方です。資金[*5]や技術、建設の労力といったさまざまな協力を多くの人々に仰ぐ。メディアの皆さんには情報発信の協力をお願いしたい。
建物の基盤と外周部には石を使いたいと当初から考えていて、震災復興の過程で行き場を失った石や岩の集積場から提供を受ける話が進んでいます。富岡町に近い沿岸部からも集めて、これらの石や岩で建物の基盤をつくっていく計画です。内部空間、宮島作品のまわりは緩やかなスロープとし、これを土(つち)でつくる予定です。宮島作品を囲むように腰を下ろし、いろいろな思いと静かに向き合うのみならず、イベントなどもできるようにもしたい。人々と一緒に未来(フューチャー)を構築していける場になればと考えています。
[了]
2026年7月4日〈Sea of Time – TOHOKU〉公開実証実験会場にて取材(Text and photos by Naoko Endo / TEAM TECTURE MAG)
*1.田根氏による都市計画提案は、東京・外神田にあった文化芸術複合施設・アーツ千代田 3331(2023年3月31日閉館)にて行われた、東日本大震災復興支援「つくることが生きること」東京展(2013年3月9日〜31日)での展示や、田根氏自身の講演会などで一部が公開されている。
*2.岩手県陸前高田市 高田松原津波復興祈念公園にある陸前高田市東日本大震災追悼施設は内藤廣建築設計事務所が設計、2022年竣工。同年3月11日から翌年3月9日まで、都内〈紀尾井清堂〉にて「奇跡の一本松の根」展を陸前高田市ほかと共催
*3.福島県富岡町では、2017年4月1日に帰還困難区域を除いた町面積の約88%にあたるエリアの避難指示が解除されている
*4.プロジェクトの公式ブックは、VIデザインを担当している長嶋りかこ氏の監修のもと、1冊にまとめる準備が進められている
*5.計画当初は14億円だった建設費用は、昨今の資材および人件費などの高騰により、20億円と見積もられている。「時の海 – 東北」プロジェクトでは各種支援を募っている
#Atelier Tsuyoshi Tane Architects: Sea of Time – TOHOKU Project
「時の海 – 東北」プロジェクト 公式インスタグラム
https://www.instagram.com/seaoftime_tohoku/