コロナ禍が都市にもたらした負の遺産をアートに
東京・六本木の国立新美術館の館内のパブリックスペース、1階中央インフォメーションのカウンター背面に、ロンドンを拠点に活動する建築家ユニット・PAN- PROJECTS(パン プロジェクツ)の作品〈The Matter of Facts〉が2021年12月20日までの期間限定で展示されています。
この作品は、東京都内の公共機関や商業施設で発行された広報物、とりわけ、いわゆるコロナ禍の影響で、開催中止・延期となったイベントなどの印刷物で構成されているのが大きな特徴です。
これらを「都市の記憶」として再提示し、国立新美術館の1階中央インフォメーションカウンターと一体化した大型インスタレーションとして展示。事実や事柄(=facts)の伝達手段であり、かつ痕跡でもある大量の印刷物の集積から成る〈The Matter of Facts〉は、コロナ禍の「都市の記憶」を留め、私たちが生きる「現在地」を新たに捉えようとする試みです。
制作はPAN- PROJECTSの2人
作品を制作したPAN- PROJECTSは、2017年に八木祐理子、高田一正の両氏が設立した、ロンドンを拠点にする建築設計事務所。現在はヨーロッパを中心に活動しています。
アーティスト プロフィール:
PAN- PROJECTS
ロンドンを拠点にする建築設計事務所。2017年に八木祐理子、高田一正により設立され、ヨーロッパを中心に活動している。
多様な社会を尊重し、推し進める建築の在り方を目指す。主なプロジェクトに〈Paper Pavilion〉(コペンハーゲン、2017)、〈The Playhouse〉(東京、2020)など。CHART ART FAIR 最優秀賞(2017)、ヴェネツィア・ビエンナーレYEA入賞(2021)、他受賞多数。高田一正
早稲田大学建築学科、デンマーク王立芸術アカデミー修士課程修了後、PAN- PROJECTS共同設立。王立英国建築家協会(RIBA)およびデンマーク建築家協会登録建築家。八木祐理子
京都工芸繊維大学造形工学課程、同大学院建築学専攻修了。Atelier Lise Juel 勤務を経て、PAN- PROJECTS共同設立。デンマーク建築家協会登録建築家。PAN- PROJECTS 公式ウェブサイト:https://pan-projects.com/
『TECTURE MAG』では、8月11日に作品が展示された1カ月後に、写真とともに概要を掲載しました。
本稿では、PAN- PROJECTSからのコンセプトの寄稿(和英文)と、設営中の画像もそえて、作品について詳しく紹介します。
コンセプト
この作品は、我々が実感することのできる事実、事柄の集積から、我々の現在地を把握し直すことを促すものである。
古来より人間社会は疫病など姿の見えない強大な恐怖に抗う手段として、人々がすがる事ができる物体を建設し社会の安定を図ろうと試みてきた。かつて神という超自然的な存在の信仰により支えられてきたこの社会の精神基盤を支持する手法は、人類の発展に伴い科学に取って代わられ、我々はそれを情報として受け取ることで事態を把握し社会的・精神的安定を得てきた。
しかし、現代を生きる我々の時代を支えてきたこの科学の情報に基づく基盤はCOVID-19 の出現により、極めて不確かなものであることが露呈し、我々の社会の秩序は根底から揺れ動かされている。科学が翻弄され続ける現象と、日々更新される不確かな情報の渦が産み出すこの不安定な情勢は、我々の生活を脅かし、もやっとした、捉えどころのない不安が、今、社会を覆いこんでいる。
この不安が我々の信ずるものの基盤の揺らぎ、つまりは捉えどころの無い情報の錯綜に端を発するものであるのであれば、今我々にできることは事実を事実として認識することのできる事実のみを拾い集め、その行為を通して我々の現在地を把握し直すことではないか。
The Matter of Facts はCOVID-19 に社会が影響を受け始めた時期以降の印刷物を集積した物体であり、これらは大きな流行の中で起こった、もしくは起こらなかった事柄を映し出す。それらはつまり、我々の眼前にあった日常から、失われたもの、変化したもの、新しく出現したもの、変わらないもの、そうした事実を反映した情報物である。こうした身の回りで起こっている変化を俯瞰し、つなぎ合わせ、我々のいる現在地を、個々人が自らのスケールから把握し直すことによって、我々はこの捉えどころの無い不安に対し抗う一つの術を得る。
PROJECT DESCRIPTION
This work was designed to urge viewers to reexamine their present place based on an accumulation of perceptible facts.
Since ancient times, human beings have attempted to create social stability by constructing objects that people can rely on in order to ward off the invisible and powerful fear created by things such as epidemics. This method of bolstering the spiritual foundations of society, which in the past was supported by our faith in a god (i.e., a supernatural entity), was replaced by science as the human race developed. This information enabled us to understand our situation, and provided us with a sense of social and spiritual stability.
However, the emergence of COVID-19 has exposed the extremely precarious nature of this scientific foundation, which underpins the era in which we live, and shaken the social order to the core. This unstable situation, which has given rise to a variety of phenomena that disparage science, and a whirlpool of constantly updated, dubious information, poses a threat to our lives, and has caused a hazy, elusive sense of anxiety to envelop our society.
This anxiety has upended the foundations of our beliefs. Assuming that this situation emanated from the tangle of dubious information, it would seem that the only option we have is to amass only recognized facts, which can be verified as the truth, and through this action, reaffirm our present place.
The Matter of Facts is an object made up of an accumulation of printed matter dating from and after the time that COVID-19 began to exert an effect on our society. These materials are reflective of things that occurred, or as the case may be, did not occur, as part of wide-ranging trends. In other words, this collection of information mirrors facts that disappeared, changed, newly emerged, and remained the same in our daily lives. By taking a bird’s-eye view of the changes that occurred in our surroundings, and joining them together, we arrive at a technique of counteracting the elusive sense of anxiety by reaffirming our present place on our own scale as individual people.
制作風景
おススメの時間帯は日没後
展示場所は観覧料不要のエリアにて、会場が実施しているCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策のもと、作品を無料で見ることができます。
とりわけ、集積物へのライティングの光が増す日没後がおススメです。黒川紀章の設計で知られる国立新美術館のガラスの曲面ファサードから差し込む、太陽の沈む時間が早い冬季は、会期終了日に向けて美しい鑑賞時間が日に日に増えていくインスタレーションです。(en)
PAN- PROJECTS〈The Matter of Facts〉開催概要
アーティスト:PAN- PROJECTS
構造設計:富岡庸平、藤本貴之
照明デザイン:ライティング ルーツ ファクトリー
施工:accamplish Co., Ltd.(アカンプリッシュ)
クライアント:国立新美術館
助成:公益財団法人野村財団
協賛:ロバート・ウォルターズ・ジャパン
写真提供:PAN- PROJECTS
会場:国立新美術館 1階中央インフォメーション
展示期間:2021年8月11日(水)~12月20日(月)
公開時間:同館の開館時間に準ずる
休館日:毎週火曜(開館する11月23日[火・祝]を除く)
※COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染予防・拡散防止対策を実施中(詳細は公式ウェブサイトを参照)
国立新美術館公式ウェブサイト
https://www.nact.jp/