近年、海外で注目されている「アダプティブリユース」とは、歴史的な建築物を保存するだけでなく、現代社会に「適合(アダプティブ)」させ「再利用(リユース)」するというものです。
本来の役割を終えた建築物を、その歴史性を保護した上で適合させ活用するため、従来は廃棄されてきた材料や製品に新たな価値を与えて再生する「アップサイクル」がプロダクトを中心に進んでいることを受けて、アダプティブリユースは「空間のアップサイクル」とも言われます。
歴史ある建築物を保護するだけでなく空間として活用するということは、新たな空間を得るために何かを解体し新築するよりも環境への負荷が少なく、世界的にも意識が高まるサステナビリティに通ずる考え方でもあります。
ここでは、アダプティブリユースすることで新たな命を与えられた7つの建築を紹介していきます。
廃墟なホール!?〈沙井村ホール〉
【沙井村ホール】
設計:ARシティオフィス
中国の経済特区である深圳市の郊外には、多くの「都市化した村」が残されており、そのうちの1つが沙井村です。こういった村では、深圳の急速な工業化を受け、文化ホールや寺院といった精神的に重要な施設が破壊され、そこには工場や住宅が建てられる、という現象が一般化していきました。
〈沙井村ホール〉の元となった発電所は1980年に建設され、発展初期に沙井村に電力を供給していましたが、深圳の電力供給が国家の電力ネットワークに完全にカバーされたため、2010年には放棄された建物です。
発展の歴史を象徴するこの発電所を、文化ホールという村民にとっての精神的な施設として生まれ変わらせたプロジェクトが〈沙井村ホール〉です。主要な構造は部分的に保護しながら可能な限り保持し、屋根を構成していた鉄骨トラスは解体し再利用することで、発電所が積み重ねてきた時間の痕跡を体感できる空間となっています。
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サン・マルコ広場に面する〈旧行政館〉も現代に適合し、半世紀ぶりに一般公開!
【旧行政館】
設計:デイヴィッド・チッパーフィールド・アーキテクツ
世界的に有名なイタリア・ヴェネツィアのサン・マルコ広場を構成する4面のうち3面を囲む「Procuratie」と呼ばれる3棟の建築のうちの1棟〈旧行政館〉。イタリア最大の保険会社であるゼネラリ保険は長い年月をかけて、〈旧行政館〉のほぼ全域を取得し、〈旧行政館〉の大部分を半世紀ぶりに一般公開しました。
改修の設計を行なったデビッド・チッパーフィールド・アーキテクツは、〈旧行政館〉がこれまで施されてきた改修を理解し、現代へ適応させるという複雑なプロジェクトに柔軟に対応するため、「介入」によるデザインを採用しました。「介入」はそれぞれ、隠れていたものを明らかにする「発現の介入」と、損傷部を補修する「適応の介入」に分けて定義しています。
「発現の介入」:ヴェネツィアン・テラゾでつくられた古代の床(1階)や、古代の天井やフレスコ画の古い痕跡(2階)、約500年かけて変化したレンガ壁(3階)を露しにしています。
「適応の介入」:伝統的な地元の職人技を駆使し、損傷し保存が困難な要素を置き換える。内壁はマルモリーノやスキアルバトゥーラ(ともにイタリアの漆喰)で仕上げ、床材にはパステルローネやテラゾ(どちらも大理石調の床材であり、同じ骨材を使用)を採用し、アーチや門は再構成石(石の粉末や骨材からつくる素材)にて補修。
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2棟の家型を建築的にも歴史的にも"つなぐ"〈FLUGT〉
【FLUGT】
設計:BIG
デンマーク難民博物館〈FLUGT〉は、第二次世界大戦中におけるデンマーク最大の難民キャンプ跡地オクスボルに残る2棟の旧病棟をつなぐように構成された、故郷を追われた世界中の難民に声と顔を与え、当時と現在に共通する普遍的な課題、感情、精神、物語を伝える博物館です。
北棟は病院内の元のシークエンスに従い構成されたギャラリースペース、南棟は会議室、小展示スペース、カフェ、裏方機能などを備え、どちらの空間も、既存の白い壁に対し白く塗装した木の勾配天井とし、博物館の床全体に黄色のレンガを敷き詰めることで、過去と現在の建築を結びつけています。
歴史的価値のある病棟を保存・再利用し、既存建物の寿命を延ばすことは、廃棄物の削減、資源の節約、材料の製造と輸送に関連するCO2排出量の削減というBIGの使命を支えるものでもある、としています。
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大空間にプラットフォームを挿入して活用する〈Ombú〉
【Ombú】
設計:フォスター アンド パートナーズ
スペイン・マドリードに建つ〈Ombú〉は、築100年以上にもなる工業建築に木製プラットフォームを挿入し活用した、スペインのインフラ・エネルギー企業であるアクシオナ社(ACCIONA)のオフィスです。
空間内部に挿入されたグルーラム集成材とCLTを活用した木造構造体は地元の森林から調達された木材でつくられており、内部に照明や換気といった設備も統合したプラットフォームを挿入するという形式とすることで、空間のフレキシビリティを確保しています。また、歴史的な建物の外壁を活かすことで、1万トン以上のオリジナルレンガを保護するとともに、環境への影響も軽減しています。
COP26(国連の気候変動目標に署名した各国が年に一度、気候危機への対処を議論する会議)においてもビルディング・リユースの先進事例として取り上げられたプロジェクトでもあります。
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解体されたかつての姿を取り戻す〈モイニハン・トレインホール〉
【モイニハン・トレインホール】
設計:SOM(Skidmore, Owings & Merrill)
〈モイニハン・トレインホール〉は、アメリカ・ニューヨークにて「ペン・ステーション」という愛称で親しまれ、ランドマークでもあるペンシルベニア駅の拡張プロジェクトです。
初代ペン・ステーションと、駅から通りを挟んで向かいに建つジェームズ・ファーレー郵便局は、どちらもマッキム・ミード・アンド・ホワイトにより設計されており、大階段と柱廊が同じ構成となっています。
初代ペン・ステーションは約60年前取り壊されてしまいましたが、空き家となっていたジェームズ・ファーレー郵便局を改修し駅舎として活用することで、歴史的な建築を踏襲しつつ駅の規模を拡大しています。
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歴史ある工場をゆるやかにつなぐコンクリートスラブ〈サイト・ヴェリエ・ド・マイゼンタール〉
【サイト・ヴェリエ・ド・マイゼンタール】
設計:SO – IL
フランスの北西部、北ヴォージュ自然公園の牧歌的な風景に建つ〈サイト・ヴェリエ・ド・マイゼンタール〉は、18世紀に建てられた歴史あるガラス工場を活用した文化センターです。
広場を構成する、ゆるやかにうねるコンクリートスラブは屋根や天井、壁として機能し、それぞれの建物の1階と2階をつなぎ、建物を一体化させています。このスラブの下には、オフィスやワークショップスペース、カフェ、レストランなど、新しい機能が導入されています。
〈サイト・ヴェリエ・ド・マイゼンタール〉は、この地のガラスの歴史をたどる「ガラス博物館」、伝統的な職人技と現代的な手法が融合した国際的なガラスアートセンター「CIAV(Centre International d’Art Verrier)」、そして「Cadhame(Halle verrière)」と呼ばれる、アートインスタレーション、イベント、コンサートを開催する複合的な文化スペースの3つの施設が、それぞれが独立しながらも相互に関連して構成されています。
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閉鎖した石灰窯を博物館に!?〈普公山地質博物館〉
【普公山地質博物館】
設計:李保峰スタジオ
閉鎖された石灰窯をリノベーションして建てられた〈普公山地質博物館〉は、中国の急速な都市化により荒廃した山の歴史を受け継いだ、「サステナブルな発展」という概念を広めるため計画されました。
中国・河南省信陽市の普公山には、ここ数十年の中国の急速な都市化のため、石灰を焼くための小さな窯が何百も建てられ、かつて緑豊かだった普公山は醜い姿へと変わってしまいました。このような環境を犠牲にした開発は持続不可能であり、国の厳しい環境保護政策が導入された後、石灰窯は閉鎖され、この地域は石灰鉱山の廃墟と化しました。
中国の急速な発展の裏側を語り継ぎ、「サステナブルな発展」という概念を広めるため、〈普公山地質博物館〉は既存の石灰窯と一体化した博物館として計画されています。博物館の形と色はあえて弱めることで古い石灰窯の後ろに「隠し」、博物館の高さを石灰窯より低くなるよう展示空間の一部を地下化することで、古い石灰窯を強調しています。
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サステナブルな建築手法として、BIGやフォスター アンド パートナーズといった名だたる建築事務所も注力する「アダプティブリユース」。
日本においてもどのように適応されていくのか、とても楽しみな考え方です!