不思議な魅力を放つベトナム建築
近年、海外の建築メディアでも数多く見かけるようになったベトナムの建築において、自然との共生やヴァナキュラーな雰囲気を宿しつつ、どこか新しさを感じる建築を多く目にします。そんな不思議な魅力を感じるベトナム建築ですが、インターネットを介して見ていてもなかなかその魅力に迫ることができません。
今回は、ベトナムの設計事務所であるヴォ・チョン・ギア・アーキテクツでの勤務ののち独立し、ベトナムにて10年近く活躍しているstudio anettaiの山田貴仁氏にガイドしてもらい、ベトナム建築の今について深掘りしていきます。
山田貴仁(Takahito Yamada)
1988年東京都生まれ。
2012年首都大学東京(現・都立大学)都市環境学部建築学科卒業。
2014年首都大学東京(現・都立大学)大学院都市環境科学研究科建築学域卒業。
研究室にて東南アジアの研究を行い、調査のため現地を訪れた際にオンラインではなく現地に行ったからこその良さを肌で感じる。
卒業後、ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ(VTN Architects)ホーチミン事務所勤務。
2019年より独立し、studio anettaiを主宰。
自身がベトナムにおける外国人であるからこそ、現地の人々や文化とともにつくる建築家の働き方を模索。
Contents
■リノベーション文化と建築家の登場
■ベトナムの参入障壁の低さによりローカルから頭角を表す若手建築家
■内外を分けるのではなく距離をとる「ルーズな建築」
■「取り壊しによる仕上げ」と「創造的な他者の介入」の共通点
■クライアントにとって重要な すぐに駆けつけてくれる「ふつうの隣人」
■「現地の仕事を奪わない」海外での働き方
── 近年、海外メディアでも目を引くベトナム建築が増えているように感じます。ベトナムにおける建築はどのように変化してきたのでしょう?
山田貴仁(以下、山田と表記):ベトナムについてお話しする上で、首都であるハノイが「政治の中心」、ホーチミンが「経済の中心」と言われ、それぞれかなり文化が異なるため、私が活動の拠点としているホーチミンについての話がメインとなります。
まず、ベトナムにおける建築の変化の段階として、以下に挙げる3つのフェイズがあるように感じています。
- 建築家の職能を確立したヴォ・チョン・ギア・アーキテクツの以前以後
- ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツを経た建築家たちの台頭
- 海外の事務所や国内の大学で学びローカルから出てきた若い建築家
リノベーション文化と建築家の登場
山田:1945年まで続いたフランスによる植民地化の影響から、ベトナムにはフレンチコロニアル様式(フランス植民地様式)の建物が多く残っており、その多くは取り壊されずにリノベーションして使い続けられています。この理由には、壊すための人材不足や経済的な事情、社会主義国家であるため建物が国の所有物であることも挙げられますが、熱帯の気候の中で変化した、”トロピカル・フレンチコロニアル”ともいうべき様式が、エアコンに頼らず建築的に影と風通しをつくるという考え方がフィットしていたのだと感じます。
こういった影響もあり、以前は建築家らしい建築家はあまり見られませんでした。しかし、2014年ごろからヴォ・チョン・ギア・アーキテクツが世界的にも注目を集め始めたこともあり、ベトナムにおける建築家という立ち位置を確立していきました。
42,000の竹が編むやわらかな大空間
〈ウェルカムセンター〉
設計:ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツベトナム、フーコックのリゾート・娯楽・商業複合施設「グランドワールド・フーコック(Grand World Phu Quoc)」の入り口に建つ〈ウェルカムセンター〉。
アーチ、ドーム、グリッドシステムを組み合わせ、42,000本もの竹を使用したハイブリッド構造であり、それぞれの構造形態の知識を集約し統合することで、プロジェクトに独自の美学を生み出している。
農園に包まれた森のようなオフィス
〈アーバン・ファーミング・オフィス〉
設計:ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツハノイとホーチミンを拠点に活動するヴォ・チョン・ギア・アーキテクツが設計した、高さを利用して垂直的に農作物を生産する「垂直農法」を取り入れた自社オフィス。
都市化により緑が失われつつあるベトナムの都市に緑を取り戻し、安全な食料生産を促進することで、都市のサステナブルな未来に貢献することを目的としている。
コンクリートの構造とスチール製の支柱、モジュール化された交換可能なプランターボックスというシンプルな構成とすることで、生育状況に合わせてフレキシブルに対応することが可能。
ベトナムの参入障壁の低さによりローカルから頭角を表す若手建築家
山田:そして、ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツで経験を積んだ建築家が独立することで、より建築家の認知が広がっていきました。今もベトナムで建築活動を行っている日本人建築家は私の他にも何人かおり、TECTUREにも登録されている、ハノイを拠点に活動するTakashi Niwa Architectsの丹羽隆志氏もそのうちの1人です。
創造的な他者と創る滞在型ショールーム
〈A Suite in Thao Dien〉
設計:studio anettaiベトナム・ホーチミン市内の高層アパートの1室をリノベーションした、デンマークの家具ブランド「フリッツハンセン」を中心にセレクトされた家具や照明器具を体験しながら宿泊できる、住居兼滞在型ショールーム。
空間を特徴づけるテラゾー床は、調色、石材の寸法、ディテールまでを地元の専門業者とともに検討した。同じように、空間に合わせて製作されたつくり付けの木製家具、既存の大きな窓と寝室を覆う円形の長大なカーテンなども、地元出身の若きデザイナーたちに監修を依頼した。
「創造的な他者」を介入させることで、「私たち+カタログ」だけでは生まれない、設計の外から生まれる設計をしたいと常々考えている。
山田:特にここ2〜3年で、海外や国内の大学で学んだ若手の建築家がローカルから頭角を表してきたように感じます。これまでは、建築雑誌がほとんどないベトナムにおいて貴重な建築の情報源であるピンタレストの写真の色や家具などの表層をなぞり、図面から伝わるダイアグラム的な面白さがあまりない、いわゆる「ピンタレスト建築」をつくる建築家も多かった。
しかし、この若い建築家たちの作品には、整然とした図面というわけではないけれど、どこかカオスな面白さを宿したダイアグラムを有するものも増えてきています。
こうした若い建築家の台頭には、ベトナム特有の背景も寄与していると考えています。平均年齢が30歳程度であり、ビジネスへの参入障壁が低く建築コストも人件費も安いベトナムでは若者が自身でビジネスを立ち上げています。
特にカフェを始めるケースが多くベトナム独自のカフェ文化が育まれており、毎回建築家と組み店舗を計画するカフェも多くあるため、若手の建築家が自身の作品をつくる機会にもなっています。この事例として、Rang Rang Coffee(ランランコーヒー)やOkkio Caffe(オッキオカフェ)、カフェではないですがPizza 4P’s(ピザ・フォーピース)も挙げられます。また、スオンセップスタジオが設計した、カフェだけでなくエリアをつくっている〈Ươm アートハブ〉も、事業者と建築家が並走してつくる店舗設計の1つといえます。
ヴォイドを中心につながる村のような創造の場
〈Ươm アートハブ〉
設計:スオンセップスタジオサイゴンに建つ〈Ươm アートハブ〉は、ベトナム語で「(苗や種などを)植える、蒔く」を意味する「Ươm」を冠した、アートの苗床を目指したクリエイティブ・コンプレックスです。中央のヴォイドの周囲に小さなスタジオなどが配置された村のようにデザインされており、カフェスペースがすべての空間をつないでいる。
また、既存の樹木はすべて残し、残材からインテリアなどのデザインを着想するなどサステナビリティも備えた空間。
他にも、建築家自身がカフェなどのビジネスを始めるというケースもあります。ベトナム人特有の気質として、誰か1人が大御所になることよりも、みんなで肩を組んで物事に取り組むことがうまいし好んでいます。
だからこそ人とのローカルなつながりを重視しており、自分たちの場所に人が集まることでさまざまな人と出会い、つながりが増えることでより幅広いことができる可能性が生まれていきます。
カーテンを徹底的に用いて南国の光と影を内包させた、ヴィラ転用のホステル
〈Hostel anettai〉
設計:studio anettaiベトナム・ホーチミン市内に位置する典型的なフレンチ・コロニアル風ヴィラを、設計者自らが施主となり、ホステルへと転用したプロジェクト。投資、設計監理、サイン計画、経営広報にいたるまで、運営に関わるすべてのプロセスに設計者が関わることで、包括的なブランディングを行った。
特徴的な延べ500m²にもなるカーテンは、窓廻りの使い古されたエレメントではなく、光を調停することで空間を定義する存在として扱われている。半透過性のカーテンをベッドから部屋の外周部へかけて二重にかけることで、部屋の中に異なる光環境のグラデーションをつくり出している。
内外を分けるのではなく距離をとる「ルーズな建築」
── ベトナムは強烈な気候の中でありながら、うまく環境と共生している建築が多いように感じます。これにはどのような背景があるのでしょう?
山田:これには切実な理由として、高機能な建築がつくれないことがあります。さまざまなものを輸入する必要や技術的な問題もあり、つくろうとしたらむしろ日本よりお金がかかってしまう。だからこそ、「ルーズな建築」というスタイルが自然に生まれたのだと考えています。
「高性能な建築」は、内外をガラスで区切り、エアコンにより内部に快適な空間を生み出すイメージですが、「ルーズな建築」は内部と外部を分けるのではなくいかに距離を取るかを考えた建物です。内外の間に中間領域を組み込む、内部空間に外部を取り入れることでバッファーゾーンにする、庭先の植物により距離をとる、などさまざまな手法があります。
浮かぶ瓦をまとい光や風、植物の香りを透過する 自然に浸る住空間
〈タイルネスト〉
設計:H&Pアーキテクツベトナムの新興住宅地に位置する〈タイルネスト〉は、吊り下げられた瓦で構成された外装により、透過する光や風、香りを体感する「自然に浸る建築」。
文化財が埋まっている可能性のある地域なことから建設前に掘削が必要であることを活かし、掘削された土を建物に利用しつつ、半地下とすることで地熱エネルギーを活用した住宅。
また、ベトナムにはエアコン自体は普及しているものの高性能なものは少なく、エアコンを使って過ごす人と開け放って過ごす人に分かれています。特にローカルな地域ほど開け放って過ごす人が多く、軒先に椅子を出して過ごしている人もよく見かけます。
「取り壊しによる仕上げ」と「創造的な他者の介入」の共通点
── studio anettaiのプロジェクトには、「取り壊しによる仕上げ」や「創造的な他者の介入」といった日本では見かけない考え方をよく見かけますよね。
山田:〈Burger Bros Da Nang〉の「取り壊しによる仕上げ」は、人件費が安く、建材の供給が不安定だからこそ用いた手法です。そして、〈A Suite in Thao Dien〉における「創造的な他者の介入」は、自分たち含めて人件費が安いからこそ他者を介在させやすいため用いた手法です。この「創造的な他者の介入」については、これまでの話にもあったように、みんなで色々なプロジェクトに取り組むことがうまいというベトナム人の気質も後押ししています。
この人件費の安さは、デザインという形のないものではなく、物理的なものにお金を払いたいという意識が強いというベトナムの文化的背景に起因しています。そして建物は建築的な言語ではなく、実際の使い勝手など必要なことの積み重ね、ボトムアップでできており、それをまとめるのが建築家の役割だと考えています。
ちなみに、この”無形のモノではなく物にお金を払う”文化は、元々ベトナムを支配していた中華的文化から生まれたと考えており、同じ傾向のあるシンガポールでも同様に設計料は安かったりします。
壊し削ることで土着的なデザインを見出すレストランへのリノベーション
〈Burger Bros Da Nang〉
設計:studio anettai人件費が安く、建材の供給が不安定なベトナムだからこそ、「壊す」「削る」といった限られた手法を用いて、ベトナムの典型的な住空間を、開放的で半屋外的なレストランへと生まれ変わらせたプロジェクト。
限られた予算や当時の新型コロナによる不安定な情勢をかんがみ、モノを買って付け足すのではなく、既存のモノを壊し、削ることで空間を転用することを提案した。
クライアントにとって重要な すぐに駆けつけてくれる「ふつうの隣人」
山田:現在進めている低コストの住宅プロジェクトにて、私たちがいつも依頼しているホーチミンの施工会社ではなく、ローカルの施工会社へ依頼し、その施工会社をクライアント自身が監理する、という進め方を行ないました。これには「金額を抑える」というだけでなく、すぐ隣で何かあればいつでもすぐに対応してくれる存在が必要という理由があります。
ベトナムではECサイトがかなり発展しており、通常の店よりもデザイン性が高く圧倒的に安いものを取り揃えていますが、その製品を提案するとクライアントには渋られた。ベトナムにおいて建材や製品のクオリティは基本的に担保されておらず、だからこそメンテナンスやサポート体制を重視する傾向があります。
問題が発生するのは当たり前で、発生した際にすぐに来てくれるか、というのがクライアントにとって重要なポイントとなっていることに気づきました。ECサイトもサポートをうたってはいるものの何度も呼ぶと対応してくれなくなる、だからこそ何かあった際にはすぐに来てくれる現地の店舗にて購入するというわけです。
これは施工会社選びでも同じで、腕のいいホーチミンの施工会社は多忙であり地方に何度も呼ぶことはできないため、安くていつでも来てくれるローカルな施工会社へ依頼しました。
このように、ローカルにいる誰かを介在させないとプロジェクトとして成立しないことも多々あるため、「ふつうの隣人」の存在というのは実はとても切実なポイントとなっています。
「現地の仕事を奪わない」海外での働き方
── 日本ではないベトナムの地で働くことについて心がけていることはありますか?
山田:先ほどの話にもあったとおり人件費、特にデザインなどの形のないものに対してフィーが低いです。だからこそ、安さで勝負してしまうと現地の他の人々の仕事を奪ってしまうことにつながりかねない。私自身がベトナムにおいて外国人であるからこそ、設計料をしっかり取りつつ仕事をする、ということは常に心がけています。
これは、私が3Dビジュアライゼーションでスーパーリアルなパースをつくることの理由の1つでもあります。図面やスケッチよりもリアルなパースの方が物理的なものとして意識してもらいやすいのです。
また、設計料のもらい方を5回に分け、コンセプトの段階からデザインフィーの一部を請求するようにもしています。これには、罰金の払い逃げなども横行しているためデザインのもち逃げがしやすい、というネガティブな理由もあります。
新型コロナを経て、国単位で不況に見舞われることは今後大いにありうる、と考えるようになりました。そのため、自分たちが掲げる「anettai」という屋号にもとづき、ベトナムに軸足を置きつつも海外、特に熱帯、亜熱帯といった南国へ活動を広げていきたいと考えています。
Text: Takuya Tsujimura
Interview & Photographs(特記を除く): Jun Kato
(2023.08.28 東京・中目黒にて)