ゲンロンカフェで開催されたシンポジウム「山本理顕 × 藤本壮介 万博と建築 ──なにをなすべきか」を受け、建築史家・建築批評家の五十嵐太郎氏に万博の歴史や意義を聞いてきた本企画。最終回となる今回は、万博に関連して建築家に期待することを聞いた。
トップ画像=2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)大屋根(リング)外観 イメージパース。提供:2025年日本国際博覧会協会
INDEX
- 建築家それぞれが情報発信を
- 強烈なメッセージを出す大屋根リング
- 万博は新しい才能が発掘される場
建築家それぞれが情報発信を
── 万博での建築家の役割について、五十嵐さんが思われることはありますか?
五十嵐:
もちろん、かたちや空間を通して、新しいイメージをつくることは重要ですが、近年の社会状況を考えると、情報発信も積極的にしたほうがいいと思います。このあいだの東京オリンピックのときは、公式の情報が出ないままガセネタばかり出回り、ザハの競技場案は白紙撤回になってしまいました。あの二の舞は避けたいですよね。
次の万博の広報ではミャクミャクのキャラクターを使った賑やかしばかりが目立って、何をやるのかよくわかりません。先の大阪万博では、会場模型が日本を巡回したと藤本さんが言われていましたが、今回も具体的な建築の姿をもっと見てもらって、理解してもらうのがいいと思います。
── ゲンロンでは、藤本さんは木造リングを検討したスケッチや資料を紹介されていました。設計でそうとうに考えられてることが伝わるだけでも、意味があると思います。
五十嵐:
2025年大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。もうひとつ、わかりにくいですよね。愛知万博の時は、中沢新一さんが「自然の叡智」という格調高い基本理念と文章を用意されました。では、その理念が個別の展示に反映されたかというと、必ずしもそうでもないと思うのですが、根本には興味深い思想があったんですよね。
次の万博は正直「お祭りさえ企画すれば、皆が来るだろう」という感じで、基本理念があまりきちんとしていないと思うんです。どうせ来場者は気にしないのだからと、なめている感じがします。ただ、いろんな人がリアルに集まるプリミティブな場をつくること自体は、コロナ禍で人々が移動できなかった時期を経て、特別な意義をもちうると思います。
強烈なメッセージを出す大屋根リング
── 藤本さんはさまざまな人々が一堂に会する場をレガシーとして注目し、それをプロデュースして形にされています。
五十嵐:
藤本さんは、プロデューサーとして全体の基調となる空間のイメージを、とにかく明快に出しました。藤本さんの案が出るまではボロノイ分割の線が引かれて中心にモニュメントのない会場イメージが出されていましたが、一般の人にとっては少しわかりにくい幾何学なので、中心がないことを継承しつつ、シンプルな円を打ち出しました。
藤本さんは、至極単純な会場の骨格をつくることに関して成功していますし、建築家の役割を正しく果たしていると思います。
展示するコンテンツから見ても、愛知万博の時は冷凍マンモスという注目展示がありましたが、今度の万博では、空飛ぶクルマの実用化はやはり難しそうだし、まだ目玉といえるものがありません。ただし、会場については、「あの木の大きなリングね」というイメージが日本全国ですでに共有されています。
五十嵐:
最近の藤本さんの作品は、太宰府天満宮の「仮殿」や〈ハンガリー音楽の家〉など、屋根がデザインのポイントになっていますが、このリングも大屋根の建築です。大屋根ということでいえば、丹下健三の〈お祭り広場〉と比較して考えることもできます。
五十嵐:
木造の大屋根リングが醸し出すことができる強烈なメッセージがあり、藤本さんはリングを見上げると空があるというポエティックな話をゲンロンでされていました。
それを受けて僕がジョン・レノンの「イマジン」を思い出して話したのは、「Dreamer(夢想家)」の部分ではなく、歌詞にある「見上げると空があって国境がないんだよ」という内容につながるからです。世界で紛争が起きているだけに、これは今、意味のあるメッセージだと感じました。
万博は新しい才能が発掘される場
── 次の万博に、五十嵐さんが期待されていることはどんなことでしょう?
五十嵐:
建築に関して言えば、これまでにないパビリオンや関連施設を目撃し、空間を体験したいですね。2010年の上海万博でもっとも凄かったのは、イギリスのパビリオンです。たわしみたいな外観も個性的なのですが、通常、パビリオンのデザインは外観と内部が断絶するのに対し、これはたわしの毛がアクリルのロッドで、植物の種を埋め込むと同時に、外光を室内に導く役割をもち、両者が関係していることに感銘を受けました。
イギリス・パビリオンはトーマス・ヘザウィックが手掛けましたが、彼は当時40歳くらいでした。イギリス国家が「この人は国を代表するデザイナーになる」と賭けているわけで、実際に彼はその後に世界中で大活躍しています。
五十嵐:
先の大阪万博では、才能のある若手の建築家に晴れの舞台が用意されてチャンスを得ました。今回休憩所やトイレを設計しているような世代の建築家たちが、当時は各種のパビリオンを手掛け、その後さらに活躍の場を広げていったのです。
建築のジャンルに限ったことではありませんが、万博のような場では、広告代理店的なノウハウによるすでにパターン化された見せ物を用意するのではなく、新しい才能を発掘し、若い人たちが躍進する場になってほしいと願っています。
(2023.04.24 オンラインにて)