FEATURE
Coexistence of Historicity and Modernity in Shanghai
Interview with Akihito Matsushita of OFFICE COASTLINE, "Shanghai, China seen through architecture"
FEATURE2023.12.06

上海にみる歴史的風景と現代的風景の共存

OFFICE COASTLINE 松下晃士氏に聞く「建築を通して見る中国・上海」

歴史的な建築群と開発された現代的な風景が共存する上海

近年、世界的にもさまざまなリノベーションプロジェクトや、歴史的な文脈をもった建物を保存するだけでなく現代に適合させ再利用する「アダプティブリユース」のプロジェクトが増えています。そういった中で上海は、川沿いには開発された現代的な風景がありつつも、内陸部には開港当初の面影を残す、歴史的な文脈を継承した租界地区があるという、特徴的な雰囲気を宿した都市です。

今回は、上海に渡り建築活動をされているOFFICE COASTLINEの松下晃士氏にお話を伺い、上海という都市の背景から都市的・建築的な特徴、そしてこれからの発展について深掘りしていきます。

松下晃士氏(OFFICE COASTLINE)

松下晃士(Akihito Matsushita)

1988年茨城県つくば市生まれ。
東京理科大学理工学研究科建築学専攻修了後、建築設計事務所 KUU(中国、上海)勤務。
2015年OFFICE COASTLINE共同設立。

 

Contents

■川沿いの貿易・工業エリアと内陸部の居住エリア
■日本よりも身近な歴史的な建物の活用
■中国を大きく発展させた「面的な開発」
■川沿いでも毛色の違う開発の風景
■トップダウン的な川沿いとボトムアップ的な内陸部
■中国で建築をするということ

黄浦江の風景 Photograph: Keisuke Nishimura

── 上海で建築活動をされていくことをどのように決めたのでしょうか?

松下晃士(以下、松下と表記):私は学生時代に、東京理科大学の小嶋研究室に所属しており、先生によく「君たちは海外で建築をしなさい」と言われていました。そして、研究室での海外プロジェクトや先生の事務所での海外コンペの手伝いにも関わったりと、「海外で建築することが面白い」ということをライブ感をもって体験しました。

学生時代にヨーロッパにも行ったのですがちょっと洗練され過ぎている印象を受け、最終的に日本との文化的な連続性から中国へ行くことを決めました。

また、ちょうど私が大学院生の時に開催された上海万博を見たことで中国の面白さに触れ、上海をベースに活動を行っていた建築設計事務所 KUU(現在は東京を拠点)に就職しました。その後、同僚であった吴贞艳(Wu Zhenyan)と共に独立し、OFFICE COASTLINEを設立しました。中国で活動するのは今年で11年目になりますね。

松下晃士氏(OFFICE COASTLINE)

上海の成り立ちと中国の他の都市との違い

── 10年以上となる中国での活動を通して、中国のそれぞれの都市にはどのような特色を感じますか?

松下:まず、元々は漁村だった上海は、1842年にイギリスと清が結んだ南京条約により開港し、現在のような国際都市としての歴史が始まりました。清国(のちに中華民国)内の外国人居留地である「租界(そかい)」として発達してきたということもあり、現代でも住民や都市の雰囲気はリベラルでオープンです。また、コンテナの輸出量が世界一の国際貿易都市であり、中国の文化やファッション、経済の中心地となっています。

北京は昔から王朝があり、政府のお膝元の都市です。比較的落ち着いた印象があり、街も碁盤の目状に整備されていたりと上海より整然としています。

また、小さな漁村地域であった深圳は、1980年に経済特区に指定されたことから発展したポップアップシティです。そのため都市も住んでる人も本当に若い印象です。OMAのレム・コールハース氏が以前ハーバード大学にて研究した、将来特に重要となる都市の1つに深圳を含むパール・リバー・デルタ(珠江デルタ:珠江河口の広州、香港、深圳市、東莞市、マカオを結ぶ三角地帯)を挙げていました。

このように、1つの国とはいえ国土が大きいこともあり、中国には全く違うコンテクストや歴史をもつ都市が集まっています。

黄浦江の風景 Photograph: Keisuke Nishimura

川沿いの貿易・工業エリアと内陸部の居住エリア

── 中国の中でも最先端な都市である上海の中でも、エリアごとに異なる性格があるのでしょうか?

松下:このことについてお話しする上で、上海を流れる黄浦江(こうほこう、Huangpu River)の存在がとても重要になります。上海は「海」の「上」と書く通り水辺空間とは切っても切れない都市であり、真ん中を流れる黄浦江の川沿いから内側へと発展していったという歴史があります。また、2010年の上海万博はこの黄浦江沿いで開催されました。

開港後、最初に租界地区として開発されたのが、現在では上海随一の観光エリアである外灘(わいたん)です。イギリスに続きアメリカ、フランス、日清戦争後には日本からも多くの人が来て、当時に建てられた各国の銀行や大使館、クラブといった歴史建造物が多く残るエリアです。

そして、上海を大きく2つに分けると、「黄浦江沿いの貿易・工業エリア」と「内陸部の居住エリア」として発展してきました。居住エリアである内陸部の租界地区は、開港当時のデベロッパーがつくった長屋「里弄(リーロン)」が建ち並んでいます。

日清戦争により日本が上海での工場の経営権を勝ち取り、 それ以降は各国も同様に工場を経営したため、川沿いに工業地帯が発展しました。中華人民共和国が建国されてからも共産主義体制の下、上海を工業地帯として発展させていった流れから、上海の川沿いには今でも工業地帯が残っています。

〈The Ark〉

© MAD Architects

上海の発展を見守ってきた工場を未来へとつなぐ方舟

〈The Ark〉
設計:MADアーキテクツ

上海の歴史あるセメント工場の倉庫を、クリエイティブ、文化、飲食などの空間を有した公共施設へと改修する、浮かび上がる方舟(Ark)のようなボリュームがデザインされたアダプティブリユース・プロジェクト。
既存のコンクリート壁の荒々しさと方舟を形成するステンレスの滑らかさにより、新旧のコントラストを強調している。

内陸部、租界地区に残る歴史的な建造物

松下:1990年代に行われた、共産主義経済から実質的な資本主義経済に転換させる「改革開放」以前の中国はそこまで経済が発展していなかったため、租界時代の建物は壊されずに残っていった。改革開放以降、上海を香港と同じような国際経済都市にするため、歴史的な建造物は積極的にリノベーションやエリア開発のランドマークとして活用されていき今に至ります。

黄浦江をはさんで東側に上海タワーや森ビルといった高層建築が建ち並び、西側には歴史的建造物が並んでいるというのが、上海を代表する風景です。

上海を象徴する黄浦江の風景 Photograph: Keisuke Nishimura

松下:私自身が住んでいたり事務所を構えているのは、黄浦江沿いの外灘から西側に4~5km進んだ旧フランス租界地区です。当時、外国人の街としてつくられた西洋風の建築群が増改築され、良い感じに住みこなされアジア化した、下町のような雰囲気をもったエリアです。

こういった住居の中に、私たちのような小規模な設計事務所やクリエイティブ系の人たちが事務所を構えたり、1階をショップにしていたりと、プライベートとパブリックが入り混じっています。

フランス租界の街並み Photograph: Keisuke Nishimura

日本よりも身近な歴史的な建物の活用

── 上海ではアダプティブリユース的な動きを、時代の流れとかではなく自然にやっている印象がありますね。

松下:上海には、日本よりも昔から残っている建物というのが多いので、保存して化石化させるより使う方が上海では自然なのかもしれないですね。

例えば私が独立してもう8年目になりますが、新築は1プロジェクトやったきりで、他は全部改築やリノベーションになります。日本だと普通に戸建てがつくれるので、日本で活動している同期が新築の案件をやってたりすると羨ましいなと思って見てたりしますね。

フランス租界の街並み Photograph: Keisuke Nishimura

── どうして新築が建てられないのでしょうか?

松下:新築は建てられるのですが、日本のように個人が戸建住宅を建てるという選択肢がほとんどないのです。日本は土地のオーナーが個人なので戸建て住宅というカテゴリーがあるけれど、中国では土地は国のもの。国はまず土地をデベロッパーに貸し、そうすると面的な開発が行われ、大規模なマンションや建売住宅が建っていくため、そこに個人が自由に住宅を建てる余地がないわけです。

そしてヨーロッパのように古い建物が身近にあり、むしろ新築を建てられないので、リノベーションやアダプティブリュースがより身近なのかもしれません。また、上海を代表する設計事務所であるアトリエ・デスハウス(Atelier Deshaus)が川沿いでさまざまなリノベーションプロジェクトを手がけていますが、そのテキストの中で「アダプティブリユース」というワードをよく使っています。

〈龍美術館 西岸館(Long Museum West Bund)〉

© Su Shengliang

敷地に残る石炭荷揚げ橋と一体となった美術館

〈龍美術館 西岸館〉
設計:アトリエ・デスハウス

中国・上海の西岸(ウェストバンド)の石炭埠頭跡地に建設された、敷地に残る石炭荷揚げ用の橋や地下駐車場をアダプティブリユースした美術館〈龍美術館 西岸館(Long Museum West Bund)〉。
壁が垂直に立ち上がりつつ上部へ行くほど傘のように開く片持ち梁構造「ヴォールト・アンブレラ」で構成されており、この要素により構造や意匠的な意図だけでなく、機械・電気設備や地下に残る既存の構造体を統合している。

上海のもつ、中国の実験都市としての側面

── 深圳にて活用されなくなった発電所をアダプティブリユースしたプロジェクトがあったのですが、こういった計画は上海でもあるのでしょうか?

松下:少し前の事例にはなりますが、上海万博の際に展示施設として活用され、現在ではPSA(パワーステーションオブアート)という美術館としてリノベーションされた元発電所があります。元々、上海万博は黄浦江沿いのいくつかの工業地帯とスラムを壊して万博エリアをつくったのですが、その中の工業地帯の1つにあった発電所ですね。

上海は中国の中でも最先端の都市なので、ここでの成功事例を地方都市や内陸部に転用する、といった実験都市的な側面をもっています。この点でも、上海が実験都市として以前から取り組んでおり、近年、深圳など他の都市でも行われている既存活用の流れに影響していると言えるかもしれませんね。

〈沙井村ホール〉

©︎ ARCity Office

廃墟に刻まれた時間の痕跡を体験する文化ホール

〈沙井村ホール〉
設計:ARシティオフィス

発展初期に電力を供給するため1980年に建てられ、電力供給が国家の電力ネットワークに完全にカバーされたため、2010年に放棄され廃墟となっていた発電所をアダティブリユースした建築。
急速な工業化の裏で失われた精神的な拠り所であるアンセストラル・ホール(祠堂:しどう。祖先の霊を祭る所)として生まれ変わらせた。

中国を大きく発展させた「面的な開発」

松下:また、土地が国の所有なので面的な開発が行いやすいというのは、中国ならではの特徴と言えると思います。土地を政府が回収して再開発するというスピード感は、デベロッパーが土地を1つ1つ交渉して買い取っていく日本と比べると全く異なり、ものすごいスピードで開発が進んでいきます

ただ、この面的な開発も良し悪しがあり、スピーディに開発が行われるため、既存の都市との連続性があまりないということがよく指摘されます。特にウォーターフロントの開発は、政府にとっては不動産開発の起爆剤にしたいという思惑があるので、そういった面が先行することで市民の生活に馴染まず、新築のまま上手く使われない建物があったりもします

そして、これは深圳でのMVRDVのプロジェクトですが、新築のまま廃墟化した建物をリノベーションし現代に適合させるという事例も出てきています。

〈深圳女性児童センター(Shenzhen Women & Children’s Centre)〉MVRDV

© Xia Zhi

空室だらけの高層ビルのカラフルな再利用

〈深圳女性児童センター〉
設計:MVRDV

中国・深圳の爆発的な成長期に建てられ、今では利用者のニーズを満たせない建物を再利用した建築。ホテルや図書館、講堂、児童劇場、ホールなど、女性や子どものための幅広い施設を擁するこの建物は、外装だけでなく内装においてもカラフルな要素が既存の設計を刷新しており、それぞれのカラーが利用者をナビゲートしつつ、子どもの遊び場のような雰囲気を醸し出している。
同時期に中国に建てられた他の建物も同じような状況になりつつある中で、先駆的な事例を示すプロジェクト。

松下:生活と乖離する建物ができてしまうというネガティブな話をしてしまいましたが、面的な開発は中国の経済発展の大きなファクターの1つであり、この不動産開発が大きな利益を産んできました。当初は政府も、そういった不動産開発を後押しするような政策をしていたが、実態経済から離れすぎてる部分も出てきたので締め付けをしている。このように常に手綱を握りながら、全体をコントロールするような動きができるのも中国の開発の特徴ですね。

少し話は逸れますが、最近では電気自動車の補助金にも似たような話があります。最初は補助金の条件を緩めに設定することで、自動車業界だけでなくさまざまな業界に対してオープンな状態にし参入を促す。そして、全体の品質が上がってきた時点で条件を厳しくすることでさらに競争させ、世界に通用する産業へと成長させる、という施策が行われています。

── そのように政府が制度をコントロールするような話は建築にもあるのでしょうか?

松下:不動産開発におけるエリアのランドマークの設計に世界的なスターアーキテクトを起用し、エリア開発の起爆剤とする、という話がその一例と言えるかもしれません。

例えば、現在開発が進んでいる西岸(ウェストバンド)は、私が中国へ来た10年前には何もなかった。そこにジャン・ヌーヴェルやデイヴィッド・チッパーフィールド、藤本壮介、ヘザウィック・スタジオ、SANAA、MVRDVといった世界的な建築家を招待し、全長10kmほどのエリアに新築からその地の産業遺産を活用した美術館や展示場など、さまざまな建築が計画されています。特にウェストバンドはかなり力を入れて取り組んでいて、アリババやテンセントといった中国の優良テック企業を誘致して開発を行っていますね。

── そういったところに建築家の仕事が組み込まれている、ということはクリエイティブの力を信じてるとも言えそうですね。

松下:アートやデザインの力を信じてるとも言えますし、お金になると分かっている、とも言えますね。

ウェストバンドは毎年、大規模なアートフェア「ウェストバンド・アート&デザイン」が開催されており、アートやデザインといったコンテンツがエリアの推進力となり、開発が行われています。

川沿いでも毛色の違う開発の風景

松下:先ほど話したウェストバンドはすでに開発が進んでおり、都市公園や遊歩道が整備され、とても快適なエリアとなっています。一方で同じ川沿いでも、より北側の楊浦(ヤンプー)はこれから開発が進められていくエリアであり、とにかくまずは建築家にランドマークとなる建築をつくらせてエリア開発のコマを進める、といった段階のため、出来上がる建物もワイルドな面白さがあってワクワクするんですよね。

こういった面でも、地区ごとに建築へ求めるものがかなり違います。アトリエ・デスハウスによる〈リバーサイド・パッセージ〉は敷地に残っていた瓦礫を残したプロジェクトなのですが、こういった建築はきっとウェストバンドでは実現できない。だからこそ「残すべき風景」としてプロジェクトに組み込んでいるのだと思います。

〈リバーサイド・パッセージ(Riverside Passage)〉

© Tian Fangfang

開発されゆく都市に残す 発展の歴史を宿した廃墟的な風景

〈リバーサイド・パッセージ〉
設計:アトリエ・デスハウス

上海の石炭埠頭に残されたコンクリート壁とそこに芽生えた木々を活用することで、開発されゆくウォーターフロントにかつての産業活動の歴史を残す、開放的な回廊を備えた建築。
「瓦礫と木々による発展の歴史を表す風景」と、「黄浦江(こうほこう)沿いの開発された風景」という異なる性格の景観を壁の内外で見せ、片流れ屋根や回廊の高さの違いがそれぞれの風景との距離やスケールの違いを暗示している。

トップダウン的な川沿いとボトムアップ的な内陸部

── 川沿いと内陸部では建築家の仕事としてはどのような違いがあるのでしょうか?

松下:先ほどの話の通り、スターアーキテクトや選ばれた中国建築家は川沿いで仕事をする。一方で、私たちのような若手建築家は、川沿いよりも内陸の租界エリアなどで住宅や店舗の設計を行っています。

例えば、昔日本人が暮らしていた日本租界区の長屋の1棟を改修した住宅〈TOS HOUSE〉のように、とても生活に近い仕事をしています。こういった長屋は、当時のデベロッパーが居住効率を重視してパラレルに配置した建物なので、居住性はあまり良くない。

そこでスタディを重ねた結果、居住性を高めるため大きくトップライトをつくることを決めました。この建物のように歴史建造物に指定されている建物は上海にはたくさんあるのですが、基本的に外装に手を加えることはできない。窓は既存開口の枠の中でつくり直したりなどはできるけれど、外壁に新しく穴を開けたりは基本的にできません。ただ、トップライトであれば建物の景観に影響がなく、外から見えないので開けられることが多いんです

少しグレーのようにも思えますが、こういったことはヨーロッパでも同様なのだと思っています。例えば、トップライトのサプライヤーはヨーロッパ系が強いんです。おそらくそれは、ヨーロッパも景観上外観への規制が強いため、このようなトップライトのサプライヤーが生まれているのではないかな、と。

〈TOS HOUSE〉

photo by Alessandro Wang

天窓により歴史建造物に光と風と生活を取り込むリノベーション

〈TOS HOUSE〉
設計:OFFICE COASTLINE

中国上海虹口区に位置する1920年代に建てられた3層長屋の改修計画。租界時代に多くの日本人が居住していた歴史ある居住区の一角にある建物であり、歴史建造物であるものの良好な住環境とは言えず、周囲が密集し室内が細かく区切られ、暗く風通しの悪い状態であった。
そこで元の素材や構造を可能な限り維持しつつ、部分的な補修と構造補強を行い、大きな吹き抜けを設けることにより、築100年の建築に光と風、そして新たな生活を取り込んでいる。

松下:他にも、先ほど話した通り外壁に設けた開口部を大きくはできないのですが、ここでは一部の窓を出窓のように少し外側に出しています。これは、既存の状態で窓下の壁が高くなっており、室内と庭が寸断されているように感じたため、室内の階段の踊り場から窓に腰掛けられるようにすることで、内外を互いに近く感じられるよう設けています。

〈TOS HOUSE〉

〈TOS HOUSE〉photo by Alessandro Wang

〈TOS HOUSE〉

〈TOS HOUSE〉photo by Alessandro Wang

「富の再分配」によって生まれた住宅のスケール

松下:また、1部屋単位での改修プロジェクトはとても多いです。これは、中華人民共和国ができてから行われた「富の再分配」による影響が大きく、例えば、これまでは1棟1家族であった住まいを1部屋または1層1家族とし、農村から出てきた人たちに分配する、ということが起きました。

〈ATTIC〉はフランス租界の住宅の屋根裏部屋を改修したプロジェクトであり、屋根裏部屋だけが施主の所有物でした。上海市内なのでもちろん外壁や開口もいじれないので、ここでもトップライトを開けて明るさを確保する、という改修を行いました。

また、富の再分配によってできた部屋はアトリエのスケール感とも一致するため、私たちを含めさまざまなデザイン事務所が租界エリアに事務所を構えています。

〈ATTIC〉

photo by Zhang Hong

旧租界地区の住宅地に埋め込まれた隠れ家のような住処

〈ATTIC〉
設計:OFFICE COASTLINE

中国上海、旧フランス租界の中心に位置する屋根裏部屋の改修計画。この屋根裏部屋は富の再分配により現在のクライアントのものとなり、長い間空き部屋として放置されていた。
設計にあたり、新しい生活を受け入れつつ、屋根裏部屋らしい余白を残すことを大切にするため、生活空間となる屋根裏の下部、およそ身長高までの空間をクライアントが所有していたチーク材で包み込み、造り付けの家具を作成した。上部は角のない抽象的な仕上げとして空間に広がりをもたせ、大きな円形の天窓を新設した。

松下:こういった制度の解釈、曖昧な部分は中国のプロジェクトでは少なくなってきたとはいえまだまだあり、そこが面白い部分であるとも言えます。〈CHONGMING CIRCLE〉という、生活労働組合の施設を地域交流施設へと改修するプロジェクトでは、既存建築の活用を前提としつつも、実は1棟だけほぼ新築しています。

3棟の建物を改修し、リング状の外廊下でつなぐ計画なのですが、現地へ調査に行くと敷地には3棟以外に未申請の違法建築が沢山あり、それらを撤去する必要がありました。リングの中央に建っている煙突も取り壊す予定だったのですが、当時の施設を象徴するものだったので地元政府と交渉し残すこととしました。

ただその時に、残す予定の1つである中央の3号棟の妻面が煙突方向を向いていており、この関係性はどうしても良くないと判断し、最終的にできた3号棟は建物はボリューム感はそのままに屋根の向きを90度変えています。これは建物は同じ位置、同等のボリュームにする、という条件で実現できました。

〈CHONGMING CIRCLE〉

photo by Alessandro Wang

既存の建物をつなぎつつ、敷地全体に一貫性と中心性を生み出す円形回廊

〈CHONGMING CIRCLE〉
設計:OFFICE COASTLINE

中国、上海市北部に位置する崇明(チョンミン)島の新河区にある地域交流施設の設計。道に沿って並ぶ直列の3棟の建物は全長120mに及び、建物間の規模や様式の違いから施設全体の一貫性が欠けていた。そこで3棟を円形の外廊下でつなぎ、利便性を向上させるとともに、新しい庭を設け施設の中心をつくり出した。
各建物には庭に面して新しい開口部が設けられ、回廊と庭を通じて人々が交わる。庭の中心には、撤去予定であった煙突を残し、この場所の歴史を伝えるランドマークとして扱っている。

世界一カフェの多い都市上海

── OFFICE COASTLINEではいくつかカフェも設計されていますよね。

松下:上海は世界で1番カフェの数が多いと言われており、50mに1軒あると言われています。特に、私たちが拠点としているフランス租界は、低層かつ高密度な地域となっており、また歩いていて楽しいウォーカブルな街ということも、カフェ文化が浸透している大きな要因だと思います

〈聚福 SHANGHAILANDER 五原路店〉

photo by Alessandro Wang

半分道・半分店舗のカフェ空間

〈聚福 SHANGHAILANDER 五原路店〉
設計:OFFICE COASTLINE

中国上海旧フランス租界区、五原路にあるカフェ「聚福 shanghailander」の内装設計。通りに面した長屋の平家部分、奥行き30mという暗いトンネルのような敷地にて、この深い空間と街をつなげることを目指したプロジェクト。
室内の約半分を道空間、もう半分を店舗空間と捉え、それぞれに異なるデザインを施されている。道空間には18mの長いベンチや奥には天窓を新設し、背面の壁を周囲の建物と同じ仕上げとすることで内外の境界を馴染ませつつ人々を迎え入れ、店舗空間のカウンターは手前から奥に向かって幅が広がり、奥への遠近感を強調している。

中国で建築をするということ

松下:面的な開発の際にも話しましたが、中国には90年代にハード優先で、急速かつ大量的につくられた建築が、うまく活用されず閉鎖された状態で何年も経ってしまう建築が少なくない。そして、先に紹介したMVRDVが深圳で行ったリノベーションプロジェクトのように、未活用建築を現代に適合させる事例は、上海でも今後ますます起こってくる流れだと思います。

その点では、私は上海を結構信頼しているので、急成長した故に生まれてしまった歪みに対して、上海はクリエイティブに、そしてマネタイズできる方法で向き合うのではないか、と考えています。

そういった方面に貢献したいとも思いますが、それと同時に考えるのは、やはり思った通りには進まない、ということ。だからこそ、政治的社会的に常に変化する時代において、強いマニフェストをもって活動するより、常に社会を観察し、状況に対応していく、その積み重ねなのかなと思っています。

例えば、最近カフェ関係の仕事を多く行っています。もちろん毎回しっかりと設計に取り組むのですが、元々は建築を学んでいたので「建物を建てたい」という思いもあります。デベロッパーや大手設計事務所では新築に携わる機会は多々あると思うのですが、 現在の中国では先ほどの土地の事情もあり、アトリエ規模だとリノベーションやインテリアがメインとなり、もどかしさもあります。

しかし、カフェのような小さなインテリアでも、街に開かれた半公共的なプログラム故に、必然的に周辺環境や歴史、都市との関係性を考える。その思考は建築で学んだことと地続きです

次第に小さいリノベーションやインテリアのプロジェクトが増え、地図にプロットしてみると租界地区にたくさんの点ができてきました。このような小さな点の積み重ねもある種「都市的」であり、スピードは遅いですが、私たちなりの面的な展開です。

── そういえば、〈聚福 SHANGHAILANDER 五原路店〉を模倣された、というお話を以前伺いましたが、そういった面でも注目されているのかもしれないですね。

松下:嬉しいですよね。わざわざコピーしていただいて光栄です。

── そういう反応になるんですね。てっきり嫌なのかなと思ってました。

松下:いや、そういったことはこの国にいたら面白がるしかないんですよ。こういった心構えは、建築に限らずこの国で活動するうえで必要だと思っています。

松下晃士氏(OFFICE COASTLINE)

Interview: Jun Kato, Yusuke Ozawa, Takuya Tsujimura
Text: Takuya Tsujimura
(2023.10.17 オンラインにて)

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