近年、建築における3Dプリンタの研究・実践を進める機関が増えており、世界各地の建築業界が最も注目する先進テクノロジーの1つとなりました。特に建設における取り組みは、世界初の3Dプリント住宅の建設が2014年に開始したとされているなど、10年ほど前から始まったとされています。
そして「3Dプリント×建築」という領域はこの10年間で目まぐるしい進化を遂げ、ただ「3Dプリンタで出力する建築」にとどまらず、3Dプリンタの特徴・特性を活かした革新的なプロジェクトが誕生しています。
ここでは、世界的に注目されている先進テクノロジー「3Dプリント」の特徴と、その特性を引き出したさまざまなプロジェクトを紹介しています。
建設プロセスを革新する「デジタルファブリケーション」
まず、3Dプリント建築について知るために、「デジタルファブリケーション」についてまとめておきます。「デジタル」+「ファブリケーション(製造)」という言葉が示す通り、デジタルデータをもとに製作する技術のことを指します。
日本の国勢調査によると、大工人口は10年で10万人減少したとされており、また建設に用いられる素材の価格高騰も続いています。このような状況の地域は世界的にも多く、建設にデジタルファブリケーションを用いることは「労働力と資材の不足」の解決策の1つとされています。
そして、デジタルファブリケーションは大別して「減算系」と「加算系」に分けることができます。
減算系は、CNCマシンなどにより素材を掘削することで成形する方式です。近年では、サグラダ・ファミリアの石材加工に導入することで、工期が約150年短縮されたというニュースもあります。
加算系は、素材を出力しながら積層していく3Dプリントはこちらに分類されます。
加算系デジタルファブリケーション「3Dプリント」の利点
加算系に分類される3Dプリントの利点として以下のような特徴が挙げられます。
- 少ない廃棄物
あらかじめ用意した素材の形を3Dプリントすることで変えるという方式のため、元となる建材を切り出した際に発生する端材のような廃棄物は少なくなります - 工期の短縮
パンデミックや資材不足、人手不足などさまざまな要因が重なり住宅不足が深刻化するアメリカでは、この「工期短縮」というポイントは特に重きを置かれており、大規模な3Dプリントを迅速かつ正確に行う3Dプリントシステムの開発が行われています - 自由度の高い設計
より複雑な形状をつくり出すことが可能であるため、ユニークな形状の建築物というだけでなく、構造的に必要な箇所に素材を配置することで素材の使用量を削減することも可能となります - 品質の高さ
企画から設計、施工までの複雑なプロセスすべてをデジタルデータを基に行うことができるため、試作・検証のループをより早く行うことが可能となり、それぞれの工程における最適化を行うことで品質の向上を図ることができます - さまざまな素材の活用
コンクリートや鉄にとどまらず、土や砂を活用した出力の研究も進んでおり、より多様な建築表現も可能となっています
海外プロジェクトにみる 3Dプリントの特性を活かしたイノベーション
ここからはさまざまなプロジェクトを、「3Dプリントを導入することでどのような革新がなされているのか」について注目しながら紹介していきます。
住宅供給の革新
先にも触れたように3Dプリントを活用した住宅開発は、アメリカが特に注力している分野です。そして、より高品質な住宅を提供するため、世界的な設計事務所である BIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)とのコラボレーションによる地域開発もスタートしています。
BIGによる100棟の3Dプリント住宅開発
設計:BIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)
アメリカの大手住宅ディベロッパー「Lennar」、大規模な3Dプリントのパイオニアである建築テクノロジー企業「ICON」、世界各地で先進的なプロジェクトを手掛ける設計事務所「BIG」が共同で発表した、3Dプリント住宅100軒で構成されたコミュニティ建設プロジェクトです。
テキサス州の都市オースティンにて計画されており、アメリカの住宅不足に対しICONの大規模3Dプリント技術により品質、美しさ、持続可能性を損なうことなく、迅速に供給を増やすことができます。すでに工事は開始しており、2023年中に最初の引き渡しも予定されています。
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他の技術との掛け合わせ
3Dプリントはそのテクノロジー単体で見ても面白いのですが、石工のような伝統的な技術や屋上緑化などのような既存の技術と組み合わせて使用することで新たな価値を生み出す、という点も大きな特徴の1つといえます。
3Dプリント×石積みでつくる乾式の橋
【Striatus】
設計:チューリッヒ工科大学ブロックリサーチグループ(BRG)、ザハ・ハディド・アーキテクツ コンピュテーション&デザイングループ(ZHACODE)
3Dプリントされたコンクリートブロックを、接合部にモルタル等を使用せずに組み立てたアーチ型の無筋石積みの歩道橋です。熟練の石工による伝統技術と高度なコンピュテーショナルデザインやロボットを活用した製造技術を組み合わせて実現しています。
それぞれのブロックは6軸ロボットアームで3Dプリントすることにより、それぞれの接合面において直行してコンクリートを積層しつつ有機的なフォルムを実現しています。
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植物が直接芽吹く土の構造物
設計:バージニア大学
バージニア大学の研究チームが開発した、現地の土に植物の種子を埋め込んだ3Dプリント用の素材です。この素材を使用してつくられた構造物には植物が根をはり、成長することができます。
材料科学・工学科のジ・マー(Ji Ma)助教授の「なぜ、構造物や建物は自然から切り離されなければならないのだろう?」という疑問から始まった、建築物の緑化における構造体と植栽を分けて考えるのではなく一体として捉えた研究です。
3Dプリントを活用した空き家改修
【トラディショナルハウス・オブ・ザ・フューチャー】
設計: ジョン・リン教授、リディア・ラトイ助講師(香港大学)
必要に応じて解体し組み替えることで新たな需要に対応することを前提に建てられている中国の伝統的な家屋に対し、3Dプリント壁と組み合わせることでより現代に適応した新たな空間をつくり出す研究プロジェクトです。
既存の空間や部材を3Dスキャンし、そのデータに合わせて設計された3Dプリント壁と解体から得た材料を組み合わせて新たな住宅へと再構築しています。
廃屋をアップデートする3Dプリント!?3Dプリントを組み合わせ中国の伝統的な家屋を建て替える〈トラディショナルハウス・オブ・ザ・フューチャー〉香港大学、ジョン・リン、リディア・ラトイ
新たな表現方法としての3Dプリント
3Dプリントによる自由な造形を設計に活かすことで、有機的なフォルムの実現や精密な表現が可能となります。
緻密な装飾を施した3Dプリントタイルによる彫刻的な空間や、まるでファブリックのようにアパレルブランドの伝統的なモチーフを表現した外壁など、その精密な造形による表現は3Dプリントにより生まれた設計の新たな領域といえるかもしれません。
緻密な装飾と特有の色彩を生み出す3Dプリントタイル
【ニュー・デルフト・ブルー】
設計:Studio RAP
〈ニュー・デルフト・ブルー(New Delft Blue)〉は、共有の中庭を有するオランダ・デルフトの集合住宅における、3Dプリントされたタイルが彩る中庭と外部をつなぐゲートです。
3Dプリントすることで精密な模様を描きつつ、細かな凹凸により部分的に釉薬が溜まることでタイルの中にも濃淡が生まれ、より幻想的な空間を演出しています。
中庭への入口を彩る3Dプリントタイル | デルフト陶器の鮮やかな青色「デルフトブルー」を反映した Studio RAPによる〈ニュー・デルフト・ブルー〉オランダ
NEW DELFT BLUE by Studio RAP from Studio RAP on Vimeo.
砂でプリントするファブリックのような外壁
【ディオールコンセプトストア】
設計: WASP
3Dプリンタの販売から土などの自然素材を活用した3Dプリントシステムを提供しているイタリアの3Dプリント企業 WASPがドバイのビーチに作成した、期間限定の旗艦店です。
WASPの3Dプリントシステムを使用し、粘土、砂、天然繊維を組み合わせた自然素材からつくられています。また、外壁にはディオールの代表的なモチーフであるカナージュの模様が施されており、3Dプリントらしい新たな表現を実現したプロジェクトとなっています。
マテリアル的な革新
樹脂やコンクリートに留まらず、先述した砂やステンレスなどさまざまな素材を3Dプリントに使用する研究が進み、従来では建築にはあまり使用されていなかったマテリアルを3Dプリントして建築を構築する事例などが実現されています。
これにより、生分解性の素材で構築された期間限定の店舗や火星に3Dプリンタを持ち込み現地の砂で住空間を出力する計画、みかんの皮で3Dプリントする内装パネルなど、この素材的な革新も3Dプリントの大きな特徴の1つといえます。
ステンレスでプリントするスマートブリッジ
【MX3D Bridge】
設計:ジョリス・ラーマン・ラボ(Joris Laarman Lab)
金属による3Dプリント技術を提供するオランダの企業 MX3Dが作成した世界初のステンレス鋼3Dプリント橋です。この橋には、利用者から重要な情報を取得するためのさまざまなセンサが装備されており、歩行者の数や速度、橋の歪みや振動などの構造測定データ、気温などの環境要因を測定・収集しています。
これらのデータを視覚化したデジタルモデルを通してリアルタイムで橋の健康状態をモニタリングし、どのように構造体が変化するかを観察および記録することができるようになっているデジタルツインプロジェクトでもあります。
生分解性で構築する期間限定店舗
【ドルチェグスト・ネオ・フラッグシップ】
設計:スタジオ・グート・レクエナ(Estudio Guto Requena)
ブラジル、サンパウロの公園に建つ、3Dプリントした型を用いて作成した漆喰のシェルと、松の木のグルーラム集成材の構造体で構成された店舗です。
リサイクルプラスチックや生分解性素材を採用したネスカフェ・ドルチェグストの新商品の発売に合わせて建設された期間限定の旗艦店であるため、木材はリサイクルされ、漆喰は農業用の肥料となるという、解体においてもサステナビリティを重視した計画となっています。
期間限定だからこそ、解体後までサステナブルに 生分解性の素材で3Dプリントされた、スタジオ・グート・レクエナによる旗艦店〈ドルチェグスト・ネオ・フラッグシップ〉ブラジル
火星で現地調達し構築する住空間
【Mars Dune Alpha】
設計:BIG(ビャルケ・インゲルス・グループ)
NASAの長期間の宇宙探査ミッションにおける、火星の居住環境をシミュレーションするため、建築テクノロジー企業 ICONとBIGが開発した火星の砂を用いた3Dプリント空間です。
居住環境を地球以外の惑星に建築する際、建築材料を地球のものを利用すると打ち上げする重量、回数が増え、コストが増加する。そこで、現地の材料を使い建築を3Dプリントすることで、コストを大幅に削減することが可能となります。
オレンジの皮で3Dプリントする内装パネル
【Veggro】
設計:インタレスティング・タイムズ・ギャング(Interesting Times Gang)、OBOS
「家具としての壁」というコンセプトのもと開発された、装飾としても機能し、間仕切りや防音壁としても使用可能なモジュール製品〈Veggro〉のうち、オレンジの皮から3Dプリントした、果実の小胞から着想した内装パネルが「JUGOSO」です。
この内装パネルシリーズ〈Veggro〉では、菌糸体により成形した「LOOM」も展開しています。
キノコとオレンジの皮でできた内装パネル〈Veggro〉 | 菌糸体による「LOOM」と オレンジの皮で3Dプリントされた「JUGOSO」 | インタレスティング・タイムズ・ギャング、OBOS