8名の作家によるさまざまな「語り」
本展の展示作品は、写真、絵画、模型(ミニチュア)、描譜、映像、音など、さまざまな表現形態をとっています。共通するのは、計8名の作家それぞれが、作品で「語り」を表現していること。
”音のない語り”、”目を使わずに観る写真”など、作品の全体像を把握するための情報が、実は会場には用意されていません。完全に情報が揃っていないからこそ、作品の前に立ったときに、見る者に想像するという余地が生まれ、鑑賞者それぞれの“想像力”により、1つの作品からさまざまな鑑賞体験を生み出すという可能性を拡げてくれます。それが本展、「語りの複数性」です。
会場となる東京都渋谷公園通りギャラリーは、渋谷区立勤労福祉会館の1階に2020年2月にグランドオープンした施設。アール・ブリュットなどの振興拠点として、アートを通じ、渋谷区が掲げるダイバーシティの理解促進や、包容力ある共生社会の実現に寄与することを目的に、さまざまな作品の展示や、活動を行なっています(運営:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 文化共生課)。
『TECTURE MAG』では、10月8日にプレス向けに開催された内覧会を取材しました。会場の様子をお伝えします。
会場構成を建築家の中山英之氏が担当
本展の会場構成・デザインは、建築家の中山英之氏が担当しています。
会場は、建物の入り口側の交流スペースと奥の展示室に分かれており、廊下でつながっています。どちらもガラス窓などの開口部から外光が差し込み、さらには、渋谷公園通りという昼夜・土日を問わず、人々と車の往来があります。スクランブル交差点を挟んで、藤本壮介氏が手がけた〈渋谷パルコ〉や、SUPPOSE DESIGN OFFICEが手がけた〈hotel koe〉などの商業施設が並んで建っている、渋谷らしい立地です。
とりわけ外部環境の影響を受けやすい、通りに面した交流スペースでは、中山氏は、作品鑑賞に集中できる空間を用意。大きなガラス窓には、出展作家の1人である大森克己氏の写真作品〈心眼 柳家権太楼〉を大判で展示。その内側にも壁を立てて、内と外を遮断しました。
夜間には、大判の写真作品が映えるよう、計算されたライティングも行なっています。
前述の大判写真の展示の背面に位置する交流スペースでは、川内倫子氏の作品を展示。既存の柱の奥へと来場者を誘うような壁を曲線でたて、太い既存柱のまわりには、聴覚での鑑賞するための設備を配置しました。
さらに交流スペースの奥では、中山氏と、本展を企画した田中みゆき氏との対談の様子を撮影した動画を上映。本展を鑑賞する前の手がかり、あるいは、鑑賞後の疑問を少なからず解消してくれる手助けとなっています(展覧会「語りの複数性」プレトークの動画は、東京都渋谷公園通りギャラリー 公式YouTubeチャンネル にて公開中)。
中山氏は今回、本展における建築家としての役割を、鑑賞者の想像力を拡げるアシストであると定義し、会場デザインを行なっています。
「”ギャラリー”と一口に言っても、そう名前のついた施設にはさまざまな質の空間が付帯しています。たとえば展示室と展示室を結ぶただの廊下も、そうであることを少し忘れてみたら、細長いかたちをした、他とは違う固有の質感を帯びた場に違いありません。
「語りの複数性」展もまた、ひとりひとりにとってそれが唯一であると感じている世界を、少しだけ忘れてみることからはじまる展覧会、と言えるかもしれません。
建物というのは、名前のつけられた、定まった用途を与えられた場所の集まりです。今回の会場構成は、そんなまとまりのなかに、できるかぎりそうではない可能性としての複数の場を、探り当てていくような時間でした。
ひとつに思えていた世界が、もしかしたらそれぞれに異なる受容体としての私たちの数だけ、少しずつ違ったかたちで複数ある。この展覧会のそんな想像力に、重なり合うような空間であったらと願っています。」(中山英之)
展覧会プレトーク
#東京都渋谷公園通りギャラリー Tokyo Shibuya Koen-dori Gallery 公式YouTubeチャンネル『展覧会「語りの複数性」プレトーク ー複数性を展示することー(ろう者による手話通訳+バリアフリー日本語字幕付き』(2021/09/30)
〈心眼 柳家権太楼〉31点は2つの展示空間をつなぐ廊下でも展示
出展作家8名のうち、6名の作品は、建物の奥、廊下の先にある展示室1、展示室2で見ることができます。
廊下を進む右側、中山氏がデザインした壁付きの什器には、渋谷公園通りに面して作品が展示されていた、大森氏の作品〈心眼 柳家権太楼〉31点が並びます。こちらの写真作品は、落語家の柳家権太楼氏が、ホワイトキューブに座布団1つで、「心眼」という噺を口演する最初から終わりまでを撮影したものです。
展示室1の空間を大きく横断して展示されているのは、小林紗織氏による2021年の新作、〈私の中の音の眺め〉です。
「宙を舞うように描譜を展示したい」という作家からの要望のもと、天井からテグスで作品を吊るし、弧を描くようにしてダイナミックに展開しています。
山崎阿弥作品では壁に手をあてて
小林作品が展開する空間の奥、窓側に沿って、山崎阿弥氏のサウンドインスタレーション〈長時間露光の鳴る〉が展示されているので、白い暗幕の入り口を会場ではお見逃しなく。
山崎阿弥氏の作品は、バイノラール録音という、実際に人間の耳で音を聞いている状態を録音する方法によって、展示空間の壁の反対側にある窓から視界に入る範囲と、聞こえてくる音の源泉を録音範囲として、複数の時間と季節、天候のもと、実際に渋谷の街で収音したもの。
展示空間を歩くことで、違った「音の風景」を体感することができます。また、窓と反対側に用意した白い壁は、壁全体を浮遊した振動体とすることで、壁に手をあてると、音の振動をリアルに感じることができるようになっています。
作品の意図を実現すべく、施工を担当したHIGURE 17-15 casの有元氏と、中山氏と作家の山崎氏のを含めた3者でディテールを検討し、つくられた壁です。
小島美羽氏は美術展初参加
本展の注目は、美術展初参加となる小島美羽氏の作品です。
氏は、作家活動を開始する以前から、自宅で孤独な死を迎えた人の住まいの特殊清掃や遺品整理、いわゆるゴミ屋敷の清掃などに従事してきました。
孤独死の現場を伝えるミニチュア
孤独死の現場は、その多くが凄惨な状態で発見されるため、仮に写真を撮って見せるという手段に訴えても、見る側の気持ちとして、時に共感よりも拒む気持ちが上回ってしまいます。
そこで小島氏は、清掃前の現場を模型(ミニチュア)で再現して制作することを思い立ちます。2016年に発表したところ、SNSなどで反応があり、海外のメディアからも注目されました。見る側の心の中のハードルが下がり、感情移入も生まれ、そこに人が暮らしてきた歴史を感じ取ろうとするのです。
本展に出展された3つの作品は、小島氏がこれまでに目にしてきた現場と、そこに住んで生活していた人のリアルな生を、見つめる場を私たちに提示します。
なお、小島氏は建築を学んだことはなく、ミニチュアの制作は独学によるものです。
視覚に頼らずに事象を見る人や、手話を使って話す人がいるように、人の身体の数だけ、さまざまな形態で “語り”は存在します。本展は、私たちがふだん、気に留めていない感覚を呼び起こし、揺さぶる展示空間となっています。
会場では会期中、関連イベントとして、手話通訳付きのギャラリートークや、アーティストによるパフォーマンスなども行われます。詳細は下記URL・会場ウェブサイトを参照してください。(en)
展覧会名「語りの複数性」
出展作家:大森克己、岡﨑莉望[*]、川内倫子、小島美羽、小林紗織、百瀬 文、山崎阿弥、山本高之
*岡﨑莉望の「﨑」は「たつさき」
会場構成:中山英之建築設計事務所
会場:東京都渋谷公園通りギャラリー 展示室1、2および交流スペース(Google Map)
会期:2021年10月9日(土)~12月26日(日)
開館時間:11:00-19:00
休館日:月曜
入場料:無料
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団、東京都現代美術館、東京都渋谷公園通りギャラリー
展覧会名「語りの複数性」
https://inclusion-art.jp/archive/exhibition/2021/20211009-111.html