アイカ工業が主催した「AICA 施工例コンテスト 2022」の審査結果が、2022年12月に発表されている(『TECTURE MAG』発表ページ)。
谷尻 誠(SUPPOSE DESIGN OFFICE)、湯山 皓・照井洋平(I IN)、百々 聡(アイカ工業取締役 専務執行役員)、山根脩平(tecture代表取締役CEO)の審査委員諸氏が一堂に会して2022年12月12日に行われた最終審査では、厳正なる審査と白熱した議論・検討を経て各賞を決定。
審査委員の方々に、審査のポイントや選定にあたって考えたことを振り返っていただいた。
Photographs: toha
クオリティが担保された多様な作品が集まる
── 審査会を振り返っての所感を、まずは谷尻さんからいただけますか?
谷尻:今日の審査会の前に、多くの事例を見せていただきました。そのときはアイカ工業の製品がどこに使ってあるのかはいったん置いて見ていたのですが、しっかりとデザインされた事例が集まっているな、と感じました。全体的には、きちんとクオリティが担保されているものがたくさん集まっている印象でした。
── I IN の照井さんと湯山さんはいかがでしょう?
照井:コンテストの1つの特徴は、時代の流行性がダイレクトに伝わってくることです。近年は、ジョリパットのように素材感が出る製品を使った事例が多い傾向があると思うのですが、そのなかでもすごく意匠性の高い作品が選ばれています。
また作品をつくるだけではなく、どう見せるかということも、写真のこだわりなどからすごく感じました。使った素材をほかの人にどのように伝えるかについても、さらに意識が高まっていくだろうと思います。
湯山:アイカ工業の製品だけでインテリアや建築すべてが成り立つのではないかというほど、製品の種類は豊富にあります。それで、コンペが始まる前は、どこにでも見たことがあるような作品がたくさん並ぶのかもしれないという気がしていました。でも、ふたを開けてみると、アイカ工業の製品を使っているのに見たことのないような作品がありました。やはり、応募されているデザイナーの方々の力量によっていろんな見え方をするんだなと、すごく新鮮な気持ちで拝見しました。
── 百々さんはいかがでしょうか?
百々:やはり「ジョリパット」での応募作品が多かったですね。ジョリパットでは近年、製品の多様化を進めています。そうしたバリエーションの認知度も高まるなかで、さまざまな使い方を考えていただいており、我々メーカーとしては大変ありがたいと思います。
メラミン化粧板については「セレント」など、意匠性の高い製品を強化しています。今回の応募作品のなかでも「こういう使い方ができる」と従来にない使い方がされている作品がいくつかあり、それも嬉しいことです。
もう1つは「オルティノ」で、さまざまな製品と連動したいい作品が出ていました。アイカ工業は柄連動を強みにしていますので、こちらも今回の施工例コンテストの1つの成果だったと考えています。
そして今回、TECTUREというツールをプラットフォームに使った初めてのコンテストでした。私としては、非常に満足という感触を得ています。
谷尻:たくさん集まってよかったですよね。
山根:ほっとしています。
材料の力を活かしきったデザインがされているか
── 審査で重視した点を教えていただけますか?
谷尻:「材料のもつ力をきちんと活かしきっているか」というところが、最終的に選ぶときの1番の基準になりました。
僕は、事務所で口癖のように「材料を減らすように」と言っているんですね。ただでさえ空間の情報は多いので、どれだけ情報量を絞ることができるのかということが大事なんじゃないかなと思っていて。特に上位に入っている事例は、材料を絞った“清さ”があったことと、新しい使い方の提案になっていたことが評価の対象になったと思います。
── 谷尻さんが特に推した最優秀賞(〈はこ〉設計:kufu)についてはいかがですか?
谷尻:本来マテリアルというのは、使う場所が指定されているものが多いと思うんです。外壁であれば外壁、屋根であれば屋根、床であれば床というように。実はその時点で制約がかかっている素材に対して、〈はこ〉は中も外も1つの材料でつくり上げているという点において、評価すべきと思いました。
優秀賞に輝いた〈神宮前六丁目計画(仮称)〉(設計:田村陽平 / ハレデザイン)も、1つの材料を使いきって陰影だけで材料の豊かさを引き出した、デザイン性が高い事例でした。どちらかと迷うくらいだったのですが、統合を図るという意味において、中と外までやり切っている〈はこ〉を最後は推させてもらいました。
── 照井さんと湯山さんはいかがですか?
照井:ジョリパットの事例が多いなかで、自分のジャッジの基準は「この作品のデザインとして、ジョリパットでなくても成り立つかどうか」ということでした。例えば塗装でもそのデザインが成り立つのであれば、別にジョリパットを使う意味はない、ということです。それでもジョリパットを使う意味があり、デザインに魅力を出しているものが最終的には選ばれていたと思います。それが何かというと、光の受け方であったり、質感をきちんと見せていたりといったことです。そうしたことは、空間のメリハリにもつながります。
湯山:今回は大きく2つのことを考えていました。1つは、新しい試みがされているかということです。もう1つは、デザインとして魅力があるかということ。そうした視点でピュアに見て、ジャッジさせていただきました。選ばせていただいた作品はいずれも、新しい魅力や表情を引き出していたと思います。
照井:受賞作を見て「こういうことができるんだ」「これを使ってみよう」ということが、ほかのデザイナーに繋がっていけばいいと思いますね。
湯山:先ほど谷尻さんから、素材をなるべく厳選してデザインしていることの魅力について話がありました。それは同時に、デザイナーの力量が試されると思うんですよね。純粋に光や形といったことでデザインが完成されているからこそ、素材の種類を減らせるということですから。
── 百々さんはメーカーの立場として、選ぶ際のポイントはありましたか?
百々:まずは、せっかくこうして外部の方に審査員になっていただいているのですから、外部の方の目は最も重要視しています。デザイン性、そしてコンテストの案内文にもありましたようにクリエイティブであることを重視して、審査いただいたと思います。
メーカーである我々としては「こういう使い方してくれているんだ、嬉しいな」という目線で審査したつもりです。最終的には、谷尻さんやI INのお二方と、それほど大きな違いはなかったと思うのですが。
イメージを変える建材が空間を変えていく
照井:あとはアイカ工業というと「メラミン」というイメージが定着していて、今回も応募が多数ありました。次の世代の素材としては、メラミン化粧板だけどすごく質感のある「セレント」のような製品がもっと出てきたら自分たちもすごく見てみたいですし、新しい空間ができるのかなと期待しています。
どうしても無垢の素材が人気で、木でも本物の木のほうが良いという印象がありますけど、毎回そうとも限りません。例えば、人が触ることろではキズに強かったり、軽かったり薄かったりすることがメリットになる。そうしたことを、我々も探っていきたいと思います。
湯山:社会的にも、例えばファッションではこれまで「レザーは、やはり本革がいい」と言っていたものが、フェイクレザーにいろんな企業が本腰を入れて採用するようになっています。
建材でも天然由来のものは何かしら地球に負荷をかけるということは、世界中で共通認識があります。そうした意味では「オルティノ」のように、同じような感情を人に与えても、地球にかける負荷が大きく違うという材料がもっと当たり前の素材になってくると思います。そうして空間表現がもっと進化していくと、面白いかなと思います。
照井:僕たちの世代も、本物の石や木を使うと「ああ、良いね」という感覚で育っているのですが、もっと若い人からしたら「え、本物を使うんですか?」と、むしろダサいと感じる人が出てくるかもしれない。
イメージを変えることがすごく大事だと思っています。例えば本物の石とメラミンを使うかだったら石を使いたがる設計者が多いと思うのですが、「石以上の魅力を感じる」というメラミンの事例があれば、イメージは変わると思うんですよね。本物の無垢材を使うよりも貼り物のほうが魅力があることを実現できれば、それは新しいことなのかなと思います。こうした貼り物の製品は日本が強く、本物に近いものをつくる技術に長けています。世界を引っ張っていけそうな分野だと思います。
湯山:石でも木でも、もともと日本にない素材はけっこう多いですが、世界中から持ってきていて無理をしていると思います。でもメラミンは国内でつくることができる。国内で完結する材料を、できるだけ使いたいですよね。
百々:そうですね。大切な視点ですし、開発に活かしていきたいですね。
今後のコンテストのあり方を考える機会に
── 今回の審査を通して考えたこと、期待されることなどを教えていただけますか?
谷尻:自分たちにも言えることですけど、当たり前に材料を使うことに慣れてしまっている部分があります。素材や建材を使うときにどういう可能性があるのかという視座をもつことが、審査する我々にも求められていると思うんですね。
情報は溢れるようにあって、材料も選べる時代になっているじゃないですか。それであればなおさら、つくり手のクリエイションが材料をどのように活かすかというところにつながると思います。そこは審査しながら僕らも勉強させてもらいましたし、考えていかなければと思いました。
照井:こうしたコンテストやアワードには期待しています。自分たちのやっていることは評価されづらいので、第三者のフラットな視点で見られる機会は大事だと思います。応募者は賞をもらうと嬉しいと思いますし、「次も頑張ろう」というモチベーションに繋がり、いろんな意味で活性化してレベルが上がっていくと思います。
湯山:自分たちの作品を自分たちの言葉で語る場は、つくろうと思えばできます。でももっと大事なことは、自分たちの作品を第三者の人がどう捉え、どのように言葉にしてくれるかということなんですよね。そうした機会が多いことは、すごくいいことだと思います。
照井:今回、AICA施工例コンテストのイメージは大きく変わったと思います。それも大きな発信になるでしょうね。もともと建築やインテリアの業界はアパレルなどに比べると地味で、ウェブやSNSでの拡散もあまり上手ではないと思います。TECTUREやTECTURE MAGのような拡散力のあるプラットフォームがあると、我々としてもすごく助かりますね。今回の応募者数にも表れていると思いますが、拡散という意味で、日本ではこれ以上ない方法かなと思います。
山根:今回、応募総数が600点を超えるなかで、世代的に中堅より上で、メディアによく出ている方からもたくさんの応募をいただきました。たぶんTECTUREが関わるアワードに期待していただいたのだろうと思っています。こうした機会がもっと増えて評価がされると同時に、設計者などにお金も回っていくようなアワードは面白いと思っています。
谷尻:昔から山根さんとも話しているのですが、集まった事例のなかからメーカーがカタログにするための写真家への写真買い取りサービスができるとか、セカンドキャリアのようなことを考えています。基本的に設計者も写真家も、設計した事例を撮って終わりというところがちょっとあるじゃないですか。それを世の中にもっと循環させていくようなことが重要だなと思っています。
湯山:TECTUREでされていることもそうですよね。素材から掘っていくというより、事例があってそこから逆に素材を掘っていくという、逆のアプローチの仕方がメーカーにも波及していくと、設計者側のスタンスも変わってくるのだろうという印象はありますね。
百々:カタログを開くことからではなく、まずTECTUREのサイトを見て「これはなんだ?」となり、そこから例えばメラミン化粧板の情報に入っていく。そうした流れは、すでにできている気はします。
山根:それは嬉しいですね。今後は、事例が竣工したときに設計事務所がTECTUREに登録し、使った製品とメーカーを入力しておけば、コンテストが開催されるときにワンクリックでTECTURE上で応募できるようなことをしたいと考えています。例えばアイカ工業のコンテストでは、アイカ工業の製品が入力された登録事例を応募する、というようなことです。応募フォームで写真などを1つひとつ登録するより、格段に応募しやすくなるはずですし、審査もしやすくなります。作品がいろんな方向に走りやすく、静的で終わらないというのは、今すごく意識しています。
谷尻:設計者は「良いものをつくってさえすれば、それでいい」と思っている人が多いのですが、良いものをつくっていても誰にも知られなければ、良いものかどうなのかも分からないのがリアルな状況です。事務所のサイトやInstagramのアカウントをつくっても、まず検索されませんから。TECTUREの場に事例を登録すると検索される要素になって、多くの目に触れる。出す側にとっては、実は大きなことだと思うんですよね。
照井:若手だと特に、そうかもしれません。いろんな媒体をうまく使ってほしいですね。
湯山:みんな忙しいですからね、本当に。実際に空間を見ることが減っていると思います。そうしたなかで、メディアで目にする機会があって、どれだけその空間の魅力を伝えられるかというのは、実際に足を運んでもらうためにもすごく大事なことですよね。
── アイカ工業では、今後コンテストで考えていることはありますか?
百々:私たちが製品をつくる先には、販売会社さん、工務店さん、実際に使うユーザーさんがいらっしゃいます。そうした方々にTECTUREのプラットフォームを説明すると好評ですし、建材業界でもDXの流れは強まってくるのではないかとこの1年でずいぶんと感じています。この流れに乗って、次のコンテストもぜひ開催したいと思っているので、ご協力をお願いします。「こうしたほうがいい」という皆さまからの意見があれば、大歓迎です。
(2022.12.12 アイカ工業 東京大手町オフィスにて)