TECTURE AWARD 〈長崎坂宿プロジェクト〉作品インタビュー1/2 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
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TECTURE AWARD ピックアップ!〈長崎坂宿プロジェクト〉作品インタビュー

「設計者」兼「事業主」が育てる、持続可能な事業運営モデル(前編)

インタビュー後編

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TECTURE AWARD ピックアップ!〈長崎坂宿プロジェクト〉作品インタビュー

「設計者」兼「事業主」が育てる、持続可能な事業運営モデル(後編)

3月末に結果発表を終えた第1回「TECTURE AWARD」。応募総数875作品の中から投票する指標の1つとなったのがアンバサダーによる作品コメントです。多様な分野から参加いただけたことで、ほかの建築賞には見られないさまざまな評価軸がありました。

本記事では、そうしたアンバサダーならではの視点で評価された作品と設計者を深堀りしていきます。今回は、小笠原太一 氏が手掛けた〈長崎坂宿プロジェクト_フェーズ1〉へのコメントをピックアップ。作品に対する高橋寿太郎 氏のコメントからは、不動産としての評価軸が色濃く見て取れました。

高橋寿太郎|不動産コンサルタント・創造系不動産 代表

「常識に囚われない外壁のカラー、そしてよく見ると室内も。そして自ら建築家が企画し、事業化しているという、枠にはまらないプロジェクトのようです。自らの立場を変え、目的を変え、さらに建築家としての力を発揮すれば、こんなアウトプットができるのかと、驚きを隠せません。」

 

このコメントから作品を堀り下げていくために、まずは高橋 氏にいくつかの深堀り質問を行い、そこで得られた回答をもとに、小笠原 氏にインタビューを行いました。

〈長崎坂宿プロジェクト〉Photo: 小笠原太一

↓〈長崎坂宿プロジェクト_フェーズ1〉TECTUREの作品ページはこちら
https://www.tecture.jp/projects/5305

↓高橋寿太郎 氏のアンバサダーコメントはこちら
https://award.tecture.jp/ambassadors/takahashi


高橋寿太郎 氏への深堀り質問

──  不動産という立場から見て、〈長崎坂宿プロジェクト〉のようなスモールスケールでの継続的な空き家活用に、どんな価値や可能性を感じますか?

高橋寿太郎 氏(以下、高橋):日本の不動産業の最前線の1つに「地方」がしっかりと位置付けられました。もともと不動産学や不動産業団体、さらに不動産メディアがバブル期に生まれたこともあり、視線は「都心」でしたが、現在では国土交通省も含め、不動産は地方を解決しなければならない、という立場を取っています。

マクロの視点での価値は、空き家が世界トップクラスに増加している日本において、地方創生という文脈において地方に需要を喚起する仕掛けとして。ミクロでは、個性的に見えるにも関わらず再現性が高いデザイン操作が可能であることです。

── 建築家が事業主として関わることで、空間のつくり方や使い方にどんな変化が生まれるとお考えですか?

高橋:ここ10年の間にも、建築家が事業に参画している事例は数多いですが、「事業性」と「建築デザイン」が同じ方向を向くというのが、最大の強みだと思います。ここでデザインは、100%事業のために生み出された矛盾のない存在です。かつての事業主と建築家が、「事業性とデザインで綱引き」をするようなジレンマはありません。事業目的が優先され、それ以外のところは大胆に割り切られた魅力があると思います。

── 「建築と不動産のあいだ」を行き来しながらプロジェクトを成立させる動きは、建築や不動産のあり方にどのような影響をもたらすとお考えですか?

高橋:価値観が混ざり合ってくると思います。すでに私の中ではこの2つの仕事の境界線はあいまいです。だからこそ、そこから「もう一段階絞る」アイデアが必要になってきます。両方できるからといって、どちらの仕事も中途半端になってはいけません。ただでさえ、建築も不動産もやることが増えているのに、その両方を行うのはハイカロリーで、縦割りを解消したら、横軸で特化するような動きが現実的に起きると思います。


小笠原太一 氏への作品インタビュー

小笠原太一|建築家・小笠原企画 代表

1979年 大阪府生まれ、滋賀県育ち。2002年 京都精華大学芸術学部建築学科 卒業。2011年 中国に渡り、上海万谷建築設計にて10万平米を超える大型商業施設や「創意園」と呼ばれるクリエイティブオフィスの設計・開発に携わる。2016年 帰国後、福岡に移住。インバウンドやシェアリングをキーワードに、建築の企画・設計から開発・運営を行う小笠原企画を設立。

小笠原企画https://www.opd-kikaku.net/

 

小さく始めて持続させる、空き家活用の再現性

── スモールスケールでの空き家活用に、どのような価値や可能性を感じていますか?

小笠原太一 氏(以下、小笠原):地方ではインフラの維持すら困難になり、持続可能な都市の再構築が急務となっています。そうした背景においてスモールスケールでの空き家活用は、地域ごとの課題に即した柔軟なアプローチが可能であり、個人でも取り組みやすい現実的な手段だと考えています。

従来の多くの事例は個別的な解決にとどまり、仕組みとして定着していない印象を受けていました。地方の過疎化が進む中で、分不相応な公共建築が建てられたり、「地域コミュニティ」を謳ったカフェやゲストハウスがうまくいかずに終わるといった失敗例も少なくありません。私はそうした反省を踏まえ、空き家活用を「再現性のある方法論」として確立することを目指しています。

ここでいう「再現性」とは、「少額」で「個人でも継続可能」な手の届くスケールであることです。〈長崎坂宿プロジェクト〉では、私自身が事業主を兼ね、企画・設計から施工管理、完成後の運営までを一貫して手掛けています。

坂の街に点在する空き家を宿に

── 〈長崎坂宿プロジェクト〉の概要を教えてください。

小笠原:〈長崎坂宿プロジェクト〉は、長崎駅を中心に伸びる路面電車の終点・崇福寺駅近くに位置しています。長崎は港を中心に傾斜地へと発展を広げていった都市で、本プロジェクトはその傾斜地に立地する住宅群の一区画を対象としています。空き家となっていた物件を順次借り受け、宿泊施設や関連施設として、毎年1〜2棟のペースで改修を進めています。

〈長崎坂宿プロジェクト〉配置図。

小笠原:私が事業主であるため、設計段階に限らず変更への対応が柔軟に行えますし、事業主との調整に時間を要することもありません。たとえば、2019年に1棟目を宿泊施設として改修しましたが、翌2020年には新型コロナウイルスの影響で、当初想定していた外国人観光客の利用が見込めなくなりました。その際には、将来的に宿泊施設へと用途を変更する事を想定した改修を行いながら、宿泊需要が戻るまで当面の間はテレワーク専用のレンタルスペースとして暫定運用しました。

〈長崎坂宿プロジェクト:ゲスト〉改修前。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:ゲスト〉改修後。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:ひとま〉改修前。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:ひとま〉改修後。Photo: 小笠原太一

小笠原:現在までに6棟の空き家を宿泊施設として改修しています。複数棟にわたる改修にあたっては、イタリア発祥の空き家活用手法「アルベルゴ・ディフーゾ」の考え方を参考にしています。同時に、全体計画では商業開発の考え方を下敷きに、地域内に点在する空き家をひとまとまりのプロジェクトと捉え、再生・活用を目指しています。

── このプロジェクトには、最終的にどのような全体像が想定されているのでしょうか?

小笠原:事業全体はゆっくりとではありますが、私自身の手が届く範囲で着実に進めています。指針となるのが、事業全体の構想を描いた「ロードマップ」です。これはマスタープランではありますが、絶対的な指標というよりは、事業の進行や社会情勢に応じて繰り返し更新されるものです。

〈長崎坂宿プロジェクト〉ロードマップ。

小笠原:改修済みの物件が増えてきた現在でこそ全体像が見えてきましたが、プロジェクトの初期段階では、空き家1棟を改修するという、ごく小さな1歩目からのスタートでした。そのため、ロードマップの構想を地主さんや関係者に説明しても理解してもらうのに苦労した記憶があります。当初は真剣に受け止めてくれる人は少なかったものの、地道な実践を重ねることで徐々に共感してくれる方が増えてきています。

宿泊施設で基盤をつくり、ニーズから広げていく

── ロードマップにはさまざまな用途の施設が見られますが、なぜ宿泊施設から始めたのでしょうか?

小笠原:フェーズ1では宿泊施設の棟数を増やし、収益の安定化をはかることを目的としていました。現在はその段階がひと区切りし、今後はフェーズ2として、宿泊者や近隣住民のニーズに応える関連施設の整備を進めていく予定です。

たとえば、無人コンビニのような施設の整備を進めています。坂の多い地形的特性もあり、近隣住民は買い物難民になりがちです。一定の需要はありますが、単体での採算が取りにくく事業者の参入が難しい地域でもあります。

〈長崎坂宿プロジェクト:無人コンビニ〉。Photo: 小笠原太一

小笠原:もちろん、私が手がけたところで大きな利益を得られるわけではありませんが、ホテルの売店のような形態であればこういった施設を維持していくことが可能であると考えています。つまり、その施設単体で採算を取るのではなく、宿泊施設の付属機能として成り立たせようという構想です。そのほかにも、キッチンカーや移動スーパーなどを誘致できるようにイベント広場などの整備まで完了しています。

こうやって小さくチャレンジしながら需要を見極め、徐々に様々な展開をしていきたいと考えています。

〈長崎坂宿プロジェクト:イベント広場〉。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:フロント・イベント広場〉平面図。

小笠原:よくある失敗は、身の丈に合わない壮大な事業計画のもとに、さまざまな関係者を巻き込んで施設や設備を整備して人を呼び込もうとするケースです。しかし、実際には衰退している地域に人が流れ込んでくるようなことは稀で、一時的に人を集めることができたとしても時間とともに需要は減少し、類似施設に少ない顧客を取られるケースばかりです。需要をつくり出そう、集客しようとしすぎなのです。

地方のこういったプロジェクトで重要な視点とは、人が来なくても継続できるように考えることです。ほとんど客が来なくても運営を継続できる、そんな仕組みづくりから考えることが重要です。

〈長崎坂宿プロジェクト〉では、とにかく継続していけることを前提に事業の仕組みを考えていたことで、コロナ禍で宿泊客がほぼ消滅した中でもなんとか続けていくことができました。継続、そして少し無理をしながらでもゆるかに拡大していくことで、持続可能な事業として成長させていくことを大切にしています。

地主と設計者を繋ぐ、新しい事業スキーム

── 設計者が事業主を兼ねるとは、どういう仕組みですか?

小笠原:私の場合、活用を相談されかつ条件にあった空き家を見つけた段階で、事業全体の企画書とロードマップを作成することから始めました。そして、事業計画を元に地主さんに納得していただいたうえで、地主さんに改修工事費を負担してもらいます。工事が完了した後、私がその建物を借り受けることで、地主さんは家賃収入を通じて改修費用を回収するという仕組みです。

小笠原:この仕組みのメリットとしては、一般的な建物を取得して改修する場合に比べて建物の取得費や工事費といった初期コストを抑えられる点があります。継続的に事業を拡大できたのは、所有に拘らず転貸での事業モデルへの転換のおかげでした。

よく質問される「設計費はどうしているのか」については、設計費用は請求していません。設計にかかるコストは最終的に家賃に反映されるため、事業全体の中で回収するかたちを取っています。設計のコストを抑えることで後に払う賃料も下がる。そうした構造のなかで、効率的で魅力ある空間を目指しています。

〈長崎坂宿プロジェクト:casa〉改修前。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:casa〉改修後。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:オク〉改修前。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:オク〉改修後。Photo: 小笠原太一

小笠原:地主さんにとっても、あらかじめ借主が決まっている状態で改修に踏み切れるというのは大きなメリットです。「需要を見越して改修したものの、借り手が見つからなかった」といったリスクを回避できますし、不動産仲介を介さない分、余計なコストも抑えられます。

〈長崎坂宿プロジェクト〉の場合、1棟あたりの改修費はおおよそ500〜1000万円。地主さんには、5~
10年程度で工事費用を回収できるような賃料設定で提案しています。ただし、既存建物の状態によって工事費用は大きく変動します。内装だけに留まらず屋根の葺き替えが必要な場合などは、利回りの回収期間を長めに見積もることもあります。

── 実際の設計では、どのような点を重視されていますか?

小笠原:これまでに改修してきた宿泊施設では、既存の内装をすべて撤去し、新たに整えるところから始めています。いずれも低予算のプロジェクトではありますが、なるべく表層的な改修にとどまらず、空間としての魅力を高めることを意識しています。宿泊施設としての質が、事業全体の基盤になるからです。

もちろん予算の制約もあるため、すべてを刷新できるわけではありません。たとえば、外観の色使いなどは一見特徴的ですが、実のところ予算の都合で「色」くらいしか手を加えられなかったというのが実情です。それでも無作為ではなく、鎖国時代の外交窓口だった長崎の歴史的背景や、異国文化が残る街並みに着想を得たものです。

〈長崎坂宿プロジェクト:フロント〉改修前。Photo: 小笠原太一

〈長崎坂宿プロジェクト:フロント〉改修後。Photo: 小笠原太一

空間の先にある「時間」を設計する

── “事業主”として関わることで、設計にどのような影響がありますか?

小笠原:もっとも大きな影響は、設計と事業運営を一貫して担うことで、よくある「事業内容の変更に振り回される」ようなストレスもなく、自分の判断で設計方針を決められることです。もちろん「好き勝手にやる」という意味ではなく、その土地や建物にとって本当にふさわしい設計を、ぶれることなく追求できるということです。

一般的に、設計者は依頼を受ける立場であるため、その土地に適していないと感じていても、依頼主の要望に応える必要があります。仮に説得できる可能性があったとしても大きな労力が伴いますし、そもそも主張を通すことが難しい場面もあります。

私は、空間をつくるだけでなく、「社会の問題や課題を自身の持つ建築の能力を活かして解決したい」という意識で行動しています。「事業」や「不動産」もまた「建築」を構成する要素の1つと考え、いわゆる”設計”だけでは届かない現実に対して、それらの手段を用いてアプローチしているつもりです。

また、建物の完成後も当事者として関わり続けられる点も、大きな意味をもちます。通常、設計者の役割は建築の完成とともに終わりますが、その後に設計意図とは異なる使われ方をされるケースも少なくありません。私の場合、設計という行為を「空間軸」にとどめず、「時間軸」──すなわち、完成後の建物と人との関係性まで設計するような感覚をもって取り組んでいます。それができるのは、事業主という立場にあるからこそだと思っています。

(後編に続く)

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