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[Interview]崖地から突き出し、絶景を引き寄せる開放的な暮らし|稲山貴則建築設計事務所〈山の根の躯体〉

多くの読者の関心を集める建築には、必ず理由があります。設計の巧みさや空間の魅力はもちろんのこと、現代の社会性や使い手の身体感覚とどこかで深く共鳴しているからこそ、人を惹きつけるのではないでしょうか。

この記事では、「PROJECT」月間PVランキングで上位となった作品を、多く読まれたという事実を1つの手がかりに、建築がどのように構想され、かたちになっていったのかを紐解いていきます。

2026年6月の月間PVランキングの1位は、稲山貴則建築設計事務所による〈山の根の躯体〉。代表の稲山貴則 氏にインタビューを行い、本作が提示する環境と建築の骨格との不可分な関係性、人々の営みや地域へと眼差しを広げる設計思想とともに、多くの読者の関心を集めた理由を探りました。

INDEX

  • 絶景を求めて浮遊する躯体
  • RCと木が重なる大空間と、余白のある暮らし
  • 共通言語がつくる暮らしの骨格
  • 2拠点を横断する活動が、建築家の領域を広げる
  • なぜ、この建築は読まれたのか

 

稲山貴則 氏。

稲山貴則

1982年 山梨県生まれ。2005年 東京理科大学工学部建築学科 卒業。オンデザインパートナーズを経て、2014年 稲山貴則建築設計事務所 設立。2015〜18年 東京理科大学工学部建築学科栢木研究室 嘱託補手。2024年 甲府まちなかエリアプラットフォーム 参画。

稲山貴則建築設計事務所
Website: https://ineyama.jp/
Instagram: https://www.instagram.com/takanoriineyamaarchitects/

 

稲山貴則建築設計事務所が神奈川県で手がけた、景色へ迫り出すキャンチレバーの住宅〈山の根の躯体〉

絶景を求めて浮遊する躯体

── まずは、〈山の根の躯体〉の概要についてお聞かせください。

稲山貴則 氏(稲山貴則建築設計事務所代表/以下、稲山):知人から「購入を考えている土地があるけれど、本当に家が建つかどうかわからない」と相談を受けたのが、プロジェクトの始まりでした。敷地は、逗子という移住者にも人気のエリアにありながら、小山に寄り添うような厳しい傾斜地です。わずかな平地はあるものの、長いあいだ買い手が付かずにいたそうです。

敷地内には10m以上の高低差があり、アプローチの道路から8mほど登った先に、ようやく平地が現れます。初めて現地を訪れた際、鬱蒼と生い茂る草むらを抜け、坂を登りきった先で目にした見晴らしは最高でした。さらに詳しく調査したところ、地質が泥岩で非常に硬く、建築が可能な敷地であることが分かりました。

敷地鳥瞰。左手前の接道から敷地の坂道に繋がる。Photo: 鳥村鋼一

稲山:部屋数や広さといった暮らしの基本的な条件を除けば、クライアントが何より希望されたのは「あの素晴らしい眺望を存分に活かした家にしてほしい」ということでした。

法規を整理していくと、神奈川県独自の崖条例に加え、敷地の一部が土砂災害や崖崩れに関する警戒区域にも指定されていました。これら3つの法規制が重なることで、建物の配置は自ずと決まっていきました。

高低差8mのアプローチ。Photo: 鳥村鋼一

稲山:配置が限定される中で、いかに眺望を確保するかが主題でした。敷地に残された唯一の平地は3方を崖に囲まれており、眺望も限られます。そこで、より豊かな景色を求め、建物を崖から空中へ突き出す構成を選びました。

崖地に住むという精神的な不安を払拭するためにも、RC造にすることは計画当初から決まっており、もっとも効率のよい平屋の矩形のボリュームを採用しています。

実は見積もりの段階までは、突き出した先端を2本の柱で支える計画でした。ところが、見積もりを取ってみると、この柱が想像以上にコストの負担になっていることが判明。そこで改めて構造家に検討してもらったところ、柱のないキャンチレバーでも成立することが分かったのです。

RCの躯体は崖から4.5m突き出さられるように建つ。Photo: 鳥村鋼一

稲山:宙に浮くキャンチレバー部分には高さ1.9mの開口部を設け、躯体のボリュームを減らすことで軽量化しています。窓の下に設けた腰壁は、幅0.3m、梁成1.8mの強靱な梁として構造を支えました。

お引き渡しから2年が経ちますが、クライアントは今でもカーテンを付けずに暮らしています。電動カーテン用の設備も一応備えているのですが、周囲を気にすることなく、開放的な暮らしを楽しんでいただけているようです。

3面開口のLDK。Photo: 鳥村鋼一

RCと木が重なる大空間と、余白のある暮らし

── 内部の空間構成についても教えてください。

稲山:眺望の開ける南東側にはLDKを大きく配し、反対側に諸室をまとめています。内部にはRC造の耐力壁を3つ設け、山側に重心が寄るよう配置しました。それ以外の間仕切り壁は木造としています。耐力壁の上には同じくRC造の梁を渡し、その上に木造の屋根架構を載せました。

結果的に木が積極的に内装に現れることになりましたが、木の内装は視覚的な柔らかさを与えるだけでなく、RC造特有の音の反響も和らげています。

Plan

Section

稲山:天井高は3.6mとゆとりを持たせ、コンクリート打設で一般的なサブロク判(1800×900mm)の型枠を横向きで並べて、4段納まるように設計しました。間仕切り壁の仕上げも3×6判のラワン合板としているため、型枠が描く水平の線とラワンの目地ラインがきれいに揃うようにしています。また、天井高を抑えた諸室の上はロフトとし、収納面積を確保しました。

ウォークインクローゼットにはロフトを設けず、3.6mという高さを目いっぱい使って衣服を掛けられるようにしています。クライアントがアパレルブランドを立ち上げていることもあり、とにかくたくさんの服を収納できるようにしました。

また、LDKにはあえて余白を残しています。ここはアパレルのアイテムを撮影するスタジオのような使い方も想定し、極力生活感が出ない仕上げとしました。

共通言語がつくる暮らしの骨格

── ほかのプロジェクトと比較した際、本作はどのような位置づけになりますか。

稲山:孤立した新しい試みというよりは、これまで手掛けてきた設計の延長線上にある作品だと捉えています。

私のもとには、一般的な住宅地の真ん中よりも、あえて住宅地の端や環境の境目を選ぶクライアントが多くいらっしゃいます。たとえば湖畔に建つ〈UNCAGE.〉や、緑道に面した〈緑道の家〉のように、周辺環境にある圧倒的な「抜け」をいかに読み解き、空間へ取り込むかというテーマは一貫して探求してきたことの1つです。

〈UNCAGE.〉Photo: 鳥村鋼一

〈緑道の家〉Photo: 鳥村鋼一

稲山:〈山の根の躯体〉で特筆すべきは、その「抜け」を獲得するためのアプローチの違いかもしれません。ほかの作品が環境に素直に寄り添う設計だったとすれば、今回は崖地という建築を拒むような厳しい条件に対し、強靱なRCの躯体を宙へ突き出すことで、自ら「抜け」を引き寄せました。

環境と呼応しながらも、どこか抗うような建築の力強さ。そこに今回のプロジェクトならではの面白さがあると思います。

── 設計のプロセスにおいて、大切にしていることはありますか。

稲山:クライアントとしっかりイメージを共有することです。スタディ段階では視覚的に伝わりやすい模型を用いることが多く、最終的には1/30の大きな模型を必ず製作しています。

あとは「プレゼンテーションブック」という、私たちの思考プロセスを簡単にまとめた冊子を毎回お渡ししています。その中で特に意識しているのが、「敷地の話」をしっかりすることです。周辺環境や眺望、条例といった「敷地という動かせない条件」の中には、その建物の形に至る合理的な理由がたくさん含まれています。それを丁寧に伝えることが、クライアントとのイメージの共有にも直結するのです。

私自身、この事務所にはあまりデザインの「色」がないように思っています。当然ながらプロジェクトごとに条件は異なり、クライアントが求めるものも千差万別です。だからこそ、模型や敷地の話という共通言語を通して、その建物がどうしてこの形になるのかという「骨格」を共有することを大切にしています。

しっかりとした骨格があってこそ、クライアントの理想や快適な暮らしを実現するための確かな基盤になると考えています。

〈山の根の躯体〉スタディ模型。当初は崖から突き出した部分を柱で支持する計画であった。

2拠点を横断する活動が、建築家の領域を広げる

── 逗子と山梨の2拠点で活動されていますが、どのような経緯だったのでしょうか。

稲山:もともとは横浜で独立したのですが、自宅の引っ越し先に逗子を選び、それに合わせて仕事場も逗子へ移しました。

山梨に拠点を構えたのは、その2、3年後です。私自身が山梨出身であることに加え、当時のスタッフも山梨出身だったので、「もう1つ拠点があっても面白いかな」と思ったのがきっかけでした。山梨には設計事務所が少ないこともあってか、スタッフやアルバイトが集まるようになり、少しずつ体制も大きくなっていきました。

── 山梨での設計活動において、どのような手応えや面白さを感じていらっしゃいますか。

稲山:設計の自由度が大きいことですね。山梨に限った話ではないですが、まず土地が広い。敷地に余裕がある分、設計の可能性も広がりますし、土地代が比較的安いため、新築を検討する若い方も多い。建築家としてさまざまなことにチャレンジしやすい、良い環境だと思います。

たとえば、最近手がけた中で山梨らしさが色濃く出ているのが、移住者向けの分譲住宅〈chime 白州〉です。南アルプスを望む広大な敷地に5棟の住宅と店舗棟を配し、それぞれのプライバシーを守りながらも、自然と顔を合わせ、会話が生まれるような関係をつくりました。

各家には深くて大きな軒下や土間空間を設け、内外の距離感を調整できる余白をつくっています。敷地の中央には共有の畑や広場もあり、建物の配置からそこへ至る動線まで含めて、まるで小さな村をゼロからつくるようなイメージで設計しました。すでに設計は完了し、現在は工事が進んでいるところです。

〈chime 白州〉住宅棟のテラスから南アルプスを見る。Photo: 古厩志帆

〈chime 白州〉コンセプトイラスト。

稲山:ほかにも、官民連携による「甲府まちなかエリアプラットフォーム」という取り組みに携わるなど、建築家として活動の幅が広がっています。

シャッターが閉まっていた古い店舗をリノベーションし、新たな商いやクリエイターが育つシェアスペースとして貸し出す「Aima(アイマ)」という拠点をつくったり、山梨県産の檜を使ってDIYしたストリートファニチャーを道路に設置し、街の中に新しい居場所をつくる社会実験も行っています。建物単体の設計にとどまらず、人の動きや滞在のきっかけまで含めて、歩いて楽しいまちづくりに取り組んでいます。

〈Aima〉まちに目一杯ひらくように、入り口はビニールカーテンとした。

2024年の社会実験。県産材の檜を使用しDIYしたファニチャーが並ぶ。

── 今後、取り組んでみたいテーマやプロジェクトがあれば教えてください。

稲山:逗子やその近隣では住まいづくりにじっくり向き合い、一方で山梨での仕事が自分の設計領域をぐっと広げてくれている。その2つが、今とても良いバランスで事務所の「両輪」になりつつあると感じています。どちらかだけに軸足を置くのではなく、これからも地域や領域にとらわれず、事務所の可能性を広げていきたいですね。

山梨で仕事の幅が広がってきたのも、行政や街の人たちが「建築家は建築を建てるだけではない」と捉えてくれるようになったからだと思います。

空間そのものはもちろん、そこに生まれる「体験」や「人の営み」までを一体としてデザインし、形にしていくこと。拠点を構える場所によって、私たち建築家が生み出せる価値の幅はいくらでも広がるのだと感じています。

なぜ、この建築は読まれたのか

── 月間PVランキングで1位となった理由を、設計者の視点でどのように分析されていますか。

Photo: 鳥村鋼一

稲山:見た目のインパクトの大きさはあったと思います。最近はロジックが先行しすぎて、視覚的な「勢い」をもつ建築が珍しくなってきた印象があります。もちろん、そこに優劣があるわけではありませんが、SNS全盛の今の時代においては、今回のようなストレートで直感的な強さが、多くの人の目を惹くきっかけになったのかもしれませんね。

── 最後に、事務所のなかで「お気に入りの場所」を教えてください。

稲山:山梨事務所にある、通りに面した打ち合わせスペースですね。

事務所があるのは、甲府駅から歩いて10分ほどの「朝日通り商店街」です。長年使われていなかった物件をセルフリノベーションしました。どこか懐かしい面影を残す街の空気感や、商店街を行き交う人たちの様子を間近に感じながら設計に向き合えるのがすごく心地良くて、私自身とても気に入っている場所です。

朝日通り。手前に見えるベンチは事務所でデザインし制作した。

山梨事務所から朝日通りを見る。

稲山:今年の9月末に、同じビル内の2階に事務所を移転する予定です。1階には本屋さんが入り、より街の人たちが日常的にふらっと立ち寄れるような、商店街に開かれた建物になりそうです。2階から商店街を少し俯瞰する視点も新鮮で、きっと新しい事務所でも、この窓際が私の特等席になる予感がしています。

新事務所の施工風景。

(2026.07.22 オンラインにて)

TOP画像〈山の根の躯体〉Photo:鳥村鋼一
特記なき図版・画像提供:稲山貴則建築設計事務所
Interview & text: Naomichi Suzuki

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