ザ・コンランショップの日本1号店が東京・新宿パークタワーにオープンしたのは1994年、当時の熱気と興奮を覚えている人は少なくないでしょう。
30年が経った今年、創業者であるテレンス・コンラン(1931-2020)の人物像に迫る展覧会が、東京ステーションギャラリーで10月12日より開催されています。
「Plain, Simple, Useful(無駄なくシンプルで機能的)」なデザインが生活の質を向上させると信じ、個人の生活空間から都市、社会までを広く視野に入れ、デザインによる変革に突き進んだサー・テレンス・コンラン(1931-2020 ※1983年に英国王室より騎士に叙勲、以降の本文ではSirの敬称を割愛)。本展は、英国の生活文化に大きな変化をもたらし、その後のデザインブームの火付け役にもなったコンランの人物像に迫る、日本では初となる大規模展です。
1945年に世界大戦が終結してまもなく、テキスタイルや食器のパターン・デザイナーとしての活動を始めたコンランは、1960年代にホームスタイリングを提案する画期的なショップ「ハビタ」をチェーン化して成功を収め、起業家としての手腕を発揮します。そして、1970年代から展開した「ザ・コンランショップ」におけるセレクトショップの概念は、日本を含む世界のデザイン市場を激変させました。そのほかにも、家具などのプロダクト開発、廃れていたロンドンの倉庫街を一新させた都市の再開発、書籍の出版など、関わった事業は多岐にわたります。
そのいっぽうで、1950年代からはレストラン事業にも乗り出し、高級レストランからカジュアルなカフェまで50店舗以上を手がけ、モダン・ブリティッシュと称される新しい料理スタイルを英国の食文化に定着させました。
長年あたためていたデザイン・ミュージアムの設立構想を1989年、世界に先駆け実現させたことも大きな功績のひとつに数えられます。
デザインが暮らしを豊かにすること、いつでもこれが私にとって一番大事なことだった。
The way that design can enhance our lives has always been of the highest importance to me.
——テレンス・コンラン著『マイ・ライフ・イン・デザイン』より
本展は、パターン・デザインした食器やテキスタイルなどの初期プロダクト、家具デザインのためのマケット、ショップやレストランのアイテム、発想の源でもあった愛用品、著書、写真、映像など、300点以上の作品や資料に加え、彼から影響を受けた人々のインタビューを交えながら、デザイナー、事業化としてさまざまな顔をもっていたコンランという人物像を浮かびあがらせます。
サー・テレンス・オルビー・コンラン(Sir Terence Orby Conran)プロフィール
1931年英国・ロンドン南西部サリー州イーシャーに生まれる。セントラル・スクール・オブ・アーツ・アンド・クラフツ(現セントラル・セント・マーチンズ)でバウハウスやアーツ・アンド・クラフツに影響を受け、ブリティッシュ・ポップアートの旗手エドゥアルド・パオロッツィにテキスタイル・デザインを学ぶ。テキスタイル、食器、家具のデザインを手がけるうち起業に目覚め、ライフスタイルショップ・ハビタや、ザ・コンランショップの経営で成功を収めた。そのほかにもレストラン事業や出版業、都市開発の分野でも才能を発揮。デザイン奨励と社会貢献を目的に、1989年に世界初のデザイン・ミュージアムをロンドン市内に設立。これらのデザイン分野での功績と文化事業が評価され、1983年に英国王室より騎士(Knight Bachelor)に叙勲、サー(Sir)の敬称を許された。2020年にバートン・コートの自邸で没。ザ・コンランショップは日本に初出店してから今年で30年を迎える。
本展の構成
・デザイナー、コンランのはじまり
・起業の志:ハビタとザ・コンランショップ
・食とレストラン
・再生プロジェクトと建築/インテリア
・バートン・コート自邸
・ものづくり:ベンチマークとプロダクト
・⽇本におけるプロジェクト
・未来にむけて
第二次世界大戦後、英国でブリティッシュ・ポップアートが生まれた頃、コンランはその先導者エドゥアルド・パオロッツィからテキスタイル・デザインを学びました。政府による文化施策「英国祭」などが開催されたことが追い風となり、斜陽だったテキスタイルをはじめとするデザイン産業が活気づくと、コンランが手がけたテキスタイルや食器のパターン・デザインが注目されるようになります。また、家具の輸入販売に加え、鉄・木・籐を用いた椅子やキャビネットの製作販売をおこない、テイストメーカーとしての評価も獲得していきました。
1960年代のロンドンは、ビートルズ、ツイッギー、マリー・クワントといったアイコンの登場とともに、音楽、アート、ファッションのジャンルで若者文化が炸裂した「スウィンギング・シックスティーズ」の時代でした。このような時代の波に乗り、コンランは多岐にわたる事業を展開させます。ライフスタイルの提案をコンセプトに生活用品を扱う小売店・ハビタをチェーン化して大成功を収め、続いて1970年代に展開したザ・コンランショップは、今日では人々の生活の中に定着している”セレクトショップ”の先駆けとして、日本を含む世界のデザイン市場を大きく変えていきました。
英国の食事情は長く衰退していましたが、新鮮な食材の入手が可能になると、コンランは1980年代後半から本格的なレストラン事業に乗り出し、高級レストランからカジュアルなカフェまでさまざまな食体験の場を提供し始めます。イタリア料理やフランス料理も意識しつつ、英国の伝統食材にハーブやスパイスを取り入れた「モダン・ブリティッシュ」の料理スタイルを同国に定着させます。
コンランのこだわりは強く、レストランのコンセプトや内装はもちろん、ロゴ、メニュー、灰皿やマッチ箱などのアイテム、そしてスタッフの制服まで、自らがディレクションしています。
ハビタの成功をきっかけに、企業から大きなプロジェクトの依頼を数多く受けるようになったコンランは、1980年に建築家のフレッド・ロシェと建築設計会社を立ち上げ、斬新な発想と実行力でロンドンの街並みを一新させていきました。チェルシーの古いミシュランビルを入手し、ザ・コンランショップの大型店やレストランをオープンさせ、建物と一帯を見事に再生させます。また、当時は廃れていたシャッド・テムズ地区のレンガ倉庫街だったバトラーズ・ワーフでは、集合住宅、レストラン、オフィス、美術館などを含む人気エリアとして生まれ変わっていきました。建築とデザインを融合させたプロジェクトの数々に、コンランは大きなやりがいを見出していったのです。
1970年代後半、コンランは英国バークシャー州キントベリーにて、18世紀後半に建てられた赤レンガの邸宅「バートン・コート」を入手し、自邸としました。ここで菜園や庭いじりを楽しみ、レストラン用のレシピ開発や雑誌用の撮影をすることもあれば、隣接する家具工房ベンチマークのためのスケッチに没頭することもありました。バートン・コートの仕事部屋には、クラシックとモダン、精巧と素朴、大胆さと繊細さ、自然と人工といった性質の対比物の愛用品が絶妙なバランスで置かれ、コンランのインスピレーションの源となっていました。
バートン・コートの敷地内にある家具工房ベンチマークは、ショーン・サトクリフという若者にコンランが制作の場を与えた1984年に始まりました。それから約40年が経過した今では、有名建築家や企業から注文を請け負うヨーロッパ随一の工房となっています。熟練した職人やデザイナーが専門分野をそれぞれで極めるいっぽう、多くの地元の若者に雇用の機会を与えていることも同社の特徴です。コンランは週末に描きためた家具などのスケッチを、月曜日の朝になるとここに持参し、必ず小さなマケットで試作してから実作に取りかかったといいます。家具職人を自称していたコンランにとって、まず自らの手を動かすことがものづくりの基本でした。
1980年代から1990年代初頭にかけて、いわゆるバブル経済が到来していた日本では、ファッションを中心に華々しい消費文化が隆盛、建築やプロダクトデザインなどの分野で世界的な評価を得た作品も誕生しました。バブル崩壊の余韻が残る1994年、ザ・コンランショップは日本に初上陸を果たします。これを機に、コンランは日本でのプロジェクトに携わるようになり、赤坂のアークヒルズ内のアークヒルズクラブの内装デザインに始まり、リゾートホテル・二期倶楽部や、六本木ヒルズ レジデンス棟などを手がけます。
晩年のコンランが手がけたプロダクトは、2019年に英国のグローブ・トロッター社から限定販売されたトラベルケース(下の画)で、旅の思い出やアイディアスケッチで埋め尽くされたデザインとなっています。
住宅に関するハウツーやアイディアにあふれるコンランの著書『The HouseBook』は、販売数250万部以上を記録した大作本です。コンランは自ら出版社を有し、関わった書籍数は約80冊にのぼります。出版事業とともに力を注いだのが、デザイン・ミュージアムの設立構想でした。1982年、コンランはヴィクトリア&アルバート美術館の一角に「ボイラーハウス・プロジェクト」を立ち上げ、ここで5年の間、小規模なデザイン展を開催、そして1989年には、前述のバトラーズ・ワーフの再開発エリアに、世界初の産業デザインに関するデザイン・ミュージアムを開館させています。この25年後の2016年には、サウスケンジントンへの移転計画を立て、面積を3倍に拡張した現在のデザイン・ミュージアムが開館。コンランが私財を投じて実現させたデザイン・ミュージアムは、プロダクトとしての魅力だけでなく、デザインが社会で果たす役割や意義について人々に伝える、国際的にみても重要な情報発信地となっています。
Courtesy of the Conran family, Conran Foundation and Conran IP LTD.
会期:2024年10月12日(土)〜2025年1月5日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
所在地:東京都千代田区丸の内1-9-1(Google Map)
休館日:月曜(11月4日、12月23日を除く)、11月5日(火)、12月29日(日)~1月1日(水)
開館時間:10:00-18:00(※金曜は20:00まで開館、入館は各日とも閉館30分前まで)
入館料:一般 1,500円、高校・大学生 1,300円、中学生以下 無料
※障がい者手帳などの提示で200円引き(介添者1名無料)
主催:東京ステーションギャラリー / 公益財団法人東日本鉄道文化財団
企画協力:コンランショップ・ジャパン、泉川真紀事務所
後援:ブリティッシュ・カウンシル
協賛:T&D保険グループ、ANA FINDS(全日空商事グループ)、森ビル、乃村工藝社、リビングデザインセンターOZONE、UDS、USM U.、シェアラー・ソンズ、三井デザインテック、インターオフィス、三菱地所プロパティマネジメント
展示構成:SKWAT、加瀬 透
In collaboration with the Design Museum, London and Deyan Sudjic
Special thanks to the Conran family
東京ステーションギャラリー ウェブサイト
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/
巡回予定
福岡市美術館
会期:2025年4月19日(土)〜6月8日(日)
※展示構成などのテキストは、本稿のプレスリリースに依る
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受付期間:2024年10月31日(木)まで ※締切
※応募者多数の場合は抽選
※結果発表:チケットの発送をもって了(個々の問合せには対応しません)
※発送完了後、都道府県を除く住所情報は削除し、データとして保有しません
※チケットの使用方法で不明な点は主催者に問合せてください