エジプトのピラミッドや中世の大聖堂、そして現代の超高層ビルに至るまで、人類は「高さ」に魅了されてきました。古代から建築物の高さは技術力の象徴であり、文化や権力の表現でもあり、市民にとってはランドマークとして親しまれる存在でもありました。
しかし、現代の建築家たちは「高さ」という単純な指標を超えた、新たな視点で高層建築を捉え直しています。木材を用いた持続可能な高層建築や、既存の高層ビルをフルリノベーションする革新的なプロジェクトがその例です。
本特集では、人類が高さを追い求めた理由を探るとともに、高層建築がどのように進化しているのかをご紹介します。

〈アトラシアン本社〉©︎ SHoP Architects
人類が追い求め続ける「高さ」
高さへの憧れは、人間の本能や社会的欲求から生まれるものであると言われています。高い場所は安全性や見晴らしの良さを提供し、自然の中では捕食者や敵から身を守るのに適していました。このような進化的な背景が、私たちの心に「高い場所への安心感」や「支配的な視点」の魅力を刻みつけたと考えることができます。
また、高層建築は社会的・文化的な意味合いももっています。古代エジプトのピラミッドは宗教的信仰を象徴し、中世ヨーロッパの大聖堂は神への畏敬を示すものでした。
そして産業革命以降、超高層ビルは技術力や経済力を象徴する存在となり、都市の発展や競争の象徴としてその役割を担ってきました。

ドバイのまち並みと世界最高高さを誇る〈ブルジュ・ハリファ〉(2025年2月現在)Photo by NiseriN / iStock
古代から現代へとつながる高層建築の歴史
人類が「高い建造物」を追い求め始めたのは、何千年も前に遡ります。
その最古の例の1つがエジプトの〈ギザの大ピラミッド〉であり、紀元前2600年頃に建設されたこの建造物は、約146mという圧倒的な高さを誇り、4000年以上にわたって世界で最も高い建物の座を守り続けました。当時、これほどの規模を実現するための技術や労働力は、宗教的信仰や権威の象徴として機能していたとされています。

〈ギザの大ピラミッド〉Photo by Islam Moawad / iStock
中世においては、宗教建築が高さを追求する中心的な存在となりました。
フランスの〈シャルトル大聖堂〉(高さ115m)やイギリスの〈ソールズベリー大聖堂〉(高さ123m)などのゴシック建築は、天へと伸びる尖塔で人々に神への畏敬を抱かせ、石造建築の可能性を最大限に引き出しました。

〈シャルトル大聖堂〉Photo by EyeEm Mobile GmbH / iStock

〈ソールズベリー大聖堂〉Photo by Ana del Castillo / iStock
その後、19世紀後半に産業革命がもたらした鉄と鋼の技術革新により、超高層建築の時代が幕を開けます。
アメリカの建築家ウィリアム・ル・バロン・ジェニー(William Le Baron Jenney)がシカゴに設計した〈ホーム・インシュアランス・ビル〉(1885年に竣工、1931年に解体)は、高さ55mながら鉄骨構造を採用した世界初の高層ビルとされ、現代の超高層建築の原型を示しました。
20世紀に入り、高層建築は急速に進化し、都市のスカイラインを劇的に変える存在となります。
シュリーブ・ラム・アンド・ハーモン(Shreve, Lamb & Harmon)が1931年に設計したニューヨークに建つ〈エンパイア・ステート・ビル〉(高さ381m)は、世界恐慌下に完成したにもかかわらず、長らく「世界一高いビル」の称号を保持しました。

〈エンパイア・ステート・ビル〉Photo by sbostock / iStock
モダニズムとガラスの超高層建築の時代
1950年代に入ると、建築におけるモダニズムの潮流が高層建築にも大きな変革をもたらします。その象徴となったのが、ミース・ファン・デル・ローエが設計した〈シーグラム・ビル〉(1958年竣工)であり、鋼とガラスによるカーテンウォール構造を採用し、高層ビルのデザインにおいてミニマルかつ洗練されたスタイルを確立しました。
その後、このスタイルは世界中のオフィスビルに広がり、ニューヨークやシカゴなどの都市にはガラスのファサードをもつモダニズム建築が次々と建設されていきました。

〈シーグラム・ビル〉Photo by JJFarquitectos / iStock
1970年代には、超高層建築の高さ競争が再び加速し、ニューヨークの〈ワールドトレードセンター〉(1973年、417m)やシカゴの〈ウィリス・タワー〉(旧シアーズ・タワー、1974年、442m)が誕生。こうした建築は、モダニズムの流れを引き継ぎながら、より大規模で効率的な空間を都市に提供する存在となりました。

〈ワールドトレードセンター〉Photo by Meinzahn / iStock

シカゴのまち並みと〈ウィリス・タワー〉Photo by rabbit75_ist / iStock
その後も、アルゼンチン出身のアメリカの建築家シーザー・ペリが1998年にマレーシアに設計した〈ペトロナスツインタワー〉(高さ451.9m)や、アメリカの設計事務所SOMが2010年にドバイに設計した〈ブルジュ・ハリファ〉(高さ828m)などが記録を更新しました。

〈ペトロナスツインタワー〉Photo by Muhammad Zulkifal / iStock

〈ブルジュ・ハリファ〉Photo by Kirk Fisher / iStock
こうした「高さの追求」は現在も続いており、サウジアラビアで建設中の〈ジッダ・タワー〉がその最新の事例となっています。このタワーは完成すると高さ1,008mとなり、世界初の「キロメートル級超高層建築」として注目されています。
〈ジッダ・タワー〉の設計を手掛けるのは、エイドリアン・スミス+ゴードン・ギル・アーキテクチャ(Adrian Smith + Gordon Gill Architecture)であり、設立者の1人であるエイドリアン・スミスは、かつてSOMに所属し、〈ブルジュ・ハリファ〉の設計にも携わった人物です。

建設中の〈ジッダ・タワー〉Photo by EyeEm Mobile GmbH / iStock
しかし、現代の高層建築が追求するのは「高さ」だけにとどまらず、持続可能性や社会的な価値に焦点を当てたさまざまな取り組みが進められています。
次章では、現代の建築家たちがどのようにこれらの課題に向き合い、高層建築に新たな可能性をもたらしているのかを探っていきます。
「高さ」だけにとどまらない構造の革新
構造の革新により「キロメートル級超高層建築」が実現しつつある一方で、エリック・オーウェン・モス・アーキテクツがアメリカ・カリフォルニア州に設計した〈(W)rapper〉は、柱のない高層建築とすることにより、オフィスプランに最大限の柔軟性を実現したプロジェクトです。
帯状の構造体が巻きつく高層オフィスビルであり、建物の外周に配された帯が建物を支えることで、広々とした無柱空間を実現しています。

〈(W)rapper〉の外観 Photography by Tom Bonner

〈(W)rapper〉の内観 Photography by Tom Bonner
巨大なスケールの活用
日建設計が設計・監理全体を統括した、ドバイの中心部に建つ〈One Za’abeel〉は、高層建築というスケールを活かしてつくられた建築です。
高速道路を挟んで建つ305mと235mの2棟の高層タワーと、地上100mの高さで2棟をつなぐ長さ230mの「THE LINK」で構成されており、ドバイ国際空港から市街地に向かうルート上における、現代的かつダイナミックなゲートとして存在感を示しています。

© Koji Horiuchi(堀内広治)
周囲や低層部とのつながり
BIGが設計した初の超高層ビル〈The Spiral〉は、廃止された鉄道の高架部分に建設された全長2.3kmの線形公園であるニューヨークの人気スポット「ハイライン」と視覚的につながる建築です。
螺旋状に上昇する植栽を施したテラスが、直線状の公園と視覚的につながるとともに、高層ビルのオフィスで働く人々に自然とのつながりを生み出すバイオフィリックな建築となっています。

〈The Spiral〉© Laurian Ghinitoiu
また、東京・港区に2023年に竣工した高さ約330mを誇る超高層タワー〈麻布台ヒルズ〉は、外観デザインはアメリカのPC&P(ペリ・クラーク・アンド・パートナーズ)、低層部はヘザウィック・スタジオが担当したプロジェクトであり、分担することでタワーの足元におけるまちとのつながりを生み出しています。
低層部では、複合施設と立体的なランドスケープを組み合わせることにより、観光客や地域住民が散策しながら互いにつながり、緑あふれるオープンな公共空間を楽しめる場所をつくり出しています。

〈麻布台ヒルズ〉© Kenji Masunaga
高層建築の木造化
近年、地球温暖化等の影響から、長年にわたり使われてきたバイオベース建材である木材が建築業界で再び脚光を浴びています。
そんな中で、SHoPアーキテクツがオーストラリア・シドニーに計画している〈アトラシアン本社〉は、完成すれば木造の商業用建築としては世界一の高さとなる大規模木造建築です。
木材を建築の構造として大規模に採用することで炭素を隔離する「マスティンバー建築」であり、スチール製の外皮との間に構成されたオープンガーデン・スペースや可動式のファサードにより機械的な空調設備を必要とせず、10年間でCO2排出量を50%削減することが可能なサステナブルな建築となっています。

〈アトラシアン本社〉©︎ SHoP Architects
増築・改築による高層建築のアップサイクル
高層建築の革新は、イチから建設することにとどまりません。オーストラリアのシドニーに3XNとBVNが設計した〈キー・クォーター・タワー〉は、高層建築に「アップサイクル」を施した世界初のプロジェクトであり、使用可能面積を倍増させています。
築50年近くになる既存の高層建築を大部分を残しながら拡張した高さ206m、49階建てのタワーであり、既存コアの95%、梁・柱・スラブの65%を残し、ビルの北側部分にフロアプレートを継ぎ足すことで、使用可能面積を45,000m²から102,000m²へ、利用者数も4500人から9,000人へと倍増させています。

〈キー・クォーター・タワー〉© 3XN, Adam Mørk
建設プロセスを追ったタイムラプス動画 Video courtesy of Multiplex
未来を切り開く高層建築
これらのプロジェクトが示すように、現代の高層建築は「高さ」の追求だけでなく、環境や都市との調和、人々の生活の質を向上させることを目指しています。
斬新な構造で新たな可能性を示す〈(W)rapper〉、高速道路をまたぎ象徴的なゲートとなる〈One Za’abeel〉、上空と低層部をつなぐ〈The Spiral〉、自然素材でCO2削減を図る〈アトラシアン本社〉、そして既存建築をアップサイクルし価値を倍増させた〈キー・クォーター・タワー〉と、それぞれが私たちに高層建築の未来の姿を提示しています。
これからの高層建築は、建築技術の限界を押し広げるだけでなく、社会や環境が直面する課題に対する持続可能な答えを提示する存在へと変わりつつあります。「高さ」という象徴的な価値を超え、社会や環境に真に貢献する存在へと進化する高層建築。これらの建築がもつ可能性は、私たちの未来の都市をより良いものへと変える鍵となるのかもしれません。
Text: Takuya Tsujimura