[建築と経営のあいだ]「シェア」を作風ではなく設計思想にした建築事務所のビジョン経営 成瀬・猪熊建築設計事務所 成瀬友梨、猪熊 純 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
[建築と経営のあいだ]「シェア」を作風ではなく設計思想にした建築事務所のビジョン経営 成瀬・猪熊建築設計事務所 成瀬友梨、猪熊 純

[建築と経営のあいだ]「シェア」を作風ではなく設計思想にした建築事務所のビジョン経営 成瀬・猪熊建築設計事務所 成瀬友梨、猪熊 純

BUSINESS

「シェアする場をデザインする」というコンセプトを掲げる成瀬・猪熊建築設計事務所。住宅からオフィス、商業施設、そして地方でのまちづくりまで、ビルディングタイプを軽々と越境しながら独自の場を生み出し続けています。

2007年の独立からまもなく20年。その軌跡の始まりには「十分に仕事がない」という3年間の深いもがきの時期がありました。作品集に頼れない苦境から、いかにして「自分たちが何者なのかを説明する言葉」を獲得できたのか。失敗を組織の仕組みへと転換し続ける、成瀬友梨氏と猪熊 純氏のクリエイティブな組織経営術を紐解きます。

* この記事は「建築と経営のあいだ研究所(通称:あいだけん)」の動画コンテンツ(2024年収録)を、TECTURE MAGで編集したものになります。


■注目したい4つの組織設計術

1. 「シェア」という価値を軸にした経営ビジョン
2. 展覧会を“営業装置”として活用する
3. 教科書と役割分担で育てる働きやすい環境
4. デザイン監修の役務を可視化する「星取表」

猪熊氏・成瀬氏 近影

成瀬氏近影 Photo: naoakiyamamoto

成瀬友梨
2002年東京大学工学部建築学科卒業、2004年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士課程修了。2005-06年成瀬友梨建築設計事務所主宰、2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 博士課程単位取得退学。2007年成瀬・猪熊建築設計事務所共同主宰、2010-17年東京大学助教、2017年より成瀬・猪熊建築設計事務所 代表取締役。

猪熊 純
2002年東京大学工学部建築学科卒業、2004年東京大学大学院工学系研究科 修士課程終了。千葉学建築計画事務所を経て、2007年より成瀬・猪熊建築設計事務所共同主宰。2008-20年首都大学東京 助教。2020-21年東京都立大学 助教。2021-23年 芝浦工業大学准教授。2024年- 芝浦工業大学教授。

成瀬・猪熊建築設計事務所
2007年成瀬と猪熊により共同設立。代表作に〈LT城西〉〈ソウルメトロ・ノクサピョン駅デザイン改修(Dance of light)〉〈お宿 Onn 中津川〉〈Nishiogi comichi terrace〉〈LUCY 尾瀬鳩待 by 星野リゾート〉〈はとまちベース & Shop by 星野リゾート〉などがある。主な受賞に、グッドデザイン・ベスト100(2025年)、ウッドデザイン賞2024 奨励賞(2024年)、第33回AACA賞 優秀賞(2023年)、大韓民国公共デザイン大賞 国務総理賞(2019年)、第15回ベネチアビエンナーレ国際建築展 審査員特別賞(2016年)、日本建築学会作品選集 新人賞(2015年)など。主な著書に『シェア空間の設計手法』『シェアをデザインする』(学芸出版社)がある。


注目したい4つの組織設計術

1. 「シェア」という価値を軸にした経営ビジョン

高橋「成瀬・猪熊建築設計事務所の特徴は「人々がシェアをする場をデザインしている」という言葉にあると考えています。これは、独立当初から決定されていたのでしょうか?」

猪熊「いえ、最初から綺麗なビジョンがあったのではなく、むしろ、語らざるを得なくなったという失敗から生まれたものでした。「親戚が家を建てる」というような独立のきっかけになる出来事があったわけではなく、そろそろタイミングかな、なんとかなるだろうという気持ちで独立を決めてしまいました。成瀬はすでに独立していましたが、アルバイトをしないと食べていけない、全然仕事が足りないという状態が1年間ほど続き、その後は大学教員になったことで、生活できている状況でした。

一方で、同じ時期に、人づてで建築プロデューサーの方に会わせていただける有難い機会をいただきまして。その方にお会いした時、自分たちがやりたいデザインの話をしながら、ポートフォリオをお見せしようとしたら、『作品集を見たいのではなく、社会で何がしたいのかを聞きたい』と言われてしまい、自分たちには語る言葉が何もないということに気づかされました。

似たような体験が何度か続き、設計業ではない人に向けて自分たちがしたいことを語るためには、作品集に頼るのではなく、もう少し領域の広がったところに届く「考え方」と「言葉」を持っていなければ埋もれてしまう、と痛感したんです。そこから、自分たちが本当に興味があってやりたいことは何だろうと、自問自答を繰り返していました。」

[建築と経営のあいだ]「シェア」を作風ではなく設計思想にした建築事務所のビジョン経営 成瀬・猪熊建築設計事務所 成瀬友梨、猪熊 純

渋谷「独立当初から完璧なコンセプトがあったわけではなく、仕事がない中での必死の模索によってビジョンが形作られていったという点は、若手建築家にとって非常に勇気をもらえるお話だと思います。具体的にはどのように「シェア」の発想に結びついたのですか?」

猪熊「大学時代に大野秀敏先生から「縮小する社会に向けた提案」という課題を出され、人口減少社会について考えた衝撃が大きく影響していると思います。そのような時代の建築家になるという自覚が芽生えつつも、具体的には何をすればよいのか分からない状況でした。」

渋谷「シェアハウスに触れる機会もあったそうですが、これもひとつの理由でしょうか?」

成瀬「そうですね。実は、独立してしばらく経った頃、シェアハウスを運営している方から空間の相談を受ける機会がありました。当時はまだシェアハウスが一般化していない時代でしたが、暮らし方として新しく経済的にも合理的なのに、建築家が全くコミットしていない領域だと気づいたのです。強烈なインパクトと共に、可能性の広がりを感じました。」

猪熊「作品集などに頼らず、自分たちがしたいことを一言で伝える。それはつまり、建築をつくるときの姿勢や、その先に何を見据えているかを言語化することで表現できるのではないかと考え続けていました。結果的に「シェア」という言葉が2人の中で腹落ちし、使い始めるようになりました。」

2. 展覧会を“営業装置”として活用する

渋谷「2010年にリビングデザインセンターOZONEで開催された「集まって住む、を考えなおす」はどのような展覧会でしたか?」

成瀬「当時、若手に対して会場を無料で貸していただける機会があり、シェアの話を大きく打ち出すことにしました。一般的な建築展ではあまり見かけないと思うのですが、私たちは展示の一部に事業収支も載せて、営業の機会としても活用しました。仕事がなくてお金がない時期の持ち出しの展示でもあったので、次の仕事に繋げるための切実な工夫でもありました。」

「集まって住む、を考えなおす」展覧会風景 ©️成瀬・猪熊建築設計事務所

高橋「その営業的なアプローチも含めた発信は、どのような変化を生みましたか?」

猪熊「この展覧会は、本当に大きなターニングポイントになりました。建築関係者だけでなく、不動産系をはじめとした様々な分野の専門家の方達がお越しくださり、『面白いことをやりたい』『シンポジウムに登壇してほしい』という声がけをたくさんいただくようになりました。この展覧会をきっかけに、原 研哉さんが主催するHOUSE VISIONの勉強会に加わることになり、企業の方々の前で発信を重ねるうちに、「その道の人」として認識されるようになっていきました。

当時は仕事が全然足りない時期でしたが、トップの建築家の方々や、他業界の第一線で活躍されている方々に直接お話を聞くことが、自分たちが学ぶ上でも一番早いと考えました。そこで、自分たちでトークイベントを主催して、様々な専門家の方々をお招きしながらクロストークを行っていました。仕事がないからこそ、自分たちで場を作って発信し、学んでいくという地道な活動を続けていたのですが、そのイベントの様子を学芸出版社の方が聞いてくださっていて、『これは面白いから本にしよう』とご提案くださったのです。それがきっかけとなり、2013年に『シェアをデザインする』という書籍の出版に至りました。」

シェアをデザインする 書影

成瀬「この書籍の出版と、初期の代表作であるシェアハウス〈LT城西〉の竣工が、ちょうど2013年という同じタイミングで重なりました。そして翌2014年には、当時ロフトワークにいらっしゃった林 千晶さんからのご紹介で、3,000㎡規模のイノベーションセンター〈KOIL〉の設計を手がける機会をいただきました。

当時、ワークプレイス変革のかなり早い取り組みだったため大きな反響を呼び、オフィス家具メーカー各社さまから、ヒアリングや講演の依頼をいただくことになりました。その後も、デンソーさんのオフィスや西武池袋本店、別館の書籍館パブリックスペースなど、〈KOIL〉をきっかけに、次の仕事が数珠繋ぎのように繋がっていきました。」

3. 役割分担と教科書で整える働きやすい環境

渋谷「成瀬さんは設計活動と並行して、子育てに関する書籍『子育てしながら建築を仕事にする』も共著で上梓されていますね。一見すると設計実務とは異なる領域に見えますが、この発信やご自身の経験は、事務所の運営やスタッフとのコミュニケーションにどう活かされているのでしょうか?」

成瀬「自分自身、子どもを産んだのがちょうど〈KOIL〉が竣工した年で、本当に試行錯誤の連続でした。実際に経験して痛感したのは、赤ちゃんを育てながら新しいスキルを身につけるのは現実的にとても難しいということです。だからこそ若いスタッフには、将来のライフステージの変化を見据えて、若い間に貪欲に成長しておくことや、時間のコントロール力を身につけておくことの大切さを伝えています。」

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渋谷「お二人の間でのスタッフとの日常的な関わり方のバランスはどうされているのですか?」

成瀬「私は日中に事務所にいることが多いので、一緒にランチに行ったり、短くても個別に話す時間を設けたりして、気軽に声をかけてもらうようにしています。一級建築士の受験方法の相談から、休暇の調整、チーム制の中で板挟みになるミドル層のコミュニケーションに関する悩みなど、個別の時間を作って聞くようにしています。常に、事務所としてサポートできることや調整できることがあれば、柔軟に対応したいと思っています。」

猪熊「私は日中は事務所にいないことが多いので、社内の具体的な悩みを受け止める役割は成瀬がメインで引き受けてくれています。2人で解決しなければならない問題には、一緒に話すようにしています。同じような問題が続くときは、事務所として制度を整えていくことも心がけています。

また、仕事の進め方においては、事務所独自の教科書のようなものも作っています。その中身は、日々の実務で気付いた問題点を書き留めておいたメモがベースになっています。to doリストの書き方や、スケジュール調整の仕方、若手が陥りがちな「自分の設計作業に没頭して、構造や設備への先行連携を後回しにしてしまう」といったコミュニケーションの優先順位まで、細かく明文化して共通言語にしています。」

高橋「その教科書は、具体的にどのようなタイミングで、どのように活用されているのですか?」

成瀬「たとえば、採用の最初の選考段階で、トライアルに来てくれた方とは、一度一緒に認識のすり合わせをします。これは、期待する将来像や評価基準を、事前にしっかり提示するためです。そして、実際に採用が決まった後にも、もう一度一緒に読み合わせを行います。」

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4. デザイン監修の役務を可視化する「星取表」

高橋「「デザイン監修」については、多くの設計事務所が実務的なリスク管理として壁にぶつかる印象があります。監修業務の経験での学びや気をつけている点を聞かせていただけますか?」

成瀬「独立当初は契約書のチェックも手探りでした。後から振り返ったときに、細かい記載が不足していたために、業務がどんどん増えて苦労した経験もありました。契約内容をしっかり詰めることは本当に大切だと学び、今は弁護士になった大学時代からの友人に相談しながら細かく確認しています。」

猪熊「特にデザイン監修という仕事は、クライアントから「簡単にスケッチを描いて提案していく作業で、作業量としても設計の10分の1程度」のように捉えられやすい傾向があります。しかし実際は、基本設計の領域から実施設計のディテールまで、設計全体の半分近くの労力を監修者が担うこともあります。この役割の境界線が曖昧なままだと、デザイン監修側の大きな負担になってしまいます。」

高橋「その業務の「見える化」とトラブル防止のためにどのような対策をされたのですか?」

成瀬「監理まで含めて設計の役割を細分化した「星取表」を作成しました。基本設計から実施、現場対応において、私たちがどこに責任を持っているか、協働する設計者がどこを担当するのかを完全に可視化する一覧表です。」

猪熊「これを最初にお客さんや設計者も含めて全員に見ていただくことで、トラブルが劇的に減ります。クライアントも業務範囲を納得してくださいますし、『ここは絶対に私たちが確認します』という宣言にもなります。また、費用面の都合で作業項目を削除するという引き算の調整も、その場でロジカルに行うことができます。見える化することはとても大切だと思います。」

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トップ画像〈KOIL 柏の葉オープンイノベーションラボ〉Photo: Masao Nishikawa


【建築と経営のあいだ研究所について】

建築と経営のあいだ研究所

©︎建築と経営のあいだ研究所

「建築と経営のあいだ研究所(通称:あいだけん)」は、建築士に特化した会員制の動画メディアで、設計力だけでは足りない時代に必要な「経営思考」や「マネジメント」といった知識の学び場です。経営学の論理(建築設計事務所経営論)と、実践的なインタビュー・ショートレクチャーを組み合わせ、インプットとアウトプットのサイクルで習慣化を目指しています。毎月更新のゲスト対談や動画視聴、マーケティング、ブランディング、プロジェクト管理、企業会計など、会員限定セッションを通じた学習コンテンツも充実。月額990円(税込)で、生きた経営スキルの体得が目指せます。

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