2026(令和8)年度の供用開始を目指し、長野県松本市で「松本平広域公園陸上競技場整備事業」が進行中です。
建築家の青木 淳氏と品川雅俊氏による事務所・AS[*]と、昭和設計が提案した建て替え案が、昨年実施された公募プロポーザルで勝利している注目のプロジェクトです。
*青木淳建築計画事務所は2020年にASに改組
長野県がウェブサイトなどで発表している「松本平広域公園陸上競技場の整備方針」によれば、同市神林に1977年(昭和52)に建設された松本平広域公園陸上競技場(信州スカイパーク・陸上競技場)が既存するものの、築40年以上が経過し、老朽化の問題と、バリアフリーに対応していないといった課題があったとのこと。また、松本空港(信州まつもと空港)に隣接するという立地条件などから、日本陸上競技連盟が定める第1種公認競技場における構造物等施設の基本仕様(1994年制定)をじゅうぶんには満たしておらず、また、2027年(令和9)に同競技場で開催を予定している、第82回国民体育大会および第27回全国障害者スポーツ大会国民体育大会の会場として求められる施設基準上も課題があったとのこと。
このため、2018年度からの整備の方向性の検討を行い、改修するA案、建て替えるB案、新設するC案の計3つの方向性から、現施設を取り壊し、長軸方向は南北とするB案が最適との判断が示されていました(2019年11月長野県建設部発表資料 整備方針より / PDF)。
最終的に、県では、松本平広域公園陸上競技場整備事業基本設計業務の最適候補者を特定する公募型プロポーザルを2020年(令和2)に実施。1次・2次を経て、青木淳・昭和設計共同体(*発表当時名称)が提案した建て替え案に決しました。
なお、最終の2次審査には、槇総合計画事務所と環境デザイン・林魏・倉橋建築設計共同体が参加。その前段階の1次審査には、伊東豊雄建築設計事務所、隈研吾建築都市設計事務所、SANAA、内藤廣建築設計事務所なども参加しています。
長野県建設部施設課発表(2020年7月 / 11月9日更新)
松本平広域公園陸上競技場整備事業基本設計業務の最適候補者を特定しました。
https://www.pref.nagano.lg.jp/shisetsu/20200727.html
AS・昭和設計共同体による基本設計コンセプト:敷地いっぱいに使いたおせる活動の広場
・公園とまちに開かれた陸上競技場
・陸上競技のための陸上競技場
・1年を通じ、誰もが使える運動と活動の拠点
長野県(建設部施設課)では、「松本平広域公園陸上競技場整備事業に関する情報」をウェブサイトで公開しており(最新更新:2021年8月3日)、AS・昭和設計共同体による基本設計案も明らかになっています。
2021年4月24日(土)に開催されたタウンミーティングにて、基本設計案の概要を、青木氏が事務所の共同パートナーとして迎えた品川雅俊氏(AS)が説明している動画(字幕付き、約13分)も、同課のYouTube公式チャンネルにて公開されています。
プレゼン動画では、設計テーマに掲げている、陸上競技場整備における「陸上競技のための陸上競技場」とはどのような意図なのかなど、採択された設計案について詳しい説明がなされています。
ASの品川氏のプレゼンテーションによれば、国内にある既存の競技場(スタジアム)においては、陸上競技種目である走幅跳と三段跳が行われる跳躍レーンが、陸上トラックの外側・観客席に近い側に設置されている事例を紹介。従前の配置では、観客席からは前に座る観客の陰になり、助走に始まる跳躍競技が見えにくいという問題がありました。考えられる要因として、跳躍競技では進行に時間がかかること、待ち時間の間に待機するダッグアウトがスタンド側に設けられていること、また、試合が開催されることがあるサッカーの観戦のしやすさなどを前提に、スタジアムが設計されていることを挙げています。
AS・昭和設計共同体は、周辺の既存施設を活用することで、新競技場ではプロサッカー競技は行わない前提とし、了承されました。
さらに、陸上競技中の選手やコーチの動線、観客が楽しめる観戦条件など踏まえたうえで、スタジアム全体をデザインしています。
基本設計案では、前述で改善事項として挙げた、跳躍レーンはトラックの内部に設定。逆に、棒高跳びのレーンはスタンド側に配置しています。
これらの操作により、メインスタンドを短距離走の直線コースやトラック競技のゴール付近により近づけることが可能に。選手への声援を直に届けられることで、選手が最大限のパフォーマンスを発揮することを期待しています。
また、全景のイメージパースから確認できるように、スタジアムのスタンドは左右対称ではありません。これも、さまざまな種目がある陸上競技ごとのレイアウト変更に対応し、同時に観客がより近い位置から観戦できるように考えられています。
また、AS・昭和設計共同体による採択案は、フィールドをグランドラインより低く掘り下げているのも大きな特徴です。”すり鉢形状”は、青木氏が改修工事に携わり、現在は館長を務めている〈京都市京セラ美術館〉でも見られたやり方です。
今回の新競技場の基本設計においては、青木氏が掲げる「陸上競技場を開く」という主題と深く関係しています。
従来の競技場・スタジアムは、防風や遮音などへの対応から、地上から大きく立ち上がり、観客席をぐるりを回して外部に対して壁をつくっている、「閉じられている」のがほとんどでした。
今回の設計案では、建設地のまわりに広がる緑の公園に「背を向けず」、公園と一体となっています。すぐ脇を走る公道に面して出入り口も大きくとり、マラソン競技が行われた際には、大勢の選手がスタジアムの外に走り出していく動線も想定しています。
この設計案には、防犯や入退場時に必要な規制と、昨今問題となっているアスリートへの盗撮を防ぐレイアウトも考慮されています。陸上選手のためのスタジアムであることを第一に、周囲の公園、隣接する空港、遠望できる雄大な日本アルプスと一体化するようなデザインとなっています。
#長野県建設部施設課YouTube公式チャンネル「松本平新陸上競技場 基本設計概要説明動画(5月末時点)」(2021/06/10)
建設地:長野県松本市大字今井(松本平広域公園敷地内・競技スポーツゾーン / Google Map)
敷地面積:約366,000m²
延面積:約20,000㎡(芝生スタンドを除く)を想定
条件:日本陸上競技連盟が定める第1種公認仕様(に適合すること等
基本設計受託者:AS・昭和設計共同体
代表構成員:AS[*]
構成員:昭和設計 東京事務所
*2020年青木淳建築計画事務所からASに改組
事業のスケジュール(令和3年4月時点)
基本設計:2020(令和2)年~2021(令和3)年度
実施設計:2021年(令和3)度より
既存陸上競技場の解体工事:2022(令和4)年度
新陸上競技場の建設工事:2023(令和5)年度
新陸上競技場完成:2025(令和7)年度
供用開始:2026(令和8)年度
※本稿の画像は長野県ウェブサイト建設部施設課ページより