クリエイティブディレクターとして幅広く活躍する佐藤可士和氏。
建築家として多種多様な空間デザインをし、起業家としてジャンルを問わず事業を手掛ける谷尻 誠氏。
普段から親交のあるという両者は、互いの活動をどのように見ているのか。
数々の企業ブランディングを手掛ける佐藤氏は、建築とブランディングの関係をどのように考えているのか。
ブランディングに関わる空間づくりを手掛ける谷尻氏は、ブランディングと事業の関係をどうみているのか。
佐藤可士和氏と谷尻 誠氏が互いの実践を通して、ブランディングの本質と空間の関わりについて、対談で語っていただきました。
Photographs: toha(特記をのぞく)
#01 Contents
■「建築家はカネじゃない」。それ、ホント?
■ ブランディングと事業は本来一体のもの
■ 空間で解決する建築家と設計料のジレンマ
「建築家はカネじゃない」。それ、ホント?
佐藤可士和:谷尻くんはTECTUREもそうだけど、新しい事業をどんどん立ち上げているよね。
谷尻 誠:建築家の世界では「お金よりロマンだ」みたいな雰囲気があるんですよね。でも、売れないバンドマンみたいなのはイヤなんです(笑)。
佐藤:売れたほうがいい?(笑)。
谷尻:本心ではメジャーデビューを目指していながら「売れなくてもいい」というのは、なんだか矛盾しているなと思って。好きなことをきちんとやって、それが事業として成り立っているのは、正しいかたちだと思うんです。
佐藤:もちろんそうですね。
谷尻:でも「カネじゃないんだよ」みたいな美学が、建築設計業界にはあって。
佐藤:その風潮は、日本だけでなく海外でもそうなの?
谷尻:海外の建築家は、設計事務所と一緒に不動産会社を運営していたりします。ビジネスとのバランスをとっている事務所も、けっこうあるんですよ。そこは、もう少し変えないとなと思って。そうしないと、若い人たちが設計事務所に入って来ませんよ。
佐藤:そうかもしれないね。ちゃんと儲かるというと直接的だけれど、売上や利益が生まれていかないほうが不自然な状況といえるかもしれないね。
谷尻:ホント、そう思います。
佐藤:逆に、赤字で経営が困難になってしまうような状態ということは、どこかに改善の余地があるということ。社会のニーズに適していないとか、非効率であるとか。適正な利益が生まれる状態であるほうが、事業として正しいということでしょうね。
谷尻:依頼されるプロジェクトでも、事業については意識します。「空間をつくってください」と誰かにお願いされても、「その他のことはこっちがやるからね」と言われている感じがするんですよ。建築家が建物だけでなく、事業自体にコミットできないと、何も意見ができないなと思ったのですね。
自分たちが事業をしたり、運営をしたりすることを通して、建てた後のシビアな部分も含めてお金の話をきちんとできる。そのほうが、もっと信頼が得られるんじゃないかという思いもあって。そういう意味で、自分自身で運営してみたり、事業をつくっているのかもしれないですね。
佐藤:その発想、谷尻くんは新しいよね。僕は自分で事業はしていないんだけど、「空間デザインだけやってください」という仕事はほとんどなくて。基本的にはブランディング全般に関わることになると、必然として空間デザインが有効に機能するケースが多い。ブランド価値が向上することが目的なので、経営的なことや事業性のことも、当然考慮してブランディングを行っていくことになります。
「限定された領域のみデザインして」と言われても、ブランド価値を考えていくのは難しい。全体を一気通貫して見ることが大事だから。そこにどれくらい投資をしていくのか、そうした判断をトータルで行うことがブランディングにおいて非常に重要です。
谷尻:そうですね。建築の場合は、わりと前後を抜きにして「ここだけ」と頼まれることが多いですから。
ブランディングと事業は本来一体のもの
佐藤:谷尻くんはブランディング的なことはもちろんだけど、もうちょっと事業的な発想からプロジェクトに関わろう、ということだよね。
谷尻:そうですね。やっぱり事業とつなげたいなという想いがあって。何がブランディングかということは、自分では定義できていないかもしれないけど。
佐藤:そもそもブランディングの活動が経営そのものだと思うので、ブランディングと事業を分けて考えること自体、本来はおかしいことなんです。
谷尻:可士和さんはナチュラルに、総体でみないとブランディングじゃない、と思われているから隔てられていないと思うんですけど。世の中ではどこかでセグメントして、役割を与えていくじゃないですか。僕らは建築で、ブランディングする人は別にいて、となりがちですよね。
佐藤:役割を分けていたほうがやりやすいのかな。僕はもともと全体を俯瞰して見る様な考え方が強くて、自然に考えていたというか…。音楽の世界でも、格好良いバンドって、サウンドだけじゃないよね。メンバーのビジュアルもジャケットのデザインも全部のバランスが良くないと、格好良く見えない。その延長で考えていくと、全部を見ないとブランドとして成り立たない、やはりトータルプロデュースの視点が大事ですよね。でも一般的な仕事では、なかなかそういうふうに進まないケースが多いんだよね。
谷尻:本当に。可士和さんの「もっと前からやらないといけない」というスタイルは、提案しながら出来上がってきた感じですか?
佐藤:分かりやすい例でいうと、明治学院大学のブランディングを手掛けたときは最初、学長から「大学のロゴをつくってください」とご依頼いただいたのですが、お話をいろいろと伺った後に僕が言ったのは「ロゴだけをつくってお渡しすることはもちろんできますが、それを使ってどうコミュニケーションしていくかが大切なのだと思います」ということでした。
「おそらく大学としてやりたいことは、明学のブランドイメージを統一して、学内外に発信していくこと。コミュニケーション活動としてトータルに運営・運用することが重要で、ロゴ変更だけでなくブランディングプロジェクトとして取り組んだほうがいいと思います」と提案しました。「その通りです、それがやりたかったのです。ぜひやってください。」と学長がおっしゃり、ブランディングプロジェクトが発足しました。
谷尻:世の中全般に、そうした認識がなかったということですよね。
佐藤:明治学院大学では、キャンパスの空間も手掛けました。でも「空間デザインをやってください」と頼まれたわけではなくて。
大学のキャンパスは東京の白金のほかに横浜キャンパスもあって、広い敷地の中で年数が経ち、管理が行き届いていない個所がいくつかあるのが課題でした。それも一緒に見てほしいと言われ、先生方と一緒に廻りながら、何をしたらいいのかを考えていったとき、ゴミ箱に注目したんです。
当時は、錆び錆びのゴミ箱にお弁当のゴミなどが雑に捨ててあり、ゴミが散らかっているようにも見える状態でちょっと荒れた感じがしました。そこで、まずゴミ箱を全部きれいにしたら、キャンパス全体が綺麗に見えるようになるんじゃないですか、と。
明学のブランドカラーの黄色いゴミ箱をデザインし設置場所も見直したところ、ゴミを乱雑に捨てる学生はいなくなって、ものすごく綺麗に使ってくれるようになったんです。キャンパスの雰囲気が一変しました。
そこからベンチもやったほうがいいですね、というようにリニューアルするポイントが次々に広がっていきました。学生が集える場所をもっと増やしたいという要望に対しては、本来オープンスペースだった所に、サークル等がテント小屋のようなものを建てて部室のように使っていた場所も、すべてウッドデッキを敷いてカフェに生まれ変わらせたり。
外国人の留学生たちと交流する場をつくりたいというので、当時明学で教鞭をとられていた武者小路千家の若宗匠の千宗屋さんとコラボレーションして本格的な茶室をつくったり。本質を掘り下げていくコミュニケーションが、空間づくりにつながっていったんです。
空間で解決する建築家と設計料のジレンマ
谷尻:今の話を伺っていて、建築家は本来、ブランディングとして物事を捉えなければいけないのに、そうできていないなと思いました。できない理由は、建物を建てようとしているからかな。建築家って、やっぱり建築がメインにあって、プロジェクトのお題に対して建築で答えようとするから、本当の意味でブランディングできないこともあるんじゃないかな。
佐藤:ゴミ箱だけ提案するとか、建築家という立場では提案が難しいかもしれないね。
谷尻:ある意味、自分の職能が活かしきれてないかのように感じてしまう。建築家は、もっと大きなもので答えを出そうとしてしまう傾向があると思います。
佐藤:それは、理解できるけどね。一方で、これからサステナビリティのことも考えていくと、なるべく物理的には触らないけれど、場のイメージは大きく変わるようなことをやりたいと思ってます。
谷尻:可士和さんは目の前の問題や依頼されたことを解決するだけでなくて、どうやったら本当に良くなるか、未来にタスキを渡せるかを考えるので、選ぶものの幅があるわけで。建築家は、ゴミ箱を選ぶと仕事がなくなっちゃうというところでモヤモヤするんでしょうね。
佐藤:通常のデザインの仕事でもその状況は同様で、だから自分はクリエイティブディレクターという立場を明確にしたのです。2000年にSAMURAIを立ち上げたのだけど、ブランディングの視点で「これはつくる必要はないですね、これもやめましょう。」と無駄を省いて整理していると、デザインするものがなくなっていくので「デザイン料」というものが発生しなくなる(笑)。
デザイン制作した成果物で対価をもらおうとすると、「これはつくらないほうがいい」という判断ができなくなりますよね。そうではなく、「クリエイティブディレクション」という価値に対してフィーをもらうようにすることで、例えば「建てるのはやめて更地にしたほうがいい」というような判断が可能になったのです。
建築の設計料も、難しいですよね。坪単価での設定や、施工費の%などで設定していると、建物を小さくする判断が難しい。最も本質的で価値のあることは何かを考えたいですね。
谷尻:なかなか考えられないんですよね。変わらないというか、変われない体質があるというか。世の中はこんなに変わっていても、設計料の仕組みは、ずっと変わっていない状況です。
佐藤:一般的なデザイン料も同じですね。デザインしたモノや作業量に対してのフィーとなるケースがほとんどなので。例えば、これからの時代では商品のパッケージデザインは特に難しくなるのではないかと思っていて。
サスティナビリティの観点からいえば、パッケージはなるべくないほうがいいですよね。これからのパッケージデザインは、まったく違う発想で向き合わなくてはいけない。デザインではなく事業の視点から入ったりすると、新しいアイディアが生まれてくるのではないかと思います。
(#02 に続く)