世界で最も注目されている建築家の1人「ビャルケ・インゲルス」。彼の手がける建築は、ソーラーパネルによる竜の鱗のような屋根を有する〈Google Bay View〉や、3Dプリントやフローティングシティといった先進テクノロジーを活用した建築など、どれも独創的なものばかり。そして独創的なのは建築作品に限らず、〈Nabr〉という住宅開発スタートアップも手がけています。
また、日本の劇場でも公開された、屋上にゲレンデを有するコペンハーゲンのゴミ処理&発電所〈コペンヒル〉のドキュメンタリー映画を制作するなど、ビャルケが設立した設計事務所 BIGのPR手法も一風変わっています。
BIGのドキュメンタリー映画『コペンハーゲンに⼭を』1/14公開! ゲレンデの下はゴミ処理&発電所、夢の〈コペンヒル〉がコペンハーゲンに完成するまで
ここではビャルケ・インゲルスについて知るため、彼の経歴や設計事務所 BIGによる作品について見ていきます。
■目次
【人物】
「世界で最も影響力のある100人」の1人 ビャルケ・インゲルス
BIGが掲げる「未来の形成者」としてのビジョン
【事例】
BIG × 「サステナブル」
・「龍の鱗」を備えたサステナブルなGoogle新社屋【Google Bay View】
・業界を革新する「透明性」を備えた家具工場【The Plus】
・BIGによるモジュラーハウジングプロジェクト【Sneglehusene】
BIG × 「アダプティブリユース」
・歴史的な病棟を建築的・歴史的に”つなぐ”博物館【FLUGT】
BIG × 「3Dプリント」
・テキサス州に設計する100軒の3Dプリント住宅!
・地球外移住の未来が近づく 火星の住空間モデル!【Mars Dune Alpha】
・BIGとICONによる3Dプリントするホテル!【El Cosmico】
BIG × 「水上」
・世界初となるフローティングシティ!【OCEANIX釜山】
・都市と水の風景をつなぐ水上の集合住宅【SLUISHUIS】
BIG × 「スタートアップ」
・クルマのようにカスタマイズして買える集合住宅!?【Nabr】
BIG × 「日本」
・静岡県裾野市に計画されたトヨタの実証都市【Woven City】
・BIG × NOT A HOTEL!
【人物】「世界で最も影響力のある100人」の1人 ビャルケ・インゲルス
ビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)
- 1974年生まれ、デンマーク出身
- 1998年から、ザハ・ハディド(Zaha Hadid)やMVRDVのヴィニー・マース(Winy Maas)といった名だたるスターアーキテクトを輩出した、レム・コールハース(Rem Koolhaas)が設立した設計事務所 OMAに勤務
- 2001年にジュリアン・デ・スメット(Julien De Smedt)と共にPLOT Architectsを共同設立
- 2005年にビャルケ・インゲルス・グループ(Bjarke Ingels Group、以下BIGと表記)を設立
ビャルケ・インゲルスは建築を「都市や建物と私たちの生活を適合させるための芸術と科学」と定義している。また、地域の文化や風土、刻々と変化する現代の生活パターン、世界経済の変動など、さまざまなパラメータを注意深く分析する「情報駆動型デザイン(information-driven-design)」という考え方を、デザインプロセスの原動力としている。
2011年にウォール・ストリート・ジャーナルにて「イノベーター・オブ・ザ・イヤー」に認定され、2016年にはTIME誌にて「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれた。建築家として活動する傍ら、ハーバード大学、イェール大学、コロンビア大学、ライス大学で教鞭をとり、コペンハーゲンの王立芸術アカデミー建築学部では名誉教授を務めている。
「PEOPLE」BIG公式サイト
BIGが掲げる「未来の形成者」としてのビジョン
BIGが掲げるビジョンとして、ビャルケ・インゲルスは次のように綴っています。
現代の建築家にとっての基準は、「黄金比」などのエレガントな建築を構成する方程式から、国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」となっている。建築家は無限とも言える変数をもつ多次元的な達成基準を要求されるようになったのである。
持続可能性とは本来、複雑なシステムやサーキュラーデザイン、そして包括的な思考に関わる問題であるため、1人の人間が解決策をもつことはできない。建築家や都市計画家として、私たちは科学者やエンジニア、生物学者、政治家や企業家とチームを組み、スキルセットや視点、知識や感性を組み合わせて、直面する課題の複雑さに対応しなければならないのである。
「未来の形成者」である私たちは、個人がもつ才能や特異なスキルではなく、多くの人々のスキルを結集して未来を形にする能力によって定義されるのである。
社内の多くの視点が、1人では見えないものを見ることを可能にする。1人ひとりの才能の集積が、クリエイティブな才能の集合体となる。1人ひとりの小さな一歩が、全体の大きな飛躍となる。
「ABOUT」BIG公式サイト
建築家集団としての「未来への責任」を強く意識するBIGは、3Dプリントやアダプティブリユース、フローティングシティなど、未来に向けたプロジェクトを数多く手がけています。
ということで、ここからはBIGが手がけるプロジェクトをさまざまな視点から紹介します。
【事例】BIG × 「サステナブル」
「龍の鱗」を備えたサステナブルなGoogle新社屋
【Google Bay View】
アメリカ合衆国のシリコンバレーに建つGoogleの新社屋〈Google Bay View〉は、BIGとヘザウィック・スタジオ(Heatherwick Studio)が共同で設計した、建設とワークプレイスの未来に向けたサステナビリティの新たな基準を確立するプロジェクトです。
3棟の建物の外装には、合わせて5万枚におよぶシルバーのソーラーパネルを備えた世界初の「ドラゴンスケイル」ソーラースキン屋根を採用し、合計7メガワット近いエネルギーを生み出すなど、2030年までにカーボンフリーエネルギーで稼働することをミッションに掲げた、Googleとしても初の試みとなる社屋となっています。
「龍の鱗」を備えたサステナブルなGoogle新社屋、BIGとヘザウィック・スタジオが設計した、建設とワークプレイスの未来をつくる〈Google Bay View〉アメリカ
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業界を革新する「透明性」を備えた家具工場
【The Plus】
BIGがノルウェーに設計した世界最高のサステナビリティを誇る〈The Plus〉ノルウェーの家具メーカーVestre社の家具工場と体験施設、広大な公園を備えた生産拠点です。効率的な生産だけでなく、高いサステナビリティと「透明性」を有し、職員だけでなく一般の人々を招き入れるという、これからの製造施設のあり方を指し示しています。
建物は地元の木材、低炭素コンクリート、リサイクル鉄鋼でつくられています。倉庫、塗装工場、木材工場、組立工場という4つの生産ホールが中央でつながる「+」形状の放射状の構成により、製造部門間の効率的で柔軟かつ透明なワークフローと、来場者の直感的な体験が可能となっています。
©︎ Vestre_Jo Bergersen Fjuz
業界を革新する「透明性」を備えた製造施設、BIGがノルウェーに設計した世界最高のサステナビリティの家具工場〈The Plus〉
BIGによるモジュラーハウジングプロジェクト
【Sneglehusene】
デンマーク・オーフス郊外に建つ、デンマーク語で「カタツムリの貝殻」を意味する〈Sneglehusene〉は、池と遊歩道を囲むように緩やかにカーブを描く6棟の建物を渦巻き状に配置した住居群です。
50から150m²の広さを有する93戸の住居群は、スタジオ、マルチベッドルームアパートメント、タウンハウスの3つのタイプの住宅モジュールを組み合わせて構成されています。モジュールの採用により工場で建築の大部分を生産するため、廃棄物を減らし工事期間を短縮することができるモジュラーハウジングプロジェクトです。
BIGによるモジュラーハウジングプロジェクト、多様な生活に対応する渦巻き状の住居群〈Sneglehusene〉デンマーク
BIG × 「アダプティブリユース」
歴史的な病棟を建築的・歴史的に”つなぐ”博物館
【FLUGT】
〈FLUGT〉は、BIGとエキシビジョン・デザイナーであるTinker Imagineersが共同で設計した、デンマーク・オクスボルの難民キャンプ跡地に残る2棟の旧病棟を活用したデンマーク難民博物館です。世界的に関心が高まる難民問題に対し、かつての難民キャンプの歴史ある病棟を、建築的にも歴史的にもつなぎ未来に継承しています。
海外建築で注目されている、歴史的な建築物を保存するだけでなく活用する「アダプティブリユース」という考え方を取り入れた建築です。
歴史的な病棟を建築的・歴史的に”つなぐ”博物館、BIGが設計した世界中の難民に声と顔を与えるデンマーク難民博物館〈FLUGT〉
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BIG × 「3Dプリント」
テキサス州に設計する100軒の3Dプリント住宅!
アメリカの大手住宅メーカー Lennarと、大規模な3Dプリントのパイオニアである建築テクノロジー企業 ICONは、BIGが設計した3Dプリント住宅100軒で構成される、これまでで最大規模となる3Dプリント住宅によるコミュニティの建設を発表しました。
今回の発表は、アメリカにて高まる住宅需要に応えるため、テクノロジーを駆使した安価で高品質な住宅を提供するためのものです。
地球外移住の未来が近づく 火星の住空間モデル!
【Mars Dune Alpha】
大規模な3Dプリントのパイオニアである建築テクノロジー企業 ICONが発表した、NASAの火星居住シミュレーションのための3Dプリント空間〈Mars Dune Alpha〉。
BIGが設計した1,700m²の建築を、ICONの次世代3Dプリント建設システム「Vulcan」により完成させました。この〈Mars Dune Alpha〉では、NASAの長期間の宇宙探査ミッションにおける、火星の居住環境をシミュレーションします。
BIGとICONによる3Dプリントするホテル!
【El Cosmico】
BIGと大規模な3Dプリントのパイオニアである建設テクノロジー企業ICONが、テキサス州マーファのキャンプグラウンド&ホテル〈El Cosmico〉を生まれ変わらせるプロジェクトを発表しました。
テキサス州マーファのミニマルな自然と静けさに焦点を当てた〈El Cosmico〉の敷地内に、プールやスパ、共有施設などを備える幾何学的な形状の3Dプリント建築が計画されています。
BIGとICONが手がける3Dプリントホテル!テキサス州マーファのキャンプグラウンド&ホテル〈El Cosmico〉を生まれ変わらせるプロジェクト
BIG × 「水上」
世界初となるフローティングシティ!
【OCEANIX釜山】
2022年4月26日、海面上昇に適応する世界初のフローティングシティのプロトタイプ〈OCEANIX釜山〉の設計内容が、国連ハビタット(UN-Habitat)、韓国の釜山広域市、OCEANIXより公開されました。「世界初の持続可能な水上都市」と呼ばれる、2019年に発表されたプロジェクトであり、今回は実現に向けた設計内容の公開です。BIGとサムスンのグループ企業であるSAMOOアーキテクツ&エンジニアがリードアーキテクトを務めました。
相互に連結されたプラットフォームは、合計15.5エーカー(約62,700m²)の広さをもち、12,000人のコミュニティを収容することが可能です。また〈OCEANIX釜山〉は、釜山市のニーズに合わせて、時間をかけて有機的に変化し適応していく都市であり、12,000人の市民と観光客のコミュニティからスタートし、10万人以上まで拡大できる可能性を有しています。
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都市と水の風景をつなぐ水上の集合住宅
【SLUISHUIS】
オランダ・アムステルダムに、典型的な中庭型建築をベースとし、中庭に水を引き込む水上集合住宅〈SLUISHUIS〉が完成しました。気候変動を受け海外、特にヨーロッパで水と建築のあり方を問うプロジェクトが増えている中、BIGが設計した水上建築です。
市街地側に段差をつけたテラスを配置することで、街並みから自然へとスムーズに移行できるようにしつつ、湖側を持ち上げることで、湖の水を中庭に引き入れるとともに住居に日差しと眺望をもたらしています。
都市と水の風景をつなぐ水上の集合住宅、水とともに発展した都市アムステルダムにBIGが設計した〈SLUISHUIS〉オランダ
BIG × 「スタートアップ」
クルマのようにカスタマイズして買える集合住宅!?
【Nabr】
戸建ての多世帯住居に住むことが多かったアメリカでは、分譲マンションの提供が進んでおらず、一方で単世帯住居の需要が、特に若い世代の家族で高まっています。結果、単世帯で住みたい若者は郊外に戸建てをもつ、という選択肢に絞られてしまい、都市部に住むことが困難になっています。
〈Nabr〉は、住宅を真の消費者向け商品のように扱い、自分でカスタマイズでき環境にも優しいマンションを、電気自動車を買うように簡単に購入できるようにすることを目標としているスタートアップです。独自のライフスタイルや経済状況に合った住宅を探し、設計し、購入し、住むという、新しい「マンションの購入プロセス」を構築するためのプラットフォームを提供しています。
生活スタイルに合わせてレイアウトを選択し、BIGをはじめとする著名なデザイナーが手がけたインテリアや家具のパッケージから、カスタマイズすることができます。
BIG × 「日本」
ここまで海外でのプロジェクトを紹介してきましたが、日本国内でもBIGによるプロジェクトが進んでいます!
静岡県裾野市に計画されたトヨタの実証都市
【Woven City】
トヨタ自動車が、かねてより発表していた実証都市建設プロジェクト「Woven City(ウーブン・シティ)」の実現へ向け、富士山の東の麓、静岡県裾野市内の予定地で工事に着手し、2021年2月23日には地鎮祭が執り行われました。
このプロジェクトは、閉鎖したトヨタ系列の工場跡地を利用して、人々の暮らしを支える、あらゆるモノやサービスがつながる実証都市(コネクティッド・シティ)をゼロから建設するという壮大なもので、都市の設計をBIGが担当しています。ラスベガスで開催された「CES 2020」において、豊田章男社長と、ビャルケ・インゲルス氏が、「Woven City」の概要を発表しており、スピーチ(プレゼンテーション)の内容は、動画とトヨタのウェブサイト上で公開されています。
BIG × NOT A HOTEL!
また、今年の3月には、NOT A HOTELの創業者兼CEOである濱渦伸次氏のTwitterにて、BIGとNOT A HOTELのプロジェクトがスタートしたことが発表されました。舞台は瀬戸内海の離島、佐木島。2024年春の販売開始とのことです。
ビャルケインゲルス率いるBIGとNOT A HOTEL のプロジェクトがスタートしました。舞台は瀬戸内海の離島、佐木島。2024年春の販売開始です。めちゃくちゃ面白いものができます。
続報はニュースレターで。ぜひご登録お願いします!https://t.co/j9fecUyC3L pic.twitter.com/miEa2OzKDI— 濱渦伸次| NOT A HOTEL CEO (@shinji_hamauzu) March 20, 2023
また、NOT A HOTELとのコラボレーションについて、ビャルケ・インゲルス氏からのビデオレターが同時に公開されました。以下に同氏からのコメントを記載します。
デンマークの伝統的な近代建築は、実は日本の伝統建築から非常に多くの知見を得ています。シンプルで装飾がなく、丁寧で考え抜かれたディテール、更に日常的な素材選びが民主的なデザインというデンマークの考え方に影響を与えているのです。対照的に、日本の現代建築はよくデンマークの近代建築を参考にしています。そういった意味で、デンマークと日本の文化の間にはとても実りのある対話が続いているのです。私はNOT A HOTELが佐木島にできることで、このような対話を将来にわたって続けていけることをとても楽しみにしています。
瀬戸内海は、緑豊かな丘陵の島々のシルエットがうねるような、とても緻密でドラマチックな群島です。まるで伝統的な風景画がある種、完全に具現化されているように見えるのです。その意味で佐木島はとてもエキサイティングで、まさに建築家として日本というキャンバスに建築を描く上で理想的な場所なのです。
NOT A HOTELはここ2、3年の間に事業を始めたばかりですが、現代のホスピタリティとは何かについてとてもよく考え抜いていて、その上で新たな価値を提供しているのです。だからこそ私たちはNOT A HOTELに連絡を取り、次の目的地を共に描いていくのはどうかと問いかけました。
このコラボレーションは現時点ですでに信じられないほど素晴らしく、私自身も共に作り上げるNOT A HOTELで最初に過ごす一泊を楽しみにしています。
NOT A HOTEL × BJARKE INGELS GROUP from NOT A HOTEL on Vimeo.