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4つのキーワードで見る、隈 研吾氏デザインの4つのパビリオン

[大阪・関西万博]隈研吾建築都市設計事務所による万博パビリオン

EXPO2025 大阪・関西万博で、隈研吾建築都市設計事務所ではシグネチャーパビリオン1館、海外パビリオン3館、合計4つのパビリオンを手掛けている。メインの設計者としてクレジットされている建築事務所としては、最多レベルである。

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介_小山薫堂氏

[大阪・関西万博]海外パビリオン紹介_カタール

[大阪・関西万博]海外パビリオン紹介_ポルトガル

[大阪・関西万博]海外パビリオン紹介_マレーシア

これら4つのパビリオンを、4つのキーワードごとに横断して特徴を追ってみよう。

「暑くて、行列が長すぎて、退屈」な万博を乗り越える

その前に、隈 研吾氏の万博への見方が示されている1冊の書籍を紹介しておきたい。『僕の場所』(大和書房、2014)では、隈氏が関わってきた「場所」を軸として、パーソナルなエピソードの数々が綴られている。建築にまつわる教養的な内容がわかりやすく解説されるだけでなく、自身いわく「ひねくれた」見方や本音がところどころで現れ、興味深く読み進めることができる。

この本で回想されるように、1970年の夏、高校1年生であった隈氏は友人たちと大阪万博を訪れた。隈氏は「暑くて、行列が長すぎて、退屈でつまらなかった」と振り返る(『僕の場所』第4章「大船」より)。丹下健三の〈お祭り広場〉や黒川紀章の建築やメタボリズムの表現にも醒め、失望した隈氏はしかし、感激したものに2つ出会った。それが、アルミの細い棒でできた樹木のような〈スイス館〉と、〈フランス館〉の「抜群にかっこ良かった」トレーである。それぞれが、現在の隈デザインの特徴となっている“建築がない”「反建築」と、“生物的なしなやかさをもつ”「細胞建築」につながっている(同書・4章)。

「反建築」や「細胞建築」のヒントを手に入れたのは大阪万博です。そう考えると、若者に人生のきっかけを与える意味で、万博という名の品のないお祭りも、捨てたものではないかも、という気分になります。(同書・第4章「大船」より)

 

少々斜に構えた自身の万博建築への見方を踏まえて、隈氏は今回どのようにパビリオンの設計に取り組んだのだろうか。

半屋外空間の充実

まずは夏場の日差し対策。上述の「暑く、行列が長すぎる」問題を解消するように、隈氏はどのパビリオンでも周りに庇を大きく設け、入場のために並ぶ人に日陰を提供している。現時点では夏本番前ではあるが、会場となっている夢洲には海からの風が吹くことも伴い、日陰と合わせて炎天下の影響は緩和されるはず。平滑なファサードとボリュームによるパビリオンが多いなかにあって、半屋外空間を設けることによる彫りの深い表情は、隈氏デザインのパビリオン全体の特徴ともなっている。

〈EARTH MART〉外観。5つの産地から供給された茅を葺いた大屋根の庇は、待合の列の頭上にかかるように深く出している。茅をブロック状にして重ねる手法は、隈氏が設計した〈まちの駅 ゆすはら〉(2010)で採用した外壁の工法を踏襲している

〈カタールパビリオン〉。大きな帆のような外皮の中には木造船をイメージさせる木のボックスがあり、両者の間には日を遮る回廊のような半屋外空間が伸びる。その周囲には水盤が広がり、風が吹き抜ける

〈マレーシアパビリオン〉。南側の広場に向かった正面には大階段を設置し、地上レベルでは広場を引き込むような窪みがつくられている。Photo: TEAM TECTURE MAG

〈ポルトガルパビリオン〉。ファサードと半屋外の待合スペースを無数のロープが覆う。なお、ポルトガル・リスボンで隈氏が設計した〈Centro de Arte Moderna Gulbenkian〉改修に伴う新館(2024)では“Engawa”から着想を得た半屋外空間が重要な役割を果たしている

質感のある多孔質な素材使い

隈氏は、コンクリートやガラスのように“閉じた”素材よりも、自然や人に“開かれた”素材を好んで用いる。木や竹などで隙間や余白をもたせながらポーラス(多孔質)な面をつくる手法は、今回のパビリオン建築でも特徴となっている。そしてそれぞれのパビリオンは毛深い動物のようにも見え、ツルツル・ピカピカしたパビリオンが多いなかで、ホッと安心できる親しみやすい佇まいをしている。

〈マレーシアパビリオン〉では、パラメトリックにうねる竹の外装が特徴。マレーシアを象徴する織物「ソンケット」をイメージしてリボン模様を織りなす。竹の留め具には、ホースなどを固定する「ホースバンド」が使われている

〈ポルトガルパビリオン〉は、海の波のように揺らめき光を反射する、吊り下げられたロープが特徴。約1万本のロープは万博終了後も再利用される予定

〈EARTH MART〉の屋根を覆う茅は、茅自体が多孔質であり、重ねていく際も隙間ができる。また、すでに枯れた状態の茅を葺くことで、新築とはいえ古びた表情が生まれる

〈カタールパビリオン〉は外皮は膜だが、入れ子状になっている箱の部分は木の板で覆われている。スギの羽目板張りで、100年前のダウボートの色味を再現するために3色の塗料を重ねているという。2階の来賓室へ繋がる階段室は、繊細な木材のルーバーに包まれた空間となっている

大地に伸びる水平性を強調する

建築では垂直性が強いと、シンボリックな存在として目に映り、印象に残る。先述の『僕の場所』で隈氏は丹下健三について、「垂直」を求める国家の重責を引き受け、「垂直」を追求した建築家であると評している(第3章「田園調布」)。一方で、隈氏は「見えない建築」「負ける建築」へと惹かれていき、水平性や低さが際立つ建築を手掛けていく。今回の各パビリオンでも、水平方向に伸び、また地面との繋がりが強い印象を与えるものとなっている。

〈EARTH MART〉の屋根が連なる姿は、里山の集落をイメージしたもの。屋根勾配も古民家に近いものとなっている(Photo:「シグネチャーパビリオン8館完成披露・合同内覧会」オフィシャル素材より)

〈マレーシアパビリオン〉は東西方向に幅約50mある敷地のなかで、竹のファサードをもつ。竹のスケールで分割された、うねるリボンのような構成とし、威圧的な印象を与えないようにしている

〈カタールパビリオン〉。通り側の正面から見るとき、また白い膜の内部に入った吹き抜けで垂直性を感じるが、周囲に水盤が広がり、膜の足元ではアラビアの尖頭アーチを思わせる形態が長手方向にも連続して水平性を強く感じる。水平性と垂直性を併せ持つパビリオンといえるだろう

シンボル性のある形態をもたない特異な建築で、水平性という表現に当てはまりづらいのが〈ポルトガルパビリオン〉。内部の構造体は、上から吊り下げられたロープで巧みに隠され、地面から少し浮いたような印象となっている

2つの関係を繋ぐテーマを活用

パビリオン建築では、来訪者にいかに瞬間的に国や事業主体のテーマをわかりやすく、深く届けるかが重要になる。隈氏は今回すべてのパビリオンでファサードに映像を映し出すことなく、また強烈なインパクトを与える形態をもたせてはいない。それでも隈氏は、海外パビリオンでは日本と各国で共通するテーマを見出したうえで、各国の文化を表す物質を用いて建築をつくることに注力。シグネチャーパビリオンでは、主要なテーマを建築でストレートに表現した。そうしてモノの力や可能性を最大限に引き出し感覚に訴えることで、来訪者とテーマを共有し、持ち帰ってもらうことが追求されている。

〈ポルトガルパビリオン〉では、ポルトガルと日本にとって重要な「海」を、海と人間を繋ぐロープで表現。展示空間にもロープが設えられている

〈カタールパビリオン〉では、カタールの伝統的な木造船「ダウボート」をモチーフに、やはり海の国である日本との繋がりを表現。帆のような膜と木箱、水盤によって海に浮かぶ一艘の船のような建築を生み出した

〈EARTH MART〉は食と建築との繋がりで茅を使用。茅は家畜の餌にもなるため、茅葺きの建築は「食べられる建築」ともいえる

〈マレーシアパビリオン〉では日本と共通する文化を、日本とマレーシア産の「竹」を多く使うことで表現。外壁には日本の竹を約5,000本、内装にはマレーシアの竹を約500本用いている


隈氏のデザインを特徴づけるポイントを、4つのキーワードとしてまとめて今回の万博パビリオンを紹介してきた。実際には、もっと多様な見方もできることだろう。ぜひ4つのパビリオンを実際に横断的に見て、また他の建築家が手掛けたパビリオンとも比較しながら、隈氏の手法や姿勢を読み取り楽しんでいただきたい。

Text & photo: Jun Kato(特記以外)


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