「ヴィトラキャンパス」は、スイスとドイツの国境沿いの町、ヴァイル・アム・ライン(Weil am Rhein)にある、スイスの家具メーカー・Vitra(ヴィトラ)が、その広大な敷地に創出した、世界に類を見ない、建築とデザインの実験の場です。
敷地内には、名だたる建築家らが設計した、家具の生産拠点や展示施設など、多様な施設が点在し、現代建築のショーケースのよう。
これらのほとんどは一般にも開放されており、ショウデポやミュージアムでは、自社プロダクトの展示や、デザインに関する企画展なども開催されています。
主な施設と設計者(カッコ内は竣工年)
・ヴィトラ デザイン ミュージアム:フランク・ゲーリー(1989)
・ヴィトラ デザイン ミュージアム ギャラリー:フランク・ゲーリー(2003)
・ファクトリービル:ニコラス・グリムショウ(1981、1983)、フランク・ゲーリー(1989)、アルヴァロ・シザ(1994)、SANAA(2012)
・ファイヤー ステーション:ザハ・ハディド(1993)
・カンファレンス パビリオン:安藤忠雄(1993)
・ヴィトラハウス:ヘルツォーク&ド・ムーロン(2010)
・ヴィトラ スライド タワー:カールステン・ヘラー(2014)
・ヴィトラ ショウデポ:ヘルツォーク&ド・ムーロン(2016)
敷地内には、新築された建築・建造物だけでなく、バックミンスター・フラー(1895-1083)とジョージ・ハワードが1975年に設計した正多面体の「ドーム」と、フランスのジャン・プルーヴェ(1901-1984)と彼の兄弟が1953年にデザインした「ガソリンスタンド(ペトロール ステーション)」が移築されています。
建築・デザイン史上の傑作が失われることなく、次の世代への橋渡しも行っているのが、「ヴィトラキャンパス」の特筆点です。
この「ヴィトラキャンパス」に、日本の木造平屋建て住宅が移築・再建されました。戦後の日本を代表する建築家の1人、篠原一男(1925-2006)が1961年に設計した〈から傘の家〉です。
篠原一男プロフィール
1925年静岡県生まれ。東京物理学校(現東京理科大学)で数学を専攻後、建築に転向し、東京工業大学(東工大)建築学科で清家 清に師事。1953 年卒業後、1986年に定年退官するまで東工大の教壇に立ち、プロフェッサー・アーキテクトとして、一貫して住宅を中心とする前衛的な建築作品を手がけた。2006年に逝去すまで、東工大教授のほか、イェール大学客員教授、ウィーン工科大学客員教授などを歴任。2010年のヴェネツィアビエンナーレ第12回国際建築展では、その生涯の功績に対してメモリアル金獅子賞が贈られた。
〈から傘の家〉基本情報(1961年竣工当時のデータ)
旧所在地:東京都練馬区早宮1丁目
敷地面積:187.2m²
延床面積:55.4m²(約16.8坪)※竣工当時(納戸含む/増築部分含まず)
構造・規模:木造・平屋建て
設計:篠原一男
構造設計:津下一英
家具デザイン:白石克彦、篠原一男
家具設計:創健社、青島商店、天童木工
施工:渡邊建設事務所
竣工年:1961年概要:〈久我山の家〉(1954年)、〈久我山の家その2〉(1959年)、〈谷川さんの家〉(1959年)、〈狛江の家〉(1960年)、〈茅ヶ崎の家〉(1961年)に続く、篠原一男の住宅作品。菊竹清訓(1928-2011)が設計した〈スカイハウス〉(1958年)とほぼ同時期に竣工した住宅作品で、この当時は戦後・日本の復興期が終わり、高度経済成長期が始まる、そのスタート時点を示す指標的な住宅とされる。
篠原は、この6番目に設計した住宅作品において、日本の伝統的な民家にみられる「土間」が持つ空間の力強さを、から傘状に開く合掌の幾何学的な造形を媒介にして表現している。極度の住機能の単純化によって生まれる「無駄な空間」の内に、建築が持つ芸術性が喚起されている。
再建された〈から傘の家〉は、フラーの〈ドーム〉(2000年)、プルーヴェの〈ペトロール ステーション〉(2003年)に続く、3つめの歴史的建造物の移築例です。今後は、世界中から「ヴィトラキャンパス」を訪れる人々に、日本の住宅文化を伝える存在となります。
以下のテキストは、〈から傘の家〉移築・オープンを発表したヴィトラのプレスリリースより。
〈から傘の家〉は、東京都都市計画道路の建設事業計画地に住宅敷地がかかること、前居住者の移転と継承への希望などの諸事情を背景に、一般社団法人住宅遺産トラストを介し、偶然の幸福なる出会いから、ヴィトラが建物を継承し、ドイツへと移築・保存することになりました。
柱と梁の構造による木造建造物は、2020年の夏に解体され、部材ごとに分割されました。使用されていた檜、杉、米松の木材は、その他の部品、材料とともに梱包され、海を渡り、ヴァイル・アム・ラインへと移送されました。
解体、移送、移築、修復、再建まで、篠原一男のアーカイブを管理する東京工業大学の全面的な指示とサポートのもと、再建工事が2021年9月に始まり、2022年6月に完成を迎えました。
篠原一男は、自身の作品を4つの様式に分類し、それぞれの様式において異なる問題に挑戦しました。
東京都練馬区の住宅地に1961年に建設された〈から傘の家〉は、この第1の様式における作品の中では最も小さい、現存する住宅作品の1つです。
約55m²の床面積に対して、キッチンとダイニング、リビングルーム、浴室・トイレ、寝室として使われていた半畳15枚を敷いた和室が納められています。
畳の部屋の天井はフラットで、床はリビングよりも少し高くなっており、5枚の襖で仕切られていました。この襖に描かれた絵は、舞台芸術家・朝倉 摂との共同によるものです。
この住宅を内外観から特徴づけている傘状の扇垂木の天井は、空間をより大きく見せる効果があります。
和室と屋根の間のロフトのような空間は収納スペースとして機能し、昇降のための梯子がかけられていました。また、オリジナルの家具は篠原一男と家具デザイナー・白石勝彦との共同によるものです。
「ヴィトラキャンパス」では、オリジナルの家具と復刻した家具の双方を組み合わせ、当時を再現しています。
「『住宅は芸術作品である」という私の強い信念は、この小さな家への挑戦から生まれました。から傘のような幾何学的な構造とデザインにより、土間を含む、古くからある日本農家の家屋がもつ空間の力強さを表現したいと考えました。」 (篠原一男『新建築』1962年10月号寄稿文より)
ヴィトラ会長 ロルフ・フェルバウム氏 コメント
「建築物の存続が困難でも、構造的に再建が可能であれば、移築という選択肢は理に叶っています。その場合、移築後も新たな場所の気候や環境に適応できる素材や構造である必要があります。〈から傘の家〉はその条件を満たしていたため、移築は比較的スムーズでした。篠原一男の〈から傘の家〉、安藤忠雄、SANAA、そして間もなく加わる田根 剛、”ヴィトラキャンパス”と日本建築とのつながりはますます深まっていきます。」
整合監修:奥山信一
プロジェクトアーキテクト:大塚 優 (協力:小倉宏志郎、本宿友太郎)
保存コンサルタント:住宅遺産トラスト、デイヴィッド・B・スチュワート
解体保存調查:山﨑鯛介(協力:木津直人)
解体・補修:小倉英世、渕田裕介 / 風基建設
Team Vitra
移築再建協力:クリスチャン・デリ、アンドレア・グロリムンド / DEHLI GROLIMUND
現地プロジェクトマネージャー:クリスチャン・ゲルマドニク / Logod GmbH
所在地:Vitra Campus Charles-Eames-Str.2, 79576 Weil am Rhein, Germany(Google Map)
ヴィトラキャンパス(Vitra Campus)詳細
https://www.vitra.com/ja-jp/about-vitra/campus