日本財団が中心となって進めている、誰もが快適に利用できる公共トイレを渋谷区内17カ所に設置するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」[*1]。数えて16カ所目となるトイレが、京王線・京王新線笹塚駅前にオープン、2023年3月10日より供用を開始しています。
〈笹塚緑道公衆トイレ〉のデザインを手がけたのは、トイレのデザインに長年にわたって関わってきた小林純子氏。これまで、百貨店・駅・パーキングエリア・公園・広場・保育園・幼稚園・学校・大学といったさまざまな場所に付帯する約250カ所以上のトイレのデザイン、あるいは改善事業に参画してきました。
事務所のウェブサイトで公開されている施工実績を見れば、これまでに用を足したことがあるトイレ、あるいは見知っている施設が1つは必ずあるはずです。
供用開始に先立って開催されたメディア向け撮影会に『TECTURE MAG』編集部は参加。現地での取材から、今回の〈笹塚緑道公衆トイレ〉の概要を伝えます(撮影会の時間帯以外・夜間の内外観など、日本財団提供の広報画像を含む。特記ある画像を除いて撮影は編集部)。
クリエイター プロフィール
小林純子(こばやし じゅんこ)氏
設計事務所ゴンドラ所長、一般社団法人日本トイレ協会会長。
1967年日本女子大住居学科卒業、田中西野設計事務所等を経て、1989年に設計事務所ゴンドラを設立。1989年に香川県坂出市が新たな観光名所となるべく、5億円をかけて建設した公衆トイレ・チャームステーションの設計に携わったことをきっかけに、公共トイレの設計を数多く手がける。2014年には「公共トイレ改善の取り組みの評価と実現方策に関する研究」で東洋大学大学院を修了(工学博士)。設計・デザインを担当した主なトイレに、秋葉原駅東側広場有料公衆トイレ「オアシス@akiba」(2006)、大丸東京店(2007)、海ほたるPA(2010)、東京タワー(2014)、ゆりかもめ新橋駅西口(2019)、京阪電鉄淀屋橋駅トイレ(2020)、アミュプラザくまもと4Fトイレ(2021)などがある。
設計事務所ゴンドラ 公式ウェブサイト
https://www.gondola-archi.com/
小林氏コメント
「今回の”THE TOKYO TOILET”のプロジェクトに参加した理由は、今回の企画が、私がこれまでにずっと抱いていた課題に対する解決への挑戦があり、社会的にも大きな意味を持つと考えたからです。
我が国での初めての公共トイレは、1879年に横浜に誕生した洋風な公衆トイレでした。その当時は世の人を驚かせたようでしたが、それから約140年余を経て、公衆トイレの現状というのは、利用者の無自覚ないたずらや汚損、それに対応してしないメンテナンスの脆弱さの中で、いわゆる4K(臭い、暗い、怖い、汚い)の代名詞のようになってしまいました。
また、トイレに関して女性にヒアリングすると、『近寄りたくない』といった声さえ聞こえてきます。そのような中で企画され、最後の17カ所目のトイレがまもなく竣工する、”THE TOKYO TOILET”プロジェクトは今、「公衆トイレは、市民みんなの財産であること」をもう1度考え直すきっかけを創出しようとしています。
16人のデザイナー[*2]に、公共という意味の中で公衆トイレをデザインさせ、 各設計者からのビジュアライズされたメッセージによって、人々に公衆トイレについて改めて考えてもらおうという試みです。このような企画は日本では初めて。これを機に、さまざまな公衆トイレの議論がなされることを期待しています。(撮影会当日の配布資料より)
*2.参加クリエイターの1人、建築家の坂 茂氏は、2カ所の公園でそれぞれトイレをデザインしている。
「このトイレの敷地は、通勤通学の駅利用、地元商店街の買い物や、保育園の散歩コースであったり、子どもからお年寄りまで、幅広い年齢層の人々が通る道に接しています。これからこの笹塚のまちの人々に愛着とともに末長く使ってもらいたい。外周部は人が通り抜けるので、コーナー部分を丸くして、大庇も円形でやわらかくデザインしました。
小さい子どもさんは急に『トイレ!」となる場合が多々あるので、道からすぐ入れる手前に。ユニバーサルトイレを中央に置き、左右に男子トイレと女子トイレを配置しています。」(小林氏談)
「女子トイレで意識したのは、入口付近から内部の安全性を容易に確認できること。奥まで入らなくても、個室の空き状態などを視認できる、見通しの良さを第一に考えました。あわせて、清掃時の動線も考慮しています。
また、駅側の外壁は、床から天井までの高さで乳白ガラスのFIX窓を連続させ、昼間の採光を確保するとともに、夜間でも中にいる人の気配がなんとなくわかるようにしました。」(小林氏談)
コールテン鋼を採用した外壁には断熱材が入っており、夏季の高熱と冬季の寒冷に備えています。さらに、男子トイレ・女子トイレともに、換気扇による強制排気に加え、通風のための小窓(施錠式)を設け、清掃員がこれを開閉することで、入口から風が自然に通り抜け、換気を促進します。
「自然風による換気に勝るものはありません。夏は肌感覚でも涼しいし、換気扇使用時に比べて段違いに数字が高いことがデータでも裏付けられています」と、長年にわたりトイレのデザインを手がけてきた小林氏は言います。
コンセプト「まちあかりのトイレ」
高さの異なる円筒形のトイレに黄色い楕円形の大庇を浮かし、外壁についた丸窓からはうさぎが覗いています。
敷地の特殊な事情[*3]から、建築物の軽量化が求められ、耐候性鋼板パネル構造を採用しました。また、鉄道の高架下が帯びる閉鎖的な雰囲気をなくそうと、大庇を浮かせて、第2の空を造りました。
耐候性鋼板パネルは、鉄板をいったんわざと錆びさせている素材で、強度と風合いを長い年月で保つことができます。
“まちの頑固おやじ”のように、存在感があり、まちの人々を明るく見守ってくれると同時に、楽しさも感じられるトイレにしたいと思いました。開口部は広くとり、外観は重厚ながらも空間としてはオープンで、内部は明るく清潔感にあふれ、利用者が安全性も感じとれるトイレをデザインしました。*3.京王鉄道の高架を支える橋脚およびその基盤部分が敷地内に既存し、また敷地の南側の地下に既設排水管(水道管)が走っていたため、クレーンや重機を使った建築施工が不可であった
前述・小林氏による設計コンセプトにあるとおり、〈笹塚緑道公衆トイレ〉は建物じたいを軽量化すること、重機を使わない施工を前提としたデザインであることが最初から求められていました。
小林氏は、トイレで「使ったのは今回が初」というコールテン鋼(耐候性鋼)を、構造家の梅沢良三氏(梅沢建築構造研究所代表)に勧めもあって採用。曲面となる壁は造船技術を有する会社がパーツごとに製作し、現場に搬入・溶接して施工されました。
トイレの内外観にみられる「ライン」は、このときの壁の端部の溶接の痕跡です(溶接後に生じた凸部を削って平滑に仕上げた状態)。今は目立つけれども、しだいに経年変化で(完全にはなくならないが)まわりの壁と馴染んでいく見込みとのこと。
トイレの名称は〈笹塚緑道公衆トイレ〉。江戸時代に整備された玉川上水の旧水路があったエリアに続く敷地とのこと。
「まちと緑道につながる新たな起点となるようなトイレになってほしい」と小林氏は願いを寄せています。
クリエイター:小林純子
構造設計:梅沢建築構造研究所
ピクトサインデザイン:佐藤可士和(SAMURAI)
設計・施工:大和ハウス工業
レイアウト協力:TOTO
所在地:東京都渋谷区笹塚1-29(Google Map)
床面積(全体):97.92m²(ユニバーサルブース:6.6m² / 男性用トイレ:18.86m² / 女性用トイレ:18.17m² / 子どもトイレ[小便器]:1.48m² / 子どもトイレ[大便器]:1.13m² / アプローチ:51.68m²)
供用開始:2023年3月10日(金)午後より
*1.「THE TOKYO TOILET」プロジェクト:東京・渋谷区内にある17カ所のトイレを、性別、年齢、障害を問わず、誰もが快適に利用できる公共トイレに生まれ変わらせるプロジェクト。2023年1月20時点で14のトイレが完成。2023年3月末までに予定の17カ所全てで供用開始を目指して進行中。渋谷区では、男女平等およびLGBTへの対応など、多様性を尊重する社会を推進するための取り組みを行なっており、本プロジェクトへの協力もその1つ。
日本財団「THE TOKYO TOILET」プロジェクト特設サイト
https://tokyotoilet.jp/