FEATURE2020.05.03

Review of the "#Katteni Graduation Exhibition"

GW特集「#かってに卒制展」レビュー #02

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響で卒業制作展に影響がおよぶなか、いち早くTwitterで「#かってに卒制展」が登場し、注目を集めた。
このバーチャルな「展覧会」は学生たちが自主的に立ち上げたこと、リアルな会場では得られなかったであろう反応や広がりがあったことなど、興味深い点が多くある。
新しい卒制展のあり方を予期させる「#かってに卒制展」の本レビュー企画では、まず発起人の中村美月さんに発足の背景や広がり、振り返っての感想を伺った。

虚無感からおこったスピード感

──自己紹介をお願いします。また、「#かってに卒制展」がはじまったキッカケを教えてください。

中村美月(以下、中村):日本大学理工学部 海洋建築工学科の大学院で修士1年の、中村美月と申します。建築デザイン計画研究室に所属しています。4年生のときも、海洋建築工学科でした。
日本大学理工学部には建築学科もあるのですが、海洋建築学科は日本でここにしかない学科で、私のように意匠設計を専攻している学生以外に、もっと機械的なことや海洋環境を学んでいる人もいます。

2月28日に、同期と大学の研究室に集まっていました。その日に、仙台で行われる「せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦」の開催に関する発表があったのですね。
日本では1番大きくて有名な卒制展なので、そこに出そうとみんなで決めていて。もしかしたら中止になるかもしれないという情報が事前にあって、「でもまさか中止にはならないだろう」と思いながら、事前に提出する資料もあるだろうから、みんなで集まって発表を待っていたんですけど。

昼ごろの予定がちょっと遅れて午後3時半くらいに「大会そのものを中止します」という発表が出て、ぼう然としたんですよね、みんなで。
学外の卒制展を1つの目標として一所懸命にやってきた私たちにとっては、走っていたのに目の前から突然ゴールが消えてしまったようで、虚無感にすごく襲われて。
卒業設計展は、われわれ学生にとっては、作品が評価されるというだけでなく、建築家の先生方や全国の同期たちとつながりをもって話し合ったり刺激を受けたりという場として、すごく貴重な場です。

そうした場が消えたことがすごく、悲しいやら悔しいやら…。発表の後は5分から10分ぐらいはみんな何も考えられず、ぼーっとしていて。
でもなんとなく、その場で同期と「いや、このまま終わるのはイヤだな」という話になって。
そこからものすごく展開が早くて、「じゃあ私たちは今から何ができるのかな」「せめていろんな人にこの力作を見てほしい」と、トントン拍子に会話が進んでいきました。
「もう、かってに卒制展をやっちゃおう」という話が出てきて、「それはいいね」「こういうのはスピードが大事だから、今すぐやろう」ということになって。

「じゃぁ私、ポスターをつくってみるよ」と言って、ほんとに猛スピードで制作しました。1時間かかっていないんじゃないですかね。
私がTwitterをやっていたこともあって、「やっぱりTwitterが手ごろだし、拡散のスピードが早いのではないか」ということで、できてすぐさま投稿、という感じでした。

呼びかけのツイート。ポスターは下半分の参加方法の説明部分

予想を超えた広がり

──Twitterを利用するときの題名や内容は、どのように決められたのですか?

中村:最初に、どういう企画にしようかということを少し話し合っているときに「とにかく手数を少なくして縛りを弱くすること」「最低限の情報で、誰でも参加しやすく、誰でも見やすい」ということをイメージしました。そして、一覧で検索できるようにとりあえず「#(ハッシュタグ)を付けよう」という話になって。

名前のアタマには「かってに」と付けました。とにかくスピードをすごく意識していたので、言葉を選ばずに言えば、思いつきの企画だったものですから、「かってにはじめました」という素直な部分が出ればいいなと。
また「かってに」という言葉がもつ「ちょうどいい軽さ」みたいなものが気に入っています。
Twitterというツールとその拡散する特性だったり、発信のスピード感だったりというものが合わさって、私たちが自発的に好きかってやっている感を演出したくて、「かってに」という言葉をチョイスしました。

一般的な卒制展では、しっかりとした会場があって、建築家の先生方がずらっと並んでいて、プレゼンがあって、質疑応答があって、順位を決めてという感じですよね。
もちろんそういう形式もすごく大事だと思っているんですけれど、そういうお決まりの流れみたいなものとは全然違うかたちの卒制展が、Twitterという全員がすごくフラットな立場だったらつくれるんじゃないかという予感を込めたという感じです。

──学校にお伺いは立てなかったんでしょうか?

中村:一切ないです。後からバレましたけどね(笑)。
違う研究室の先生からも「こんな試みをしているんだね」みたいな感じで、後から声をかけられたりして。でも「逆にそこまで広がったんだ」と思って、ちょっと嬉しかったりしました。

最初は、ある程度は広がってほしいという願いや希望がありましたけれど、ここまでとは予想していなかったですね。
数字でどのくらいの方々に見ていただけたかは正直分からないんですけれど、建築だけの投稿作品数で50から60くらいは投稿されていますし、私のポスターを投稿したツイートは3000「いいね」くらいなので、最低でも3000人を超える方に興味をもってもらえたということですかね。

ただ私たちは、自分たちの作品を見てほしいという気持ちもありましたけれど、せんだいデザインリーグしかり、全国のほかの学生の作品も見たいという気持ちが強かったのですね。
今回思ったよりも広がって、たくさんの方の作品を見ることができたので、すごくよかったです。

中村美月さん

小さく開けた穴にみんなの気持ちが流れ込んだ

──広がっていく過程で気づいたことや起こったことを教えてください。

中村:1つは、とにかく悔しくてやりきれない思いをしていた方が、全国にたくさんいたということです。
もう1つは、作品を見たいと思ってくれる人が意外と多かったと言う事実ですね。
卒制展自体、一般の人に開放されたとしても、建築となると「見たいと思ってくれる人がいるのかどうかはちょっと分からないな」と思っていました。
案外、一般の方たちが興味をもってくださるというのは嬉しい誤算でした。

いちおう私がポスターをつくったり発信をはじめはしましたが、本当にたいしたことをやったとは思っていなくて。
当時、たくさんの人たちのやり場のない熱量みたいなものがあちこちでくすぶっていたのでしょうね。
そこにちょっと針で小さな穴を開けてあげたことで、みんなの気持ちが一気に流れ込んできて、ここまで広がったんじゃないかなと考えています。

そして「かってに」と名付けたこともあってか、いろんな人がいろんなことをやってくれて。
「じゃあかってに評価をつけてあげよう」とか、「かってにコメントしよう」とか、「かってに拡散します」とか書いてくださった方もいらっしゃいましたし、「かってに会場をつくります」といって、作品をまとめて1つの記事にしてくださった方もいて。すごく嬉しかったです。

Twitterでここまで大きい流れになったのは自分自身初めてのことでしたし、「卒制展」という名ですけど、もとは本当に1枚のポスターとツイートだけだったのが、どんどん拡散されて流れに乗っていて、いろんな人のコメントだったりとか記事が増えていて。
そこには場が確かに構築されている感覚は実感できて、すごくワクワクしました。

現実でも、しばらくすると声をかけてくださる方が何人も出てきて、「かってに卒制展を見たよ」とか、建築界の方でも「面白いよね」と言ってくださる方がいたり、後は「記念品を贈ってあげよう」という人もいたりして。ある作家さんからは、造花を使った作品をいただきました。

今回のインタビューのお話もそうですけれど、本来の卒制展とはちょっとかたちが違うけれど、いろんな方々と新しいつながりをもてたので、そういうところも実現できたと思っています。

──Twitterの反応で、記憶に残っていることはありますか?

中村:そうですね、個人的な話では、3年生のときに建築新人戦というコンペに出して賞をいただいたんですけど(編集註:BEST8に選定)、そのときに同じ賞をいただいた同期と「来年、仙台で会おう」と約束をしていたんです。
でも、せんだいデザインリーグがなくなってしまったので、会えなくなってしまって。
今回「かってに卒制展」でその方たちも自分自身の作品を投稿してくれたりして、ネット上ではありますが、作品を通して再会できたことがすごく嬉しかったですね。

あと、自分の作品の投稿では、リプライのツリーで、制作するにあたって参考資料として読んだ本の著者からコメントをいただくことができたのは、感動しましたね。
また、慶應義塾大学SFCの石川初先生の本も読んだのですが、やはり作品にコメントをいただいたりして。
たぶん普通の卒制展ではゲストとして来られないような方々なので、作品を見てもらうことができたのは本当に嬉しかったです。
Twitterをやっていて、一番よかったなと思った瞬間かもしれません。

中村さんの作品投稿に対するコメント(抜粋)

Twitterでの表現方法

──今回は4枚の画像とテキストを投稿する内容でした。うまくいった点、または課題を教えてください。

中村:卒業制作は、基本的に発表する場として自分の学校の講評会であったり、学外で発表す卒業設計展を想定して作品をつくっています。
インターネット上で、まさかこんなふうに発表するとは思ってもいなかったので、対応するかたちをみんなつくっていないんですよね。
なので、今回はあえて「こうしたほうがいい」とか、「新しいものをつくってほしい」みたいな縛りを入れると広がりにくくなってしまうと思ったので、入れなかったんです。

テキストは、Twitter自体が140字までしか記入できないんですね。逆にそれがいいなと思っていて。
提案を簡潔に伝える能力というか、たぶん本当に建築作品を知らない方にとっては、それぐらいの文字数を読むのが限界だと思うんですよね。
いきなりプレゼンボードを見せられても、何を見れば良いのか分からないし、どういう点なのか簡単にわかる量というと、140字くらいかなというイメージでしたね。

また、Twitterなどでは画像が大きな要素です。提案がパッと見て分かりやすいとか、どの解像度でどこまで読めるかということなど、見る側に配慮が必要だと思います。
作品の動画を投稿する方もいて、それはそれで確かに分かりやすいし、いいなと思いました。
来年以降の学生はたぶんアウトプットというか、表現自体の設定が変わってくるんじゃないかと思っています。どんどん進化していくといいなと思いますね。

今年「赤レンガ卒業設計展2020」に出させていただいたのですが(編集注:中村さんは360作品のなかから「最優秀賞」を受賞)、審査後に先生方とお話しする機会があって、卒制展のかたちについても話題となりました。
ある先生は、先ほど言ったような、これまでの形式の卒制展自体にちょっと限界が来ているんじゃないかと話されていました。
たぶんコロナが1つの変わり目になって、もっと新しい卒制展のかたちがいろいろ試行錯誤されて増えていくのではないかな、と思っています。

中村さんのTwitterでの作品投稿

建築の世界を開いて広げたい

──これからの活動の予定や抱負をお聞かせください。

中村:「かってに卒制展」に関しては、「来年もやってくれ」という声が意外と多く届いていて。
もちろん反省点もたくさんありますし、コロナがどうなるか分からず状況が読めないので、かたちはたぶん変わっていくと思いますけど、どうにかして来年以降も「かってに卒制展」自体はやりたいなと思っています。

建築の世界そのものが閉じ過ぎていて、もったいないなと思うことがこれまでに何回もありました。
建築を使う人は、建築を専門的に学んだことがない人がほとんどです。
そういう方たちに卒業設計1つとっても、興味を持たれていない、認知されていないという状況が悲しいなと感じていました。

今回ちょっと広げてきっかけをつくってあげれば、「知りたい」「見たい」と思ってくれる人がたくさんいるということも分かったので、もう少し広がっていくような状況を生み出していけたらいいなと。
私はもう院生なので卒業設計はやりませんけれど、後輩たちを応援して意見も仰ぎつつ、新しい仕組みをつくっていけたらなと思っています。

私自身は修士1年なので、本来は就活のために先輩と会ったりして情報収集しなければならない時期なのですが、今研究室が閉鎖されているのでちょっと困っています。
新しいコンペには、今リモートで取り組んでいたりしていて、作品づくりは継続しつつ、設計で生きていこうと思っています。

また今回コンテンツを企画して発信して、広げていく力というか、つながりができたので、今後もTwitterなどを通して、建築以外の方々にも建築の面白さに触れていただけるようなコンテンツを発信していきたいなと考えています。「かってに卒制展」に限らずに。

もう1つ気になっているのが、今回のコロナですごく大きな影響を受けている新3年生ですね。
研究室に入って、本当は先輩からノウハウを叩き込まれている時期なんですよ、今の時期って。
でも学校が閉鎖されているので、本来出会っていれば見聞きして得られているはずだった学ぶ機会が失われているのは気の毒だなと。
建築系の後輩たちのために、今私ができることはないかと考えています。【】
(2020.04.28 オンラインにて)

取材中、「かってに卒制展の記念に」と作家から贈られた作品を手に

中村美月さんの作品〈東京暗渠再生〉

■Twitterアカウント名
Mitsuki Nakamura(あさぎ)

■作品の概要
近代化のなかで過去の相貌を失ったかに見える首都・東京。街の印象は地下鉄移動によって完全に分断され、地続きの地形さえ感覚に捉えづらい。しかし東京は、その実地形の凹凸に溢れた表情豊かな都市である。慎重に街を歩いて見れば、今も風景のあちこちに残された土地の記憶の断片を見つけることができる。そんな都市の記憶の断層として残されている場所の1つが、かつて川だった場所「暗渠」である。
かつては水の都と呼ばれるほど無数に張り巡らされていた川や水路たちは、その多くが瓦礫処理・宅地開発・水質汚染などを主な理由として、都市発展の影を背負うように姿を消していった。川としての水面は失われた暗渠だが、橋跡や蛇行跡などの断片的に残された痕跡がかつての川の輪郭を雄弁に物語り、独特な風景を形成している。しかし、今やその痕跡さえも徐々に消え失せ、川は住民の記憶からも消えようとしている。
暗渠という、都市に残された負のインフラと線状の空き地。そこへ環境装置を挿入し、長い時間をかけて街全体へと拡幅させていくことにより、暗渠を都市を再生する動脈へと変える。生活の場と暗渠空間はシームレスに連続し、街は水と風の環境軸によって再編される。豊かな緑と生き物たちの姿、露出する土と水。地面を覆うコンクリートは剥がされ、近代化の代償として失われた環境はゆっくりと回復されていく。そして100年後も、暗渠は都市の記憶を再生する場所で在り続ける。