FEATURE
[Special Report] "Miracle Pine Root" Exhibition at "Kioi Seido"
FEATURE2023.02.06

内藤廣設計〈紀尾井清堂〉にて「奇跡の一本松の根」展 3/9まで会期延長!

[Special Report]東日本大震災の大津波に耐えた記憶を留めるマツの「根」を期間限定で展示

内藤建築にて1年限りの特別展

東京・紀尾井町の〈紀尾井清堂〉にて、「奇跡の一本松の根」展が3月9日まで開催されている(会場は1階と2階)。

内藤廣建築設計事務所〈紀尾井清堂〉外観

〈紀尾井清堂〉外観(西側・紀尾井町通り側) Photo: Makoto Yoshida

展示空間を提供している〈紀尾井清堂〉は、2020年12月に竣工した建物で、一辺15mのコンクリートキューブをガラスファサードで3方向を囲った建物が、赤坂見附から紀尾井町通りを上がっていった坂の上に建っている。
建物の設計は、建築家の内藤廣氏が代表を務める内藤廣建築設計事務所が担当した。

〈紀尾井清堂〉2-5階内観 Photo: Makoto Yoshida ※展示がない状態

地上5階建てのその建物は、施主の希望を受け、利用目的や機能を予め定めず、さまざまな用途で使える大空間が内藤氏によって設計された。

本展で特別に展示された「奇跡の一本松の根」は、ふだんは”がらんどう”の1階フロアに迫力をもって鎮座している。

〈紀尾井清堂〉1階 展示が行われていない状態の内観 Photo: Makoto Yoshida
「奇跡の一本松の根」展 会場風景 Photo: Naito Architect & Associate

『TECTURE MAG』では、〈紀尾井清堂〉の利用規定に則り、2月2日の午前中に入館を予約。本展の会場および2階以上のフロアを見学した。
展覧会の共催者であり、建物を設計した建築家の内藤氏にも現地で話を聞いている[*3]

Txt & Photo by Naoko Endo(但し、撮影者クレジット併記の建物内外観の画像7点を除く)

「奇跡の一本松」とは

2011年3月11日14時46分頃に東北地方太平洋沖を震源に発生した大地震は、沿岸の各都市に未曾有の被害をもたらした。
岩手県南東部の都市・陸前高田市では、震度6弱を記録。その後に沿岸を襲った大津波は、海沿いの集落と市街地だけでなく、名勝・高田松原の約7万本の松の木も根こそぎ流し去った。
そのような中で、高さ約27.5m、幹の直径が約90cmの松の巨木が1本だけ流されずに残ったことは、その後のメディア報道などでよく知られている。いわゆる「奇跡の一本松」である。

紀尾井清堂「奇跡の一本松の根」展 会場風景

イサム・ノグチがデザインした照明の後ろの写真:「奇跡の一本松」

地元の風景が軒並み失われたなか、葉をつけたままの状態で1本だけ耐え残ったマツの姿は、人々に希望を与える、復興のシンボルとなった。
だが、大地震による地盤沈下により、「奇跡の一本松」の根本には海水が浸水していた。2012年5月の調査で枯死が確認されたが、存続を望む声は大きく、陸前高田市では、「奇跡の一本松」を震災の記憶の1つとして留めることを決定、同年に「奇跡の一本松保存プロジェクト」を立ち上げる。国内外からは義援金も寄せられた。
そうしてその年の9月には「奇跡の一本松」の幹(地表部分)を伐採するとともに、現場からいったん撤去。防腐・保存処理を施したあと、翌年6月に現地に戻され、「奇跡の一本松」モニュメントとして整備された(陸前高田市ウェブサイトより / 詳細)。

「奇跡の一本松」の「根っこ」はどこへ?

「奇跡の一本松」の保存・整備にあたり、枯死した樹の根っこ部分がその後どうなったのか、知る人は少ないだろう。

マツの根は、地表部分から深さ約1.6m、幹を中心に直径13mにわたって広く根を張っていたことが、2012年12月の抜根作業で明らかになった。それゆえに大津波に耐えられたのであろうと推察されている。なお、その後の市の調査で、樹齢は推定で180年近いと発表されている。

「奇跡の一本松保存プロジェクト」で掘り出されたマツの根は、重さ2tもある中心部分と、それ以外の周辺部分に分割された。幹と同様に防腐・保存処理が施されたが、その大きさもあって、常設で展示できるような場に恵まれず、陸前高田市内の山間部の倉庫で保管され、長らく人知れずに”眠っていた”。

展覧会開催の経緯

「奇跡の一本松の根」が市内で保管されていることが、内藤 廣氏の耳に入ったのは、氏曰く「たまたま、偶然だった」という。だとすれば、本展は運命の巡り合わせによって実現したと言える。

内藤氏は、東日本大震災以降、学識経験者として岩手県や陸前高田市などの復興に携わっており、高田松原津波復興祈念公園[*1]や、陸前高田市東日本大震災追悼施設、陸前高田市立博物館の設計にも携わっている。

陸前高田市の職員から「奇跡の一本松の根」の存在を聞かされた時期と前後して、内藤氏が率いる内藤廣建築設計事務所が設計した〈紀尾井清堂〉が、東京・千代田区内の一等地に完成する(施主:一般社団法人倫理研究所)。
試みとして、最大直径が13mもある「奇跡の一本松の根」のボリュームを1階フロアの図面に落とし込んでみたところ、なんとぴったりと収まった。
内藤氏は倫理研究所に協力を仰いだところ、開催に快諾を得る。

残る最大の難関は、重さ2tもある根の中心部の会場への搬入である。
搬入口は、紀尾井町通りに面したエントランス付近。竣工したばかりの建物だったが、倫理研究所の快諾と施工関係者の協力を得て、入口付近のガラスを3枚取り外した。そして迎えた搬入の日、根を運び入れると、「建物とのクリアランスは5cmしかなかった」という(内藤氏談)。まさにギリギリの搬入だった。

複数に分割されていたそのほかの根の部分(側根)を配置し、設営は完了。震災から11年を経て、2022年3月11日に「奇跡の一本松の根」展は開幕することが叶った[*2]

メッセージ

東日本大震災から十年が経過し、復興のハードウェア整備が概成しつつあることもあって、人々の被災の記憶は遠くなりつつあります。とくに都市部に於いてはあの悲惨な風景は過去のものとなりつつあります。
今や震災のシンボルのひとつともなった「奇跡の一本松」の根は、現在は人目に触れず市で分割されて保管されたままになっています。それを倉庫で組み立ててみると、予想以上にその生命力の強さを姿形として実感することができました。この根には、「生きることの雄々しさ」が直裁に現れており、何物にも代え難い、さらにはいかなる芸術も及ばない「訴える力」がある、と感じました。

建物を建ててから使い方を決めて行く、という倫理研究所からの依頼を受け、特定の機能を持たせず、さまざまな企画を許容し自由に使える紀尾井町の建物を完成させました。とくに一階部分は、街に開かれたギャラリーになっており、当面ここをどのように使うか建て主とともに思案していました。陸前高田市にお願いした上で、この根を一定期間貸していただき、展示してはどうか、と思いつき、賛同していただきました。

この根が与える強い存在感と生命力は、都会で暮らす人々に大きな感銘を与えると同時に、遠くなりつつある被災に思いを馳せる動機付けにもなるはずです。 それは災害が多発するわたしたちの日常へも資するものと考えます。
明日を生きることへの糧として、この根を多くの方 に見ていただきたいと思っています。

建築家 内藤 廣

Message from Architect Hiroshi Naito

Ten years have passed since the Great East Japan Earthquake, and memories of the disaster are fading as the reconstruction of infrastructure reaches completion. Especially in the urban areas, the landscapes of devastation have already receded into the past.
The roots of the “Miracle Pine,” which now stands as a symbol of disaster reconstruction, were cut in sections by the city and placed in storage out of the public eye. On our reassembly of the roots in the warehouse, the powerful vitality they evinced struck me more deeply than I expected. The roots speak directly of the “majesty of life” with an eloquence hard to equal and beyond the reach of any art.
Asked by the RINRI Institute of Ethics to first construct a building and then determine its use, I completed KIOI SEIDO, a building having no specific function, able to be used freely for projects of all kinds. The first floor, in particular, is a gallery open to the city. The project owner and I together pondered ways of using the space for the time being. Approaching the City of Rikuzentakata, we sought to borrow the roots for a certain period to display them, and our proposal received approval.
The strong vitality and presence conveyed by the roots will deeply impress city residents and move them to reflect on the disaster, which is quickly fading in memory. I believe this will also contribute to our daily lives, which are often threatened by disaster. I hope many people will see these roots as sustenance for living tomorrow.

Architect Hiroshi Naito

「奇跡の一本松の根」展 会場風景

3月9日まで会期延長

本展は、当初の予定では今年2月9日までのところ、3月9日まで延長されることが先ごろ決まった。

開廊は週3日のみ、30分ごとの入場受付人数は20名まで。完全予約制となっているが、1人でも多く、この貴重な機会にぜひ会場を訪れ、奇跡の一本松の「根」と向かい合ってほしいと願う。

「奇跡の一本松の根」展 開催概要

会期:2022年3月11日(金)〜2023年3月9日(水) ※2月9日までのところ、延長
会場:倫理研究所 紀尾井清堂 1階・2階
所在地:東京都千代田区紀尾井町3-1(Google Map
開館時間:10:00-16:10
開館日:火・木・土曜(祝日を除く、臨時閉館する場合あり)
入場料:無料
入館方法:予約専用サイトからの完全予約制(前日16:00まで。各時間の定員に満たない回は、当日予約なしで見学可能な場合あり)
定員:30分毎・20名
見学時間:約70分
展示内容
1階 奇跡の一本松 根(見学目安30分)
2階 NHK「ホリデーにっぽん-奇跡の一本松を追って-」特別上映(映像時間34分)
※NHK映像資料のみ撮影不可

共催:内藤廣建築設計事務所、一般社団法人倫理研究所、陸前高田市
後援:紀尾井町町会、全国民間放送ラジオ局37社
展示協力:前田建設工業、旭ビルウォール、山城運輸、土長運輸、フロムトゥ、東リ
映像協力:NHK
資料提供:陸前高田市、東海新報社、
調査協力:乃村工藝社

本展特設サイト
https://ipponmatsu.rinri-jpn.or.jp/

〈紀尾井清堂〉予約サイト
https://ipponmatsu-no-ne-yoyaku.jp/reservations/calendar


*1.〈高田松原津波復興祈念公園〉設計:プレック研究所・内藤廣建築設計事務所設計共同体
*2.本展の関連企画として、2022年2月5日から13日まで、高田松原津波復興祈念公園内の屋外スペースにて展示公開されている
*3.本稿で参照した資料:本展会場配布物、陸前高田市ウェブサイト(URL

「奇跡の一本松の根」展とあわせて2〜5階フロアも見学可能

一般社団法人倫理研究所が所有する〈紀尾井清堂〉は、本展開催期間中に限り、見学が可能。
「奇跡の一本松の根」展の入場予約のみで、内藤氏が設計した2階から5階のフロアも見学することができる。

杉板型枠によるコンクリート打ち放しに、焼成窯の棚板を取り合わせ、無機質にも感じられる1階とうってかわり、建物の外の階段を進み、木材で表面を造作された扉を開けた先には、木材がふんだんに用いられた、4層吹き抜けの大空間が待っている。

5階から、NHKの番組映像をループで上映中の2階までの見下ろし

NHK「“奇跡の一本松”を追って」も特別に上映

2階では、本展のために上映が許された、NHKが制作して2013年3月20日に放送されたドキュメンタリー「“奇跡の一本松”を追って」もループ上映されている。再生時間は34分、この貴重な映像を観る時間も確保しておきたい。[了]

取材:『TECTURE MAG』編集部(2022年2月2日)

内藤 廣氏プロフィール

建築家・東京大学名誉教授
1950年生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了後、フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓建築設計事務所を経て、1981年内藤廣建築設計事務所を設立。

内藤 廣氏 近影

Photo: Naito Architect & Associates

2001〜2011年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻において教授、東京大学にて副学長を歴任。2007〜2009年度には、グッドデザイン賞審査委員長を務め、2022年4月からは日本デザイン振興会会長。
主な建築作品に、海の博物館、牧野富太郎記念館、島根県芸術文化センター、虎屋京都店、富山県美術館、とらや赤坂店、高田松原津波復興祈念公園 国営 追悼・祈念施設、東京メトロ銀座線渋谷駅、京都鳩居堂、紀尾井清堂など。

内藤廣建築設計事務所ウェブサイト
http://www.naitoaa.co.jp/

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