(タイトル写真 Photo: Eiichi Yoshioka)
〈TSUGINOTE TEA HOUSE〉という「3Dプリンタ茶室」のプロジェクトの知らせを受け、TECTURE MAGでは作者の厚見 慶氏を取材、別ページにて概要を掲載した。
日本でも3Dプリンタによる建築が広く話題になる中で、一風変わった有機的な形態が目を引く。
よく見ると、形状を成り立たせているパーツや工法についても際立ったオリジナリティを放っている。
最新の3Dプリンタを使用しながら、日本の木造建築で発展した継手・仕口の技法も取り入れ、持続可能な新しい建築システムをつくりあげることを目的としたプロトタイプであったのだ。
この「3Dプリンタ茶室」は、現在一般的に知られる3Dプリント建築のアプローチとはまったく異なる方法でつくられている。
独自の開発を続けてきた厚見氏に、“日本的な”3Dプリントを開発した背景や3Dプリントから見える未来の姿について、詳しく聞いた。
(特記以外の写真:TECTURE MAG)
厚見 慶 | Kei Atsumi
1993年金沢生まれ。(現)筑波大学大学院博士課程(デザイン学)に在籍。Bjarke Ingels Group (BIG) デンマーク・コパンハーゲン、Sou Fujimoto Atelier Parisフランス・パリ、日本学術振興会特別研究員を経た後に、現在、株式会社三菱地所設計に在籍。
日本的な“軽い”3Dプリンタ建築
── 今回の「3Dプリンタ茶室」を制作した経緯は?
厚見:そもそもは私がデンマークの建築設計事務所BIG(Bjarke Ingels Group)で働いていたとき、ヴィラを3Dプリンタでつくるプロジェクトに関わったことがキッカケです。自分はBIGで特殊なコンペに取り組むスタジオに配属されていたのですが、2017年当時はまだ、3Dプリンタで実際の建築をつくるような状況ではありませんでした。どのような形状や方法であれば最も3Dプリント技術を活かすことができるか、そのときに徹底的にリサーチしたのです。
プロジェクトは数カ月で終了し、その後はフランスの建築設計事務所で働いた後に、日本へ戻ってきました。筑波大学の修士課程に在籍して研究のテーマを決めるとき、BIGでリサーチしたときの3Dプリンタ建築の可能性について頭に焼き付いていて、3Dプリンタで何かを制作したいと思うようになりました。
ただ、日本では3Dプリンタ建築についてはヨーロッパに比べると数年は遅れている状況で、フランスでは2018年時点ですでにコンクリートの3Dプリンタ建築がつくられ、実際に人が住んでいました。これを後追いしても面白くありません。他方、建築家が3Dプリンタ建築で考える造形的な表現は、メディアですぐに消費されてしまう傾向にあるとも感じていました。
そこで、日本の伝統技術と3Dプリンタで新しい技術や仕組みを開発して、世に一石を投じたいと考えました。茶室としたのは、日本の文化建築の象徴ともいえる茶室の建築様式が今回のプロジェクトにマッチしていたことが理由です。
── “日本的な3Dプリンタ技術”というのは、どのようなものでしょう?
厚見:ヨーロッパでよく見られる3Dプリント建築は、コンクリートに繊維ファイバーなどを混ぜ込み強度を高めて自立させる考えでつくられるのですが、いくつかのデメリットがあります。まず、年月が経ったときの状態に不安が残る点です。また、コンクリートなので解体にもお金がかかり、フレキシビリティに欠ける点。これでは、目先のことだけを考えた建築ではないかと思えるのです。
一方で日本ではもともと、軽い木で構造体を組んでフレキシビリティのある建物をつくり、比較的短い期間で解体し再生していくシステムがありました。今回のプロジェクトでは木粉からパーツをつくり、その材料も再利用できるようにすることで、持続可能な建築システムをつくりたいと考えました。3Dプリントを使って、ヨーロッパ的な“重い建築”から脱却できる“軽い建築”にしたい、と思ったのですね。
過去のパターンから導き出した3次曲面用の継手・仕口
── 今回のプロジェクトでは、継手に注目されたことが大きなポイントのようです。パーツを組み合わせるときの発想について、さらに詳しく教えてください。
厚見:まず目指したのは、一般的にみられる大きな3Dプリンタを使って家を丸ごとプリントするのに対して、小さい3DプリンタでA3サイズほどのパネルをつくって組み立てていくことです。プリントするもののサイズの違いは、3Dプリンタの精度とリンクします。大きなプリンタでつくれば、1レイヤにつき30mmや40mmの誤差が出てきます。それに対して、今回使った準工業用3Dプリンタだと、1レイヤにつき0.3mm程度の誤差で済みます。それで、複雑で精度が求められるジョイント構造で、しかもテントのように解体もできるジョイントを考えました。
日本の継手や仕口は本来、柱や梁の線材に対して編み出されたものです。学術的に継手・仕口は基本形として23種類ほどがあり、それらの組み合わせで約200種類のバリエーションがあるとされています。これらをすべて分析していくことで、3次曲面に使える継手・仕口をあぶり出すことができたんです。
継手・仕口を面で使おうとすると、平らな面同士ではつなげられても、曲面同士では挿したりスライドすることが難しいので、パネル自体の延長方向に合わせるしかありません。置くでもスライドするでもなく、英語で「アライン」というのですけど、長手方向で外からはめる方法で継手・仕口を考えました。3Dでモデリングしたとおりにプリンタで出力できるので、ピタッとはまります。
そして釘やネジはいっさい使わず、はめた後にはずれないように部材を入れて固定します。「レゴブロックに木造軸組をミックスしたような」と説明することが多いですね。この曲面の継手・仕口については、特許を取得しました。
── パネルは実際に、どのようにつくりましたか?
厚見:つくり方としては、まず3Dモデリングソフトで全体の形状をデザインします。次に、プログラミングソフトにデータを入れ、使用する3Dプリンタに納まるサイズに分割します。今回のピース1つはA3程度の大きさで、厚みは20mmから30mm程度です。パネル同士の端部に継手・仕口のモデリングが自動生成され、1つひとつのパネルのデータを3Dプリント用のファイル拡張子に保存していきます。
それらのデータを6台の3Dプリンタに送り込み、24時間体制で稼働させて、2カ月半ほどの期間で約1,000のピースを出力しました。3次曲面のパネル1,000ピースごとに、すべて異なる形状の複雑な継手・仕口を施すことは、手作業でできるはずがありません。できるとしても時間がかかってしようがない。デジタルファブリケーションでは造形の難易度や作業量、時間を考慮しなくてよい特性があります。
しかも、このやり方だと材料に無駄が出ません。線材の継手・仕口を加工するプレカットは、部材を削ってつくる「減算法」ですが、3Dプリンタはアディティブ・マニュファクチャリングといわれる「加算法」です。例えば曲面をつくろうとするとき、減算法では大きな塊から削るので無駄が出ますし、造形の制限がある。 現在は、複雑な形状も加工できるルーターもありますが、結局材料に無駄が出るのにもかかわらず機械自体が巨大で高価です。
自分は逆に削るのではなく、加算法で曲面をつくることで無駄をなくしています。部材自体も、いくらでも新しくつくることができます。パネルは主に木の粉と植物性樹脂からできているのですが、木粉は樹木を製材するときや集成材をつくるとき、家具を製作するときなど、何をつくるにしても生じるからです。
パネルの組み立てでは、パネル1枚ごとにID番号を割り当てておいて、それらの番号を3Dプリンタでパネルに記入しておきます。1,000ほどのピースは段ボール8箱に収まり、設置場所の金沢の神社まで軽バンに載せて運びました。現地でピースを箱から取り出し、番号を見ながら順番に挿し込んで組み立てていきます。工事については素人の4人によるセルフビルドでしたが、3時間ほどで完成しました。
3Dプリンタ建築の先に描く「デジタル縄文時代」
── さまざまな常識を覆すプロジェクトですね。
厚見:新しい技術と仕組みで3Dプリンタ建築をつくると同時に、軽やかな生活や生き方をつくりたいと考えています。日本で家を買うときは、30年や35年のローンを組みますよね。ほとんどの人は家を自分たちが住むためだけに購入していて、消費して終わります。家を買うということは、その土地に長く住むことを前提にしています。政府も税金を取りやすい安定したシステムなので、推し進められてきた側面がありますけど、それによって大きな弊害が生まれてきたように思います。
暮らし方を考えたとき、日本では義務教育の9年間を、毎日同じ人が周りにいる環境で暮らしますよね。でもヨーロッパの子どもたちはサマーキャンプがあって他の学校の子どもたちと交流しますし、大学では他国で半年以上の履修をすることが必修となっています。異なる文化や考え方に触れ合うことで自我を形成するヨーロッパのような教育システムが、日本にはありません。価値観の多様性についての意識が日本では薄く、「社会問題は解決できる」という意識が低いように思います。これは元をたどれば、人間を長い期間同じ土地に住まわせて、税金を納めさせるシステムに原因があるのではないでしょうか。
家は、クルマを買うくらいの感覚で買えればいいし、将来的にはサブスクリプションでいいと思うのですが、人間を1つの土地に縛らせない物理的な仕組みが必要でしょう。そうすれば日本国内でも異なる土地に移り住み、異なる人々と触れ合うことで、マインドセットは変わっていくでしょう。
こうした価値観を自分は「デジタル縄文時代」と提唱しています。デジタルの力を使いながらプリミティブに狩猟採集するように稼ぎ、移り住んでいく生き方を目指す、というものです。こうした価値観はまだ過渡期にありますが、これから広がっていくでしょう。
── 良いことづくめに聞こえますが、デメリットはありますか?
厚見:一番の課題は、パネルが可燃性であることです。循環型のパネルとするため天然の素材を使いたいと思ったので、原材料となる木粉を固めるのに植物性樹脂を用いました。これでは、ライターの火をパネルに近づけると表面が溶け出してしまいます。さらに発展させるには、大学や研究機関などに所属するマテリアル・サイエンティストとの協業が必要です。
今、3Dプリンタ茶室の改良版として、住宅ユニット〈TSUGINOTE MICRO HOME〉を作成しています。今回開発した技術を一般建設技術や製品と組み合わせながら、実用化したいと考えています。
さらに大きくいえば、すべての人が高度なものを簡単につくる世界を目指していますが、それには技術の進化が伴わなければ実現しません。そのために、形状の検討からプリンタまで連動するアプリもつくろうと考えています。
(2023.05.27 筑波大学キャンパスにて)
※ 本研究はJSPS科研費JP21K12561の助成を受けている
Nicholas Préaud
https://nicholaspreaud.com/
Kei Atsumi
https://www.instagram.com/kei_atsumi/
Photographs: Eiichi Yoshioka
https://www.instagram.com/tsukinoto/