「NOT A HOTEL(ノット ア ホテル)という、住宅でもホテルでもない、その中間を狙った、新しい滞在体験を具現化するプロジェクトを立ち上げ、進めているベンチャー企業、NOT A HOTEL代表の濵渦伸次と、栃木県・那須で進行中のフラッグシップモデル〈NOT A HOTEL NASU〉の設計を担当する、建築家の谷尻 誠と吉田 愛氏(SUPPOSE DESIGN OFFICE、以下、サポーズと略)に、鼎談形式で話を聞く今回のインタビューもいよいよ終盤。
本稿では、「プロジェクトをドライブさせる力」について、3氏の言質から探る。
〈NOT A HOTEL〉の今後
2020年4月にNOT A HOTEL株式会社を起業した濵渦氏。特集記事冒頭の #01 で紹介した経歴が示すとおり、ホテル業界の出身ではない。セオリーどおりでなかったからこそ、これまでにない、〈NOT A HOTEL〉という新しい形態のビジネスが生まれたのだと言える。
濵渦氏に最後に質問するのは、誰もが気になる〈NOT A HOTEL〉の今後の展開だ。
建築家と施主を育てるプラットフォームに
「これからは、協働するであろういろんな建築家の方に、その土地、その場所にあった建築を考えてもらいたいなと考えています。オンラインストアの買い物かごで販売するやり方は変わりません。パースを見て、買いたいなと思ってくれるオーナーと、建築家とを結ぶ、新しいプラットフォームになると、むちゃくちゃおもしろいんじゃないかと。」(濵渦氏談)
サポーズの2人も、NOT A HOTELが、建築の可能性を引き出してくれるようなプラットフォームに育っていくことを期待している。
日本では、建築家と施主との出会いがまだまだ少ないと2人は言う。良きオーナーがパトロンとなり、建築家を育てるその効果のほどは、海外では顕著に見られる。名建築が生まれ出る土壌が育まれるのだ。
建築家としてコミットすべき課題
建築設計事務所を吉田氏とともに率いるだけでなく、社食堂を運営し、絶景不動産、Bird bath & KIOSK、そして2019年に山根脩平氏らとtectureを立ち上げた谷尻氏。プロフィールに「起業家」と明記する建築家は、日本では珍しい。
手広くビジネスを手がける理由を、谷尻氏は次のように語った。
「設計の仕事って、ある条件の枠内で、これくらいの予算でこれくらいのものをつくってと言われますよね。でも言い換えると、事業はこっちでやるから、空間だけつくってねって言われている気がして。僕は以前から、それがすごく嫌だなと思っていた。」(谷尻氏談)
「事業主がやろうとしていることやいろんな問題に、一緒にコミットしていきたいんです。それには、規模は違えども、自分たちでやってみないと、体験してみないといけない。建築家はもっと、予算のこととか、ビジネスとしてこうしたほうがいいよとか、本質的な話に寄っていけるはず。僕たちは、自分たちが建てるものに納得したいし、責任をもちたいから。」(谷尻氏談)
吉田氏も「世の建築家は、建築にしか意識が向いてない」と現状を嘆く。
両氏は、設計事務所を構え、人を雇い、経営者としてのリスクを抱えているが、仕事を依頼する事業主たちと同じ目線と感覚を得なければ、自分たちの言葉にも説得力が出ないと考えた。理想だけで終わるのも嫌だった。
「考える歩みを止めてはいけない」
サポーズのこの事業にコミットする姿勢は、〈NOT A HOTEL NASU〉でも示された。
時間がないスケジュールのなかで、濵渦氏サイドが了承したデザインにも関わらず、「こうしたほうがもっといいから」とプレゼンをやり直され、思わず閉口したこともあったという。
「書斎の天高を変えてきたりして。いやいや、こっちもスケジュールがありますから!って」と濵渦氏は笑う。
谷尻氏は苦笑しつつ、建築家としてそれが当たり前という立場を崩さない。「その提案によって、設計料が減額になることがあっても」と吉田氏も同意する。
「これから1年をかけてつくるあいだ、現場に通う担当者は、いつだって、もっとよくなるための提案を継続して行うべきなんです。情報はあるし、知識だってもっとつくし、考える歩みを止めてはいけない。ただし、方向性を間違った場合には、いろいろ大変なことになるだろうけどね(笑)。でも、そうやって勉強させてもらっているんですよ、僕らは。」(谷尻氏談)
プロジェクトをドライブさせる「決断力」
#01でも触れたが、銀行と話をしてからでは動かない事業が世のほとんどだろう。「自分たちでつくりたいものから考える」ことから始めたNOT A HOTELは、従前の経済の枠組みを軽々と超え、実現できることを示した。
起業家、実業家としての才ある濵渦氏だからこそ、可能となったことだと、谷尻氏は指摘する。
「建築のプランって、仮にビジュアルが良くても、なかなかGOがかからない。これって経済的にどうなの?って言われる。でも、就職試験と同じで、2次、3次まで進むと尖ったやつがだんだんいなくなるように、建築のプランも、揉むと、どんどんふつうになっていっちゃう。でも、今回は、いきなり最終面接みたいな感じで(笑)。濵渦さんが決断してくれるから、プロジェクトを大きくドライブさせることができた。」(谷尻氏談)
濵渦氏が本当にやりたいこと
約束の収録時間の刻限が迫るなか、鼎談の終盤に、濵渦氏は「実は、本当にやりたいことはソフトウエアの開発」と吐露し、座の一同を少なからず驚かせた。
さらに「建築とテクノロジーは、ぜったいに相性がいい!」と言葉を続け、私たちTECTUREのコンセプトとの共通点を挙げてくれた。
TECTUREの立ち上げに大きく関わった谷尻氏も交え、話題は建築業界のDXへとシフトした。
続きは最終稿となる#04にて。