サーキュラーエコノミーとは
最近よく耳にする「サーキュラーエコノミー」とはなんなのか、改めて知るためにまず自然界の構造とサーキュラーエコノミーと対を成す「リニアエコノミー」についてみていきます。
元々、自然界には廃棄物という概念はなかったといわれています。これはある生物が出した廃材が、他の生物からしてみれば資源として活用され、循環していたからです。
一方、人間がつくり出す人工物には元来自然界の循環には含まれていなかったものも多いため、これらが廃材となった際に人間がこの廃材を使わなければ廃棄物となってしまいます。
しかし、産業革命以降の経済は、地球の資源を「採取」し、ものを「作成」し、「廃棄」するという直線状の経済「リニアエコノミー」というものに置き換わりました。そしてこのリニアエコノミーにより、大量生産、大量消費、大量廃棄の構造が出来上がってしまったわけです。
リニアエコノミーに代わるものとして、世界各国で進められている新たな仕組みが「サーキュラーエコノミー」です。これは循環型経済ともいわれるもので、リニアエコノミーにおける「廃棄」の段階をなくし、すべての資源を使い続けようとするものです。
サーキュラーエコノミーへ移行するために
実際にサーキュラーエコノミーへと移行していくために重要なのが下の図、バタフライ・ダイアグラムです。
このバタフライ・ダイアグラムはサーキュラーエコノミーへの移行を進めるにあたり、優先度の高いアプローチを決定するために役立つ図です。上の図は世界的にサーキュラーエコノミーを推進するエレン・マッカーサー財団により作成されたものです。
この図は、中央上部から資材が投入され、真っ直ぐに降りていく流れがリニアエコノミーであり、その途中で消費者や利用者からサイクルへ戻す流れをつくることがサーキュラーエコノミーへと移行するためには重要、ということを表しています。
また、図の左側の緑色の円が再生可能な資材を循環させる「生物的サイクル」、右側の青色の円がそれぞれの工程に資源を戻すための「技術的サイクル」と呼ばれています。そしてこの円が小さいほど、サーキュラーエコノミーの観点から見ると経済効果が高いとされています。
例えば、技術的サイクルを空き家となった建築に当てはめると、空き家をメンテナンスして使うのが最も経済的であり、次にリノベーションのように手を加えて建築を生まれ変わらせること、その次に解体し利用可能な部材を市場に戻すこと、などと見ることができ、「空き家を活用する上で最も効果的なアプローチ」を決定することができるというわけです。
「建築×サーキュラーエコノミー」の実現のために有効な取り組み
それではここからは、建築がサーキュラーエコノミーへ移行するために有効な取り組みと、それぞれの項目に対応する海外プロジェクトについて見ていきます。
- メンテナンス、リノベーション、アダプティブリユースといった既存建物の利活用
- 解体した際に出る部材を廃棄物でなく資源とするための解体や再構築の容易性
- 廃棄物となってしまうものを資源として活用するリサイクル、アップサイクル
- 3Dプリントなどのような建設に使用される資材の量を減らす取り組み
- 木材などのバイオベースな資材の活用
既存建物の利活用
既存の建物を資源として活用することについてバタフライ・ダイアグラムをもとに考えると、まず最も有効なのはメンテナンスといった軽度の補修を行い使い続けること、次にリノベーションなど大規模な改修を行うことで使える状態にしてあげることが大事だといえます。
海外の建築界隈にて近年、歴史的な建築物を保存するだけでなく活用する「アダプティブリユース」という考え方が注目されている、ということも、世界的に見ても既存の建物をストックとして活用していく潮流を表しているのかもしれませんね。
◯大戦時のキャンプ跡地に残された病棟を活用した博物館
【FLUGT】
設計:BIG
デンマーク難民博物館〈FLUGT〉は、第二次世界大戦中におけるデンマーク最大の難民キャンプ跡地オクスボルに残る2棟の旧病棟をつなぐように構成された、故郷を追われた世界中の難民に声と顔を与え、当時と現在に共通する普遍的な課題、感情、精神、物語を伝える博物館です。
歴史的価値のある病棟を保存・再利用し、既存建物の寿命を延ばすことは、廃棄物の削減、資源の節約、材料の製造と輸送に関連するCO2排出量の削減というBIGの使命を支えるものでもある、としています。
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◯地産材のみでリノベーションするレンガ造りの家屋
【ル・コスティル】
設計:アナトミーズ・ドゥ・アーキテクチャ
敷地の100km以内から集められた自然素材のみを使用して、レンガ造りの家屋をリノベーションした住宅です。
基礎にはコンクリートを使わず、15kmほど離れた製材所でつくられた硬木の杭を、壁の断熱材には麻を現地の土と混ぜ合わせ、壁に吹き付けています。他にも、床の断熱材には飲食店から集めたコルクを使用し、床の遮音材にはわずか500mも離れていない場所から採れるハシバミの木の茎と土とワラを混ぜ合わせた土の塊を使用、テラスには既存の家屋から回収したレンガを使用しています。
現代社会が直面している課題に対し、地域の素材や技術に目を向け、その地域にあるものだけで住まいをつくり上げることで、建築的に応えることを目指した建築です。
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解体や再構築の容易性
建築を建てることだけでなく、壊すことに目を向けるのもとても重要なポイントです。あらゆるものが接着されたような建築であれば材同士を分別することが難しく、分別しきれない材のほとんどは廃棄物となってしまいます。一方で、使用されている材をきれいに取り出せるような、解体を意識したデザインとすることで、使われている材は廃棄物ではなく資源となるわけです。
◯解体・再構築を容易にする木造×モジュール
【ナチュラルパビリオン】
設計:DP6アーキテクチャスタジオ
オランダにて10年に1度開催される国際園芸博覧会フロリアードエキスポ2022(Floriade Expo 2022)のために建てられたパビリオンです。
地域の木を使用した構造フレームやCLTの床、農業や園芸から排出された残材からつくられた屋内の壁といった、全体の95%が再生可能なバイオベースの材料で構成されています。また、期間限定の建物ということもあり、解体・再構成が容易な乾式接続とした各部材とモジュール式の構造フレームにより、別の構成での再構築も可能な建築となっています。
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◯ガラスとアクリルのみでつくる透明な乾式の橋
【Tortuca】
設計:ペンシルバニア大学 多面体構造研究所、ビラノバ大学、ニューヨーク市立大学、ダルムシュタット工科大学、イベントスケープ
超薄型中空ガラス橋〈Tortuca〉は、ガラスとアクリルを構造部材として活用した乾式の構造とすることで、複雑な素材の掛け合わせを行うことなく実現した透明な橋です。
コンピュテーショナルデザインとデジタルファブリケーションを活用した13の中空ガラスユニットで構成され、各ユニットは軽量なため1人でも施工・解体が容易となっています。また少ない素材と乾式の採用により、リサイクルプロセスも簡略化できる研究プロジェクトです。
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リサイクル、アップサイクル
廃材を生産サイクルに戻すためには、廃材を再資源化する「リサイクル」や、付加価値を持たせて新しい製品に生まれ変わらせる「アップサイクル」が重要となってきます。
ただし、いかにアップサイクルして新たな製品にしても、その製品が寿命を迎えた際にさらにリサイクル、アップサイクルできるようにしておかなければ結果的に廃棄物になってしまうことや、同じ素材でも国によって元々のリサイクル率が違うため、日本ではリサイクルしきれていないものを見極めることは重要なポイントとなりそうですね。
◯シャンパンボトルでつくる翡翠のファサード
【ブルガリ上海】
設計:MVRDV
上海に建つ〈ブルガリ上海〉は、シャンパンやビールなどのガラス瓶をリサイクルしてつくられたクリアグリーンのパネルと金色の真鍮の縁取りにより、翡翠(ひすい)のようなファサードが特徴的なブルガリのフラッグシップストアです。
中国の最も貴重な石である翡翠を模して高級ジュエリーの素材感を表現した、高級ブランドにおけるリサイクル素材の可能性を示すプロジェクトです。
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◯スノヘッタが電子機器のごみからつくる不均質なタイル
【Common Sands – Forite】
設計:スノヘッタ、スタジオプラスチック、Fornace Brioni
砂は身近な資源ですが、現代社会においては必要不可欠な資源です。ガラスの主成分でもあり、マイクロチップ、光ファイバーケーブル、断熱材、太陽電池、冷蔵庫、電子レンジ、コンピュータなど、私たちの生活を支える電子機器に多く使われています。
砂を採取し、輸送、精製、電子部品への加工、と多大な労力をかけているにもかかわらず、これらの部品のリサイクルはほとんど行われず、ほとんどが廃棄されています。ガラスはリサイクルに適した素材であるため、急増する電子機器廃棄物(E-waste)の対策を進め、かぎりある資源である砂を守ることが必要です。
電子レンジのリサイクルガラスを使用したこのタイルは、2つの異なるサイズで展開されています。ムラのある透明度や独特の模様を持ち、表面材としての活用のみならず、半透明のパーティションとするなど、幅広い用途に適しています。
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建設に使用される資材の量を減らす取り組み
サーキュラーエコノミーへ移行するためには、これまでに挙げた今ある資材をどのように活用していくかだけでなく、建設に必要な資材の量を減らす「リデュース」の観点も大事になってきます。
一般的には大きな材からカット等の加工をして建築部材はつくられているわけですが、3Dプリントは元々ある資材の形を変えて造形物として出力するもののため、リデュースの観点からも優れたテクノロジーであるといえます。
◯自然素材で3DプリントするDIORブティック
【ディオールコンセプトストア】
設計:WASP
〈ディオールコンセプトストア〉は、3Dプリンタの販売から、土などの自然素材を活用した3Dプリントシステムを提供しているイタリアの3Dプリント企業WASPによりドバイのナモスビーチに作成されました。2つの円形モジュールで構成されていて、WASPの3Dプリントシステムを使用し、粘土、砂、天然繊維を組み合わせた自然素材からつくられています。
ブティックの壁には、ディオールの代表的なモチーフであるカナージュの模様が施されていて、3Dプリントというテクノロジーを高級ブランドらしい繊細な装飾にも活かしたプロジェクトです。
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バイオベースな資材の活用
ここまではリユースやリサイクルといった、バタフライ・ダイアグラムにおける「技術的サイクル」の話でしたが、生態系における再生可能な資材を使う「生物的サイクル」はとても重要です。
バイオベースな資材のうち特に身近な木材であれば、CLTなどのような構造用集成材を活用した中高層建築は世界的にみても増えており、木材に限らず竹や土、ワラといったその地域で昔から使わせていた素材に目を向けた建築も増えてきています。
◯42,000の竹が編むやわらかな大空間
【ウェルカムセンター】
設計:VTNアーキテクツ
ベトナムのリゾート施設グランドワールド・フーコックへの入口に建つ〈ウェルカムセンター〉は、「自然や風土に現代的な素材や手法、デザインを融合させた『グリーン・アーキテクチャ』の創造」というビジョンを掲げるベトナムの建築スタジオVTNアーキテクツが設計した建築です。
建築面積1,460m²という面積を、純粋な竹構造とロープと竹ピンのみを使用した竹同士のつなぎにより構築されています。
アーチ、ドーム、グリッドシステムを組み合わせ、42,000本もの竹を使用したハイブリッド構造となっており、それぞれの構造形態の知識を集約し統合することで、プロジェクトに独自の美しさが生まれています。
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◯伐採から建設まで「0km」でつくるCLT建築
【Voxel検疫キャビン】
設計:カタルーニャ先端建築研究所(IAAC)
スペイン、バルセロナにあるコルセロラ自然公園にて、公園内の間伐材を使い、資材調達からCLTへの製材、建設まで1km以内で完結した建築です。カタルーニャ先端建築研究所(IAAC)が行っている、0kmでつくるエコロジー建築プロジェクト「Voxel」のプロトタイプとして建設されました。
コルセロラ自然公園の木々の成長と生物多様性を促進するため策定された「持続可能な森林管理計画」に基づき、毎年一定量確保できる間伐材を、現地で製材、乾燥、加工、プレスして作成したCLTパネルでつくられています。
また、素材の保護には環境にやさしい方法として、日本の「焼杉」の技術を応用しています。
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世の中がサーキュラーエコノミーへのさまざま動きを見せている中で、建築においてもサーキュラーエコノミーを実現するために、今回取り上げたアプローチだけでなく、他分野との領域を横断した取り組みや新しいテクノロジーにも注目していきたいですね!(t.t)