「世界中にあなたの家を」というコンセプトをもとに、建築家やクリエイターと協業しながら数々の建築を生み出すNOT A HOTEL。
ビャルケ・インゲルス率いるBIGとの〈NOT A HOTEL SETOUCHI〉をはじめ、創業5年目にしてかつてないプロジェクトを発表し続け、従来の枠組みにとらわれない活動で建築業界に新しい風を吹かせている。
そんな同社が4月に新たな発表を行ったのが、「NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION 2024」だ。
最優秀賞には賞金1,000万円が授与され、採用案は実際に建築され販売されること、実現に伴う設計料は別途用意されるという内容で注目を集めている。
次のNOT A HOTELとして実現・販売するデザインをU-40から公募するコンペ「NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION 2024」
エントリーや応募にあたっては、建築士の資格を必要としないことも特徴だ。資格や職業だけでなく、国籍も問わない。
しかし、門戸が大きく開かれている一方で、案が採用された場合、どのように設計を進めるのだろうと不思議に思う人も少なくないはず。
TECTURE MAGでは「コンペの先」について、建築チームのクリエイティブディレクターであり、運営事務局の主要メンバーとしてコンペに関わる松井一哲氏に話を聞いた。
インタビューを通じて見えてきたのは、NOT A HOTELには案を実現するための強力なバックアップ体制があり、NOT A HOTELだからこそ実現できるコンペであるということだ。建築業界を盛り上げる起爆剤となるに違いないコンペの背景に迫る。
松井一哲|Kazuaki Matsui
クリエイティブ・ディレクター。管理建築士、一級建築士。
北海道生まれ。東北大学工学部卒、東京大学大学院建築学専攻修了。日建設計、WeWork Japanを経て、2021年よりNOT A HOTEL。
魅力的なアイデアを実現する体制
── NOT A HOTELが自ら実施コンペを企画し、開催するということに驚きました。
松井一哲(以下、松井):これまでのNOT A HOTELは、世界的な建築家やクリエイターの方々とともにプロジェクトを発表してきました。一方、世の中には若くて優秀なデザイナーが数多くいるにも関わらず、作品を世に出せる機会が少ないのも事実です。資格や実績の有無を問わないことで建築の裾野を広げ、このコンペが新たな建築を生み出すための創作の場となってくれたらと考えています。
── 「NOT A HOTEL DESIGN COMPETITION 2024」の反響は大きいようですね。
松井:コンペの発表後、実務に携わる意匠設計者だけでなく、学生や建築業界外のクリエイターの方々からも数多くエントリーいただいています。海外はもちろんですが、中には高校生からのエントリーもありました。
── 最優秀賞はNOT A HOTELとして実際に建設され、販売されることが明記されています。応募者にとっては期待が高まる一方で、設計の経験が不足していると少し不安に感じる方もいると思います。
松井:審査については、実現可能性の判断含め審査委員の方々に一任していますが、最優秀賞に選ばれた案の実現に向けては、NOT A HOTEL社内に万全の体制が整っています。
コンペを企画する際に意識したのは「NOT A HOTELだからこそできるコンペかどうか」という点です。NOT A HOTELの1つの特徴は、魅力的な土地探しから設計・監理まで一括して行える建築チームを社内に内包していること。建築をつくるうえで土地はすごく重要なファクターで、魅力的な土地を探せるNOT A HOTELの強みをコンペでは活かせます。
また、NOT A HOTELの社内には経験豊富な一級建築士のPM(プロジェクトマネージャー)や建築デザイナー(意匠設計者)がいます。最優秀に選ばれた案に応じて、サポートできる体制はいかようにでも構築できると考えています。
例えば、まだ実務経験のない学生の方が最優秀賞に輝いたとしても、案自体が魅力的であれば、プロジェクトのマネジメントや作図の補助は、NOT A HOTEL社内で行えます。建築チームには、それぞれの強みをもったプロが揃っているので、受賞者の方にはデザイン監修という立場で入っていただくことも考えられます。一方で、経験豊富な建築家が最優秀賞を受賞するなら、実施設計や現場監理までおまかせすることも想定しています。
── それは心強いですし、NOT A HOTELと一緒に仕事できるのが楽しみになりますね。
松井:今回の対象となる敷地は、北軽井沢です。募集要項にも記載しているとおり、敷地には勾配屋根の指定や高さ規制、壁面後退など厳しい法規制がかかっています。一方で、NOT A HOTELは隣接する土地で既に何棟も建物をつくってきました。さまざまな規制がどのようにデザイン上の制限になりうるかといったことも我々は熟知しているので、そうした目線でも案をサポートできます。
フォトリアルなCGパースを求める理由
── 提出物の内容として「フォトリアルなCGパース」が記載されていますよね。この意図はどのようなものですか?
松井:いくつか理由があります。1つは、私たちにとってCGパースは販売時の最も重要なコミュニケーションツールであるということです。NOT A HOTELは建物が実際にできるよりも前に販売を開始するため、お客様に建築的な魅力を伝えるには「現物を見てもらう」以外の方法をとる必要があります。その建築から見た景色や各部屋での空間体験含め、よりリアルに魅力を伝えるための手段としてCGパースを重要視しています。
また、“手描きのパース”は省略したいところは省略し、コンセプトに応じて絵を抽象化できるなどのメリットがありますが、一方で実際に出来上がる建築空間とのイメージが乖離しやすい。“フォトリアルなCGパース”の場合は、ごまかしが効きにくいというのもありますが、パースの精度を上げていく過程で、設計自体の解像度も上がるんですよね。「ここの仕上げはどんな素材がいいか」「この取り合いはどうなっているか」など、CGパースを作成するプロセスで設計自体の密度も必然的に高くなることを我々も経験しています。
ただし今回のコンペは、CGパースの出来栄え第一で選ばれるわけではありません。実際に建築が出来上がったときの様子がよりリアルにイメージできることは重要ですが、CGパースの出来を競うコンペではないので。NOT A HOTELの販売サイトに使用しているCGパースのクオリティがないと選ばれない、ということではありません。我々が案を見て、「これはNOT A HOTELのCGパースクリエイターが絵をつくればより魅力的になる!」という確信を持てれば、まったく問題はありません。あくまで建築のデザインを競うコンペですから。
建築家に限らない発想が、より建築の解像度を上げる
── 応募条件に、建築士の資格が不要ということも大きいですよね。
松井:そうですね。今回のコンペを建築家に留めずにクリエイターまで広げたのは、〈NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA BASE〉の経験があるからともいえます。ここはファッションデザイナーの相澤陽介さんにディレクションを依頼し、設計は社内で行った例です。
松井:自分が設計を担当して改めて実感したのが、建築業界外のクリエイターに入っていただくことで「建築家の発想に留まらない世界観を構築できる」ということでした。その場の世界観を形づくる空間というのは、建築だけではなく、家具やファブリックであったり、ちょっとした小物の集合体でできていると思うんです。建築家だとどうしても建築だけにフォーカスしがちですが、相澤さんにはインテリアから小物1つひとつに至るまでのディレクションに加え、このプロジェクトのために一からテキスタイルのデザインまでしていただきました。そうした多岐にわたる検討により、建築を含めて空間全体が同じ世界観で統一され、デザインの解像度が格段に上がったのです。
松井:ファッションデザイナーならではの発想だなと思った一例として、建築に「S・M・L」というサイズや、「ナチュラル・ブラック」といったカラーを用意したことですね。建築家だったら、その土地や設計条件に応じて1つの答えに集約しがちだと思うんです。服では、どのサイズを選ぶかは身体の大きさだけが理由ではありません。あえて大きめの服を着る人がいるのは、その人の生き方や価値観が影響していると思うんです。建築も、大家族だからLがいいというわけでもなく、1人でもLがいい人もいる。それを建築で具現化できたのは、相澤さんの発想があったからこそです。
今回のコンペでも、一緒に組むクリエイターの価値観であったり、分野によって建築のかたちが変わっていくはずです。我々も相澤さんとの協働のプロセスですごくワクワクしましたし、今度のコンペでも、これまでにないNOT A HOTELができるんじゃないかと期待しています。
「やっぱり建築って面白い」と思えるにコンペに
── U40であれば、ぜひ参加してみたいと思いますよね。
松井:NOT A HOTEL社内の建築デザイナーもみんな、今回のコンペに案を出したいと言っています。内部のメンバーが応募することはできませんが(笑)。
実は、僕自身も、とある建築の実施コンペで最優秀賞に選ばれたにも関わらず、敷地の要件が主な理由で実現しなかった経験があります。そのときの悔しさもあったので、NOT A HOTELではきちんと実現まで漕ぎ着けられるような体制をとっています。
NOT A HOTELって、建物をつくるときに“ワクワクするかどうか”が重要なファクターなんです。だからこそ応募者のみなさん自身がワクワクするアイデアを出していただきたいですね。なにより、このコンペを通じて「やっぱり建築は面白いな!」と思えるきっかけになれば嬉しく思います。