3Dプリンタ建築は世界中で開発と実践が進み、バリエーションも多く出てきています。その中で、日本の木造建築で培われてきた継手・仕口の技法を取り入れた発想とアプローチによる3Dプリンタ茶室〈TSUGINOTE TEA HOUSE〉をTECTURE MAGでは2023年に取り上げ、作者の厚見 慶氏(三菱地所設計)に取材しました。
現在の3Dプリンタ建築の主流となっているコンクリート系の材料を大型プリンタで成形していく手法に比べ、〈TSUGINOTE TEA HOUSE〉では木粉から小型のプリンタでパーツをつくり、曲面の継手・仕口を施すことで組み立て・分解し再利用できるようにした点に大きな特徴があります。
厚見氏と厚見氏が所属する三菱地所設計はこの仕組みをさらに発展させ、木質3Dプリントを用いた生産システム「Regenerative Wood(リジェネラティブ・ウッド)」を構築。新たに茶室パビリオン〈The Warp(ザ・ワープ)〉を制作し、2024年11月にドバイ(アラブ首長国連邦)で開催されたデザインイベント「Dubai Design Week 2024」に出展しました。
日本発“伝統×最先端技術”の3Dプリント建築は、ドバイでどのように捉えられたのでしょうか。今回は厚見氏に〈The Warp〉で進化させたポイントとともに、ドバイでの出展の狙いや反応、さらなる展開について話を聞きました。
Photo: DUA Photography Studio
伝統と最先端技術をドバイでアピール
CLTなどの木材加工時に出る木粉を再利用して3Dプリンタで曲面パネルにし、パネル端部に施した継手・仕口でパネル同士をジョイントして組み立てる〈The Warp〉。仕組み自体は以前と同様ですが、今回は新たなチャレンジをしているとのこと。
「パネルはツイストしながら全体を巡るように連続させています。パネルそれぞれの下の面と上の面、横の面にはねじれがあり、4枚のねじれたパネルからなるピースを主な構成要素として、それらをグルグルとつなぎ合わせました。構造として、かなり挑戦的なことをしています」と厚見氏。
加えて厚見氏はドバイという国で、日本の歴史を伝える伝統技術と茶の文化を〈The Warp〉で感じてもらいたかったといいます。
「近年発展めざましい未来都市のようなドバイの街で、1杯のお茶とともに長い歴史の蓄積を体験してほしいと思いました。過去から未来へワープするタイムトンネルのようなイメージを、今回の茶室パビリオンに込めました」。
コンセプトは「日本の古き伝統から、革新の絶えない未来都市ドバイへと誘うタイムトラベル体験」。32m2の展示スペースに茶室と日本庭園を設置し、来場者は庭を通り、にじり口から茶室に入ると、有機的にねじれた曲線が広がる木質の空間に包まれます。
現地でスムーズに進んだ組み立てと反応
以前の茶室と同様に、厚見氏らは小型の3Dプリンタでタイルカーペットほどの大きさにパネルを出力。パネル数は988個と、以前の茶室に比べて約2倍になったといいます。ホゾと組み合わせるパーツも合わせると、合計で2,926という膨大な数に。それでもすべてを段ボール13箱に収め、空輸でドバイに送ることができました。
「〈TSUGINOTE TEA HOUSE〉のときと同じように、1つひとつのパネルにIDを埋め込みました。現地では参加してくれた学生スタッフ15名に手順を最初に口頭で説明したところ、その日のうちに組み上げることができました」と厚見氏。
茶会も催した展示は、現地の人の関心を集めたといいます。「天然の木に見えながら、3Dプリンタでリサイクルされた木のパーツからできていることが、まず大きな驚きを持って見られました」と厚見氏は振り返ります。

会期中には茶会を定期的に催した
また厚見氏は「ドバイでは、エネルギーやサステナビリティへの関心がとても高い」といいます。建設ラッシュが落ち着いたドバイでは2021年に「UAE エネルギー戦略 2050」として2050年までに温室効果ガス排出量のネットゼロ実現を宣言。また石油の枯渇が予想される中で、エネルギー源の多様化と開発も促進されています。〈The Warp〉を通して、再生と循環を実現する木造建築の姿を見せることができたことの意義は大きいと分析します。
さらに大きなスケールでの展開を控える木質3Dプリント建築

〈The Warp〉のディテール。会期終了後は解体して再びパーツの状態へ分解された
「Dubai Design Week 2024」会期の6日間を終え、〈The Warp〉のパネルは分解されて保管。ドバイの隣町、シャルジャの大学で展示を予定しているといいます。〈TSUGINOTE TEA HOUSE〉のときも、日本から遠く離れたブラジルの地で組み立て・解体をしたことがあり、支障がないことが予想されます。そして今後もパビリオンやインテリア空間、家具や什器、エントランスのアートワークなど、さらに大きなスケールの建築で三菱地所設計は「Regenerative Wood」を展開することを計画しているとのこと。

木質3Dプリントの生産システムの概念図
「国内外の企業からの引き合いもあり、いくつかのプロジェクトが動いています。産業的なプレハブの技術を用いながらも、個別のクライアントに応じた特注の空間を生産・供給できることに大きな意義を感じています」と厚見氏。
三菱地所グループでは木材の調達から開発、運営までをつなぐ木材利用ネットワークを築いているため、三菱地所設計では建築や都市環境の木造・木質化の過程において生じる廃棄物を減らしていくとともに、いっそうの木材利用を推進する、としています。
オリジナリティ豊かな発想から生まれた3Dプリンタによる木の建築も、いよいよ身近な社会に落とし込む現実的なフェーズに。日本の伝統技術と木質3Dプリントの融合による展開に、これからも目が離せません。
三菱地所設計プレスリリース
https://www.mjd.co.jp/news/69357/
〈The Warp〉概要
■アーキテクト
クリエイティブディレクション、デザイン、製作管理:厚見 慶 (三菱地所設計)
ファブリケーションモデル設計:飯澤元哉 (三菱地所設計)
プロジェクトマネージャー:Vibha Krishna Kumar (三菱地所設計アジア)
■製作、コラボレーター
3D プリント造形:Brule
製品提供:UltiMaker
畳製作:国枝
施工:Aesthetix Industries
撮影:Dua Photography Studio
茶人:Maria Mariko Dedousi
プロフィール
厚見 慶 / 三菱地所設計
5年以上にわたる木質3Dプリントの研究を基にした世界初の3Dプリント建築〈TSUGINOTE TEA HOUSE〉を手掛けるなど、伝統的な木工技術と最新の3Dプリント技術を融合した、持続可能な建築の新たな可能性を追求している。
飯澤元哉 / 三菱地所設計
ファサードエンジニアリングや複雑な形状の製作モデリングを手掛け、デジタル技術を駆使したコンセプト立案から製作までのシームレスな統合を目指す。
Vibha Krishna Kumar / Mitsubishi Jisho Design Asia
ドバイを拠点に、建築物のライフサイクルアセスメントや埋蔵炭素分析の研究を行う。
Interview & text: Jun Kato