軽量で自由な造形を可能にする膜を用いた建築は、万博という建築実験の舞台でその可能性を拡張してきました。特に日本においては1970年の大阪万博を機に大きく注目されたのち、〈東京ドーム〉などにも応用されていきました。
そして万博と共に進化してきた「膜建築」は、2025年の大阪・関西万博で再び進化を見せています。本記事では、万博と共に歩んできた膜建築の歴史と、最新のパビリオン事例を紹介します。
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膜建築の原点
建築における「膜構造」は、20世紀に入ってから本格的に研究・実践が進んだ構法の1つです。その特徴として、鉄やコンクリートに比べて極めて軽量でありながら、引張材としての高い強度を備え、わずかな構造体で大空間を覆うことが可能である点が挙げられます。
この分野を牽引した建築家の1人が、ドイツの建築家であり構造家でもあるフライ・オットー(Frei Otto)です。彼は自然界の形態や張力バランスに着想を得た革新的な構造設計で知られ、1967年のモントリオール万博では、テンション構造を用いた〈ドイツ館〉を設計し、膜構造建築の可能性を世界に示しました。

1967年モントリオール万博〈ドイツ館〉外観(Archives de la Ville de Montréal. Reference code: 3_VM94-EXd025-003.)
1970年大阪万博でのエアドームの登場
膜構造が日本において大きな注目を集めた契機となったのが1970年の大阪万博です。
中でも〈アメリカ館〉は、デイビス・ブロディ・ボンド(当時はデイビス・ブロディ・アンド・アソシエイツ)が設計し、太陽工業株式会社の膜材を使用して大林組が施工を担当した、当時における「世界最大のエアドーム(空気で膨らませた膜構造)」を採用したパビリオンとして注目を集めました。
屋根を内部から空気圧を加えて浮び上がらせることより、柱のない広大な空間を生み出す〈アメリカ館〉の画期的な建築手法は、日本や世界に向けて新たな可能性を提示した空間となっています。

1970年大阪万博〈アメリカ館〉鳥瞰(写真:太陽工業株式会社)
未来の建築が現実となった〈東京ドーム〉
「膜建築」は1970年の大坂万博をきっかけに日本でも広く知られるようになるとともに研究が進み、1988年にはついに日本で初となる大規模エアドーム建築物として〈東京ドーム〉が誕生しました。その屋根はエアドームの名の通り、28本のケーブルに加えて空気にも支えられており、24時間ファンが回っています。
この〈東京ドーム〉の登場により、1970年の万博という舞台で知れ渡った未来の建築が、都市の中で現実のものになっていきました。

〈東京ドーム〉鳥瞰(Photo by kuremo / iStock)
もっと自由に、もっと多様に進化する膜建築
そして現在、2025年大阪・関西万博では、膜建築が再び注目を集めています。
環境的な持続可能性への関心が高まったことにより、万博という期間限定の祭典だからこそ、さまざまなパビリオンに解体が容易なよう仮設的に構築した「再利用可能な建築」の設計がなされており、その多くに膜素材が用いられています。

会期終了後にはモルディブに移設される〈ブルーオーシャン・ドーム〉設計:坂茂建築設計、写真:Taiki Fukao
また、万博の会場である夢洲(ゆめしま)は埋立地であるからこそ、大規模な基礎工事を避けるために「軽い建築」を目指したプロジェクトや、風景を歪ませる鏡面膜や世界最大級の西陣織をまとう建築など、「膜素材そのものの機能や表現」に特化したパビリオンも存在します。
ここからは、2025年大阪・関西万博における膜建築を、「再利用可能な建築」、「軽い建築」、「膜素材の機能や表現」に分類し紹介します。

世界最軽量級の膜構造による球体建築〈スイスパビリオン〉設計:マヌエル・ヘルツ建築事務所、写真:TEAM TECTURE MAG

特殊な鏡面膜が風景をゆがめる彫刻建築〈null²〉プロデューサー:落合陽一(メディアアーティスト)、設計:NOIZ、写真:Yoichi_Ochiai
◾️再利用可能な建築
〈ブルーオーシャン・ドーム〉
設計:坂茂建築設計
▶︎カーボンファイバー、竹、紙管でつくる、移設を前提とした3種のドーム
https://mag.tecture.jp/culture/20250523-129055/
〈いのちの遊び場 クラゲ館〉
プロデューサー:中島さち子(音楽家、数学研究者、STEAM 教育家)
建築デザイン:小堀哲夫(小堀哲夫建築設計事務所)
▶︎4600本以上もの吉野杉の角材を粘菌のように組み合わせた構造が支えるクラゲのような膜屋根
〈ルクセンブルクパビリオン〉
設計:STDM architects urbanists、みかんぐみ
▶︎リース材、モジュール部材、機械的接合、膜材を重点的に採用した「材料の消費を最小限に抑える」設計
〈ポップアップステージ 東外〉
設計:萬代基介建築設計事務所
▶︎会期後の移築を前提とした、鉄骨と膜による球体建築
◾️軽い建築
〈いのち動的平衡館〉
プロデューサー:福岡伸一(生物学者、青山学院大学教授)
建築デザイン:橋本尚樹(NHA|Naoki Hashimoto Architects)
▶︎直径400mm、136mの鋼管とそれらをつなぐケーブル張力のみで自立する構造が生み出す無柱空間
〈カタールパビリオン〉
デザイン監修:隈研吾建築都市設計事務所
▶︎カタールの伝統的な「ダウ船」と日本の木組み技法「木組」から着想を得た構造
〈スイスパビリオン〉
設計:マヌエル・ヘルツ建築事務所
▶︎重量を従来の建築シェルの1%ほどにまで抑えた、世界最軽量級の膜構造による球体建築
◾️膜素材の機能や表現
〈飯田グループ×大阪公立大学共同出展館〉
設計:高松 伸(高松伸建築設計事務所)
▶︎ギネス世界記録に認定された「世界最大の西陣織で包まれた建物」
〈ガスパビリオン おばけワンダーランド〉
設計:日建設計
▶︎実証実験を兼ねて実装された、スタートアップ企業が手がける放射冷却膜材「SPACECOOL」
〈null²〉(ヌルヌル)
プロデューサー:落合陽一(メディアアーティスト)
設計:NOIZ
▶︎特殊な鏡面膜(※)の立方体が内部のロボットアームによりゆがむ「変形しながら風景をゆがめる彫刻建築」
※パビリオンのために開発された、98%という鏡面の高反射率を実現する特殊な膜フィルム
〈いのちの未来〉
プロデューサー:石黒 浩(大阪大学教授、ATR 石黒浩特別研究所客員所長)
建築・展示空間ディレクター:遠藤治郎(合同会社SOIHOUSE)
▶︎ポリ塩化ビニールとカーボンファイバーメッシュからなる二重の膜と水に包まれた外観
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