香川県小豆島(しょうどしま)にある小豆島オーキドホテルの温泉施設が改修され、新たに温泉浴場〈島湯(しまゆ)〉が4月1日にオープンしました。
ホテルを運営する国際両備フェリーを傘下とする両備グループ(岡山県岡山市、両備ホールディングス内)が発表したもので(2024年4月5日プレスリリース)、改修のための設計・デザインの総合監修を、建築家の長坂 常氏が率いるスキーマ建築計画が担当。サイン計画をグラフィックデザイナーの長嶋りかこ氏(village®)が手がけています。
小豆島オーキドホテルの立地は小豆島の西側。さらに島の西の沖合には、「瀬戸内国際芸術祭」が開催される島の1つである豊島(てしま)があります。本州および四国からのフェリーが発着する小豆島の4つの港のうち、新岡山港と高松港からの船を迎え入れる土庄港(とのしょうこう)に面したビジネスカジュアルリゾートホテルです。
ホテルとしての歴史は古く、これまでにも何度か増改築や改装が行われてきました[*1]。今回の大浴場の改修は、両備グループが目指す「WONDERFUL SUTOUCHI(ワンダフルセトウチ)」構想[*2]のもと、観光庁の令和5年度事業の1つ、地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業の第二次補正予算の採択を受け、実現したプロジェクトです。
なお、改修された温泉浴場のオープンをもってプロジェクトの終了ではなく、2025年にかけて段階的に、食堂・島飯(しまめし)と宿泊施設・島泊(しまはく)の2つもスキーマ建築計画の設計・デザインによって整備されます。〈島湯〉とあわせた3つの施設・業態がクロスオーバーすることで、小豆島を訪れた人々(観光客)と島民とが出会い、集える、新たな場の創出を促し、島および瀬戸内の観光振興に貢献していく計画です。
〈島湯〉の開業前日の3月31日には、地元の人々や関係者、メディアを招いての内覧会が開催されました。続けて小豆島オーキドホテル近くの会場では、改修設計・監修者である長坂氏と、事業主である両備ホールディングスの社長を務める松田敏之氏によるトークセッションも併催。今回の改修プロジェクトについて、長坂氏は次のように語っています[*3]。
瀬戸内と小豆島にふさわしい改修を
「東京出身の僕はこれまであまり瀬戸内とは縁がなく、およそ10年ほど前から、尾道での古民家改修プロジェクト[*4]などでこの地域の人々との縁が生まれ、そのつながりの延長線上で今回のプロジェクトと出会いました。
瀬戸内は食べ物がおいしくて、海も景色も美しい。この魅力を伝えることを主眼とした今回のプロジェクトに際して、実際に小豆島を訪れて僕が感じたのは、何か大きなな力で一瞬にして場を変えるのではなく、島の人々が『あれ? 何かちょっと変わったかな?』と感じる程度の小さな変化にとどめて、そういった小さな体験を期待感へとつなげつつ、少しずつプロジェクトが進んでいくというやり方がこの地にはふさわしいのではないかということでした。
例えばこれと対極にあるのが、東京でみられる大手総合ディベロッパーによる大規模再開発です。ある日突然、巨大な新街区がまちなかに誕生する。僕はこれを”見える開発”と呼んでいますが、これとは違う、少しずつ時間をかけてまちを変えていくやり方もあるのではないか。新しい店を少しずつつくり、少しずつ町も変化して、新しい未来の訪れを人々が感じとり、みんなで共有してけるようなプロジェクトにしたいと考えています。」
「今回の〈島湯〉も完成して終わりではなく、これから約1年をかけて、食堂となる〈島飯〉と、宿となる〈島泊〉をつくっていきます。良い意味で人々の期待感を先延ばししつつ、未来に向かって段階的にプロジェクトが進むスピード感が、きっとこの町には合っている。湯・食・宿の機能を分散させるのも、3つの機能を1つに集約してお客さんを囲い込むのではなく、まちとの共存共栄を目指しているからです。この島を訪れた人々にはできるだけまちを歩き回ってもらって、この地に泊まりたい、このお湯に入りたい、この店で食べたいと思ったそのときどきの選択肢を用意しておく。そのほうが健全だし、この地域や今の時代にも合っているのではないでしょうか。
3つの施設が全てオープンした後も、それぞれが単体で存続するのではなく、周辺のまちと人々の体験とが一体となっていくような建築にしたいです。」(スキーマ建築計画 長坂 常)
「引き算」からの「足し算」の建築
「僕たちが建築を設計するうえで常々考えているのは、完成した後の空間が人々にどのように使われていくのかということ。そのために必要なものは何かを突き詰めて考えて、この〈島湯〉もデザインしました。
外装と内装では、既存の仕上げを剥がしてスケルトンの状態にいったん戻しています。島の皆さんには工事途中のように見えるかもしれませんが、仕上げとしてはこれで終わり。ただし厳密に言うと完成ではありません。僕たちはこれまでにも『これで終わり?』と聞かれることが多々あるのですが、竣工とはきっかけで、そこから変化していく建築というのもあると僕は考えています。この〈島湯〉でも、先々で何か要望が出てきたら、そのタイミングで手を加えていけばいい。スケルトンに戻した壁は、フロアラインから2,100mmのラインの上と下で世界が切り替わるような仕上げとしました。例えば浴場では、2,100mmより上はコンクリートむき出し、下はタイル貼り。建物の外装はこの逆ないし塗装となっています。
今回、〈島湯〉のホームページと館内表示(サイン)のビジュアルデザインを依頼した長嶋りかこさんは、僕らのこのデザインの文脈にうまくのっかるかたちで、各所のサインを考えてくれました。2,100mmのラインを境に、施工中の現場で用いる墨出しをもじったグラフィックに、白い樹脂パネルという異なる素材感を合わせていたり。
これからもいろいろなサインが追加される予定ですので、そのあたりも期待して、残る2つの施設のオープンをお待ちください。」(スキーマ建築計画 長坂 常)
長坂 常(ながさか じょう)プロフィール
1998年東京藝術大学卒業後に建築設計スタジオ・スキーマ建築計画を立ち上げ、現在は東京・北参道にオフィスを構える。
家具から建築、町づくりまでスケールもさまざま、ジャンルも幅広く手掛ける。どのサイズにおいてもスケール:1/1を意識し、素材から探求し、設計を行い、国内外で活動の場を広げている。既存の環境の中から新しい価値観を見出し、「引き算」「知の更新」「半建築」など独自な考え方で建築家像を打ち立てる。
新築・改修を含む代表作品に、ブルーボトルコーヒー、HAY、武蔵野美術大学16号館、D&DEPARTMENT jeju by ARARIO、DESCENTE BLANC、堂前さん家の歯医者、黄金湯、桑原商店、Sayama Flat、KOLON SPORT SOTSOT REBIRTH、LLOVE HOUSE ONOMICHI、FLAT TABLE、Cowboy Bike Berlin などがある。スキーマ建築計画 / Schemata Architects Webサイト
https://schemata.jp/
所在地:香川県小豆郡土庄町甲5165-216 小豆島オーキドホテル内(Google Map)
改修設計・デザイン監修:長坂 常 / スキーマ建築計画
ビジュアルデザイン:長嶋りかこ / village®
施工:真砂建設
入浴料金(税込):大人1,200円、小学生以下 600円、未就学児童は無料
※宿泊者および島民は、大人800円、こども400円
営業時間:14:00-23:00(最終入場 22:00)
定休日:なし
営業開始:2024年4月1日(月)
問合せ先:小豆島オーキドホテル
運営:国際両備フェリー
源泉名:小豆島温泉 塩の湯
泉質:ナトリウム・マグネシウム ‐ 塩化物強塩泉(高張性中性冷鉱泉)
泉温:19.5度(調査時における気温8.9度)
湧出量:40L/毎分(動力揚湯)
PH値:6.9
男湯・女湯 各設備:温浴槽×2(うち1つは自家源泉”塩の湯”)、ロウリュウ・サウナ×1、水風呂×1、外気浴室×1
〈島湯〉公式ウェブサイト
https://shimayu-shimameshi-shimahaku.jp/
[*1]詳細は、両備グループウェブサイト>代表メッセージ「2014年小豆島オーキドホテルリニューアルオープン」(2014年4月15日)を参照
https://ryobi.gr.jp/message/1420/
[*2] WONDERFUL SUTOUCHI(ワンダフルセトウチ)構想:瀬戸内の魅力を国内外に広く伝えることを目的に、両備グループが長年にわたり取り組んでいる活動の1つ。ウェブサイトや紙媒体の冊子を発行している。
WONDERFUL SUTOUCHI 公式ウェブサイト
https://wonderful-setouchi.jp/
[*3] トーク要約:『TECTURE MAG』では、両備グループよりトークセッションの内容を録音したデータの提供を受け、まとめたテキストに長坂氏が手を加えて掲載している
[*4] 尾道での古民家改修:LLOVE HOUSEプロジェクト
スキーマ建築計画の長坂常氏が「LLOVE HOUSE」プロジェクトのクラファンを開始、”尾道の山手で、大切な風景を「残す」仕組みをつくりたい。”
※本稿の画像提供:両備グループ