FEATURE
Ukrainian refugee support by architect Shigeru Ban
Simple partition system with paper tube and cloth
FEATURE2022.03.22

建築家・坂 茂氏によるウクライナ難民支援

紙管+布の簡易間仕切りシステムをポーランドとフランス・パリで設営

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建築家の坂 茂氏が代表を務めるNPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(Voluntary Architects’ Network: VAN)と、同氏の設計事務所・坂茂建築設計(SHIGERU BAN ARCHITECTS)は、2022年2月に発生したロシアのウクライナ侵攻により、難民として他国へと避難せざるをえない人々への支援を、3月上旬より開始した。

同法人は、2013年03月21日に坂氏が設立したNPO団体。管轄となる東京都生活文化局のホームページの記載によれば、「国内外の大規模災害発生時において、被災者への住環境に対する支援事業を行うほか、防災訓練を通じた防災・減災意識の啓発に関する事業を行い、震災被害からの円滑な復旧・復興、及び災害時に発生し得る被害の最少化に寄与することを目的とする」ことが、定款に謳われている。

ポーランド国内の工場から搬出を待つ紙管 Photo by Jerzy Latka

今回のウクライナ難民支援は、ウクライナの周辺国において、対応が急務となっている難民滞在所に対して、これまでVANで行ってきた「避難所用・紙の間仕切りシステム(Paper Partition System : PPS)」の設置である。

PPSとは、坂氏が考案・設計してつくり上げた、プライバシー保護を目的とした簡易的な間仕切りシステムである。2011年の東日本大震災発生直後から、被災地支援に動いた坂氏の活動は、報道各社が伝え、よく知られている。その後、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震、2020年の九州南部を中心とする集中豪雨といった自然災害発生時にも「紙の間仕切りシステム」は提供され、使用されてきた。

「東日本大震災 / 避難所用間仕切りシステム」詳細
http://www.shigerubanarchitects.com/works/2011_paper-partition-system-4/index.html

撮影:NPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク
支援開始後、現地を訪れた坂 茂氏 Photo by Jerzy Latka

遠く海外での支援となった今回、以下の協力体制が敷かれた。
ドイツの政治家で、欧州委員会(European Commission)委員長を務めるUrsula Gertrud von der Leyen氏のイニシアチブで設立された「New European Bauhause」の委員で、ポーランド人建築家のHubert Trammer氏を中心とするグループと協力し、ポーランドの工場において、紙管のプロトタイプを製造・出力。実用性などが確認されたうえで、ウクライナ国境に近い、ポーランド東部の町、Chelm(ヘウム)の避難所に搬入、設置された。

坂茂建築設計+NPO VAN ウクライナ難民支援活動

ヘウムの避難所(旧スーパーマーケット)外観(画像提供:NPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク)

現地での組み立ては、Hubert Trammer氏の教え子である学生たちが担い、3月9日から3日間の作業を経て、完成。供用が開始されている。

PPSに間仕切り用の布が掛けられる前の状態 Photo by Jerzy Latka

ヘウムへの納品数は、319ユニット。続いて、ポーランド南西部のヴロツワフ中央駅にも60ユニットが設置されている(本稿の最後に構内の内観写真を掲載)。
さらに、新たにパリ市内の2カ所の体育館(パリ10区 GYMNASE MARIE PARADIS、パリ12区 GYMNASE VICTOR“YOUNG”PEREZ)にも、坂氏のPPSが設置されることになっている(2022年3月24日より順次設営を開始予定)。

本稿で伝える、坂氏らによるウクライナ避難民支援活動の内容と、現場からのレポートは、VANと坂茂建築設計が連名で発信した、3月9日、18日付けのプレスリリースに基づく。
避難所の1つ、ポーランド・ヘルムに関する以下のレポートは、イザベル・レニエ記者のテキストを、VANにて和訳。さらに『TECTURE MAG』編集部にて、関連リンクなど読者への補足をおこなっている。

ポーランド、ヘルムでウクライナ難民を支援する日本人建築家、坂 茂
記者:イザベル・レニエ(ポーランド・ヘルム取材)

建築界のノーベル賞とも称される、プリツカー賞の2014年受賞者であり、非常時におけるさまざまな住宅の設計者でもある建築家が、この市に戦火を逃れてやってきた女性や子供用の受け入れ施設に多大なる力を貸した。

2022年3月12日土曜日、ポーランド南東に位置し、ウクライナとの国境から約24kmに位置する人口6万人の町・ヘルム(Chelm)は、3カ所めとなる、難民のための宿泊所を、スーパーマーケットが退店した建物内にオープンした。
正面のファサードには、ブレクジットと同時に、ポーランドを出て行ってしまった、英国・Tescoグループのロゴ跡がはっきりと残っている。
建物の内部では、かつては商品棚が並んでいた場所に、新しい空間の秩序ができあがっている。真ん中には、いすが置かれた広いパブリックスペース、配膳場所、子供の遊び場、シャワーとトイレ、保健室、ペットの世話場所がある。それらの間に、合計600台分のベッドが並び、シンプルかつ巧妙に考えられたシステムによって組み合わされた長い紙管にかけられた布で、2台、4台または6台ずつのユニットごとに仕切られている。

この構造は、フランスではポンピドー・メッツや La Seine Musicaleなどの建築で、世界ではその人道的活動で知られる、建築家の坂 茂が考案したものである。国連難民高等弁務官であり、非営利団体VAN(NPO Voluntary Architects’ Network)の創設者である彼は、さまざまな形の非常時の住居や仮設の建物を実現してきた。

紙の建築は軽く、設営が早く、リサイクルでき、費用もかからず、さらには驚くことに優雅なのである。それは、2014年のプリツカー賞受賞に値するだけの価値がある。

日本では初めて2004年の新潟中越地震で使用され[*1]、Paper Partition System(PPS)、つまり、ボールと紙を使ったこの間仕切りのシステムは、旧Tescoの避難所に設置され、避難民たちがこの巨大なホールに到着し、プライバシーもなくぎゅう詰めにされていると感じてしまいがちな気持ちを和らげることができる。
「プライバシーは重要な人間の権利です」と、このアーキテクトは繰り返し言う。

*1.東日本大地震 津波 支援プロジェクト
http://www.shigerubanarchitects.com/SBA_NEWS/SBA_news_5.htm

巨大なトランジットゾーン

2022年3月初頭、坂 茂は、2021年12月に竜巻の被害に遭い、すべてが壊されてしまった米国ケンタッキー州の町メイフィールドにいた。テレビでウクライナ難民たちがポーランドへと避難していく最初の映像を見て、その1週間後には、ヘルムの町へと向かった。石灰の採石やイディッシュ文学 —特に、Issac Bashevis Singerの作品『ヘルムの賢人』—で知られ、また歴史上、幾度もユダヤ人大量虐殺の舞台となった、冬には暖炉の炭の煙ででいっぱいになる町は、わずか数日で巨大なトランジットゾーンになったのである。

避難民たちは列車、バス、それから車で大勢到着していた。市長のJakub Banaszekは、1日に1万人以上到着していると言い、彼らを受け入れ、食料、医薬品、数日の宿泊所を提供するために、多大なエネルギーを注いでいる。このわずか 30歳の超保守派PiS党に属する弁護士は、他の町の市長らとともに、難民らをポーランドの他の町へと送る手配を担っている。
彼らはヘルムに居とどまるべきだとは考えられていない。この若い市長は同時に、ヨーロッパ各地からヘルムに届く食料 援助や生活必需品の流通も管理している。ヨーロッパ、もしくはもっと遠いところからやってくるボランティアたちに、スタートアップ企業支援のためのEU投資の事務所が入る予定だった新しい建物のなかで、これらの支援物資が受けとられ、仕分けをされ、この町や別の町の、もしくは国境の向こう側の避難所へ、時にはウクライナ軍へと送られる。

Lublin大学でイギリス哲学を教える Magdalenaは、この仕分け所で週末はボランティアをしていて、自分が生まれ育ったこの小さな田舎で、世界的に有名な日本人建築家に会うなどとは思いもしなかった。しかし、坂 茂が驚いたことは、市長の応対の素早さと、それに伴う実行の早さである。

「こんな迅速な対応はこれまで見たことがなかった。これまでいつも、私たちの紙管間仕切りシステムを受け入れてくれるよう、行政を説得するのに闘わなければならなかったから。とりわけ日本では、緊急事態であるにも関わらず、責任者たちは常に閉鎖的で、自分たちのやり方にブレーキをかけられるとでも思っている。過去に経験したことのない新しいことを始めることを嫌がり、リスクを取りたがらない。」(坂 茂 談)

PPSの設置を実現するために、このプリツカー受賞者は、コロナ禍中に知り合ったポーランド人の建築家、Hubert Trammerに声をかけた。Hubert Trammerは、ヘルムの市長に連絡し、ポーランドの工場での通常の製造を中断して、無償で1200本の紙管を製造してくれるベルギーの会社、Cotex社を見つけた。そして、ついには、坂 茂の教え子で、Wroclaw大学で教鞭をとり、紙の建築に関する論文の作者であるJerzy Latkaにも参加してもらうことになった。Latkaは、わずか2日で、Wrocklaw駅に設置したプロトタイプをつくり、自分が教える30人ほどの学生を、ヘルムのTescoセンターに、日本の師匠のPPSを見せるために連れてきた。

設営は3日間に及んだ。Jerzy Latkaの学生の1人、Justynaは、「共同作業が生み出す喜び、何かの役に立つプロジェクトに参加するときの現実を忘れさせる感情」を思い出す。

坂 茂は、現場へ着いたとき、指揮をとり、全体の間取りを考え、設置方法を学生に指導するつもりでいた。ところが、着いた時にはもう最後のいくつかのカーテンが留められているところであり、ベッドに毛布と枕が置かれているところだった。すべての作業がほとんど完了していたのである。
彼がきてくれたことで、テレビ撮影が入ることになり、それがもとで、Cracovie、Poznan、Wroclaw、Bielsko-Biala、Varsovie、そして他の町からも同じように設置したいとの要望が寄せられた。

最初の難民たちの到着をもって、学生たちは鞭に打たれたように現実へと戻った。これからどこへ行くのかもわからない、果てない悲しみに腫れた目をしている母親たちが、子供たちとともに、自分たちが丁寧につくったその小さな部屋の中に入るのを見て、「ずっと泣きたい気持ちになる」とJustyna Kozeraは言う。もう何度も「ワルシャワはもう一杯になってしまっている、ポーランドの他の町ももうすぐ同じようになる、きっともっと遠くへ、国境の向こう側へ行かなければならないかもしれない」と繰り返されている女たちの間で、この学生は自分ができることをやっている。

この混乱の中で、ウクライナを去ることができないパートナーと離ればなれになり、外国語はひとつも話すことができず、パソコン操作のスキルも全くなく、それでも幾人かはこれから仕事を見つけなければならない、これまでとは別の新しい生き方を強いられる年老いた女性たちに、彼女は毛布を持って行った。

Kharkiv出身の32歳のAnnaと話すために、彼女は通訳をしてくれた。Lvivからヘルムへのバスの中で昨日に知り合った友人の勧めで、これから1人で旅をするというこの若い女性は、チェコ共和国をめざすという。「そこか、もしくは別のところ」と言い、宿命論者のような笑みを浮かべる。「今は気分はよくないけどさ、最後にはどうにか抜け出せる。チェコがだめなら、他の国を見つけるよ。」(ポーランド・ヘルム取材 / イザベル・レニエ)

ウクライナから避難してきた家族 Photo by Jerzy Latka

4つの支援プロジェクトが進行中

なお、NPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)+坂茂建築設計では、今回のウクライナ難民支援を含め、現在、4つの支援プロジェクトを進めている。

・2022年2月に発生したロシアのウクライナ侵攻により、国外へ避難した難民が生活する避難所へのパーティションの提供
・2022年1月に発生したトンガ噴火災害により被害を受けた、住民への長期利用可能なテントの提供
・2021年12月に発生したアメリカ南部ケンタッキー州における竜巻被害に対する、仮設教会の建設支援
・2021年8月に発生したハイチ地震で被害を受けた、クリニックへの仮設診療所の支援

NPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク 公式SNS
https://www.facebook.com/VoluntaryArchitectsNetwork/
https://www.instagram.com/voluntary_architects_network/

坂茂建築設計 Shigeru Ban Architects
http://www.shigerubanarchitects.com/

ヴロツワフ中央駅構内に設置されたPPS Photo by Maciej Bujko

掲載協力:NPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク+坂茂建築設計

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