寺田倉庫が運営する現代アートのコレクターズミュージアム・WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)にて、4月26日より「感覚する構造 – 力の流れをデザインする建築構造の世界 –」が開催されています。
日本は世界的な建築賞を受賞している建築家および建築家ユニットを多数輩出し、一般的にも知られていますが、彼らの仕事を支えている構造家および構造設計事務所についてはあまりよく知られていないのが現状です。
本展では、建築家にとって欠くことのできない存在であり、プロジェクトの伴奏者たる構造家と、共同作業から生み出されてきた構造デザインに焦点をあてています。誰でも感覚的に捉えることができる建築の骨組構造の模型、また一部の展示では実際に触ることもできる模型やサンプルなどを用いて、人々に広く伝えることを試みる企画展です。
展覧会は前後期に分かれています。昨年9月末から今年2月末にかけて開催された前期展「感覚する構造 – 力の流れをデザインする建築構造の世界 –」では、WHAT MUSEUMの1階展示室にて40点以上の構造模型が展示されました。後期展では2階の展示室も使用され、面積が倍以上に。展示作品も大幅に入れ替えられ、総点数は100を超えています。
『TECTURE MAG』では前期展に引き続き、メディア向け内覧会を取材、会場の様子をレポートします(特記なき会場写真は編集チーム撮影)。
スケールアップした後期展では、サステナブルな建材として近年注目が高まっている木材を用いた建築にフォーカスしているのが特徴です。
木造の特質を歴史的に俯瞰し、未来の木造建築の可能性を考察するため、寺社にみられる伝統的な木造建築から、これから竣工を迎える最新・最先端のプロジェクトも取り上げられています。なかでも、2025年春に開催予定の日本国際博覧会(大阪・関西万博)のシンボル的建築である、藤本壮介建築事務所と東畑建築事務所、梓設計がデザインした大屋根リングの模型は必見です。
建築構造物以外にも、構造デザインがファッションに活かされた作品や、前期展に引き続き宇宙開発の現場での応用なども紹介。他領域との横断的な取り組みを通じて、構造デザインの広がりを提示しています。
2F展示室
テーマA:伝統建築と木造の未来
各セクション:A-1 部材断面にみる伝統木造 / A-2 工学的アプローチによる木造 / A-3 木造の未来
テーマB:次世代を担う構造家たち
各セクション:26人の構造家インタビュー / 次世代を担う構造家たち
1F展示室
テーマC:構造デザインの展開
テーマD:宇宙空間へ
伝統的な日本の木造建築から、最新の現代木造建築までを俯瞰し、木造の特質と可能性を提示します。法隆寺五重塔や松本城 天守などの歴史的な木造建築物にはじまり、近代の木構造、そして葉 祥栄と松井源吾、内藤 廣と渡辺邦夫、隈 研吾と中田捷夫、三分一博志と稲山正弘、藤本壮介と腰原幹雄といった、建築家と構造家の協働による現代の木造建築までの構造模型を展示します。森林資源である木材からなる建築を、寸法や接合部、構造システムの視点で歴史的に俯瞰し、未来の可能性を考察します。
法隆寺五重塔の縮尺1/10模型を製作したのは、大工を生業に活躍した田村長治郎氏。大工としての現役を引退後、「法隆寺がどうやって作られているのかを知りたい」と、1934年(昭和9年)の「昭和の大改修」の際の資料を取り寄せて、たった1人でつくりあげたものです。
テーマAの展示から浮かび上がるのは、建材としての木材が時代ごとにどのように扱われてきたか、建設に携わった人々の智慧と創意工夫の歴史です。
例えば、厳島神社大鳥居などは1本の大木を切り出してそのまま使われていますが、鎌倉時代に再建された東大寺大仏殿の柱は、実は寄木造りで構成されているとのこと。当時入手できる限りの材料で、最大限可能な空間をつくろうという懸命なる努力は、昭和期初頭の戦争中にも強いられることになります(実例は次のセクション、A-2「工学的アプローチによる木造」にて)。
セクションA-2の会場に縮尺1/40模型も展示されている、上の内観写真は、1941年(昭和16)に京都で旧日本海軍が建設した旧峯山海軍航空基地格納庫のものです。写真からもわかる大空間がどのような時代背景のもとつくられたのか? プレスツアーでの企画担当者解説をもとにお伝えします。
「第2次世界大戦中に建てられた格納庫です。飛行機の格納庫として当然、柱を飛ばして大きなスパンをつくる必要がありましたが、実はこちらの木造の躯体(柱)は、現代の住宅で用いられているような幅100mm(10cm)ほどしかありません。90から105mmの木材をサンドイッチさせて、 かつトラス構造という三角形のフレームによって屋根を支え、これだけの大スパンを実現しています。そして木材の接合部に金物が併用されているのが特筆点です。木造というと、一般的には釘や金物を使わないという印象があるかもしれませんが、それではこの大スパンはできない。戦時中のこの時代としては、少ない材料でいかに構造を成立させるかが最優先の課題だったのです。構造としてはドイツの技術が採用されていて、今の時代から見てもとても新鮮な技法です。技術的にも建築的にもとても重要な建築物であると考え、ピックアップしました」(本展企画者・WHAT MUSEUM 近藤以久恵氏のプレスツアー解説を編集部にて要約)
このほかにも、セクションA-2「工学的アプローチによる木造」では、鋼材や鉄骨とのハイブリッドで構造的に成立させている小学校の改修事例や、集成材を採用したもの、ここ数年のプロジェクトでみられるようになったCLT(Cross Laminated Timber|直交集成板)を壁構造とした住宅作品など、多様な構造技術によるさまざまな実例をみることができます。
上の写真、江戸時代前半の1673年に架けられた錦帯橋(現在の橋は2001年復元、山口県)と、2010年に高知・梼原町に竣工した〈梼原 木橋ミュージアム 雲の上のギャラリー〉が並んで展示されているのは、共通点があるゆえです。どちらも材を「持ち送り」することで構造として成立しています。
「資源が枯渇していた大戦期を経て、戦後の日本は住宅を大量に供給する必要に迫られます。植林が盛んに行われますが、人手が足りずに手入れが行き届かず、適切な間伐が行われない森が荒廃するという、現代にもつながる新たな問題がみられるようになります。森林保全のためにも、細い間伐材をなんとか利用できないかと、割り箸などに加工されたりしましたが、間伐材を建材として本格的に活用したのが、熊本県内に建設された〈小国ドーム〉です。地元の間伐材から約100mmに製材したものに小さな孔をあけ、そこにエポキシ樹脂を充填し、金物のボールジョイントを使って緊結させています。設計者と構造家がタッグを組んで、明るく開放的な大スパンの内部空間を実現し、阿蘇郡小国町の景色に溶け込むような建築を生み出しました。1988年の竣工で、当時としては画期的な構法でした。」(本展企画者・WHAT MUSEUM 近藤氏のプレスツアー解説を編集部にて要約)
「セクションA-3では、木造建築の未来の可能性のいくつかを提示しています。本展で紹介したような技術と智慧の蓄積がある日本の建築文化、構造文化を上手に使っていくことが、これからの時代では1つのあり方になるのではないでしょうか。過去には資材が枯渇した時代もありましたが、今では逆に大きな径の木材が使われずに余ってしまっている。そして木造建築とは単に木を使えばいいのではなくて、適切に使っていくことが大事です。木材が循環し、森が循環していけば、おのずと森林と環境も保全されていく。木材を使うことはCO2の削減にもなるとも言われています。そういったサステナブルな観点からも、日本のさまざまな木造技術を活用してこれからの建築をつくっていくことが求められているのではないかと思います。」(本展企画者・WHAT MUSEUM 近藤氏のプレスツアー解説を編集部にて要約)
建築家とコラボレーションし、構造デザインを創造する構造家の存在は、世界をリードする日本現代建築の独自性の源泉です。30名以上の構造家のインタビュー映像を通して構造家の思想と哲学に迫るとともに、注目すべき若手構造家の作品から今後の構造デザインの展開を示します。
近代において登場した構造家という職能についてスポットをあてるテーマBの展示では、2019年に建築倉庫ミュージアムで開催された企画展「構造展 -構造家のデザインと思考-」の際に収録された、構造家26名へのインタビュー映像が再び上映されます。
26人の構造家インタビュー映像(PHILOSOPHY、DESIGN、PRACTICEをテーマに3つの映像に編集)出演:斎藤公男、渡辺邦夫、中田捷夫、新谷眞人、梅沢良三、佐々木睦朗、山辺豊彦、徐 光、金箱温春、向野聡彦、稲山正弘、竹内 徹、柴田育秀、多田脩二、陶器浩一、金田充弘、小西泰孝、佐藤 淳、名和研二、满田衛資、山田憲明、大野博史、森部康司、渡邉竜一、萩生田秀之、金田泰裕
この映像にあわせて、国立代々木競技場(国立屋内総合競技場)など、構造の面からみてもエポックメイキングな建築作品の模型数点が展示されています。その展示空間の対面に、彼らから薫陶を受けた次世代の若手構造家6名の展示が展開します。
木下洋介構造計画の展示では、年頭に発生した能登地震で大きな被害を受けた、石川県内の輪島塗りの工房の再生プロジェクトも出展されています。余震も続くなか、可能な範囲のエンジニアリングによって損壊した建物の安全性を確保し、輪島塗りの職人たちが再びものづくりに向かい合える環境を整えた実例とのこと。
「2019年収録のインタビュー映像は、構造家と呼ばれる職能者の思考と哲学が窺い知れる内容となっています。構造家は、単に数学や力学に関する能力に長けているだけでなく、時には構造の合理性を曲げてでも、建築家がつくろうとしているものが建築としてどうあるべきかをともに考え、それを実現するためのあらゆる提案を行っています。建築家との間で繰り返されるディスカッションによって、建築家の深いところにあった考えが引き出され、ブラッシュアップされていくこともあるといいます。その一方で、例えば本展で紹介した、地震で被害を受けた伝統工芸の工房の復旧プロジェクトのように、身近なエンジニアリングによって人々の生活に力を与えることも。幅広い領域で、とても高度なクリエーションを行い、重要な役割を果たしているのが構造家であると言えます。」(本展企画者・WHAT MUSEUM 近藤氏談)
構造デザインで得た幾何学の知見を生かした、ファッションや地図図法など異なる領域との横断的な取り組みを紹介します。
地球上での構造デザインを、宇宙空間へ展開する取り組みを紹介します。現在、構造家の佐藤 淳らとJAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発する、人が月に滞在するための月面構造物の原寸大模型を展示します。
企画担当者コメント
われわれ人類は、地震力や風力はじめ自然の力学が及ぶ世界に生き、建築における力の流れをどうデザインしてきたのでしょうか。地球という重力空間において、力の流れや素材と真摯に向き合い、時代や社会の変化の中で技術と芸術を融和させ、創造してきたのが構造デザインの世界です。本展では、建築の創造において重要な役割を果たしてきた、世界に誇る日本の構造家と構造デザインを紹介します。日本の伝統的な建築物の木構造から現代木造建築、そして、宇宙構造物に至るまでを取り上げ、4つのテーマから構造デザインの広がりを提示します。会場では、構造模型に触れ、建築の構造を感覚することを通して、自らが住む世界に働く力の流れと自身の感性との結びつきを感じ、構造デザインという創造行為の可能性とその哲学を体感することができます。
ぜひこの機会に、幅広い方に構造デザインの世界を感覚していただければと思います。
企画担当者プロフィール
近藤以久恵(こんどう いくえ)
2018年より建築倉庫ミュージアム副館長、2020年WHAT MUSEUM 建築倉庫ディレクターとして、「ガウディをはかる-GAUDI QUEST-」(2019年)、「構造展-構造家のデザインと思考-」(2019年)、「謳う建築」(2020年)、「建築模型展」(2022年)等、展覧会の企画キュレーションを行う。
近藤以久恵建築事務所主宰。建築設計と並行して、建築領域の可能性を拓く学びの場に携わる。
“法隆寺から宇宙まで”の構造を紹介した「感覚する構造」後期展示は8月25日まで開催。会期中、展覧会に関連したトークイベント、パフォーマンスイベント、ワークショップなども開催される予定です(詳細が決まり次第、WHAT MUSEUM ウェブサイトにて順次発表)。
会期:2024年4月26日(金)~8月25日(日)
会場:WHAT MUSEUM 1階・2階
所在地:東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号(Google Map)
開館時間:火〜日曜 11:00-18:00(最終入場 17:00)
休館日:月曜(祝日の場合は翌火曜休館)
入場料:一般 1,500円、大学生/専門学生 800円、高校生以下 無料
観覧料金:建築倉庫入場料 700円、セットチケット(本展入場料+建築倉庫入場料)2,000円
※ミュージアムに隣接する建築倉庫では、建築家や設計事務所からお預かりした600点以上の建築模型を保管しており、その一部を公開しています
※本展会期中に何度でも入場できるパスポートを販売
※展覧会パスポート 2,500円
※チケットはオンラインにて事前購入可能
出展協力:RFA、伊東豊雄建築設計事務所、AuthaGraph、オーノJAPAN、大林組、大西麻貴+百田有希 /o+h、小川次郎/アトリエ・シムサ+kaa、HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE、ゴールドウイン、竹田木材工業所、日建設計、関西学院大学 建築学部 荒木美香研究室、木内隆行、木組み博物館、北九州市立大学 福田展淳研究室、木原明彦、九州大学大学院芸術工学研究院 岩元真明研究室、九州大学大学院芸術工学研究院 斉藤一哉研究室、九州大学葉祥栄アーカイブ、kufu、KAP、慶應義塾大学 環境情報学部 鳴川肇研究室、Graph Studio、佐々木勝敏建築設計事務所、佐藤淳構造設計事務所、SALHAUS、Schenk Hattori、滋賀県立大学 陶器浩一研究室、芝浦工業大学 建築学部 小柏典華研究室、下田悠太、称名寺、白川村教育委員会、田村長治郎、DN-Archi+北九州市立大学 藤田慎之輔研究室、寺戸巽海構造計画工房、東京スカイツリー®️、東京大学生産技術研究所 腰原幹雄研究室、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 佐藤淳研究室、東京大学大学院 農学生命科学研究科 稲山正弘、東畑建築事務所、内藤廣建築設計事務所、中田捷夫研究室、新潟職業能力開発短期大学校、ニューサウスウェールズ大学 構築環境学部、原田真宏+原田麻魚 / MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO、平岩構造計画、本多哲弘、松本市立博物館、満田衛資構造計画研究所、明星大学 建築学部 松尾智恵研究室、柳室純構造設計、山田憲明構造設計事務所、八幡浜市教育委員会、ほか
主催:WHAT MUSEUM
企画:WHAT MUSEUM 建築倉庫
展示協力:東京大学 腰原幹雄
会場デザイン:吉野弘建築設計事務所
グラフィック:榊原健祐(Iroha Design)
「感覚する構造」後期展 詳細
https://what.warehouseofart.org/exhibitions/sense-of-structure_second-term
Photograph & text by Naoko Endo