日本財団が中心となって進めている、誰もが快適に利用できる公共トイレを、16人のクリエイターがデザインし、渋谷区内17カ所に設置するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」(以下、TTTプロジェクトと略)[*1]。その最後となる17カ所めのトイレが今年3月に完成、同月24日より〈西参道公衆トイレ〉として供用を開始しています。
立地は、甲州街道と山手通り(環状6号線)が交差する西参道交差点の南東側。道端の公衆トイレとしては異例ともいえる長さで横に広がり、真っ白な塗装と相まって、道路の反対側からの視認性も極めて高い公衆トイレとなっています。
〈西参道公衆トイレ〉のデザインは、建築家の藤本壮介氏が担当しました。
供用開始の直前に行われたメディア向け撮影会に『TECTURE MAG』編集部は参加。現地での藤本氏のコメントおよびインタビューを中心に、藤本氏による〈西参道公衆トイレ〉の概要を伝えます(特記なき画像は全て編集チーム撮影)。
藤本氏が公共トイレのデザインを手がけるのは千葉県内でのアートイベントに出品して以来で、今回で4事例め[*2]、都内では初となります。
今回の公衆トイレのデザインについて、藤本氏は以下のように語っています。
「公共・公衆トイレを定義すると、最も小さな公共建築と言えます。デザインするにあたって、用を足すという機能を充実させるだけでなく、そこにプラスアルファで公共性をきちんとつくることができれば、非常に素晴らしい建築ができるのではないかと思いました。
計画地の立地条件としては、近隣の人々はもちろんのこと、ホテルが入っている新宿パークタワーが近いこともあり、国内外の観光客が明治神宮に歩いて向かったりと多様な人々の往来があるところです。そのような環境の中のトイレとしてどのような公共性が提案できるか、時間をかけて考えました。」(藤本壮介談)
最終的に「器・泉(うつわ・いずみ)」をテーマにした今回のデザインに辿り着くまで、実は何度もスタディを繰り返したと藤本氏は明かします。最終的にイメージとして浮かんだのが、1つ大きな水をたたえられる真っ白い器(うつわ)があり、そこにいろんな人々が集まってくる。そんな光景だったといいます。
「イタリアのローマのように、人々が気軽に手を洗ったり水を汲んだりできる水場、泉のような場所が、我々の東京の街中にもあれば、都市として豊かになるのではないか。そして、1つの器(うつわ)をみんなで共有するということも、これからの時代のコミュニティのあり方となるのではないかと考えました。」(藤本壮介談)
そうして完成した〈西参道トイレ〉には、すり鉢状の大きな手洗い場が道路側に面して設けられました。
「曲面のディテールは、現場である程度のかたちができてから、施工を担当したダイワハウス工業の職人さんと我々とで確認して、角度の微調整をかけています。そのおかげで、我々がイメージした造形となりました。大きな器と建物本体の構造体が切り替わるところには目地が入ってしまうのですが、目立たないように仕上げてくれています。」(藤本壮介談)
施工を担当した大和ハウス工業の担当者に確認したところ、大きな器の構造は鉄骨で、その上から網を張り、セメントで造形しているとのこと。テーマパークのセットの造形技術をもっている職人の手を借りて完成したトイレです。
水栓金具は5つ、器(うつわ)の1カ所にまとめず、点在させた意図を、藤本氏は次のように説明しました。
「一番低いところは子どもが、それ以外は大人が使える高さにしています。トイレの内側と外側、両方から使うことができます。道路側の下部をやや凹ませた部分は車椅子利用者のためのスペースで、水場で手を洗う際に足元がぶつからないようにしています。個室の中にも手洗いはありますが、そちらに入らずともこの水場を使えるように水洗金具の位置も決めています。」(藤本壮介氏談)
「コロナ禍以降、我々は手洗いが習慣化して、日常の大事な行為のひとつになっています。夏場は熱中症対策で水分補給も必要になる。そんなときにもしこのトイレを通りがかったら、この水場を使ってほしいのです。トイレだから用を足さないといけないということはない。誰もが使える水場にトイレという用途が付帯している、この〈西参道トイレ〉はそう捉えることもできるでしょう。いろんな人が複数同時にこの場所を使ってくれて、多様な人々の受け皿となるような水場になればと願っています。」(藤本壮介談)
平面プランは、細長い計画地を活かし、出入口を左右(南北)の端に配置、通り抜けられるようにしました。
北側の端にバリアフリートイレを、男女の個室は中央に配置しています。人の出入りは道路側からも見えるので、街に対して開かれていながら、セキュリティは保たれています。
〈西参道公衆トイレ〉の外観では、どこから見ても真っ白な、光り輝くような白(WHITE)であることに藤本氏はこだわりました。
「東京の街は全体的にトーンがグレーなので、その中でひときわ輝くように、このへんにトイレはないだろうかと探している人の目につきやすい、視認性の高さも意識しています。その一方で、街の中に溶け込むようなトイレにしたかったので、高さはあえて低く抑えました。」(藤本壮介談)
真っ白く塗ったことで気になるのが、今後のメンテナンスです(これについてはメディア向け撮影会の場でも質疑に出ていました)。今回の〈西参道公衆トイレ〉では、汚れがつきにくい塗料を採用していますが、それでも今後もこの白さが保たれるには日々の清掃が不可欠です。
これまで『TECTURE MAG』に掲載してきたレポートの通り、日本財団では、TTTプロジェクト専門の清掃スタッフと、ファッションデザイナーのNIGO®氏がデザインしたユニフォームもあつらえ、1日に3回の清掃を行なっています(詳細はこちら)[*1]。
自分ではない誰かがトイレを清掃してくれることで、日々の美しさを保つことができている、そのことを使い手に意識させる狙いもあり、藤本氏は今回「眩しいくらいの白」を選んだとのこと。
そして、トイレの水場に木を植えたのは、ここでは人が手を洗ったり水を組んだりする場所であるとともに、この場所で育つ植物にとっては”命の水”であること。雨が降り、川になって、人間を含めた生態系が維持されるように、自然の営みは全て循環してつながっている。それらを伝えようと植えたシンボルツリーとなっています。
「このプロジェクトに参加できて、とても嬉しく思っています。僕は、7番目の安藤忠雄さんがデザインしたトイレが完成した際のオープニングに出席したのですが、大勢の人々が来場して完成を祝う光景を見て、トイレという小さなプロジェクトだけれども、社会的な意味がとても大きいことを実感しました。最初にも言いましたが、小さいが故に、大切な公共の空間なのだと。
17のトイレが完成して、実に多様なトイレの提案がみられました。僕たちの〈西参道公衆トイレ〉が最後の竣工になったのはたまたまです(笑)。いろんなことを考えてつくったトイレなので、利用する皆さんの日常にしっかりと適合できるようなトイレであってほしいですね。」(藤本壮介氏談)
クリエイター:藤本壮介
ピクトサインデザイン:佐藤可士和(SAMURAI)
設計・施工:大和ハウス工業
レイアウト協力:TOTO
所在地:東京都渋谷区代々木3-27-1(Google Map)
床面積(全体):39.53m²(バリアフリートイレ:4.81m² / 男性用トイレ:7.91m² / 女性用トイレ:5.64m² / アプローチ:21.17m²)
供用開始:2023年3月24日(金)午後より
詳細
https://tokyotoilet.jp/nishisando/
*1.「THE TOKYO TOILET」プロジェクト:東京・渋谷区内にある17カ所のトイレを、性別、年齢、障害を問わず、誰もが快適に利用できる公共トイレに生まれ変わらせるプロジェクト。2023年3月24日に予定していた17カ所全てのトイレで供用を開始した。渋谷区では、男女平等およびLGBTへの対応など、多様性を尊重する社会を推進するための取り組みを行なっており、本プロジェクトへの協力もその1つ。2024年度からはトイレ維持管理を渋谷区が引き継ぐ(詳細:2023年6月23日 日本財団プレスリリース)。
日本財団「THE TOKYO TOILET」プロジェクト特設サイト
https://tokyotoilet.jp/
【内覧会Report】坂茂、片山正通らが渋谷区内の公共トイレをデザインする「THE TOKYO TOILET」プロジェクト
*2.市原市が2012年に開催した「中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックス」に出品・設置された〈Toilet in Nature〉などがある
参考リンク:市原市観光協会「市原観光Navigation」サイト
https://ichihara-kankou.or.jp/introduce/toiletinnature/