「ビーフンデザイン」という設計事務所を主宰しながら、不動産事業も積極的に行う進藤 強氏。
建築設計という枠にとらわれない活動をすることで、逆に設計活動の自由度が増しているという。
その根本にあるのは、「こうなったらいい」という理想像や理念。
理想を実現し持続させるために、不動産事業という仕組みを利用している。
設計以外の事業を手掛けるようになった背景や手段は、どのようなものなのか。
TECTURE MAGの取材に、進藤氏は「特別レクチャー」とも呼べる話を用意してくれた。
活動に共感する設計者からは“神のような存在”と称される、進藤氏。
進藤氏の活動の具体と真髄、そして読者がすぐに実践できる手法とアイデアに迫ります。
(jk)
Study Series
Interview with Tsuyoshi Shindo
進藤 強「建築家だからこそ、自ら仕掛ける。不動産事業のススメ」
#01 Netflixと映画界から建築界が学ぶこと
#02 何本も腕を出しながら“田植え”を続ける
#03 設計事務所もサブスクで稼げる時代!?
#04 事業は住みながらでも興せる!
#05 設計者の強みを活かして楽しくサバイブ
Photographs: toha
■建築家にもロイヤリティを!
── まずは、進藤さんが建築設計以外の事業を考えるようになった背景を教えていただければと思います。
進藤:建築家の考え方や仕組みを少し変えることで、建築ができる領域が大きく変わり、まったく違った新しい社会、都市のつくり方、価値観がつくれるのではないかということを、いくつかの側面からお話ししたいと思います。
もちろん、どんな可能性があるか、またこれから建築家として生きていく方向性については、皆さんも一緒に考えながら、いろいろあっていいと思いますが、僕が今考えていることを、ちょっとお話しますね。
最初に言いたいのは、「建築家の収益構造を変えることで、いろんな発想が新しくできるのではないか?」ということです。
なぜこんなことを言うかというと、10年以上前に前職で「9坪ハウス」という事業に参加させてもらったことがあるのですね。「東京ハウス」というオンラインショップで、家を売ろうというプロジェクトでした。家を、家具のようにポチッと押して買おうよというコンセプトのもと、家を開発して、建築家とコラボレーションしながら、ある一定のクオリティのものを世の中に届けるというものです。
その裏側には何があったかというと、建築家に「ロイヤリティ」というかたちで収入が入ってくるということでした。
普段やっている設計活動での収入以外に、「今年は何棟が売れました」というロイヤリティを、収入の1つとしてみていける。そうすると、建築家はもっと幸せになるのではないか。
これをもっと進化させていくというか、建築家の職能を広げながら、収入を得ていく仕組みはないだろうかというのが、僕が話をするときに求められる「ちょっと変な建築家像」みたいなことかなと思います。
■Netflixはいかに2億人に受け入れられたのか?
進藤:最近すごく興味があるのが、「建築業界をマネタイズする」というか、「理念をマネタイズする」ということです。
例に出すのが、映画の世界です。Netflix(ネットフリックス)は今や、190カ国以上で約2億人(註:2020年末時点)が月に800円から1800円という定額料金で加入している、世界最大の動画サイトです。
どうしてそういう世界がつくれたのか、その映画業界から建築家が学べることはないか、ということを今回考えてみました。
Netflixは、2015年に初めてオリジナルの映画を配信しました。それまではいろんな映画を買い取って配信していたのですが、2015年に映画界にデビューすると、2020年には第92回アカデミー賞で、Netflixが24もの部門にノミネートされました。
ウォルト・ディズニーやソニー・ピクチャーズなどを抑えての、最多ノミネートです。5年間でトップに躍り出たということは、絶対裏側に何かがあるなと。この1年くらい僕はすごく興味があって調べていました。
Netflixが多数ノミネートされた一方で、スティーブン・スピルバーグが「ストリーミングは映画ではないので、オスカー受賞に値しない」と語ったとされています。ほかにもカンヌ映画祭では、審査委員長が「映画はあくまでも大画面で観る必要があり、動画配信のカンヌの出品を拒否したい」ということを3年ほど前に言いました。「私たちは伝統を守ります」ということです。
それもすごく分かりやすい話ですし、当然「映画は映画館で観よう」いうことなのですが、過去を振り返ると、日本にも寄席があったけれど、それをラジオで聞くようになって、寄席が少しずつなくなっていって、テレビが出てきて、映画館が減って…、という流れがありました。
実はテレビと映画というのは同じようなことを50年以上前にやっている関係があって、今回はそのテレビをも追い越したかたちで、動画配信というものがやってきたのです。
■エンドユーザー・ファーストの発想が求められている
進藤:ストリーミングが映画なのか、映画ではないのか。受け止め方は、人それぞれ違います。ただ当時、カンヌ映画祭の審査員を務めていたウィル・スミスが、「うちの子は週に2回映画館に行くし、Netflixも観るよ。ぜんぜん違うものだし、もしNetflixがなかったら、子どもたちはこんなに世界の映画に触れることは絶対なかった」と言っているのですね。
Netflixでは190カ国の隅から隅まで、売れる映画、売れない映画を関係なく載せている。そこが1番のポイントです。映画と呼ぶか呼ばないかは別として、最終エンドの観る人たちに何を提供するかということが最も大事だ、と彼は言っています。
フランスは保守的な国でもあるので、「まず映画館で上映して、3年間経ったら動画配信していいよ」というのが公式の考え方です。彼らは同時配信するものは、映画ではないと言います。映画館を守っていくという意味では当然でしょうし、重要な映画を守るという意味では重要なのですが。
視点を変えると、今のテレビとYouTubeの関係には、すごく近いものがあると思っています。
少し前までテレビ側では、YouTubeを思い切り軽視していました。でも、今テレビで活躍している人たちが、そのクオリティ以上のYouTube動画をつくっています。オリエンタルラジオの中田敦彦さんのチャンネル動画などは本当に勉強になるし、面白いし。あれで子どもたちは社会科を好きになった、と言っています。
YouTubeとテレビの1番の違いは、スポンサーがいるか、いないかです。YouTubeでは「こういうものをつくりたい」「こういう社会をつくっていきたい」というものを信じてつくっていると、最終エンドの人がついてくる。
一方、テレビは極端に言うと「このメーカーがお金を出してくれているから」という理由で物事が決まっていきます。例えば僕のクルマ(三菱自動車の旧いジープ)がこの間テレビに出たのですが、「なぜこのクルマが選ばれたのですか?」と制作スタッフに聞いたら、「三菱の中で一番渋いんですよ」と言われて。スポンサーが三菱なので選ばれたのであって、話の中でこのクルマがいいから、という選び方ではないということです。
実は映画の世界でも、同じことが起きています。「今回100億円を調達できた」といっても、資金を出資したスポンサーから「大多数の人にヒットする大きなマーケットを狙って、興行収入を伸ばしてしてください」と言われてしまうんですね。
つくる人が「こういう社会がいい、こういうことを伝えるために映画をつくる」という想いとは乖離していて。いくら集めて来たから、どれくらいの人に見てもらって、いくら儲かったらよし、と完全に投資ビジネスになっていました。この構図を大きく覆したのが、やはりNetflixなのです。
ハリウッド映画でお金をすごくかけたのに「なんだこれ」みたいな映画が横行していた中で、Netflixは最終的に「つくり手がどういうものをつくりたいか、それにいくらかかるからその資金を出そう」という発想をしたのです。
■縦に掘って横に広がる共感の世界
進藤:Netflixは基本的に、膨大なデータ量の中から俳優を選んだり、監督を選んだりするんですね。その中で、「この俳優とこの監督をセットにしたら売れる」と思いきや、実はそうじゃないということが最近は分かってきているようです。
データベースから見えてきたのは、「ある監督の作品を観て気に入った人は、その監督の他の映画も観て好きになる」ということ。あるいは、ある俳優の映画を1つ観ると、そんな有名ではなくても、その俳優にハマる。それが「縦掘り」、つまり縦に掘るということです。
今までテレビは「横掘り」といって、横に大きく、誰もが面白いと言って感激するようなものをつくろうという姿勢でした。Netflixは横掘りも意識しながら縦に掘っていくことで、感動が共感を呼ぶというか、口コミで広がっていくといった世界をつくろうとしていると僕は思っています。
長くなってしまいましたが、スポンサーがいないことと、ユーザーとの直接やりとり。この2つが今、テレビとYouTube業界、映画界とNetflixで起きています。
── 建築に置き換えると、どのようなことがいえるのでしょうか?
進藤:実は、建築でもまったく同じことが起きています。
大きなマスに発信するテレビは、スポンサーやコンプライアンスといったことで伸び悩んでいるということを言いました。
建築業界のニュースでは、最近若い建築家が、孫泰蔵さんのファンドで事業資金1億7000万円を調達したと聞きました。その建築家はやっぱり、理念を発信しているのですね。「こんな社会が来たらいい」「こういうことがあれば日本はよくなる」といった発信のもと、孫さんはファンドを使って資金を投入しました。これまでの建築家像でいうと、1億7000万円って一生をかけても得られないくらいでしょう?
もう1つは、クラウドファンディングです。クラウドファンディングは、最終的に触れる人たちが「応援したい」という事業やプロダクトにお金を投資する仕組みですね。
これまでにあったかたちでいうと、株です。でも、株では株主総会で「なんで儲かっていないんだ、今すぐ儲かるように採算の合わない事業は切ってしまえ」みたいな話になるのですが、クラウドファンディングはまったく違います。
■理念を掲げて資金を集める時代
進藤:例えば、ある女性が日本酒をつくるというクラウドファンディングが大成功しています。今までは売り先がないからお酒がつくれなかったけれど、応援してくれる人を募って資金を集める。つくる時点で、樽1個分の買い取りが決定している状態をクラウドファンディングで達成するというものです。
「できあがったこのお酒が1本いくらです」よりも、「こんな気持ちでお酒をつくります!」という、理念先行パターンになっている。
理念を先行させることで理念をマネタイズする、理念をちゃんとお金に変えていくという社会がもう来ています。
クラウドファンディングで家を建てた人もいます。過疎化した村に「みんなが集まれる集会所をつくろう」というクラウドファンディングを立ち上げるプロジェクトでした。
東京に住んでいる人などその地域以外の人も投資して、その家を別荘のように使い、「自分の家だよ」と感じられる場所にする。普段空いているときは地域の人たちが使うことで村おこしにもなるので、みんなが応援するということです。
さらに建築業界の話に置き換えると、今までは大きなスポンサーがいてプロジェクトが動いていました。公共建築では、国や自治体が補助金という名の開発費用を出しますよね。
街のつくられ方も、変わってきていると思います。今までは公共建築というと、都市計画をして、道をつくって、用途地域を決めて、この街にこんな人が住んで…という感じで街づくりをしていました。
そうして完成したら「ハイ、そこに住む人はなんとか楽しく生きてください」みたいなことになっていたのです。デベロッパーであれば「このマンションが売れて、すぐ儲かればいい」ということを、ずっとしてきたと僕は思っています。
でも、これからはそんな時代ではありません。地域が儲かることで街の人たちは反復し、自ら事業者になって持続可能な仕組みとなり、やっと街おこしになります。街のつくり方が変わってきているのだと思います。
建築家も、どうマネタイズしてお金をつくり、どのように理念を実現させるかが必要になってきています。
理念を掲げることを学生のときから習ってきた建築や空間設計の人だからこそ、これまでの資本主義でつくられてきた街とはまったく違う街ができるのではないでしょうか。
建築も動画配信と同じように「こういうことがしたいんだ」「こういうことが世の中を変えるんだ」ということを発信してやっていけたら、と思っています。
(#02 何本も腕を出しながら“田植え”を続ける に続く)
Study Series
Interview with Tsuyoshi Shindo
進藤 強「建築家だからこそ、自ら仕掛ける。不動産事業のススメ」
#01 Netflixと映画界から建築界が学ぶこと
#02 何本も腕を出しながら“田植え”を続ける
#03 設計事務所もサブスクで稼げる時代!?
#04 事業は住みながらでも興せる!
#05 設計者の強みを活かして楽しくサバイブ