2022年10月5日初掲、10月10日 #かはくチャンネル 本展解説動画をシェア
東京・上野の国立科学博物館にて、同館と日本デザインセンターの三澤デザイン研究室(主宰:三澤 遥氏)が共同で開発した「巡回展キット」による展覧会が、10月10日まで開催されている。
2021年に大分県立美術館(OPAM)で開催され、好評を博した展覧会が、展覧会の企画元である国立科学博物館(通称:カハク)に凱旋。8月5日から始まり、9月25日で終了するところ、上野でも評判を呼び、会期が延長された。これまでにない画期的なデザインの展示什器による会場構成が、今回も話題となっている。
本稿では、開催前に行われた報道内覧会の様子とともに、本展をレポートする。
INDEX
■「観察と発見の生物学」とは?
■「カハクの標本、貸し出します」
■ 什器の中に秘められたもの
■ 「観察の眼、発見の芽」がテーマ
■ 液晶画面も仕込まれた多彩な引き出し
■ 観察に集中させる照明計画・その1
■ 観察に集中させる照明計画・その2
■ 来場者に出される「宿題」
「観察と発見の生物学」とは?
会場写真からもわかるように、本展の会場構成は、壁にそって展示ケースが並ぶといった、従前の方式をとらない。大小ある木製の箱が点在し、その周りに動物の剥製が配置されている。この家具のような箱が「巡回展キット」である[*1]。巡回を前提に開発されたもので、本展オリジナル。什器ごと搬出入し、どこへでも展示を展開することができる。
*1.本展のためにオリジナルでデザインされた「巡回展キット」の詳細については、『TECTURE MAG』特集記事を参照されたい。カハクの開発担当者(現在は別部門へ異動)とデザイナーの三澤氏の2人にインタビューして、開発の経緯と製作の裏側、初披露となった大分会場でのエピソードなどを前後編にまとめている。
「巡回展キット」の最大の特徴は、展示品を最初から「見せない」ことにある。箱の中に収められた引き出しを開けると、見る者にさまざまな問い投げかける展示が目に飛び込んでくる。
矢印に沿って会場を一周する従前の構成とは全く異なる、鑑賞者が能動的な行為を伴って展示を「見る」ことで、人々の好奇心も一緒に引き出され、増幅していく。
「カハクの標本、貸し出します」
「巡回展キット」の狙いは大きく3つある。
まず、「巡回展による標本資源の活用モデルの構築」だ。カハクの収蔵庫に膨大な数で保管されている標本を、全国規模で巡回させることで、博物館がもっている「資源」の価値を広く知らしめることができる。
2つめは、「全国の多様な施設への貸し出し」で、従前のような科学系の博物館・施設に限らず、全国の美術館や商業施設でも展示を行い、標本との出会いの場を創出すること。
そして3つめが、このプロジェクト最大のテーマでもある、「標本資料の観察を通じて『発見の体験』」を来場者に持ち帰ってもらうこと。
この訴求をデザインの力で実現したのが、日本デザインセンターで三澤デザイン研究室を主宰する三澤 遥氏のチームである。
「巡回展キット」の開発にあたり、カハクで動物研究部の研究主幹を務める川田伸一郎氏(農学博士、専門:哺乳類)が監修を担当。本展の監修者もあわせて務めている。
什器の中に秘められたもの
会場に設置された什器は11個。「パッと見で、少ないと感じるかもしれないが、私たちが皆さんに教えたい哺乳類の情報を散りばめている」と川田博士は言う。
会場の出入り口付近に置かれた化石は「ディメトロドン」の頭部で、そばには「哺乳類とはなにか?」の問いがある。このディメトロドン、哺乳類とは似てもにつかない、大きな背びれをもつ恐竜のような姿をしていたと推測されていた。だが、最近の研究で、哺乳類の祖先にあたるかもしれないという新説が出ている。
「どうみてもトカゲの頭」と川田博士も言うこの化石について、プレス向けに行われた上記のような解説は添えられていない、意図的に。これも本展の特徴の1つだ。
「観察の眼、発見の芽」がテーマ
「展示を見て、ナニコレ?と感じることから始まる展覧会です。どこから何を見てもいいのですが、例えば、会場の中央にずらりと並べた、ヨシモトコレクションの動物の剥製も、なぜこの並びになっているのか? みんなツノがあるけどウシなのかシカなのか? といったことをちょっと考えてみてほしい」と川田博士は本展の展示意図を説明した。
「これまでの展覧会だと、解説パネルやキャプションに”答え”が書いてあって、読んで、そこでなんとなく納得してしまうことが多かったのではないか。本展はそうではない。図書館で本を探して調べるような感覚で、会場を巡ってみてほしい。」(川田博士談)
液晶画面も仕込まれた多彩な引き出し
11のハコには、計46の引き出しが用意されている。モノによっては、開き始めると同時に照明が点灯する。小さな液晶画面が仕込まれている映像資料もある。つまり、作動に必要な電源や配線が一緒に仕込まれているということで、三澤氏曰く「こちらを立てればあちらが出っぱる、みたいなせめぎ合いが最後まで続いた」末に実現したもの(三澤氏へのインタビューより)。
さらには、引き出しは、静かにそっと閉まるようにもなっている。何人もの人が1日に何度も開け閉めしても、故障しない・破損しないよう、計算し尽くされたデザイン・造作となっている。
観察に集中させる照明計画・その1
本展では、ライティングにも注目してほしい。
まず、これは昨年の大分会場でも実施されていることだが、引き出しを開け、中を覗き込んだときに、その人の頭部なりの黒い影が展示品に落ちないようなライティングとなっている(照明計画:灯工舎)。展示を「見る」という行為に集中してほしいからだ。
観察に集中させる照明計画・その2
もうひとつ、大分会場にはなかった、カハク凱旋ならではの空間デザインがなされている。
本展の会場は日本館。1931(昭和6)年竣工で、2008(平成20)年に国の重要文化財にも指定されている歴史的建造物だ。1階の企画展示室はネオ・ルネッサンス様式がみられる内装で、クラシカルなランプ照明が柱のまわりに配され、場内は暖色の光で満たされている。
実はこの灯り、本展のために電球を暖色系のものに差し替えている(報道内覧会にて、三澤氏談)。
通常の電球は白色のLEDなのだが、この光で会場を照らすと、柱と四方の壁にみられるクリーム色の意匠が目立ってしまい、視覚的にこれを中和するためと、展示什器を配置した会場全体をみて、暖色系の光の演出を、大分会場でも照明計画を担当した灯工舎が提案し、三澤氏も同意、カハクも了承したもの。
『TECTURE MAG』にて2020年12月に掲載した「日本のたてもの ―自然素材を活かす伝統の技と知恵」レポートの会場写真と比較すると、通常の照明計画との違いがわかるので、そちらを参照されたい。
来場者に出される「宿題」
このように、周到に用意された引き出しの中には、哺乳類を理解するためのヒントが隠されている。自分の手で、意志で、引き出しを開けるという能動的な行為が、展示を見る・観察する・考えるための集中力を高めているのは間違いない。
会場を巡りながら、大人も子供も同じように、本展のテーマである『観察の眼、発見の芽』が養われていく。そして最後には、「WHO ARE WE」という、展覧会のタイトルでもある大きなテーマに辿り着く。
「ヒトも哺乳類。私たちは、いったい誰なのか。この会場で生まれたいろいろな疑問は、鑑賞者それぞれが持ち帰り、自分で調べてみてほしい。そこからまた新たな発見が生まれてくるのではないかと思います。」(川田博士談)
東京・上野の国立科学博物館 日本館で開催中の展覧会「WHO ARE WE 観察と発見の生物学 国立科学博物館収蔵庫コレクション|Vol.01 哺乳類」は、10月10日まで開催される。
取材日:2022年8月4日
Text by Naoko Endo
photograph by Jun Kato & Naoko Endo
#【国立科学博物館公式】かはくチャンネル「企画展「WHO ARE WE 観察と発見の生物学 国立科学博物館収蔵庫コレクション | Vol.01 哺乳類」解説動画」(2022/09/16)再生時間12分42秒
開催概要
展覧会「WHO ARE WE 観察と発見の生物学 国立科学博物館収蔵庫コレクション|Vol.01 哺乳類」
会期:2022年8月5日(金)〜10月10日(月・祝)※好評につき会期を延長
会場:国立科学博物館 日本館1階 企画展示室
所在地:東京都台東区上野公園7-20(Google Map)
開館時間:9:00-17:00
休館日:9月5日(月)、12日(月)、20日(火)、26日(月)
入館料:一般・大学生 630円、高校生以下と65歳以上は無料
※本展は常設展示入館料のみで観覧可能
※会場ではCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大防止対策を実施
※入館は国立科学博物館ウェブサイトより予約が必要
入館予約専用ページ
https://www.kahaku.go.jp/news/2020/reservation/index.html
主催:国立科学博物館
企画編集・デザイン:日本デザインセンター 三澤デザイン研究室
展覧会詳細
https://www.kahaku.go.jp/event/2022/08whoarewe/
「WHO ARE WE 観察と発見の生物学」公式ウェブサイト
https://www.kahaku.go.jp/renkei/whoarewe/