東京国立近代美術館で初の大規模な建築家の単独個展
東京・竹橋の東京国立近代美術館にて、現代日本を代表する建築家のひとりである隈 研吾氏(1954-)の個展「隈研吾展 新しい公共性をつくるための😸の5原則」が、6月18日(金)から9月26日(日)まで開催されています。
なお、本展のタイトルは「ネコ」の部分に「猫の絵文字 😸」をあてるのが正式表記のため、本稿ではそれに準じています。
東京国立近代美術館ではこれまでに開催された建築関係の企画展としては、「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」展(2010年)や「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」(2017年)などがありましたが、建築家の大規模な個展が開催されるのは今回が初となります。
6月17日に開催された記者内見会を『TECTURE MAG』編集部では取材。撮りおろし写真を中心に、会場の様子をお伝えします(撮影:toha および team TECTURE MAG)。
コロナ禍により開催延期に、タイトルを変更
今回の「隈研吾展」は当初、2020年に開催される予定でした。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大の影響で延期となり、展示テーマや内容も、コロナ禍の都市・社会に必要な視座とは何か、隈氏が建築家として問い直す構成となっています(開催までの経緯は、本展図録の巻末に収録された、企画当時に東京国立近代美術館研究員だった保坂健二朗氏[現・滋賀県立美術館ディレクター]の記名原稿による「建築展のプロセス」が詳しい)。
本展開催にあたり、隈氏と保坂氏が寄せたコメントにも、タイトルに込めた思いが端的に述べられています。
隈 研吾氏コメント:
公共性やパブリックスペースをテーマとし、建築物や「ハコ」ではなく建築と建物の間の隙間にフォーカスしたいというお題を与えられた。それはいままでの展覧会と違うことができそうだと思い、パブリックや隙間について考えはじめたら、コロナがやってきた。コロナを体験した今、われわれ全員がハコから逃げ始めて、ハコの外のパブリックスペースを再定義しようとしている。タイムリーで予言的なテーマを与えてもらい、深く感謝している。(隈 研吾)
保坂健二朗氏コメント:
隈 研吾という建築家は誤解されている。ある人はその建物がフォトジェニックであることを喜び、ある人はそのデザインに無理があることを批判する。でもこれらはともに表層的な意見で、隈さんはその先を、つまり人が自ずと集まってしまう場所=新しい公共性をつくることを見据えている。そんなことがわかる展覧会にしようとしたら、隈さんが持ち出してきたのは「ネコ」なるキーワードで、正直最初は脱力したのだが、その後訪れたコロナ禍を1年以上も過ごして思うのは、彼はやっぱり慧眼の持ち主だということ。いままさに見て欲しい展覧会です。
(保坂健二朗 / 本展ゲスト・キュレーター、現・滋賀県立美術館ディレクター)
公共建築にフィーチャーした展覧会
本展では、隈氏がこれまでにデザイン監修や設計に携わった、国内外にあるプロジェクトのうち、公共性の高い68件の建築作品が選ばれています。隈氏が設計に携わったことで知られる〈国立競技場〉[*]のような巨大なスタジアムから、海外の博物館、日本の地方都市にある施設や企業の本社屋、街中の居酒屋まで、建物の用途や規模に関係ない幅広いセレクトに。新築はもちろん改修(リノベーション / コンバージョン)の事例も含みます。
*設計:大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体
会場は大きく2部構成。有料となる第1会場と、無料で入場できる第2会場に分かれています。
ネコに学ぶ都市への眼差し
コロナ禍によって新たに設けられたテーマである「ネコ」に関連する展示は、高知会場で初めて披露されたリサーチプロジェクト「東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則」です。第2会場にあるので、本展のテーマをこちらで先に確認しておきましょう。
展示されたリサーチプロジェクトの成果は、デザイン・イノベーション・ファーム、Takramと協働で制作したもの。「2020」=ニャンニャン、5656=ゴロゴロと読むのが正しく、高度経済成長期にみられた、都市を上から俯瞰するのではなく、もっと下からの視点で見るべきである、という隈氏からのメッセージがここにも込められています。
隈氏が2010年に隣接する集合住宅もろとも新築を手がけた〈赤城神社〉が鎮座する街、神楽坂。坂や細い路地が多いこの地でのフィールドワークの成果が、3DCGとプロジェクションマッピングなどを用いてビジュアライズに展示されています。
コロナ禍の今、人々は「ハコ」を飛び出し、ハコの隙間を生きる半ノラの方法に学ぶべきと隈氏は説きます。隈氏が住まう街・神楽坂を根城にするネコのトンちゃんとスンちゃんの協力を得て、実施したのがリサーチプロジェクト「隈研吾×Takram 東京計画2020:ネコちゃん建築の5656原則」であり、2匹に行った”インタビュー”から隈氏が導き出したのが「5656原則」です。
映像の中で、神楽坂のネコ2匹は、人がつくったハコを飛び出し、雨どいやビルとビルの間など都市の”スキマ”を自由気まま通り抜け、のびのびと動き回ります。
上記の「スキマ」「ミチ」の展示のほか、隈氏とTakramのコラボレーションプロジェクトでは、ネコに取り付けたGPSのリサーチ成果を示す「テンテン」や「ザラザラ」、「シゲミ」、「シルシ」の合わせて6つの展示作品で隈氏の考えを提示します。
第2会場ではこのほか、「復興と建築をめぐるインタビュー」として、地震などの自然災害で被災した南三陸町、熊本市で手がけたプロジェクトの関係者に、保坂氏が話を聞いたインタビューや、隈氏自身へのインタビュー映像が上映されています。
隈氏と隈研吾建築都市設計事務所による会場構成
「隈研吾展 新しい公共性をつくるための😸の5原則」の展示コンテンツは、建築模型、モックアップ、写真、関係者や隈氏自身にインタビューした映像など多岐にわたります。
第1会場では、それらのほとんどが、隈氏が考える、「人が集まる場所」のための隈独自の5つの方法論(5原則)=「孔(HOLE)」「粒子(PARTICLES)」「やわらかい(SOFTNESS)」「斜め(OBLIQUE)」「時間(TIME)」に分類され、構成されているのが本展の特徴です(展示デザイン:隈研吾建築都市設計事務所)。各展示に付いた解説文は、隈氏自身が執筆しています。
厳選された模型の数々が見られる展覧会
第1会場は〈国立競技場〉の展示からスタート。隈氏が設計に携わったことで知られる大規模プロジェクトです。ここで見られるのは、大量につくられた競技場のスタディ模型の一部、約40点が厳選されています。
そのうちの1つ、行灯のような造作照明は、同競技場内に設けられた、選手へのフラッシュインタビューゾーンのためにデザインされたもの。〈国立競技場のためのランプシェード〉の実物大モックアップは、この先の会場内に展示されています。
これより先の第1会場は、本展で隈氏が提示する5原則、「孔(HOLE)」「粒子(PARTICLES)」「やわらかい(SOFTNESS)」「斜め(OBLIQUE)」「時間(TIME)」のエリアに分類されています。
隈研吾建築都市設計事務所が手がけたプロジェクトの建築模型やモックアップ、写真資料のほか、写真家や映像作家らアーティストとのコラボレーション展示などで構成されます。
建築によって新たな公共性を獲得した〈アオーレ長岡〉の展示
新潟県長岡市のJR長岡駅前に2012年にオープンした〈アオーレ長岡〉は、市役所本庁舎、議場、アリーナや商業施設などを内包した、公共の複合施設です。
屋根の下は、隈氏が土間から着想を得たナカドマと呼ばれる屋根付き広場(中庭)となっており、地元市民の憩いの場となっています。
建て替え前とは明らかに人の流れが変わり、地域の新しい核として機能していることが高く評価され、2014年に日本建築学会賞(業績)を受賞しています。
本展が企画された2015年頃は、この〈アオーレ長岡〉における公共性を読み解くことが主軸となっていました。会場では、映画監督の藤井 光氏が撮りおろした映像が、大きく2面のスクリーンにループ投影されています。
アイルランドの映像作家マクローリン兄弟とのコラボ展示
〈アオーレ長岡〉に続く展示室でも、映像作家とのコラボレーションが続きます。
ヴィクトリア&アルバート博物館の初の分館〈V&Aダンディー〉(英国・スコットランド ダンディ市 2018)の展示では、水盤も再現された建築模型と共に、アイルランドの映像作家マクローリン兄弟によるタイムラプス映像が上映されています。
〈V&Aダンディー〉は、米国『TIME』誌の「2019年世界で訪れるべき最も素晴らしい場所100選」に選ばれた美術館です。
展示デザインも見逃せない!
第1会場では、オリジナルの展示台など、隈研吾建築都市設計事務所が手がけた会場デザインも、模型とあわせた見どころです。
例えば、「やわらかい(SOFTNESS)」エリアの模型展示台は、巨大なロール状のように見えますが、模型が載った黒い面と、円筒状の白い側面はそれぞれ異なる素材です。アナログレコードのような面は、ポリエステルのカーテン生地(構造:白/黒/白)を巻いたもの。側面は、ポリエステルで編んだニットの上に、同じく薄手のポリエステルのニットに特殊加工で水玉状の凹凸を表現した素材を重ねています。
この展示台は、隈事務所がファブリックメーカーの小松マテーレと協働してつくりあげたもの。同社の企業ミュージアム〈小松精練ファブリックラボラトリー fa-bo〉(石川県能美市/2015年)の改修を隈事務所が手がけており、会場には模型も展示されています。
小松マテーレ(小松精練より改称)での改修事例では、鉄の10倍の強度を持つとされる同社のカーボン・ファイバーを使って耐震補強が行われました。
同製品は、その特性を活用して、隈事務所のそのほかの事例でも構造や意匠として採用されているとのこと。例えば、粒子エリア展示の〈COEDA HOUSE(コエダハウス)〉(静岡県熱海市/2017年)、時間エリア展示〈富岡倉庫第3号倉庫〉の改修(群馬県富岡市/2019年)、第2会場に関係者へのインタビュー映像も流れている〈浜田醬油〉(熊本県熊本市、2019年)のほか、現在進行中で、斜めエリアに模型が展示された「MURASAKI PENGUIN PROJECT(ムラサキペンギンプロジェクト)」(神奈川県横浜市/計画中)など。
瀧本幹也氏(+坂本龍一氏)とのコラボ展示
作家とのコラボ展示の1つ、写真家で映像作家の瀧本幹也氏が、「隈研吾展 新しい公共性をつくるための😸の5原則」のために隈建築の撮影を行っています。
撮影対象は、高知県の山あい、梼原町にある、初期から最近作まで6つの事例。大判のモノクロ写真3点のほか、この裏側に用意された展示室では、瀧本氏がハイスピードカメラで撮影した同建築群の映像に、坂本龍一氏の音楽が添えられたインスタレーションが上映されていますので、お見逃しなく。
リサイクルプロダクトを使った展示デザイン
第1会場の最後は「時間(TIME)」のエリア。ここでも企業とコラボレーションした展示デザインが見られます。
展示台のまわりうず高く積まれた、コルクのような素材のモノ。これは、木材やプラスチックなどの廃棄物からつくられた、RPFという固形燃料です(提供:株式会社モノファクトリー)。
廃棄物再生ブランド、モノ:ファクトリーのプロダクトは、RPF以外にも、吉祥寺ハモニカ横町の居酒屋〈てっちゃん〉(東京都武蔵野市/2014年)の内装に、LANケーブルをリサイクルした「モジャモジャ」が使われているほか、アクリルをリサイクルした素材が店舗のテーブルと椅子に再生されています。
第1会場の出口付近で振り返ったときに、東京国立近代美術館のこの広い展示空間に元から何本もある太い四角い柱が、ほとんど気にならなかったことに気づきました。この会場で空間デザインを手がける際に、おそらく課題となっている柱の存在感をうまく消しています。
このほかにも、キャンチレバーで浮かせた展示台など、建築事務所ならではの会場デザインも、本展の見どころの1つではないでしょうか。(en)
展覧会概要
隈研吾展 新しい公共性をつくるための😸の5原則
Kuma Kengo: Five Purr-fect Points for a New Public Space
会期:2021年6月18日(金)~9月26日(日)
開館時間:10:00-17:00(金曜・土曜:10:00-21:00 ※当面は20:00まで)
※入館は各日とも閉館30分前まで
休館日:月曜(但し、7月26日、8月2日、9日、30日、9月20日は開館)、8月10日(火)、9月21日(火)
会場:東京国立近代美術館 1F 企画展ギャラリー
所在地:東京都千代田区北の丸公園3-1(Google Map)
入場料:一般 1,300円、大学生 800円、高校生以下および18歳未満、障害者手帳を提示の方とその付添者1名は無料
※混雑緩和のため、オンラインでの入場予約を推奨。詳細は美術館ウェブサイトを確認してください
※同時時開催の所蔵作品展「MOMAT コレクション・スペシャル」およびコレクションによる小企画「鉄とたたかう 鉄とあそぶ デイヴィッド・スミス《サークルⅣ》を中心に」は、入館当日に限り、本展の観覧料で観覧可能
※新型コロナウイルス感染症拡大に伴う政府・東京都の要請次第では、当初のスケジュールが変更される場合あり
問合せ先:050-5541-8600(ハローダイヤル)
東京国立近代美術館ウェブサイト
https://www.momat.go.jp/
「隈研吾展 新しい公共性をつくるための😸の5原則」公式ウェブサイト
https://kumakengo2020.jp/
参考資料:
・本展図録『隈研吾展 新しい公共性をつくるための😸の5原則』(東京国立近代美術館発行)
・隈研吾建築都市設計事務所 公式Webサイト
https://kkaa.co.jp/works/