濵渦伸次、谷尻 誠、吉田 愛、多忙なる3氏へのインタビューを敢行したのは、濵渦氏が代表を務めるベンチャー企業、NOT A HOTEL株式会社が、栃木県と宮崎県内にそれぞれオープンさせる〈NOT A HOTEL(ノット ア ホテル)〉のフラッグシップモデルの販売をオンラインストアで開始した、その翌日のこと。
バージョン1として今回、販売されたのは、合わせて8室(竣工予定数:宮崎:2棟6室、那須:2棟2室)。那須を例にとると、総シェアは12、登記上はマンションと同じ1/12の共同所有となる。
購入方法は、メンテナンス日を除く360日好きな時に利用できる「1棟購入」と、30日単位で利用できる「シェア購入」があり、それぞれ、オーナーが利用しない日は貸し出して、収入を得ることができる。時に我が家、ときにホテルとして収益を生む物件、それが〈NOT A HOTEL〉だ。1棟購入の価格設定は、億単位。
3氏は顔をあわせるなり、濵渦氏が開いたiPadの画面で販売状況を確認しはじめた。そのワクワクした様子から、好スタートを切ったことは明らかだった。
「つくりたいものからつくる」
濵渦氏は計画当初から、住宅とホテルの中間となる施設を目指していた。そのビジョンに、建築家、谷尻、吉田の両氏が賛同。栃木県・那須でのプロジェクトには、濵渦氏が土地を取得した直後から参画している。
濵渦伸次プロフィール:
1983年生まれ。宮崎県出身。国立都城高専電気工学科卒業。2007年株式会社アラタナを創業、SaaS型 Eコマースプラットフォームを展開。15年株式会社 ZOZOに売却し、グループに参画。ZOZOテクノロジーズ取締役を兼任し、2020年3月に退社。2020年4月1日NOT A HOTEL株式会社を設立。
(Photo: toha)
上記のプロフィールからわかるように、濵渦氏はホテル・観光業界の出身ではない。
「ふつうにホテルを建てるビジネスモデルでやっていたら、実現は不可能でした」と、濵渦氏はこの1年を振り返る。
3年かけるところを1年で!
ここで言う「ふつうのビジネスモデル」とは、計画地に坪いくらで建てるという計画案を、あらかじめ銀行に提示して資金を調達するやり方だ。建築の規模は「財布」次第となる。
〈NOT A HOTEL〉はこの順序をひっくり返した。先ずは自分たちでつくりたいものを先に決め、「欲しい!」と手を挙げた人に対して販売する。
さらに、ホテル業界におけるセオリーでは、最短でも3年はかけるところをたったの1年でやりきり、既成概念を壊す、驚くべきスピードで、実施設計の段階に入った。
「パースの段階で、買いたい人を募集できるのは大きい。かなり好きなことができるし、設計者も、新しいことにチャレンジできる。」と語る濵渦氏の言葉に、左右に座る谷尻、吉田の両氏は大きく頷いた。
〈NOT A HOTEL NASU〉の設計はSUPPOSE DESIGN OFFICEが担当
谷尻 誠 プロフィール(上の画、左)
1974年広島県生まれ。2000年建築設計事務所suppose design office 設立、2014年SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd. 設立 共同主宰。2015年-大阪芸術大学准教授。広島と東京の拠点で設計活動をするほか、社食堂、絶景不動産、21世紀工務店、未来創作所、Bird bath & KIOSK、tecture、toha、DAICHIを経営。吉田 愛 プロフィール(上の画、右)
建築家 / SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd.代表取締役
1974年広島生まれ。2001年よりsuppose design officeに参画し、建築設計業務に携わる。2014年SUPPOSE DESIGN OFFICE Co.,Ltd.設立、共同主宰。インテリアから住宅、複合施設などのプロジェクトを手掛けるとともに、ミラノサローネ Leceste、ONOMICHI U2 などのインスタレーションや、商業空間、プロダクト開発など幅広く手がけ、各プロジェクトのグラフィック、アートなどのディレクションや空間スタイリング業務も自らで行う。2021年に新たに空間プロデュースやインテリアスタイリングを事業の核とする「etc.Inc」を設立。近年開業した、社食堂、BIRD BATH KIOSK、絶景不動産など自社事業の運営と共に、建築設計事務所の枠を超え、さまざまな分野の領域を横断して活動する。SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズ デザイン オフィス)公式ウェブサイト
https://suppose.jp/
濵渦氏、絶景不動産で物件に巡り合う
SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズ デザイン オフィス:以下、サポーズと略)が設計する〈NOT A HOTEL NASU〉のサイトは、牧場としても使われている、約16万坪もの広さがある土地の一角だ。
絶景不動産のサイトで売り出されていたのを濵渦氏が見つけ、取得に動いた。今日に至るスタートがインターネットというのも、実にNOT A HOTELらしい。
那須の土地の大部分は登記簿上は農地であり、新たに建物を建てられる坪数に制限があった。ロケーション的にここしかないという場所を、濵渦氏は定め、サポーズの2人にまず見てもらった。
「この土地に、サポーズがどんな建築を建ててくれるのか、それを見たかった」と濵渦氏。一方で、投資に見合った、安定した収益をあげねばならない。そのうえで、濵渦氏は、サポーズに設計を依頼した当初から、オンラインストアの”買い物かご”をポチっと押して、高額物件を販売するという構想を伝えていた。
ワクワクするプロジェクト
「従来の概念と経済の枠を飛び越えた、ものすごくおもしろいプロジェクトだとワクワクする反面、僕らが描くパースで、物件の売れる、売れないが決まるので、建築家として試されているなというプレッシャーはありました」と、吉田、谷尻の両氏は、1年前を振り返る。
「建設予定地を訪れてみて、造形的にも自然がとても美しい。これは中途半端なラグジュアリーではダメだとわかりました。」と、吉田氏は、那須のプロジェクトにおける重要なキーワードを使い、回想を続けた。
「それなりの投資もされている物件ですから、高級感を出さないといけない。単に素材などで操作するのでなく、もっと大きな、新しい、力強いラグジュアリーの創出を目指しました。」
「暗やみ」をデザインする
サポーズから最初に出されたプランが、下のパース画だ。今年9月に正式発表される前の、貴重な初案の画を、今回の取材で公表することを、3氏は快く承知してくれた。
9月28日にNOT A HOTEL の公式ウェブサイトで発表されている「ver.1」のビジュアル、あるいは今後に発表される最新なイメージパースなどと比較すると、スケジュールを気にする濵渦氏に時に閉口されながらもギリギリまで検討を重ねたという、プランの変遷の痕跡を確認できるだろう。
NOT A HOTEL 公式ウェブサイト
https://notahotel.com/
計画地には高低差があり、場所によって異なる景色を味わってもらおうと、メインとなる建物を2棟用意、そのうち1つには「離れ」がつく。
そして、提案資料でとりわけ目を引くのは、「暗やみをデザインする」という、サポーズが掲げたテーマである。
初期段階の内観図に表現されているが、プール付きテラスを前面に有するリビングは、外光が差し込む範囲までは明るいが、奥の空間ほど薄暗く、部屋の奥から眺める外の景色は、まるで洞窟の奥から外の世界を眺めたかのようだ。
建築を彫刻のように自然の中にぽんと置く
「自然の中に、彫刻のような建築をぽんと置く、そんなイメージでデザインしました。プールも、従来の水面がキラキラ光ってというような空間ではなく、あえて薄暗く。これまでにない、こういったラグジュアリーさが、このサイトにはふさわしいのではないかと思いました。」(吉田氏談)
この「暗やみのデザイン」の背景には、谷尻氏曰く、「若いころに無理をして、自分への投資だと思って」と国内外に旅するごとにできるだけ利用することを心がけてきた高級ホテルでの宿泊体験などがある。
結果的に、この初案が採用される。だが、出した当初は、一部では不評だったという。
賛否を呼んだ「暗やみのデザイン」
プールの内観パースを見た時、濵渦氏は「あまりの暗さに驚いた」という。
「むちゃくちゃカッコいいなとは思いましたよ。でも、女性の評判が芳しくなくて。妻にも不評でした(笑)。安からず値をつけて売るものですから、一発OKは出せませんでした。」(濵渦氏談)
その悩みが吹き飛んだのは、NOT A HOTELの役員を連れ、谷尻氏の自邸〈HOUSE T〉を訪れたときのこと。
2020年の秋に竣工した谷尻邸は、人がくつろぎ、食事をする空間が、洞窟のように暗く、独特の陰影を有する住まいである。
「建設中の現場に妻を連れて行ったら、開口一番、暗っ!って言われたくらい」と谷尻氏は笑う。
体験に勝るものなし
谷尻邸に如実にみられる「暗やみのデザイン」を、那須でのプロジェクトに取り入れるか否か、濵渦氏と役員たちの迷いを取り去ったのは、サポーズが重視する「実体験」だった。
「手料理をごちそうになり、過ごしているうちに、居心地はいいし、落ち着くし、光の入り方とかもかっこいいなと。実際に、谷尻氏が意図的につくった暗さを体験してみて、あの案でいけると確信しました。」(濵渦氏談)。
かくして、濵渦氏のnoteや、NOT A HOTELのSNS上で〈NOT A HOTEL NASU〉の内外観イメージが公表された。2021年2月10日、販売開始の約7カ月半前のことである。
結果は上々、9月28日の販売開始以来、「シェア購入」が好調につき、発売から約10日で、1棟売りの申し込み受付を終了している。
次稿では、〈NOT A HOTEL NASU〉で、サポーズが目指す「新しいラグジュアリー」とはどのようなものか、引き続き3氏に話を聞く。最新のイメージパースもあわせて紹介する。