現在開催中の大阪・関西万博は、世界中から注目を集める一大イベントである一方で、「一時的な催し」であることも大きな特徴と言えます。
だからこそ資源を一度使って終わりにするのではなく、長く使い続けたり、再利用・再生したりすることで、廃棄物を出さず、環境への負荷を減らす持続可能な経済モデル「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」が注目されており、特に大阪・関西万博では、建築的にもサーキュラーエコノミーの視点が数多く取り入れられています。
本特集では、「サーキュラーエコノミーの3原則」を軸としつつ、万博における具体的な実践例を読み解いていきます。
TECTURE MAGでは他にも大阪・関西万博のさまざまな関連記事を作成しています。
大阪・関西万博特設ページはこちら
サーキュラーエコノミーの3原則とは?
「サーキュラーエコノミー3原則」とは、サーキュラーエコノミーを加速することを目的に設立されたエレン・マッカーサー財団が提唱する、実現のために重要となる、以下の基本的な3つの要素をまとめたものです。
- Eliminate waste and pollution(廃棄や汚染を出さない)
「廃棄物や汚染を出さないように設計する」という考え方であり、建築資材を再利用可能なものに限定することや、使用後の分解・再構築を想定した構造にすることなどがこれにあたります。 - Regenerate nature(自然を再生させる)
「自然を守る」だけではなく「自然の回復を促す」ことも重要な要素です。大阪・関西万博における、朽ちかけた木々を集めて構築した「静けさの森」は、この考え方を体現したプロジェクトの1つと言えます。 - Circulate products and materials(製品と素材を循環させる)
サーキュラーエコノミーにおいては、使い終わった製品や素材を廃棄せず修理・再利用・再加工することで長く価値を保ち続けることも重要です。大阪・関西万博ではリサイクル建材の使用や、会期後に他の建物に転用されるモジュール式建築などが見られます。
「サーキュラーエコノミー×建築」の特集記事はこちら
サーキュラーエコノミーとは?実現のために建築ができること、アダプティブリユース、CLT、3Dプリントなどサーキュラーエコノミーの実現につながる9つの海外プロジェクト

再利用を前提とした大判CLTで構築された〈日本館〉(写真提供:経済産業省)
ここからは「サーキュラーエコノミーの3原則」に照らしながら、会場内のパビリオンや建築・空間がどのように循環型の視点を取り入れているかを紹介しますが、本記事ではまず「①廃棄や汚染を出さない」と「②自然を再生させる」にまつわるプロジェクトを紹介し、第2弾にて「③製品と素材を循環させる」にまつわるプロジェクトを紹介します。
「廃棄や汚染を出さない」万博プロジェクト
この項では、「Eliminate waste and pollution(廃棄や汚染を出さない)」という視点を取り入れたプロジェクトを見ていきますが、その中でも下記の4つの特徴に分けて紹介して行きます。
- 既存要素の再利用:廃屋などのような、既にある要素を活用して構築
- パッシブデザイン:太陽光や風などを最大限に利用し、空調機器の使用を最低限に抑える
- 廃棄物の削減:建設や運用時に排出される廃棄物を少なくする
- 新建材:廃棄物を活用したものや、環境性能を向上させる建材の採用
◾️既存要素の再利用
廃校を移築・合築した〈Dialogue Theater –いのちのあかし–〉
プロデューサー:河瀨直美(映画作家)
建築設計:周防貴之(SUO)
奈良と京都の廃校となった歴史ある木造校舎を活用して構築されたパビリオンです。
校舎の残す部分と大胆に変える部分を混在させ、単に古さをノスタルジーとして味わうのではなく、建築に刻まれた時間を少しずつ丁寧に分解した上で、新しい建築に生まれ変わらせることを目指して設計されています。

エントランス棟(左)、対話シアター棟(中央奥)、森の集会所(写真右)、手前が記憶の庭 ©Naomi Kawase / SUO, All Rights Reserved.
ドバイ万博のパビリオンを受け継ぐ〈ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier〉
設計:永山祐子(永山祐子建築設計)
2020年ドバイ万博の〈日本館〉で使用した資材を再利用した組子ファサードが特徴的なパビリオン。
部材の再利用により通常の工法に比べてCO 2排出量を約50%削減するだけでなく、7,000点以上の部品からなるファサードは、釘もハンマーも使わずにすべて手作業で丁寧に組み上げられ、建設時のCO2排出量を大幅に抑えることに成功しています。

Victor Picon ©Cartier
〈パナソニックグループパビリオン 「ノモの国」〉
設計:永山祐子建築設計、大林組
昼夜、光のあたり方で表情の変わるオーガンジーのファサードに包まれたパビリオンです。
主要部材には使用済みの「家電」や工場で生まれる「端材」、社会課題になっている「廃材」をリサイクル・アップサイクルして使用した資源循環型パビリオンとなっています。

Photo: OMOTE Nobutada
その他の「既存要素の再利用」が特徴的なプロジェクト
〈北欧パビリオン〉
設計:ミケーレ・デ・ルッキ&AMDL Circle
概要:展示スクリーンに廃棄米によるライスペーパーを使用
◾️パッシブデザイン
海風を導くボリューム群〈サウジアラビアパビリオン〉
設計:フォスター アンド パートナーズ
サウジアラビアの伝統的な村を想起させるボリューム群による、風の流れを考慮したパッシブデザインを導入した建築です。
高い持続可能性と包括性を備えたパビリオンであり、日本のグリーンビルディング評価システム最高位(CASBEE S)を取得し、運営時のCO2排出量ネットゼロを実現する設計となっています。

© Nigel Young / Foster + Partners
その他の「既存要素の再利用」が特徴的なプロジェクト
〈フランスパビリオン〉
設計:コルデフィ、カルロ・ラッティ・アソシエイツ
概要:熱の伝達を最小にするダブルスキン外装と自然通風、屋上緑化により空調のエネルギー消費を削減
◾️廃棄物の削減
大判CLTで構築する〈日本館〉
総合プロデュース:佐藤オオキ
建築デザイン:日建設計
万博会場で発生した生ごみを分解するバイオガスプラントを併設したパビリオン。
国産CLTの製作限界である約3×12mの大判面材を可能な限りそのまま採用したり、部分的なスリット・ルーター・孔空け加工のみで使用できる設計とし、接着剤などは一切使用しないことで解体のしやすさや解体後の再利用に配慮するなど、後利用時の制約を最小化するという様々な工夫が採用されています。

写真提供:経済産業省
「困った木」でつくる木造平屋〈サテライトスタジオ 東〉
設計:ナノメートルアーキテクチャー
テレビ局の放送スタジオを3つ収容した木造平屋の建築です。
活用が難しく、普段は捨てられてしまう「困った木」を、実施設計期間から約1年かけて日本各地から集めて構築されており、様々な種類の木を縦に積み重ね、円盤状の屋根を支えています。

Photo: ToLoLo studio
循環型経済の原則に従い設計された〈ルクセンブルクパビリオン〉
設計:STDM architects urbanists、みかんぐみ
大小さまざまな13個の箱型建造物と全体を覆うひと続きの膜屋根で構成されたパビリオン。
部材は可能な限りレンタルすることで、将来の建設に再利用できるようにされています。また、材料は元の状態を保ち再利用を容易にするため、組み立ては接着や溶接の代わりに機械的接合を使用し、損傷を与えることなく簡単に分解可能なよう設計されています。

@Expo 2025 Osaka – Ondrej Piry
◾️新建材
海水でつくるコンクリートを採用した〈いのちめぐる冒険〉
プロデューサー:河森正治(アニメーション監督、メカニックデザイナー、ビジョンクリエーター)
建築デザイン:小野寺匠吾(小野寺匠吾建築設計事務所)
宇宙・海洋・大地に宿るあらゆるいのちのつながりを表現し、人間中心からいのち中心へのパラダイムシフトと、いのちを守り育てることの大切さを訴求することを目指すシグネチャーパビリオン。
貴重な資源である真水を使用した一般的なコンクリートではなく、海水を使用したコンクリートパネルを採用しており、鋼線の代わりに炭素繊維ケーブルを使用することで大阪湾の海水を配合することが可能になり、長寿命化等の多くの革新性をもたらします。

Photo: TEAM TECTURE MAG
海洋プラスチックをアップサイクルした〈物販棟〉
設計:大成建設株式会社一級建築士事務所
⼤阪・関⻄万博の〈EXPOアリーナ〉に併設された、イベントのグッズ販売を想定した物販施設です。建物基礎を含め、容易に組立・解体できるように設計しており、会期終了後は移設や家具へリサイクル活⽤を想定されています。
海洋プラスチックごみをアップサイクルした外装材「うみクル」や⽔質を浄化する機能をもつ葦を活⽤したファイバー舗装「よしラグ」を採用したサステナブルな建築でありつつ、単管の接合部を美しく魅せるオリジナルクランプによる仮設感のない建築となっています。

その他の「新建材」が特徴的なプロジェクト
〈インドネシアパビリオン〉
デザイン・プロデュース:PT. SAMUDRA DYAN PRAGA(サムドラ ディアン プラガ)
概要:木材の持続可能な代替品として、もみ殻60%、リサイクルプラスチック30%、添加剤10%で構成された「プラナウッド」を採用
〈ガスパビリオン おばけワンダーランド〉
設計:日建設計
概要:スタートアップ企業が手掛ける新規放射冷却膜材の実証試験を兼ねた建築外装への実装
「自然を再生させる」万博プロジェクト
「Regenerate nature(自然を再生させる)」は、プロジェクトに取り入れるには難しい原則ではありますが、その中でも以下の2つのような点が挙げられます。
- 森の再生:枯れゆく木々を再生した万博会場の中心部「静けさの森」
- 自然素材:木や竹などのような、自然素材という「再生可能建材」の採用
◾️森の再生
枯れゆく木々を再生して生み出す「静けさの森」
「静けさの森」は建築プロジェクトではありませんが、万博の中心地として構想されました。中央にある直径20mほどの池を囲むように、万博記念公園をはじめ大阪府内の公園等から、将来間伐予定の樹木など約1,500本を移植した、枯れゆく予定であったいのちを再生し、生態系との共創を象徴する空間です。
静けさの森と一体となったシグネチャーパビリオンとして、宮田裕章氏がプロデュースし、SANAAが設計した〈Better Co-Being〉があります。

Photo: TEAM TECTURE MAG
◾️自然素材
世界的に改めて注目を集める自然素材「木」については以下の特集にてまとめています。ここでは、木以外の自然素材について紹介をします。
5,177本もの竹で構築する〈マレーシアパビリオン〉
設計:隈研吾建築都市設計事務所
外装に日本産の竹4,794本、内装にマレーシア産の竹383本を使用したパビリオンです。
パビリオンの象徴的な竹のファサードは、織り合わされた魅惑的なリボン模様を特徴としており、マレーシアを象徴する伝統的な織物「ソンケット」の優雅な流麗さを想起させます。

Photo: TEAM TECTURE MAG
宙に浮かぶ石が包み込む〈休憩所2〉
設計:工藤浩平建築設計事務所
〈休憩所2〉は、休憩所やトイレに加えて、警備センターや応急手当所など、運営を支える多様なバックヤード機能も併せもちます。
建屋は分棟形式で分散配置され、それぞれの棟を、瀬戸内産の自然石を吊るしたパーゴラがゆるやかに繋いでいます。自然石は会期終了後、大阪湾へ沈められ、海洋環境の一部として新たな役割を担う予定で、仮設でありながら壮大な時間軸を内包する建築です。

Photo: 楠瀬友将
会期後にも生き続ける、移設を前提としたパビリオンを紹介する「万博で深めるサーキュラーエコノミー特集 第2弾」はこちら
他にも、TECTURE MAGでは大阪・関西万博のパビリオンにまつわる特集記事を作成しています!
8人のプロデューサーと建築家が手がけたシグネチャーパビリオン特集はこちら
[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオンを一挙紹介!各分野のトップランナーが見据える未来を映す、個性豊かな8つのパビリオン
各国のアイデンティティを体現する海外パビリオン特集はこちら
自然素材とテクノロジーが融合する木造・木質建築特集はこちら
膜の特性を活かした膜建築特集はこちら
アンケート結果からみる読者が選ぶ万博建築ランキングはこちら