京都市京セラ美術館(ネーミングライツ契約による通称、正式名称は京都市美術館)の館長を務める建築家の青木 淳氏にインタビューした特集記事の後編。
インタビューの前編では、2015年に西澤徹夫建築事務所とタッグを組んだプロポーザルに勝利し、西澤氏とともに手がけた美術館全体の大規模改修プロジェクトから開館するまで、その数年の間に新館長に就任した経緯などを振り返っていただいた。
後編では、美術館の大改修にあわせて建設された新館「東山キューブ」で今年3月9日から開催され、6月4日に閉幕した特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」を中心に話を聞いていく(開催概要は下記リンク先のページを参照)。
この特別展の特徴は、アート、デザインの領域をまたぎ、かつ作品によってはテクノロジーも加わった多彩な表現が見られたことだった。参加している20名(組)の作家・クリエイターも実に多彩。京都市京セラ美術館の自主企画であり、この後の巡回予定はなく、この地に足を運ばないと見ることはできない。
京都市京セラ美術館のエポックメイキングになるであろう本展を、館長であり、会場の新館を設計した建築家であり、映画や音楽、現代アートにも造詣の深いことで知られる青木氏はどう捉えているのか?
特別展を監修した川上典李子氏(武蔵野美術大学客員教授、21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター)に途中、同席してもらい、青木氏からさまざまな感想、見解を引き出していただいた。
さらに、インタビューの終盤では、建築家と美術館の館長という職能の比較と、青木氏が今後この美術館でやっていきたいことなどにも話が及ぶ。
本稿は『TECTURE MAG』による独占インタビューである。
後編INDEX
特別展「跳躍するつくり手たち」開催の背景
・京都でさまざまなつくり手たちを紹介する意義
・領域を定めないことで生まれたグラデーション
・来館者数が裏付けるリニューアルの成功
・これからの美術館に求められること
・市内の文化施設との連携も視野に
・建築家が美術館の館長になるということ
特別展「跳躍するつくり手たち」開催の背景
—— 今回の特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート」についてうかがいます。本展の見どころなどを教えてください。
青木 淳氏(以下、青木館長)
この特別展は、京都市京セラ美術館として初めて踏み込んだ、新しい領域であることが大きな特徴です。
どういう展覧会だと一言で説明することは難しくて、いわゆるデザイン展ではありません。かといって純粋にファインアートの展覧会でもない。現在進行形で今まさに美術の領域で動いてる、その状況の一端を知ってもらえる、そんな場になっています。
本展の狙いは、今回のインタビューの冒頭(前編)でも話した、新館をつくった経緯と密接に関わってきます。
1933年に竣工したこの美術館は、展示室の幅が8mを基準に設計されていた。その当時なら、8mもあれば展示室の片側に絵画や彫刻作品を置き、それを反対側から鑑賞するだけの「引き」はじゅうぶんにとれたでしょう。でも今となっては8mの尺ではとても足りなくて、展示の制約になってしまう。
だから、どんな作品がきても対応できる、自由に使える「原っぱ」のようなニュートラルな展示空間として「東山キューブ」をつくりました。
青木館長
ここで展覧会をやることで、現代においてアート作品をつくることの意味、つくることでどのような可能性が拡がっていくのかといったことを、つくり手と鑑賞者の両方が思いを馳せる、そんな場であってほしい。今回の特別展は、それを具現化できた初めての展覧会となります。
ただし、ものづくりで括ると、デザインもアートも工芸も、いろんなジャンルが入ってくるので、これを展覧会として成立させるのは実はとても難しいんです。
今回は、デザインとアートの両方の領域にまたがって仕事をされている川上典李子さんの企画の力と、開催までの間も作家との調整とかいろいろと立ち回ってもらい、うまく実現できたのだと思います。
参加してくれた作家も、我々が今どういう時代に生きているのか、何に気づくべきなのかといった、現状への問題意識が高い人が選ばれている。だから、デザインとアートって両極に分かれがちなんだけれども、「作品をつくること」が近接して見えていたと思います。
領域を定めないことで生まれたグラデーション
川上典李子(本展監修者)
「とっかかりのある原っぱ」という、東山キューブのあの空間の使い方を、青木さんは私たちに託してくださった。前回の「森村泰昌展」では、出入り口を複数設けていて、青木さんも「とてもよかった」と仰っていましたが(前編参照)、今回の展覧会では、どこから入ってもらい、どのような動線にするのがいいのか、展示デザインを担当してくれた佐野文彦さんや空間演出の遠藤 豊さんとも話しあい、時間をかけて検討しました。
最終的に、この時期はとりわけ緑が美しい庭園を見ながら、回廊をぐるっとまわったいちばん奥から会場に入ってもらうことが、この展覧会の醍醐味の1つになると考えました。
地球や人間の歴史、自然と人との関わりというテーマを掲げた展覧会であることもふまえて、この展覧会は外部と断絶した会場にはしたくなかった。開口部によって切り取られた日本庭園の緑を借景とし、自然光も感じながら作品を観てもらえるようにした田村奈穂さんのインスタレーションのように、外の世界とのつながりは本展ではとても大事なことでした。
七代目小川治兵衞(1860-1933)が作庭に関わったとされる美術館の日本庭園では、佐野さんの3作品を展示し、そのうちのひとつは東山キューブの通路に展示した作品と対話するように配置しています。つくった時代も背景も全く違うものが集い合う、そういう展覧会にしたかった。
特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」会場構成
セクション01
ダイアローグ:大地との対話からのはじまり
セクション02
インサイト:思索から生まれ出るもの
セクション03
ラボトリー:100年前と100年後をつなぎ、問う
セクション04
リサーチ&メッセージ:未来を探るつくり手の現在進行形※展覧会は6月4日に閉幕しています
京都でさまざまなつくり手たちを紹介する意義
青木館長
今回の特別展では、京都の伝統技法を背景にした作品があるのも特徴の1つです(例:セクション03「ラボトリー:100年前と100年後をつなぎ、問う」など)。
彼らは皆、単に同じものを再生産し続けているわけではなく、受け継いだ技術の上に、なにか新しいものをつくろうとしている。現代におけるものづくりに対して意識的な、それも若い人たちが京都にはいるのだと示せる場となりました。
いくつかのセクション(4章立て)になってはいるものの、会場全体では、それぞれの作品がなんとなく関係し合っていて、つながりが感じられる。そしていつの間にか違う世界に入りこんでしまう、そんな会場構成にしてくれたことが僕にはおもしろかったですね。
——「違う世界」に入り込んだ感覚は、会場終盤で味わいました。吉泉 聡さんが率いるTAKT PROJECTの作品群のあたりでしょうか。
青木館長
そうですね。あのTAKT PROJECTの光で硬化する樹脂の作品も、磁性流体(編集部註.作品画像キャプションにて後述)を使った作品も、アートなのかデザインなのか、自然物なのか人工物なのか、その境目が曖昧で、そして裏側ではものすごいプログラムが走っている。直前まで調整に苦労されていました。とても現代的で、特異な作品が終盤に「重し」のように存在しているのはとても良かった。
—— 美術館におけるホワイトキューブというと、一般的には外から断絶された空間で、その中でどのような世界をつくったかといったケースが多いのに、ここでは全く使われ方が違うのですね。
青木館長
集中して作品を見ることができる内部の空間と、半開きと、屋外と、そこにたどり着くまでに見てきた展示風景とか環境が1つのグラデーションになっていて、それはこの特別展では必要なものだったのではないでしょうか。会場から出たあとの余韻にもなっていると思います。
本展の特徴の1つが新作が多いこと。その理由の1つを、川上氏は「展覧会のテーマの上で作家との話し合いを重ねた結果、 何が生まれ出るのか、私自身が各作家の次なる視点を見てみたかった」と語った。
特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」開催概要(※6月4日で終了)
会期:2023年3月9日(木)〜6月4日(日)
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
所在地:京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124
主催:京都市、京都新聞、日本経済新聞社
企画:京都市京セラ美術館、川上典李子、米山佳子
来館者数が裏付けるリニューアルの成功
—— 館長となり、運営する立場から美術館をみるようになったことで、建築への考え方にも影響があったとのこと(前編を参照)。開館から3年が経過したこの美術館をどのように評価されていますか。
青木館長
設計者としては、うまくいったのではないかと思っています。
1つおもしろい数字が出ています。入口で入場者数をカウントしているのですが、展覧会を観覧した人の数は入館者のおよそ半分なんです。
—— つまり、もう半分の人は、観覧以外の目的で足を運んでいる。「ガラス・リボン」の中につくったカフェは、昼時は平日でも順番待ちになるそうですね。
青木館長
新設したアメニティ施設のカフェ、ないしミュージアムショップを利用してもらえているのは嬉しい限りですし、そういう使われ方で僕はいいと思っています。
この京都というまちの中で、人々にとってこの美術館が行ってみたい場所の1つになる。居心地が良いと思える空間、また行きたいと思える空間になってほしい。ここに来れば、なんだか気持ちが良いんだと。日本庭園や新館「東山キューブテラス」にランチを持ち込んで軽食を楽しんでいる人の姿もよく見かけます。そういう理由でもぜんぜんいいじゃないですか。美術館であることに関係なく、ここに足を運ぶことが人々にとって普通のことになる。そのついでに展覧会を見てもらうという順番でいい。
これからの美術館に求められること
—— 最後に、この美術館の館長として、今後目指しているところなど、展望をお聞かせください。
青木館長
その前に、この美術館がどのように運営されているのかについて簡単に説明します。
美術館全体で1年間に開催している展覧会はどれくらいあると思いますか? 200を超えます。
—— 驚きました。そんなにあるんですか!
青木館長
会期が3カ月以上あるような展覧会がどうしても目立ちますが、美術団体などに会場を貸し出す貸館事業[*1]も大きな柱の1つなのです。これは1933年の開館以来、京都市民の美術活動を支援するという目的のもと継続されている、大事な事業です。
青木館長
貸館以外の展覧会が、「跳躍するつくり手たち」展のように、京都市が主催し出資する特別展です[*2]。そして、出資はしないが一緒につくる共催展があります。今後、特別展はできるだけ増やしていきたいところです。ものづくりの可能性を拡げていくような展覧会も、今回限りではありません。
*1.建築家の元木大輔氏が率いる建築設計事務所・DDAAのリサーチ部門、DDAA LABの主催により、2022年3月から6日間にわたり、本館1階「光の広間」で開催された「元木 大輔 / DDAA LAB Hackability of the Stool」も、貸館事業のもと実現した展覧会の1つ
https://mag.tecture.jp/event/20220318-55253/
*2.新館を使ったこれまでの特別展に、こけら落としとなった「杉本博司 瑠璃の浄土」(2020)、椹木野衣氏がゲストキュレーターを務めた「平成美術:うたかたと瓦礫デブリ 1989–2019」(2021)、「モダン建築の京都」(2021)、「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」(2022)がある
市内の文化施設との連携も視野に
青木館長
館長になってみて考えたことは、この歴史ある美術館を今後、どのように組んでいったらいいかかということ。特別展、共催展、貸館の3つはどれも重要なんだけれども、バランスも必要になってくる。
日本の美術館ではこれまで、大きなお金をかけてより大きな収益を得ようとする方向でした。これ一本やりになるのは非常に危険で、たとえばコロナ禍では完全にリスキーになりましたよね。
コロナ禍で我々が気づかされたことの1つは、やはり美術館はコレクションをみせる場所なんだということ。コレクションに紐づいたものをやってくいくのが理想だし、コレクション展と特別展を関係づけてやっていくことも今後はもっと考えていくべきではないか。それには、アーティストと一緒になって展覧会つくっていける、そんな関係性を築けるかどうかが重要になってくるでしょう。
今回の特別展で例えると、作家自ら設営を行い、我々が手を出せないような微妙なプログラミングを必要とする作品がいくつかありました。開幕後もメンテナンスが大変で、完璧に作動する状態を維持するためには、実は時間も手間もお金も必要なんです。だからといって「できません」ではこれからの美術館としてはおそらくダメで、アーティストと一緒に乗り越えられるような関係性を築いていかないといけない。少々うまくいかないこともあるのだと許容する、それをお客さんにきちんと説明して理解してもらわないといけない。いろんな方向を向きながら、展覧会を運営していく。
—— たしかに、コロナ禍以降の美術館は、大きな展覧会を回していきさえすればよい、というわけにはいかなくなってきています。
青木館長
ですよね。それ以外にも、例えばプロジェクトとか、エデュケーション(教育)にも力を入れていきたい。僕としては、近くにあるロームシアター京都[*3]と何か相乗りでやってみたいですね。閉じたプロジェクトではなく、他所と連携した活動をもっと広げていきたい。今までちょっと少なすぎたと思うんです。もっと増やしていった方が、美術館として良くなるはずだと僕は考えています。
演劇や音楽、これらと美術展との違いは、興行的ではないこと。つまりいつ行っても同じものが見られるのが美術館であり、それは良し悪しでもある。その日限りの鑑賞体験という要素がとても弱い芸術分野なんですよね。
プロジェクトや他所との連携によって、これまでの枠を超えた活動から新しい可能性が生まれることに期待しています。
建築家が美術館の館長になるということ
—— 青木さんはご自身のことを館長というよりディレクターなんだと表現していると聞きました。
青木館長
だって僕は、展覧会は企画しませんから。学芸員がやるべき仕事にはタッチしない。ただ、なにかをやるとなったら、これこれこういうことは考えてくださいねとだけ口を出す。だから、ディレクター。
—— 2022年の6月には、東京都庭園美術館の館長に妹島和世さんが就任されました。建築家が日本の美術館の館長になることで、どのようなプラス要素がもたらされるのでしょうか。
青木館長
その前に、2016年7月に藤森照信さんが江戸東京博物館の館長に就任され、2021年11月に開館した八戸市美術館では佐藤慎也さんが館長に。建築家でやられている人はけっこういますよね。
建築家って結局、いろんなことをやっている職能なんですよ。クライアントがいて、場合によっては自治体のトップにプレゼンしたり、個人でもいろんなタイプの人がいます。だけど、ものをつくるのは最終的に職人さんなんです。クライアントとは全く違うタイプの人たちと一緒に仕事して、ものをつくっていく。かつ、僕たちは意匠、デザインをやり、構造については構造家に、音響は音響の専門家に、設備に関しては設備会社に頼む。完全な共同作業になるんです。
美術館での僕の仕事はこれと似ていて、全体を監修する。仕事の内容としてあまり違和感はありません。建築家は自分が設計したものを実現させることが最大の仕事になるので、なにか問題が起こっても対応できないと話にならない。このディレクションに関しては、僕はこれまでにかなりいろいろなことを経験してきました。おそらく妹島さんもそうでしょう。
青木館長
ただ、事務所あるいは建築家によって、ディレクションのやり方は全く違うし、例えば妹島さんと僕とでも随分違う。彼女は外部から別の要素を誘導してきて、新たに何かを起こす力をもっている人だと思いますよ。
—— 東京都庭園美術館では今週末、プラダに庭園を提供してイベント[*4]が開催されますし、その前は、正面入口脇のショップをギャラリースペースに改修して、昨年3月末に退官されたY-GSAの学生による自主展なども開催しています。
青木館長
そう、いろいろ実験的な取り組みをやられていますよね。
この京都市京セラ美術館でも、通常の美術館の枠を超えた施設利用、ユニークベニュー[*5]のイベントは、これまでかなり積極的にやっているんですよ。だから、休館日の月曜にもいろんなことをやっていて、とても楽しいんです。
*4.東京都庭園美術館の敷地内を会場に、2023年5月13日(土)と14日(日)にセミクローズで開催された、プラダ主催のカルチャーイベント「PRADA MODE TOKYO」を指す
*5.ユニークベニュー(Unique Venue):特別な場所の意。文化庁が2016年3月に策定した「文化財活用・理解促進戦略プログラム2020」に基づき、文化財や博物館・美術館などの“特別な場所”を、レセプションやイベント、会議の場として使用する取り組みを指す
京都市京セラ美術館 ユニークベニュー/スペースレンタル用 施設紹介 青木館長による案内動画(2022/07/27)
https://www.youtube.com/watch?v=n3Di3q6bKGc&t=1s
—— 先ほど、ご自身では展覧会の企画はやらないと仰っていましたが、青木さんが自ら建築の展覧会を手がける計画はないのですか?
青木館長
いつかはやってみたいですね、もし機会に恵まれれば。
—— 見たいと思っている人は多いと思いますよ。
青木館長
ありがとうございます。
もしやるなら、建築を一切、使わない建築展というのをやってみたい。
——それはかなりおもしろそうです。今後の京都市京セラ美術館の展開に注目ですね。本日はありがとうございました。
Interview by Jun Kato
Text by Naoko Endo
Photograph: Naoko Endo & Jun Kato
Recording date:May 9, 2023
at Kyoto Kyocera Museum of Art Conference Room
美術館の大改修のエピソードはインタビューの前編で!
インタビュー前編INDEX
・京都市京セラ美術館 概要
・館長就任の経緯
・築85年の美術館改修で求められたこと
・新館・東山キューブはニュートラルな「原っぱ」
・建物の”前”につくられた「ガラス・リボン」
・旧大陳列室はハブとなるホールに
・建物の流儀に沿う
・あざとくなく、馴染ませる